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014 私の秘密

 バッケル伯爵から詳しく話を聞き、私は一連の犯人はコーレイン商会だと判断した。


「母は父が金を払い建てた建物だから壊したくはない。そう口にするけれど、実際はうちも呑気に慈善事業が出来るほど余裕はないんだ」

「確かに屋敷は維持するのにお金がかかりますものね」

「だろう?母の心意気は立派だと思う。しかし、私達は生活していかなくちゃならない。この先もずっと。だからどうしたって、こうするしかなかったんだ」


 バッケル伯爵は私に同意を求めるような、そんな表情を向ける。けれど私は、こうするしかなかった。その言葉に違和感を覚える。しかしバッケル伯爵は私に考える隙を与えないつもりなのか、私に言葉を追加した。


「だからゾーイ、君がここに来た事は誰にも言わない。だから私がここにいた事も誰にも言わないで欲しいんだ。これは取引だ。わかるね?」

「わかりました。では、盗聴器の有無だけでも確認してもいいですか?」


 私は秘密にしてもらえるのならば、問題の部屋を調べたいと思った。

 色々事情を抱えた案件のようであるが、私は魔法管理局の人間だ。つまり盗聴器を探すこと、そしてそれを不正の証拠として持ち帰ることが仕事なのである。


「盗聴器なんてものはないよ。あれは母の妄想なんだ」

「妄想?でも各部屋に届いた手紙を私は見せて頂きました。ですから、決して妄想ではないと思いますわ」

「母は君にそんなものまで見せたのか」


 バッケル伯爵がまるで私を脅すように一歩前に歩み出る。私はバッケル伯爵の思いつめたような顔を眺めながら、必死に状況を整理する。


 コーレイン商会はこの土地、つまりバッケル伯爵と定期借地権契約を結びたい。そしてバッケル伯爵は、経費がかかるだけ、利益を生み出さないこの土地をコーレイン商会に貸し出したい。そこの利害は一致している。だけど、シーラ様は反対していた。


 つまり――。


「こうするしかなかった。さっきの言葉の意味ですが、この屋敷に盗聴器をしかけたのは、バッケル伯爵、あなたですね?」

「ゾーイ、何を言い出すんだ」


 またもやバッケル伯爵が一歩私に近づく。そして私が一歩下がると、最悪な事に私の腰にコツンと階段の手摺がぶつかる。

 屋敷の中心にくるくると螺旋を描くように作られた階段。螺旋階段は見た目には芸術的で大変美しい。しかし中心が空洞になっている所がたまにキズ。何故なら、バッケル伯爵に今強く体を後ろに押されれば、私はその空洞部分から落とされ、玄関の板に頭を打ち付け死亡しかねないという状況だからだ。


「バッケル伯爵はこの土地をコーレイン商会に貸し出したい。けれどシーラ様はそれを嫌がった。でも住人が出ていけば、次に入る人なんて見つからない。何故なら、変な噂が立ったアパートメントになんて誰だって住みたくはないし、そもそも周辺の土地は既にピム・コーレインに貸し出されている。となると、いずれは追い出されてしまうと誰だって危惧しますもの。そして誰も入居しない事で、経費ばかり嵩むこの屋敷の立つ土地を貸し出そうと、バッケル伯爵はシーラ様を説得しやすくなる。違いますか?」


 私は一気に自分の仮説を口にした。

 するとバッケル伯爵は諦めたようにジャケットの胸元に手を入れ、赤く染みのついたハンカチに包まれたナイフを無言で取り出した。


「ま、まさか、最後の住人を殺したんですか?」


 私はナイフを包む赤い血を見て青ざめる。

 流石に殺人までするだなんて思っていなかったからだ。


「母は頑固でね。もしかしたら既にボケてしまって正常な判断が出来ないのかも知れない」


 バッケル伯爵のその言葉に私の体に沸々と怒りが湧く。

 シーラ様は女手一つでバッケル伯爵を育て上げた。しかもご主人が残した遺産を一つも減らすことなくだ。育児をしながら爵位を守り抜くために懸命に働く。それがどれだけ大変なことか。今の私にはよく分かる。

 そして何より一番悲しいのは、息子を思う優しい気持ちが全く息子に届いていないということ。


「シーラ様は、一生懸命あなたを育て上げたのに」

「関係ない。生んだのは母だ」

「そうだけど、母親だって子を選べないわ」

「くっ、そ、それはそうだが」


 バッケル伯爵が言葉に詰まる。

 私はこの隙にずり落ちた分厚いレンズの入った眼鏡をクイッと上げ、馴染むポジションに戻す。


「あぁ、しかしその眼鏡、何というか懐かしいな」


 バッケル伯爵は私の分厚い眼鏡を見て、突然くすくすと笑い出した。どうやら情緒不安定のようだ。しかしこれはある意味チャンスとも言える。


「そうですね。私も久しぶりにかけてみて、とても懐かしく感じます」


 私はこっそりポケットに手を入れ、そこに入っていた緊急魔法通信機、『おたすけ丸』に触れる。平たい円形のそれは、魔法科学研究局……というかこのネーミングセンスが示す通り、主にユリウスが中心となり開発した護身用アイテムの一つだ。

 名前についてはさておき、その機能は折り紙付き。真ん中についた緊急ボタンを押すと、魔法科学研究局に応援依頼と共に位置情報が伝達される仕組みになっているのである。


「フロールに比べると、随分冴えない子だと。皆君の事を密かに心配していたものだよ。ただ最近ではそれは私達の思い過ごしだったなんて噂をしていたんだけれどね」


 私はバッケル伯爵が長々と思い出話しに花を咲かせているようなので、今がチャンスとばかり、私は迷わずポケットの中でスイッチを押した。すると、カチリとスイッチを押した音が大きく辺りに響いた。


 というか、魔法研究所、いやユリウス……音がしたら台無しですよね?緊急用ってことは、大抵がまずい状況なわけで、それなのに敵にわかるくらい大きな音がしたら、もっとまずい状況になるとか普通予測できますよね?


 私はユリウスの顔を頭に思い浮かべ、恨みつらみを密かに告げ半目になった。


「何だ!!何をした!!」

「何も?」


 私はポケットから素早く手を出し、両手のひらを上に向け、全力でとぼける。


「ブレフトには悪いが、君には死んでもらう」

「いちいち口にされなくても、そんな気がしているので大丈夫です」

「死ぬ覚悟が出来ているということか」


 バッケル伯爵がニヤリと口元を歪ませた。


「私はこう見えて、実は魔法科に余裕で入学出来るくらい魔法が得意なんです。だけどお父様が女なのに回復魔法ならともかく攻撃魔法が得意だなんて、そんな事を世間に知られたらお嫁にいけなくなるからって。だから私は渋々家政科へ通う事になったんですよ」


 私は秘密を一つ暴露した。そしてパツと左手を開き、その手に魔法の杖を召喚する。


 魔法使いが各々召喚する杖は、その人が強く秘めた物を具現化すると言われている。

 そんな私の杖は、黒壇のような色をした杖で、柄の先にどくろがついているという、思春期感満載なもの。更にありがた迷惑機能として私の魔力に杖が同調すると、何故かどくろの目が赤く光るというプレミアム思春期仕様になっている。


 一言で今の気持を表すならば、恥ずかしいが正解だ。

 マルセル君の前では絶対にこの杖は見せたくない。

 見られるくらいなら、潔く敗北を認め降参する。


「魔法科に入学できるレベルだと!?」


 驚くバッケル伯爵。

 そりゃそうだろう。だって、初めて明かしたし。それにこの国では魔法使いは多くとも、魔法科に入学出来るレベルとなると、ほんの一握りにガクンと減るのである。


 つまり私は魔法使いの中で、エリートと呼べるくらい魔法が得意なのだ。だだその事を、お父様に言っては駄目だとひたすら口止めされているという、実に使い所のないエリート魔法使いもどきなのである。


「そして私には、密かに魔法を教えてくれるムカつく先生がいて、家政科時代はその人に魔法で放課後いじめられたり、いじめかえしたり。わりと楽しく青春あおはるしちゃってたんですよね、瓶底眼鏡の分際で」


 てへへと私は肩をすくめ、バッケル伯爵に向けて杖を軽く振る。すると私のドクロの目が赤く発光し、ユリウスとの特訓で鍛えた必殺氷結魔法が発動する。そして瞬きをする間に、バッケル伯爵はその場でカチンコチンに固まってしまった。


 私は左手に召喚した杖の召喚を素早く解いた。人に見られたら流石に結婚出来ないレベルで恥ずかしい杖だからだ。


「久しぶりに使ったけど、やっぱり芸術的で、とっても涼しげね」


 私はナイフを振り上げたまま、驚愕した状態で氷漬けになるバッケル伯爵の出来栄えに満足げな顔になる。


「全くか弱い女の子が丸腰で、しかも一人でこんな屋敷を捜査しにくるわけないじゃない」


 私はパンパンと手を叩き、それから壁時計を眺める。


「あっ、まずいわ。もう帰らないと延長料金を取られちゃう」


 私が呟いた途端、階下が騒々しい音を立てた。私は手すりに身を乗り出し下を覗き込む。

 すると私の視界には黒い騎士服に身を包んだ男性が二名ほど、階段を駆け上がってくる姿が映り込んだ。どうやら私の送信した救援信号を受け取った警らが駆けつけてくれたようだ。


「よかった。これでマルセル君を迎えに行ける。今日も一日頑張ったーー!!」


 私はその場で伸びをしてふと気付く。


「あっと。また今日も告白出来なかったし……」


 私の中に充満していた達成感に満ち溢れた満開の気持ち。

 それが一気にシュンと、全面的に首をもたげてしまったのであった。

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