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010 嫉妬ではない

 私はマルセル君と未来の私が家族で何度も訪れた事があるというレストラン、フィッシュアンドベアーズで食後のデザート。見た目にも華やかなトライフルを堪能していた。


 しかしマルセル君と和やかに過ごしていた状況は一転、現在私は絶体絶命の大ピンチを迎えている。


 何故なら今まさに、私達がいる店にユリウス・クラーセンが来店したらしいのである。私は振り向いて確認する気も起きないが、マルセル君情報によると赤毛の綺麗なお姉さんとやらをエスコートしているとのこと。しかも魔法科学局のローブ姿ではなく、黒いスーツを着ているらしい。つまりユリウス・クラーセンは、赤毛の綺麗なお姉様とデート中ということなのだろう。


「けど何で?あいつ昨日は徹夜っぽかったのに。だから私は最大限、譲歩の気持を持って昼間ベンチで肩を貸してあげたのよ?」

「えっ、母様昼間に父様と会ったの?デート?」

「あ……うん。まぁ」


 私は挙動不審気味に目を泳がす。


「で、何だって?父様は超時空転移ドライバーを直せるって?」

「補助電源がついているらしくて、強制再起動が出来れば無事出発点に戻れるって」

「……修理は?」


 鋭い視線を私に向けるマルセル君。


「頼みそこねた」


 私は出来る限り婉曲して伝えた。


「そもそも母様、頼む気ないでしょ?」

「そ、そんなことは」

「悪いけど僕だって時空で迷子になりたくない。ちゃんと父様に見てもらってからがいい」


 マルセル君は大真面目な顔で私に主張した。確かにマルセル君の身の安全を最優先すべきなのだから、全くもってその通りだと思う。


 しかし、こちらにも色々と大人の事情があるわけで。


 私は向かい側に座るマルセル君の方に身を乗り出す。するとマルセル君も私の方に身を乗り出し、必然的に内緒話が可能な距離になった。


「でもさ。マルセル君、お父様に内緒で超時空転移ドライバーを使用したんだよね?」

「……そう……だけど」


 痛い所をつかれたせいか、マルセル君が顔を曇らせる。虐めているみたいで気分は良くないが、私にも私なりに譲れない点があるので心を悪魔に売り払う。


「クラーセン様の言い方だと、超時空転移ドライバーはまだ試行錯誤してる所って感じだったよ?だからマルセル君の完成品を見せたら、マルセル君が未来から来た事がわかっちゃうよね?」

「それは問題ないよ。正直に僕は父様の子だって言うもん。それに超時空転移ドライバーは父様が貸してくれたって、ちょっとズルだけどそう言うもん」


 どうやらマルセル君は嘘をつこうとしているらしい。

 これは臨時保護者として見過ごせない案件である。


「辞めといた方がいいと思う」

「何で?」

「だって相手はあのクラーセン様だよ?嘘をついても「俺が子供一人で使わせるわけないだろ、馬鹿かお前は!?」って口汚く罵るね。絶対。私はマルセル君が傷つく姿を見たくないな」

「父様はそんな言葉遣いはしないけど」

「だから未来のあいつは頭を打ったんだってば」

「誰が頭を打ったんだよ」


 最悪である。何故か背後から会ってはいけないあの人の声がする。


「あら?奇遇ですわね、クラーセン卿」


 私は何とか取り繕うと、淑女の礼を取ろうと席を立とうとする。

 仕事中に遭遇した場合は同僚だ。敬称をつけなくて良い事は業務規程で決められている。けれど勤務外、ましてやこんな小洒落たレストランで会った場合、私は伯爵家の娘で、ユリウス・クラーセンは公爵家の嫡男様なのである。


「いい。お互い疲れているだろうし」


 ユリウスは手を翳し、立つなと私に合図する。ユリウスの目の下の隈具合に比べたら私は全然元気だ。けれど公爵家の嫡男様に立つなと指示されたので私はそのまま待機する。


「で、君の名前は?」


 ユリウスの視線が私をすり抜け、マルセル君に向けられる。私はマルセル君を凝視し。眼力で「クラーセンの名は絶対に出すな」と念を押す。


「僕の名前はマルセル・ク、クラーケン」

「…………」

「…………」


 ユリウスと私は二人同時に言葉を失った。

 どうやらマルセル君は先程私が口にした脅し文句。口汚く罵られるに決まっているという件を信じてくれたようだ。しかし、何だろう微妙に隠し切れていない気がする。


「君たちは、全く」


 大きなため息と共に大袈裟に左右に首を振るユリウス。その偉そうな態度に私はカチンときた。


「クラーセン卿、お声がけありがとうございます。私達は既に食事を終えておりますので、もうすぐおいとましますわ。クラーセン卿もお連れの美しい方が待ってらっしゃいますし、どうぞ、どうぞ、お戻りくださいませ」


 私はニコリと微笑む。そしてさり気なく私の視界を塞ぐユリウスの体から頭一つ分横に避け、ユリウスのデート相手とやらを確認する。

 するとすぐ、少し離れたテーブルに座り、シャンパン片手にこちらに顔を向ける赤毛の女性と目があった。意味ありげに少し誇ったような笑みを私に向ける女性に私は眉を顰める。


 私は完全敗北の体で慌ててユリウスの体を盾にするように女性から身を隠す。


 そして嫌でも脳裏から離れない美人な女性の存在を客観的に振り返る。一言で言えば私に少しだけ足りない、女性としての魅力を兼ね備えた大人っぽい美人。なるほどユリウスはあんな風に私と正反対気味の女性がタイプなのかと理解し、私の心はざわついた。


 でもよくよく考えて見れば、ユリウス・クラーセンの女性の趣味なんて、私にはどうでもいいことだ。だって私はユリウスなんて好きじゃないわけだし。


 私はクイッと顔を上げ、隣に立つユリウスを見上げる。


「クラーケン、あら失礼。ええとクラーセン卿。素敵な女性がお待ちかねのようですわ。時間は有限ですのよ?最大限有効に使われるべきですわ」


 私は嫌味っぽく、要約すると早く席に戻れと口にする。何だかとっても苛々する。

 昼間肩を貸してあげて、束の間ではあったが私はユリウスを休息させてあげた。けれどあの時間は美人と過ごす時間の為の休息だったのかと、私の優しさが踏み台にされたように感じて何だかとても悔しかった。


「あのさ、もしかしてだけど」


 ユリウスが私に探るような視線を送ってくる。


「なによ」


 つい、いつもの調子で返してしまう私。


「もしかして君はいま、嫉妬してたりするのか?」

「してないし」


 ユリウスの言葉に被せる勢いで私は否定する。


「けど、今の言い方って」

「顔がいいからって、誰しもがあなたに惚れると思ったら大間違いなんだけど。そりゃ大抵の人はあなたの容姿にコロッと騙されるかもだけど、中には珍味な趣味を持つ人だっているの。それが私よ」

「珍味?」

「そう、希少な存在に価値を見出す少数派、通称珍味。つまりみんながあいつ嫌いって思うような人を好きになるってこと。よってあなたみたいに、みんなにちやほやされている人は私のタイプじゃないの」


 私はプイッとユリウスから顔を逸らす。


「なるほど。まぁいいや。俺の勘違いだった。すまないな」


 謝って許されると思うなよ。私が肩を貸したあの重たさに耐えた時間を返せと、更に私は文句を追加しようと口を開く。


「そう、完全なる勘違い。くれぐれも……痛っ」


 私は机の下で誰かにふくらはぎを思い切りつねられた。


「いたい、何で……」


 若干涙目になった私が机の下を覗くと暗闇の中、二つの目がこちらを睨んでいる。


「きゃっ!!」


 思わず私は横に立つユリウスの腕をしっかりと掴む。


「い、いる。おばけが。そこに」


 私はユリウスの腕を引っ張る。するとユリウスが私の手に軽く一瞬だけ触れた。

 よくわからないけれど、私はそのお陰で何となく怯える気持ちが落ち着く気がした。


「君の連れ、マルセル・クラー……ケンだと思うが」


 ユリウスの指摘で我に返る私。慌ててユリウスの腕から手を離し向かい側を確認する。すると確かにマルセル君の姿が見えない。


「マルセル君?」


 机の下に声をかけてみると、向かい側にニョキッとマルセル君の頭が出現した。


「フォークを落としちゃって」


 えへへとはにかむマルセル君。確かにその手にはフォークが握られている。


「フォークを落とした時は給仕に拾ってもらうの。物を拾うのは恥ずかしい行為だから。次からはそうしてね」


 口にしてから「あっ」と私は直ぐに反省する。

 今のいい方はお母様っぽい言い方だ。そして考えるより先に、咄嗟に口にしてしまったという事実も私を落ち込ませる。何故ならやっぱりこの先も私は今みたいに、自分が嫌だと思った事を我が子に押し付けてしまう。そんな未来しか来ないに違いないと、自分の行末に不安を感じたからである。


「いいか?君がマナー違反をすると、同席にしてる彼女に恥をかかせる事になる。それは男として格好悪いことなんだぞ?」


 自己嫌悪の塊になって、今にも泣きそうな私の代わりにユリウスがマルセル君に優しくフォローの言葉をかける。同じ事を注意しているはずなのに、何故かユリウスの言い方の方がずっと心に響くと私は感じた。


「格好悪い?」

「そうだ。君がフォークを拾った事によって、ゾーイ嬢はマナーがなっていない男と食事をする女性だと周囲に思われてしまった。彼女はいつだって、誰よりも美しい所作で食事をしようとする努力家なのに」


 ユリウスの言葉に私はドキリとする。ユリウスとナイフとフォークを使うような食事をした事なんて数回程度だ。特に仕事を始めてからは、ベンチでナプキンに包まれたサンドイッチを一緒に食べた記憶しかない。


 見られていたと思うのは自信過剰過ぎるだろうか。

 だけど、そうじゃなきゃ今の言葉は出ないはずだ。

 とすると、まさか、ユリウスは私を。


「ごめんなさい」


 私の思考を遮る形でマルセル君が頭を下げた。


「別に謝る必要はない。次同じことが起きた時今日の事を生かせれば、今日の失敗は無駄じゃないからな。むしろ失敗したから気付けたんだくらいで行こうぜ?」


 漂う重たい空気を吹き飛ばすよう、ユリウスは明るい顔をマルセル君に向ける。それから徐にユリウスが腕を伸ばし、俯くマルセル君の頭をクシャクシャと撫でた。あくまで前向き。フォロー上手なユリウスを私は目の当たりにし、少しだけ懐かしく思った。

 学生時代から、彼には人を伸ばす才能がある事を私は知っているからである。


「はい、()()。僕頑張ります」


 顔をあげたマルセル君が、明るい顔で元気に答えた。

 素直で可愛くていい子には違いないが、色々と台無しである。


「お取り込み中、申し訳ございません。クラーセン卿、お連れの方が」


 あなたは神か?ついそう思ってしまうほど絶妙なタイミングで店の給仕がユリウスを呼びに来た。


「わかった。今戻る」


 ユリウスはマルセル君の顔を確認するようにジッと見つめ、それから私に何か言いたげな表情を向け固まった。


「えーと、この子は今、ホームシックなので男の人を見るとつい、「お父様」と間違えて口にしてしまうのです」


 私はそれらしい言い訳を口にする。

 咄嗟に思いついたわりに悪くはない言い訳だ。


「間違える?」

「ほら、学校で教師をついお母様と呼んでしまう、あの現象と同じですわ」

「……なるほど」


 顎に手を当て、妙に納得した顔をするユリウス。

 これはまさか。


「クラーセン卿にもそのようなご経験が?」

「ふむ。なきにしもあらずだな」


 肯定の言葉を返され私は驚く。と同時に出会った頃の生意気盛りなユリウスが教師をうっかりお母様と呼び、顔を赤く染める状況を想像し、何だか胸がスッキリして、それから少しだけ微笑ましい気持ちに包まれた。


「ご経験済みならば、この子の気持ちも理解できますよね?」

「わかった。全く君は相変わらず手強いな」

「お褒めの言葉ありがとうございます」


 私は最後にしっかりと、ユリウスに微笑みかける。

 するとユリウスは私に苦笑を返してきた。この勝負、私の勝ちだ。たぶん。


「ま、今日のところは見逃してやる。けど、そろそろ君も素直になれよな。俺はとっくに大人になってるぞ?じゃ、楽しんで」


 捨て台詞のような言葉を私にかけ、ユリウスは給仕と共に赤毛の美人の元に帰って行った。


「全く焦ったし、訳がわからないわよね?」


 私は残りのトライフルを口に運びながら思わず愚痴をこぼす。


「やっぱり父様と母様は想いあってるんだね。良かった」

「そ、そうかな?」


 マルセル君の言葉に先ほどチラリと私の脳裏をよぎった、「もしかして」の甘い気持ちに拍車がかかる。


「でもさ、母様は早くちゃんと父様に告白しないと駄目だと思う。ぐずぐずしてるとあの人に取られちゃうよ?」


 マルセル君がもっともな意見を口にする。


「だけどそんな選択もありかも」


 自分で口にしてチクンと蟻に噛まれた程度、私の心は僅かに痛む。


「だーかーらー。親の責務!!」


 私はギロリとマルセル君に睨まれる。

 全く生意気な子である。親の顔が見てみたいと内心呆れた気持ちを抱き、それは私の可能性もあるのかとすぐに気付いた。


「子育てって難しいわ」


 私は小さなため息と共に愚痴を吐き出す。

 婚約者もいない、よって結婚の予定すらない私の頭を占めるのは、幼い子の生意気さ。


 一体どうしてこんな事に巻き込まれているのだろうかと、私はひたすら困惑しドッと疲れた気分になったのであった。

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