あの子が欲しい
勝って嬉しい花いちもんめ
負けて悔しい花いちもんめ
隣のあんさんちょっとおいで
あれが怖くて行かれません
お釜かぶってちょっとおいで
お釜底抜け行かれません
座布団かぶってちょっとおいで
座布団ぼろぼろ行かれません
あの子が欲しい
あの子じゃわからん
相談しましょ
そうしましょ
*
畑と智盛の会話
「先ずは口調を、もう少し正す所から…」
「はー?会話出来るから良いだろ」
「会話が出来ても相手の立場にはなれてないぞ」
「そうかあ?杏華は喜んでたけどな」
「何故杏華君が出てくるんだ」
「昔、一緒に本読んで練習したからな」
「昔?喋り方が違ったのか」
「おう」
「どんな?」
「…物申せと言う知らぬとは難儀な事だ」
「…ああ、そういう…」
「理解及んだか」
*
丸い丸い二つの月が今宵は出ていない。龍の瞳、光瞳。淡く光る星々は巨大な龍尾街を夜空から見下ろし寄り添うように照らしている。少しづつ拡大しつつある街と外を遮断させる壁は高く厚く何者の侵入も拒むようだ。そして、それは内側からの脱出も拒むものである。
紅い髪をした少年は簡単な荷物だけを背にし幾つか存在する門の出入口の、外と中を繋ぐ空間内の一つで自衛団の面々と口論をしていた。大人な彼らは子供の我がままに付き合っている暇は無い。ピリピリとした雰囲気の中、子供は追い返そうとしている彼らに対して一切引く気の無い態度で言葉を放つ。
「通せ」
「いやいやいや」
煙草を口にした男が手を横に振って否定する。
「通すも何もね、どうやって入れたか知んねーけどね」
子供相手なので言葉を選んではいるようだが男は苛立っており横に並ぶ他の仲間も呆れ顔で少年を眺めていた。
「ここは禁止区域なの分かるかなボク?分かったらママの所にお帰り」
少年を距離のある外に出す為に仲間の一人は耳に付けた音声機とやり取りしており厄介ごとを、さっさと終わらしたい雰囲気がある。
「我の畏友が封鎖された外壁の先に至る可能性が有る。否、龍尾から僻遠転地有と星ノ転変にて出た。我は…俺は行かねばならぬ」
「は?何言って…いやいや知らねえよそんなん。どうでもいいわ。お仕事の邪魔なの分かる?分かるよね?」
「俺を通行させれば終わりだ。簡単だろう」
「うんうん!そうだね、じゃあ通しませーん!!」
男はギロッと少年を見下げた。
「そんなんで地区外に一々出してたら洒落になんねーよ!馬鹿かっ!」
少年は真顔で男を見返した。
「…あまり言ってくれるな。手加減が出来ぬ故、荒事せずに済みたい」
そんな少年の言葉を無視して自衛団の面々は各自喋り出した。
「ええ、そうなんです。子供が一人中間地区に迷い込んでいまして…」
自衛団の女は音声機に向かって呟き。
「まあ夢見る年頃だわなあ」
鳥ガラの見た目の男は肩を竦めて言い。
「家出かー?連絡先分かるボク?」
巨体な男は比較的優しい声色で言い。
「黒歴史入りすぎだろ。怖い怖い」
煙草の男は鼻で笑う。
「…あれが離れて思ったのだ、あのような機運は幸運だったと。片時も離れれば身は憂鬱に染まる。俺も幼い慢心故、確信から目を逸らし…怠り…誤った。情けない…小鳥を籠にしまう気は無いが瞳に宿せぬのは我慢ならん」
「何言ってんのコイツ…青少年の独白?めっちゃ恥ずかしい奴じゃん…引くわー…」
「畏友…否、あれぞ運命…そうだ。俺は消えた運命の伴侶を探している」
沈黙。
流れる風に乗って大きな笑い声が響き渡った。自衛団面々が涙を浮かべて大笑いしている。
「何故笑う」
不思議そうに見つめる少年。
「そりゃあオマエが間抜けな事をほざくからだよ」
煙草の煙を少年に、吹きかけて目を細くした男は馬鹿にした顔で言う。
「近場の公園でも行けばぁ?ボクちゃん」
煙を避けもせず少年は眉を顰め言う。
「お前は愛する者が消えた時、間抜けな事だと笑うのか。難儀だな」
男は神経を皮膚に浮かび上がらせると煙草を歯でギリリっと噛み、捲し立てた。
「はああああぁぁ?ああいえば、こーいう!何だこのクソガキっ!俺達はテメーの妄想に付き合う気は、ねーんだよ!とっとと帰れ!」
「断る」
男は煙草を唾と共に少年に吐き捨てた。少年は静かに避ける。
「摘まみ出してやる!」
少年の背負った鞄を持つと男は腕の筋肉に力を入れて、そのまま振り飛ばそうとする。
「はい。特徴は先程申しました通り…え…?欠けた角…?」
音声機で会話をしていた女は、ふと顔を上げて少年の方を見た。
「ガチ切れしてら~」
「手加減しろよー」
巨体と鶏ガラは止めず傍観。煙草男は進まない少年に片眉を上げ。鞄の引きずりが効かないのならと頭を髪ごと持って引っ張ろうとした。
「って妙に踏ん張ってんじゃねーよ!素直に来ねえならハゲになるぞ!」
ギチッ。
流れる風が夜の雲を動かして星を隠したり見せたり。紅髪の少年の髪が男の手の平で上がり無表情から覗く金色の瞳が暗い中でも光を帯びている。それは何処かで見た事のある色だった。光瞳。今宵は出ていない、それが、そこに在る。女は息を飲んだ。
ギチチチッ。
「はっ、あ…」
煙草男は少年の片手に掴まれて硬くなった腕が持ち上げられる感触に戸惑いの表情を浮かべた。少年の長めの前髪は後ろに下がり、そこから硬い見た目をした突起が二本、額皮膚に隣接している。そこに映ったのは前に存在しただろう失われた角の痕。
「触るな」
「あ、あぁ、ぁ」
ボキッ。
掴んだ手の平の中の親指一つに少年が力を入れると煙草男の腕から嫌な音がした。
「あぁ!?あああ!ああああああ!!」
痛みに叫び地面に膝をついた男に自衛団の面々は静まりかえる。
叫んだ男も、歯を食いしばって深く鼻で息をして少年を悔しさと怯えを含んだ表情で見。手を離した少年は静かに大きな門の扉を見据え歩きだす。
「…くそっ」
煙草男は悪態をついたが、それ以上は動こうとせず。他の男二人も、ただ息を飲み。女は唖然と呟いた。
「…本物の龍神…」
少年が門に両手をかざし腕力で開けていく。街を囲む背の高い門は本来、電力を入れなければ開きはしない。
しかし。
ゴゴゴゴゴ…。
鈍い音を立てて扉が動き徐々に空間を広げていく。
「ああ!クソ!クソ!緊急事態だ!」
痛む腕は、だらんと下げたまま煙草男は音声機を点け連絡をする。焦った叫びに応答はあるが少年は、そんなものを待ちはしない。もう少しで少年一人が通れる隙間が出来る、その時。
「駄目ですよ」
ふと、空気が変わった。
自衛団の面々は何時の間にか現れた黒服のサングラスを着けた男に目がいく。
「ここは、彼らは、街を護る砦です。神に近しき貴方が民の命を安易に窮地に立たせるような事をしないでください。龍神王様も、お怒りになるやもしれません」
「…もう俺は、あれの子ではない」
「いいえ、いいえ。継承権が無くなろうとも子である事は変わらず。貴方が龍神である事も変わらず。そして民を護るべき存在である事も変わらない」
「望んでいない」
「貴方が望まなくとも、これは決定事項です。神に意思は関係ありません」
「……」
優しい声調で少年の後ろから手を伸ばすと黒眼鏡の男は手を門につけ光を生み出す。現れた魔方陣は直ぐに門の口を、ぴったりと閉鎖させ沈黙を与える。
「あの子は全力で探させて頂きます。なので帰りましょう」
「…嫌だ」
「…智盛君」
黒眼鏡が身を下げて微笑み囁く。
「これは命令です」
応援の別団が来る前に静かに帰っていく二人の背を自衛団の面々は、ただ黙って見つめるのだった。