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アウェイな屑  作者: いば神円
一幕 始まりの音
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6 猫の花飾り

 


 龍山、この国で愛される聖なる山で師匠が引きこもりになってから、どれぐらいが経ったのだろう。大陸から旅立って海に浮かぶ鎖国的な龍日国に来てからというもの毎日毎日、あんまりにも仕事がなさ過ぎて暇である。この国ならではの力なのか環境なのか頼られる事が少ない。変な国だ。そう彼は思った。

 そもそも師匠は何故自分に情報を提示しないのか。弟子を置いて何やら使命感に燃えて重大な事をしている風だが事情が分からなければ何も出来ない。自分は優秀で出来損ないなのだから。全く弟子の使い勝手を分かっちゃいない。弟子の善し悪しを決めるのは師匠だって言うのに暇にして、やさぐれそうだ。

「全く困った師匠だにゃ~」

「はいはい、どいたどいた!」

「邪魔だぞ猫野郎」

「おーい脂ねーぞ!」

「銃点検すら出来ないなら場所取らずに出ていってくれよ」

 騒がしい護兵の集団は毎日毎日忙しそうだ。この優秀で出来損ないの弟子を本当に出来損ないにする忙しさ。嫌になる。師匠帰ってきて。悲しい。

「キャットフードでも食べてな!」

「にゃんっ!」

 外に足蹴りで飛ばされて地面に転げる。何て酷い奴らだ。

 猫の手でも借りたいと言うから席についてみれば遅いやら下手やら文句ばかり。一応、師匠が雇い主の一人なのだから、もう少し考えてほしい。

 というか誰も構ってくれない。寂しい。

 この弟子を優秀にする為には人間関係チームワークが大切だと言うのに。全く。困った奴らだ。

 土がついた服の汚れをはらうと愛猫要素チャームポイントの猫耳からズレた帽子を定位置に戻す。全く、どうしたものか。分かっている。流石に居辛い。役立たずのレッテルをはられている。実際師匠がいないと役立たずだ。

 石で地面に猫と魚の絵を描いて、ぼんやりと思う。


――……近くの街にでも行って、おさかにゃとか可愛いメスとか味わわなきゃ、やってらんないや…


 にゃッと石を天幕に投げると怒声が聞こえて尻尾を丸くしながら、その場を逃げ出した。

 そして師匠の代わりの代表者に直訴する。

「街で息抜きしてくるにゃ!!!」



 *


「ろーりんろーりん♪にゃんにゃっにゃっにゃ~♪」

 大陸で堅実に働いてきた毎日毎日ヤバい仕事もして師匠と共に、えんやこら。学びも復習、予習も龍日国に来たって遊びに行かず付いて来るなと言った師匠の帰りを修行しながら待った。そして気付けば役立たずのレッテルだ。

 龍日国ならではの旅館や新鮮な生魚や景観。試してみれば楽しいじゃないか。

 折角、鎖国的で大陸からは雲隠れの国と噂される謎の国に長い滞在の許可を貰っているのだから遊ばな損々。名物の龍舞子と上半身裸で踊って豪遊しようが今まで貯蓄していた金貨は山ほどある。龍日国は電子数字ポイントで払う所も多いが金処データーから換金すれば問題ない。

 楽しい。メス綺麗。

 そうして連日連夜、遊んで遊んで遊んで。

「飽きたにゃ……」

 夜道を猫柄の回転靴底ローラースケートで進んで散歩する。金はあっても芸術性の高い龍舞子は、その先にはいけないし。その上、世の中、雌猫の獣人は人気なのに雄猫は大陸に続き不人気だ。国を超えようが不人気なのは変わらない。分かっていたが淡い期待があった自分が情けない。将来のお嫁さんの為に金だけは貯めているが誰もなりたがらないし構ってくれない。

 無気力な気持ちにると一気に飽きて、だからと言って護兵達の元に行っても同じ事の繰り返しだ。やる事が無く暇で夜道の公園を散歩していたら人間の発情した男女がねんごろになっていた。

 遠目に見える仕事帰りっぽい男女。芝生の上で、クチャクチャクチャクチャ。


――……え~~~!アオカンだ…!生アオカン見ちゃった!


 思わず横目で揺さぶりを見ながら音だけ聴いて羨ましくなる。足を滑らしながら携帯を開いて龍日国でも、あるだろうと花売館を探す。高級花売館に獣人大歓迎という明るく可愛らしい文字とメスの情報を見て即座に予約する。夜空を見上げた。

 この国では龍の輝く瞳から光瞳と言われている双子月を見る。大陸では双子の月とされているそれは今夜は欠けて二つとも三日月だ。寄り添った双月を見ていると感慨深い息が漏れた。

「……なんか」

 楕円形の真っ直ぐな瞳で胸奥にトキメキを光らせて。うっとりと。

「バックみたいだなあ…」

 ふうっと息を吐き、ノリノリで道路に出て今日は妙に渋滞が激しいようなので自動タクシーは呼ばない。ローラーに強化魔法と補助化、吸収反動を広げ跳遊戯トランポリン上に身を高く跳び上げて目的地まで道短縮ショートカットで進む。

 龍日国の花売館の増やし金は、どんな感じ、なんだろうとか。何までなら、ありなんだろうとか。夜空を跳ねながら考える。

 使った魔術に反応してか背中の魔方陣の刺青がポヤポヤ光って辺りに光の粒子の粒を落としていく。

 自分は師匠の精霊じゃなきゃ何故か攻撃系の魔術は使えないけれど強化や補助なら何時だって他の精霊が手をかしてくれる。愛され系猫なのだ。

 師匠の精霊が側に居れば最強で最可愛の猫なのに誰も分かちゃいない。

 後で吠え面かくなよ護兵共っと思いながら高いビル上に存在する高級花売館に窓から入り込んだ。驚いたボーイが腰を抜かしそうになっていたが気にしない。元気よく挨拶した。

「こんばんにゃ~!!!」



 *


「猫のだんな。お泊まりなんて良いの?高いよ」

 魚人族の女が指の間の膜をパカッと開いて冷たい手の平で猫の頬を触る。

「いいにゃ~!おさかにゃとゴロゴロするにゃ~」

 ふかふかの寝台の上で寝転がりながら魚人の女の手の平に猫は頬を気持ち良さそうに擦り付けた。薄い肌色の膜は照明の光を通す。どうやら神経は巡っていないようで水かき用の代えのきく皮膚らしい。

 龍日国は海に囲まれている。海にも魔物は居るはずだが護兵が、あれだけ動き回っていると考えると街の近くの魔物は定期的に討伐されているのかもしれない。

 大陸と違い、この鎖国的な国は雲隠れの中に、まだ雲隠れを隠しているらしい。

 街の人間はID管理され基本的に外に出させない。国の関係者、護兵や自衛団になれば別だが、その他は特別な許可がいるようだ。

 個々の街自体は広く不便が無い。大陸の事を考えれば理想的な姿とも言えるが情報を知らない無垢な雛鳥が多すぎるのも、どうだろうか。安全に浸かりすぎて防衛本能が希薄だ。大陸でも街の中で一生を終える者は存在するが日常的な魔物の情報は見たことが無くとも公開されていた。そして、その情報で各々の命を守っているのだ。

 変わった国だ。

 もう何度も思ったが変わっている。何故ここの国の者達の殆どは己が箱の中に閉じ込められていると気付かないのか。開けようという思考すらない。疑っていない疑う必要も無い。そんな雰囲気に疑問だけが浮かぶ。

「猫のだんな?」

 女が黙り込んだ猫に肌をぺっとりっと貼り付けて寄り添う。ひんやりしていて柔らかくて少し密着具合も強い。常に潤っている魚人の皮膚を触るのは今夜が初めてだったので猫は繰り返し触っては感触を噛みしめている。

 猫が今居る街は龍日国の中でも最大規模の街、龍尾りゅうおだ。他国となる大陸側から見れば、この街が顔となるだろう。情報は少ないが実際、大陸に居た頃に見た映像は、この龍尾街の映像だった。

 過去に美しいと思ったのは、この国の年越し龍渡りの日の映像。生神に向けて国は敬愛を見せ龍舞子は舞を披露し色鮮やかな花火が夜空に広がり。弾ける火花は星々のようで一度は行ってみたい国だと思ったものだ。

「どうする?」

「んにゃ?」

 触って癒されている内に少し夢現になり意識が飛びかけていたようだ。猫は、パチパチっと女に瞳を向けた。

「ねる?する?」

「にゃ…っ」

 まさかと思う。思いながらも先程の後でコレを言うならば次は『最後まで』という意味合いだろう。薬や避妊道具含めてだが、そう言った暗黙のお誘いがあるという。客側から、それをすれば失敗した時手酷い罰金等が行われるが。

 しかし。

「自分は猫の中でもロストの血が濃いハズレの方にゃ…」

 先程見ただろうが耳と尻尾を下げて落ち込んで言えば頷かれる。

「大丈夫よ。猫のだんな。相性は悪くないと思うの」

「にゃん?」

 魚人族の女は猫から離れると軽食で用意されていた果物や柔焼菓子パンケーキの所にある食器類から刃物ナイフを取り出して膜の張った手の平を猫に見せる。猫が静かに眺めていれば女は薄い膜にナイフを刺して下から上へ切り裂いた。

「ぎゃにゃっ!にゃ、にゃして…」

 猫が慌てて寝台から起き上がり女の手を抑え治癒をしようと魔術を展開しかけ驚いた。今の一瞬で傷が塞がっていたのだ。

「な、に」

「魚人族の血の濃いロストの特徴で自己再生能力が高いの」

「へぁ」

「そのおかげでピアスとかは余程特殊じゃなきゃ出来ないんだけどね」

「わぉ」

「大丈夫よ猫のだんな」

 女がナイフを元に戻し猫を寝台に押し倒す。上に乗った女は、そっと猫の下半身に手を差し伸べて撫でた。

「トゲがあろうと、あれぐらいなら直ぐ治るから安心して」

「……………痛くにゃい?」

 泣きそうな猫が恐る恐る言うと女は、ニッコリと微笑んだ。

「あたし痛さに鈍感なの」

 ちょんちょんと大事な所を刺激され猫は神に祈る仕草をして興奮で身体を朱く染めると女に飛びつくように抱き付いて叫んだ。

「花飾するにゃ!!」

「……え!?」

 猫の言葉に今度は女が驚いた。

「ぇ、えっと、どうしたの猫のだんな…」

 女の水っぽい肌に汗が滲んでいる。

「トゲが大丈夫だなんて初めて言われた!もう持って帰るにゃ!花飾りする!」

 花飾りとは花売館と女が決めた一定の金額で客が全てを買い上げる制度だ。愛ある家の花飾りになるという灰色な店の独特な文化で実際にする者は少ないが居ないわけではない。もちろん買われる花の承諾あってこそだが。

「え、そ、それは…お金を無駄にしちゃいけないよ猫のだんな…」

「無駄かどうかは自分で決める。必要にゃ!」

 部屋に待機する小型通信機器に手を伸ばそうとする猫。女は慌てて止めた。

「嬉しいけど猫のだんな。どう考えても初見で、それは流されてるだけだし早まってるよ!考え直して」

「直感は昔から当たるにゃ!」

 自信満々で言われ女はたじろいだ。

「えぇ…どうしよ…えーっと…」

 女は目線をキョロキョロさせて考える。

「アルシア」

「えっ」

「名前にゃ」

「あ…マーシャ」

「大陸出かにゃ?」

「ううん。海流に飲まれて、この国の網にかかるまでは海に住んでたから…海出かな…」

「おさかにゃ!」

「ふはっ、それじゃあ食べられちゃうよ」

「食べたいにゃー!」

「ふふ。もーだんなは…」

 仕方ないなあっとマーシャは笑って自分の値段をアルシアに教える。

 その後、小型通信機器で花売館と話をし一度部屋を変えて正当な誓約書類の手続きを終えると部屋に戻りアルシアはマーシャを腕に抱えて、はしゃいだ。

「本当に良かったのかなあ…」

 少し不安そうなマーシャだったがアルシアは心底嬉しそうなので、彼女は彼の頭を抱き締めて呟いた。猫獣人の柔らかな耳がピコピコしている。

「よろしくね…アルシア」


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