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アウェイな屑  作者: いば神円
一幕 始まりの音
6/45

5 気持ち悪い

 

 夏の始まりを意識させる虫の鳴き声。まだ学館指定の長袖ワイシャツ首飾紐ネクタイを絞め過ごしていたが日が昇ってくると暑さを感じる。朝は涼しく風は柔らかいが、もう少ししたら腕まくりをした方が良いかもしれない。夜を含めて温度管理が少し困る時期だ。とは言え真夏の猛暑に比べたら今の方が良いが。

 学力試験が終わり智盛の自由に任せていれば生徒会長と一悶着を起こす。止めはしないが彼は少し厄介な相手と感じた。

 彼は古来から伝統のある鬼の血族だ。古い物語によく登場しては悪役に描かれている鬼の血族。

 特に有名なのは物語に出てくる魔術士と、それに力を貸した龍神が呪われた鬼の血族を呪縛から解放し善意ある存在にするという物語だ。それから彼らは今のように我々と共存しえる存在になったと言われている。

 言われているだけだが。

 鬼の血族は未だに不明な点も多い。鬼宮に関しては真面目な正義感の強い男と感じるが血族に関しては特に語る様子は無い。彼らの所有する鬼ヶ島にて何が起きているか知るのは鬼の血族のみだ。

「チモってさ……決めつけられるの嫌うよね」

「おー吐き気がするな」

 道の自動歩行に乗りながら、のんびりと会話する。

「でも……アズカちゃんの時は大丈夫だったよね」

「あー? 芯……お前……」

 智盛の嫌そうな視線が向く。

「あの得体の知れない信仰野郎共と杏華を一緒にすんなよ……」

「違うかな?」

 先に階段に向かい手すりに乗って滑り落ちていく団子兄弟を眺め芯は視線を動かして智盛の目を見返した。

「ちげえ、ちげえ! 全然違う!」

「えー? どう違うのさ」

 階段を下りながら聞く。そう聞くと智盛は真剣な顔をして考える。

「え、あー……? アイツのは……キラキラしてて……なんか……」

 少し頬を染めて智盛はハッと顔を上げた。

「例えるなら砂漠の天然水って感じだろ!」

「……零点」

「え? は? ぜろ!?」

 何故だっといった表情をする智盛。

「……だ、だったら……砂漠の聖水……とか?」

「んー……氷点下!」

「なんでだよ!」

「なんか卑猥」

「ひわくねえよ! 聖水だぞ!」

「真面目に聖水はちょっと……」

 そっと苦笑いを浮かべる芯。

「え……? マジか……」

 声が小さくなる智盛。

「お薦めしないかな」

 ハッキリと言われ考え直し智盛は言う。

「じゃっ、じゃあ……砂漠に恵をもたらす女神! 女神ならどうよ!」

 名案だとした顔をする智盛に芯は言う。

「そもそもで行方が分からない初恋相手に対しての理想が気持ち悪いよね」

 智盛はショックを受けた顔をして遠い目をすると言い返した。

「芯……お前……遊んでんだろ……」

「あはは」

 そこへ息を吹き返したらしい鬼宮がやってきて叫び始める。芯は静観して、ふと中庭の真ん中に目を向けた。

 芝生の真ん中に生える大樹。あそこに蝉が止まり鳴いているのだろうか。


 ミーンジジジ。


 そんな音が耳奥から響き暖かな陽射しに照らされて風に髪を流される少女に目が止まる。

 少女の毛の一つ一つが風に揺すられる度に光の粒子が浮き上がり流れていく。何かが包み込んでいる、その姿に既視感を感じた。

 少女が動き目の前で騒いでいる三人の元へ向かう。その度に光の何かは少女を追いかけて揺れ動く。

 喉が鳴った。

 その場に固まっていれば智盛は嬉々とした声を上げ感動を噛みしめて少女、杏華を抱き締めた。唖然と二人を眺める。

 眺めていれば杏華の光の粒子が自分の元に近付いて身の周りを一周した。

 その途端、懐かしさが込み上げて吐き気がする。

 知っている。

 この光を知っている。

 芯は身の中で流れる血が酷く波打っている気がした。胸奥が痛い。血の流れが早い。

 苦しみに、じんわりと汗をかいていれば智盛が、やらかしたのが分かった。どれもこれも真っ直ぐで何かが何時もすれ違う。

 笑っちゃう。 

 悲しそうな表情で走って逃げる杏華を追いかけて光の粒子も去って行く。芯は騒がしい面々を置いて歩き出す。今なら間に合う。直ぐに出入口となる正門前で待っていれば放心状態の杏華が、とぼとぼ歩いてやってきた。

「ボーイ……今日は折角街に出て来たんだし、集合店舗モールにでも行ってオヤツとか……」

 ボーイ。

 それは彼女が昔飼っていた愛犬の名前。

 やはりかっと芯は思った。あの子は今も杏華の側にいるのだ。

「アズカちゃん」

 杏華に、ゆっくりと近付く。キョトンとした彼女の目を見た。

「良かった会えて」

 彼女の目が見開く。

「君を待ってたんだ」

「えっと……」

 警戒が見てとれた。智盛で一度、喜んで落ち込んだ手前また傷付きたくないのだろう。

「雉羽芯って名前も覚えてないかな?」

「……はい、ごめんなさい」

「あはは」

 顔を少し下げて、ぽつぽつと呟く。

「僕は……君と保健室で一緒に本を読むぐらいだけだもんね……」

 言われて杏華は申し訳なさそうな顔をした。言葉を探しているようだ。

「そういえば!」

 ハッとした表情で杏華の瞳を見る。淡い灰色の真っ直ぐな瞳が心配そうに芯を見返した。

「アズカちゃん去り際、走ってたけど大丈夫だった?」

「え……」

「ほら……心臓悪かっただろ? 何時も君が心配で……」

「……っ! は……はい!」

 明らかに頬を染めて喜びを感じている表情の杏華。

「い、今は全然大丈夫です!」

 大きな声で杏華は返してゴクッと唾を飲み込み芯の瞳を見て言う。

「……キジ君ありがとう……」

 芯は満面の笑みになり言った。

「ううん! 僕の友達が元気なら……とても嬉しいよ!」

 杏華がハッとした表情で固まり。頬を染めて耳まで朱くする。

「……ほんとに?」

「ん?」

「友達……?」

「そうだよ。僕らは友達だ」

 芯が優しげな表情と声で言うと杏華は、ほっと息を吐きキュッと泣きそうな表情で微笑んだ。

「ありがとうキジ君……」

「ちなみに昔は芯の方を呼んでくれてたよ」

「あ……シン君?」

「うん、アズカちゃん」

 杏華はニッコリと微笑んで、ハッとして自分の背負っていた鞄を両肩から下ろして言う。

「あ、あの私、通信機器をもらって……あ、携帯、これだ!」

 鞄から取り出した携帯を手に持つと杏華は電気を点けて何かを探している。

「連絡? かして僕がしよう」

「あ、ありがとう!」

 ふわっと頬を染めて杏華は携帯を差し出す。芯は笑顔で頷いて杏華に操作手順を、ゆっくりと教えながら連絡先を交換した。



 *


「そうか……古来学には、あまり来れないのか……」

 芯が心底残念そうに呟く。その反応に杏華は視線をキョロキョロさせて、そっと芯を見上げると囁くように言った。

「きゅ、休日とか……あ、遊びになら来れると思う……」

「本当? じゃあ今週でも来週でも遊ぼう。何処か行きたい場所とかあるかな?」

 杏華は瞼を瞑り少し考えて呟く。

「水族館……」

「いいね。行こう行こう確かイルカのショーがやってる所が……」

 杏華と盛り上がって話していれば芯に連絡が入り携帯の画面が光ったが見ずに閉じる。

「そうだモールに行くんだよね」

「うん! あれ? 言ったかな」

「挨拶する前に呟いてたよ、アズカちゃん」

「あ! そっか」

「よければ一緒に行く? 案内するよ」

 杏華はチラリとボーイを見て芯を見返して言う。

「とても嬉しいのだけれど今日は自分の用事ばかりだから……で、でも! 明日でも明後日でも来週でも!」

「あはは、うん大丈夫。じゃあ今夜連絡するね多分、電話の方が良いかな?」

「あ、も、もしかしたら街外に住んでるから電波厳しいかも手紙メールの方が!」

「メール……なるほど、わかったよ。じゃあ今夜メールするね」

「うん! ありがとう!」

 大きく手を振って去って行く杏華に手を振り返す。門から見えなくなるまで見届けて芯は踵を返した。

 携帯がまた連絡を寄こして来ている。見れば裏門から巨大長車トラックを出すらしい。どうやら本人が承諾した智盛の罰が何かしら行われるようだ。

 裏門へ向かって、ぼんやりと歩いていれば虫の耳鳴りが耳奥で酷くなっていく。


 ミーンミーンジジジ。バチッジジジ。バチッ。


 太陽に照らせれて、ひっくり返って起きれなくなった夏の虫が羽根を開こうとバチッバチッっと繰り返している。それを見つめると、より奥から過去の声がした。

『……シン君』

 ぼんやりとワタワタと動く手脚を眺め。

『このセミさん起きれないみたいだね』

 六本の手脚が空気を引っ掻いては行き場無く蠢いている。

『こうしたら』

 下にしゃがみ込み指先を伸ばす。

『あ! つかんだ!』

 指平を、ぐっと押し込むと蝉は、ジ……っと声を曇らせ芯の指先を少し苦しそうに引っ掻き掴む。

『やったあ! 飛んでる!』

 芯が指を上に向かすと蝉は勝ち取ったっとばかりに羽根を広げ空に飛び上がった。空は白い大きな雲が青空の中で広がり太陽の光りが去って行く蝉を飲み込む。

 それを見つめ芯は、ポツリと声を溢した。


「気持ち悪い」


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