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アウェイな屑  作者: いば神円
一幕 始まりの音
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4 女神よ何処へ

 

 青い空の下、体格が頑丈そうな少年の顔が視界に入り込む。近い。

 紅い髪、金色の瞳がキラキラして片耳に耳飾ピアス、にっと笑う歯は白く鋭い牙を持っており、こちらも頑丈そうだ。なんだか明るい少年に話しかけられて杏華は非常に戸惑った。

「えっと……どちら様でしたか……?」

「俺! 俺だよ!」

 知り合いらしいが杏華には思い当たらない。驚きしかない。

「申木智盛」

 不思議そうな杏華の表情に対して彼は笑顔だ。しかし普段、避けられてばかりの杏華は少し感動を覚え、じっと智盛を見つめて言う。

「サルキ……チモ君……」

「そうだよ杏華!」

 歓喜極まったとばかりに智盛は二人の下で動き続ける自動歩道に膝をつくと杏華をいきなり両腕で強く抱き締めた。杏華は驚いて息が止まる。

「あの後……姿が見えなくなって家すら無くなってて……」

 言っている内容は分からなかったが、ぎゅっと杏華を抱き締める智盛の腕が少し震えていて彼女は振り払えない気持ちになった。

「あー……生きてる……」

 名前も知っているようなので過去の知人だと予測できる。できるが杏華には、どう感動を返せば良いのか分からない。戸惑いばかりだ。彼女の思考が止まっていれば先程の少年達が自動歩道を逆走して戻ってくる。

「我らの智盛氏が感動の再会? をしております!」

「これぞ求愛行動!」

「セクハラ? パワハラ?」

「ゴウカンマ?」

 きゃっきゃっと楽しげにする少年二人の前で運動服を貸した鬼宮が側に近付く。人が増え圧迫感が増した。そんな中、杏華の首筋に額を乗せて智盛は静かに呟き出す。

「存在(ID)管理で一定以上の線を越えると逐一捕まるし……」

 存在(ID)管理。確か祖父の知人から聞いた事がある。街外にいる自分は今は所持していないが街から無暗に人を出さない処置らしい。祖父に会いに来る知人の中には杏華に霧の子と呟く者もいる。管理されていない者への総称らしい。今回だって特別処置で入った時に自警団の受付の人が呟いていた。このまま古来学で正式に認知されれば外との行き来が出来る特別なIDが出るらしい。そうしたら祖父の知人に頼んで買っていたボーイへのオヤツや玩具も自分で選び、手に入るようになる。杏華は、それが楽しみだった。

 そんな思案をしていれば智盛の息が杏華の首筋を撫で独特な感覚が皮膚の上を踊った。妙な感覚だ。

「こんな決まりを守る事に意味ねえって思ってたけどさ……」

 グッと杏華を抱き締める力が強まった。背筋が伸びる。

「生きてるなら、もう良いや」

 智盛が身を少し離すと杏華の頬を撫で自分の頬を擦り付けて耳元で言う。

「お帰り杏華」

 その囁きは何か酷く優しい響きで。杏華は『何故?』っと思う感情と少しの感傷の香りに、ただ智盛を見返した。智盛は、そのまま杏華の瞳を優しげに見据えると顔を近付け。

 鬼宮の手の平が二人の唇の間に挟まった。

「お、お嬢さんと知り合いのようだが」

 勇気を滲みだした声色。言いよどみながらも彼は言葉を続ける。不服の智盛の顔が鬼宮を見上げ。

「許可も無く唐突にこの行為は……宜しくないと私は思うよ申木君」

「はっ」

 智盛が小さく噴き出して笑う。それは思わず出たといった小さな響きだった。

「ゴウカン未遂ですねー」

「おまわりさーん」

 後ろの少年二人は煽っている。

「お前、最高に鬱陶しいけど、その曲げない所、根性あって嫌いじゃないぜ」

 憑きものが取れたような穏やかな表情で言う智盛に鬼宮は言葉を無くした。

「さ、申木さん……!」

 智盛の腕の力が抜けたので慌てて杏華が腕の中で距離を取って頬を染めて俯いている。

「ん」

 優しい声色で智盛は言う。

「くすぐってー智盛だよ智盛!」

「……チモ君……ご、ごめんなさい……チモ君が、お友達だと思ってくれてるのに……私……少々記憶が疎くて……」

 杏華は耳まで顔を朱くして片手の平の甲で自分の目元を隠し言う。

「でも、チモ君にそう言ってもらえて……とても嬉しく思います」

「……俺も!」

 智盛が胸を張り声を大にして言った。

「最高に、すんげえ嬉しい!!」

 杏華が驚きで顔を上げ智盛を見る。智盛はそのまま大きな声で叫んだ。

「龍山も余裕だぜ!」

「んんっ」

 国で一番高い山よりもと言われ杏華は言葉も出せず照れる。そしてニコニコしている智盛を見て杏華もニコニコし一人呟いた。

「じいちゃん……お友達……おったよ……」

 そんな喜びを凝縮させた杏華の小さな声に智盛は言葉を被せる。

「まあ今は友達じゃねーけどな!!」

 喜びを噛みしめていた杏華は固まった。がーん。そんな音が頭の中で響いた。重い鐘は鈍い痛みを杏華に味合わせた。ショックで頭の中が真っ白くなる。

「杏華は」

 希望に全力で浸して喜びを味わったら、おもいっきり突き返されてしまった。打ち上げられた魚がアスファルトの上で息が出来ず口をパクパクさせて絶望している心境だ。何故だ。だから祖父は街に行く事を渋ったのだろうか。

「俺の」

 杏華は泣きたくなった。静かに腰を浮かす。

「申木智盛!!!」

 大人の男性の怒声が上がった。見れば畑先生が木刀と布を手にし、ドスドスと駆けてきている。

「お前と言うやつはー!」

「げっ畑」

 立ち上がる智盛。

「げきおこ!」

「ぷんぷんまる!」

 煽る少年二人。

「鬼宮を裸にして外で走らせている連絡が入ったぞ!」

 怒気の圧力が凄い。鬼宮に布を片手で、バサッとかけると畑は智盛を見据え憤怒した。

「あれほど相手の立場を考えて行動しろと」

「わかった!」

「お?」

「悪かった! 俺が全面的に悪かった!」

 早い智盛の決断。戸惑う畑。智盛が鬼宮の目を見て言う。

「すまねえ鬼宮! 罰も受ける。だから……」

 鬼宮は唖然と智盛を見返した。

「今は待ってくれ」

「お、おう……」

 畑が少し引き気味で頷く。

「じゃあ……改めて杏華」

 智盛が喉を調え最高の笑顔で後ろに控えている筈の杏華に振り向いた。

「お前は俺の女神だ!!」

 しかし。

 何故か杏華は、そこにいなかった。

「…………あれ?」

 笑顔が引きつり智盛は辺りを見回す。

「この世は~」

「無情なり~」

 ブーブーっと畑にブーイングを送る二人の少年。

「ん? んん?」

 事情を知らない畑は戸惑いを浮かべたのだった。


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