2 花束
運動受講二階上。屋上に椅子を置き座って、ぼんやりと銀色の缶の表面が熱くなって煤色に染まっていくのを眺める。内側では食用油で勢いを増やし燃える肉と燃料可燃が煙を黙々と出し続け、少しだけ知っているような気がし鼻を動かす。それは食卓の肉の焼かれた、においと似ていた。
カキミヤが王様になってみようと思ったのは暇潰しの一環だった。
仲間と屍呪者を倒しながら店舗を回っていれば枯れていない花屋があった。どうも、そこは、おそうじクンを一台仕事場に入れていたようで他の従業員や客も居ないが毎日、黙々と手入れをしていたようだ。
「こんにちはー」
カキミヤが徐に挨拶をすれば、おそうじクンは嬉しそうに声を上げた。
『いらっしゃいませ! お花をお求めですか?』
「そうなんだ。綺麗で豪華な花束を作って欲しいんだけど良い?」
『もちろんです! 種類や色のお求めはありますか?』
「光の国……なんか明るい色合いでお任せで、お願いして良い?」
『もちろんです! 承りました!』
元気の良い、おそうじクンだ。
「え、花なんて買ってどうすんの? 贈る女もいないのに」
向こうでアンデットを倒したテリーが走り寄ってきた。
「まさか、ミカゲちゃんに?」
カトウも走り寄ってきた。興味津々だ。
「それは、カトウが贈ったら? もしかしたら乗り換えるかも」
「うーん。花は贈るが乗り換えるミカゲちゃんは、見たくない……」
「謎のネギ男を思う姿が好きなんだな。わからなくもない」
カトウの言葉にテリーが頷く。
「でもネギが先に死んだら、もらうけど」
「良いんじゃね。早い者勝ちでしょ!」
テリーが賛成っと声を上げて笑う。
「試しに光の国に遊びに行こうかなって思ってさ」
「まじで? でも花束?」
テリーが不思議そうだ。
「ミカゲちゃん、どういうの好きだろなあ……」
カトウは花屋を物色している。
「なんか、その鉢植えの花綺麗だし鉢ごと買ったら?」
「確かに綺麗だわなあ。ここって電子数字清算できる?」
「できるんじゃね?」
「集合店舗内は全部できるよ」
「おっよき」
「こっちのも良さげだぞ」
「え、迷わせるなやー」
「これも良いなあ」
「増えていく……」
三人が何故か花を買って店から出てきたのをイチは見付けると呆れた顔をした。
「なんだお前ら……」
『ご利用ありがとうございました。またのおこしをー!』
「というか態々買ったのか。普段は取ってるのに……」
「あっ」
「ほんとじゃん」
「おそうじクンが売ってるから、あそこは店だよ」
「お、それだ」
「紳士じゃん」
「……まあ心がけは良いけどな。どうすんだ、その花」
「俺は今から光の国にでも遊びに行ってこようかなって」
「なっ本気か?」
「本気本気」
「ちなみに俺は、ミカゲちゃんにあげるんだぜー」
「自分は庭に埋めまーす!」
「好きにしろ」
「淡泊な男だな、おい」
「魚以外に好きじゃねーぞ」
「知るか。それより、行く前に防具とかしていくか? 他にも」
「あーじゃあ、花束だけじゃ味気ないからお菓子とか用意したいかも。前食べたドーナツとか」
「変わった男だな。まあ良いが、揚げれるのは、あの二人だ。二人に聞いてくれ」
「了解」
その後、了承してくれた二人にお礼を行って出かけた。結果、好みど真ん中の身体の女が居た。噂の魔術士が、そうだった。顔も美しく可愛い。同じ空間に居たのに全く気付かなかった。勿体ない。欲しいなっと思った。
色々と話している内に時間が過ぎ、どうも料理人の腕が良いとかで晩御飯を頂く事になった。平たい肉玉と肉塊焼付け合わせの野菜に白飯とトウモロコシの汁が出てきて驚いた。
どうやって用意したのかと問えば肉屋の冷凍を解凍し調理したらしい。流石、主な食品販売店全域を占拠しているだけある。それに料理人までいるとなると凄いなっとカキミヤは感心した。
「料理人の名前は、何と言うのですか後でお礼を述べたいと思います」
「ネギ料理長です。他の方々も頑張ってくださってるのですが、やはり違いますね」
「……なるほど」
探し人の名前を聞き頷く。多分、簡単には手放さないだろうなっと思いつつ最後まで綺麗に平らげて光の国を後にした。
満足いくお肉で、お腹いっぱいになって、カキミヤは少しだけスポーツジムの後輩に罪悪感が湧いた。肉はないかなと探して肉饅の自動販売機を見付けたので購入してみる。一つ出来るのに待つようだ。待っている間、近付くアンデットを潰していった。三つ分買って帰宅する。
五回鐘を鳴らした。夜は寝に帰っては適当に見付けた食糧を置いていってる。後輩は嬉しそうに出迎えてくれた。
中に入り今日あった事を話す。肉饅を分け合って食べる姿を眺めながら花屋の話しになると花が欲しいと後輩は言った。
「じゃあ、おそうじクンにお任せで作ってもらうよ。色とかの要望は?」
「キョウコさんは紫色が好きだって言っていたので……」
「わかった。じゃあ今から行ってくるよ」
「え、明日でも明後日でも良いんですよ?」
「花の命がね」
「そっかあ……じゃあ、すみませんが」
「おう、任せとけ」
「あの先輩」
「ん?」
「……何時も、ありがとうございます」
「ふはっどうしたー? 改まって!」
頭をくしゃくしゃ撫でたら恥ずかしそうに後輩は笑っていた。紫の花束を買ってついでに、あの時の菓子屋に寄っていく。まだ物は並んでいたので同じように買い物をして清算してスポーツジムに戻った。五回鐘を鳴らす。
「……?」
出てこない。少々時間がかかった事だし寝たのだろうか。もう一回鳴らす。
「うーん?」
近付いてきたアンデットを足蹴りして倒れた所で踵で頭をかち割る。出てこない。一応、扉を動かすと開いた。鍵がかかっていなかった。
「……あれ?」
中に入る。暗い。明かりを点け奥に進めば机に紙が一枚置いてあった。花束と菓子を置き椅子に、ドカリと座った。
「……」
ぼんやりと文字を眺める。書き置きだ。
『先輩へ。先程、光の国という方達が、やって来てキョウコさんの事を怒られ、ふと思いました。僕は何をしているのだろうと。変ですよね。僕は頭がおかしいです。大好きな先輩に会うと心が揺らぐと思うので居ない間で、すみません。僕は最後にキョウコさんと友愛に行ってきます。良ければ花束と僕達を燃やしてください。今まで、ありがとう先輩。』
握り合った左手が机上には置いてあり後輩の血で水溜まりが出来ていた。
「また書き置きかあ……寂しいよ俺は……」
机をトントンと指先で叩く。叩きながら床面に続く液体を眺める。屋上へ続く液体を追いかけて扉を開けて続く先が途切れた下を覗き込む。何かがひしゃげて血が滲んだ痕があったが姿は無かった。屍になったのだろう。ため息を吐いた。
「目なんて覚まさなくて良かったのに……」
花束を屋上の真ん中に置くと寝っ転がって夜空を眺めた。街は明るいままの場所もあるが消えている場所も多い。お陰で夜空は前より綺麗になった気がする。深い群青色の夜空に、喚きたくなった。
「あーあ! つまんねーことしやがって……!」
叫んだって誰も小言を言ってこない。それも、また、つまらないなっとカキミヤは思った。
*
「……その、なんだ……この美しい女性に花束を贈りたいんだが……あんたは、どう思う?」
杏華達と話し合いが終わり、もう一組と合流したら、また話し合い最終決定をすると決まり。イチは一人、抜けだして花屋に来ていた。おそうじクンが画面の写真を何枚も見せられて悩んでいる。
『この方には、どういった意味合いでお渡ししますか? 結婚の申し込みですか?』
「……! そうだ!」
『そうなんですね! それでは、その意味合いで花束を、ご用意します』
「ああ、頼んだ!」
ウキウキしだすイチを遠くで眺める姿が。それは光の国の者達だった。
「生者の国の者だよな、あれ」
「何で花束なんか注文してるんだ」
「あ、まさか。また魔術士様に……?」
「従者様が怒るんだよなあ……」
「若い奴らが言ってたが、カキミヤって総合格闘技の優勝者なんだろ?」
「そうそう。あの無傷の試合は凄かった」
「しかし生者の国の本拠地は、生物店舗なのか?」
「この前の運動受講の男は、かなりイカれていたからな……」
「あれは、おぞましかったな……」
「説得した後、観察していれば自害していたし」
「ああいう気狂いにだけは、なりたくないよ」
「だな」
花屋でイチが花束を受け取り彼らは距離を取り双眼鏡で観察しながら追いかける。音声機で別の班にも連絡だ。
「おい五番の方に行ったぞ」
「深追いするとバレるからな行きそうな方に先回りしよう」
*
杏華、ヒロ、太陽は、ワタリ、アイム、カトウ、テリー、少年ことホムラに案内されて生物広場に来ていた。自分達の居場所を教えるとは最初思っていなかったので信用を勝ち取る為なのかもしれない。中に入れば太男とミカゲがいた。
「お、女の子だあ!」
ミカゲが感極まって杏華に抱き付く。杏華は素直に抱き付かれた。
「杏華と言います」
「ミカゲです……! あずちゃん……酷い事はされてない? 大丈夫?」
「え? あ! 大丈夫です! 私達の所は、皆さん良い人ばかりで……」
「そっか! よかった……」
「あ、ミカゲさん。リサさん、やっぱり予想した通り、こちらの方達と一緒に居たみたいです」
「そうなんだ! じゃあ、イチさん喜んでたでしょ?」
「それはもう」
「号泣よ」
「リサと離れたくなさ過ぎて、ずっと手を握ってるしな」
「あれには驚いた」
「イチって、リサさん相手だと別人格だよね」
「仕事は出来るんだけどなあ」
「拗らせまくりだよな」
「あれってヒカル切れてた?」
「おこなのは間違いないでしょ」
「だよなあ」
「……ヒカルってモテます?」
太陽が彼らの話にポツリと言葉を入れる。
「おーアイツ合コン連れて行くと女総取にして帰って行くぜ」
「でも、ヒカルがいると、どの課の子も来るって言うんだよな……」
「諸刃なんだよなあ……」
遠い目をする二人に、なるほどと頷く太陽。
「違う違う。太陽が訊きたいのはヒカルんが男にモテるかってことっすよ!」
ヒロがパッと言うと男二人は驚いた顔をして太陽を見た。
「あ、よく見ればヒカルよりは背が高いか」
「自分らにとったら、ヒカルって恋愛対象じゃないっていうか……」
「お前とか彼女取られてなかった?」
「……嫌な事を思いださすなし」
「そ、そうなんですね……いや、俺は最初出会った時、何と言うか……こう、精錬された女性って感じがして……いいなって……」
頬をちょっと染めながら呟く太陽。
「でもアイツ、ガチの女好きだぜ?」
「うちの所、何人食われた事か……」
「健全に四股とかしたりな」
「何故か喧嘩にならないんだよな。羨ましい……」
「四!? ……そ、そう、なん、ですか……」
言葉が詰まりながらも太陽は頷く。
「まあまあ。未来何が起こるかわかんないじゃん!」
バンバンっとヒロが太陽の背中を叩き。他の男二人も叩く。
「そうそう!」
「太陽が女になれるかもだし!」
「それは無いだろ……」
「ワタリ! 正直すぎるよ!」
ワタリの背中を叩くアイムだった。
「……私達の住処は、まだ教えれませんが……友好の印に一組銃をお渡ししておきます。これは貸ではないです」
机の上に杏華は自分の分で渡されていた銃を一組置いた。弾倉は予備も含めてだ。
「え! おいイチどこ行った」
「多分、浮かれてリサ追いかけてんじゃね?」
「花束買いに行かれました」
ホムラが答える。
「うわ。この前の所か」
「イチ、早速告白する気だな」
「前に言い過ぎで駄目かって話になってたし少し趣向を変えるのかもな」
「上手くいかねーと思うけど」
「だよなあ」
「銃、誰が持ちます?」
ホムラが周りを見る。
「経験者は俺ら三人だけど、まあイチでしょ」
「だな」
「大切な場面だってのに頭がいないとか…」
「俺達、ぐだぐだな組だな……」
「そういえば、カキミヤの姿が見えなくないか」
ワタリが呟いてアイムも辺りを見回す。
「確かに何時からいないっけ?」
「まさか……!」
「そうか……!」
「え、どうしたの」
「リサが可愛いから残ったんじゃね?」
「そしてイチに消されていると……」
「ええー!」
「流石に、そこまで浅はかじゃないだろ」
「カキミヤがイチに殴られるにドーナツ一個!」
「そんなイチをカキミヤが実力で避けきるに一個!」
「何も起こらないに一個」
「ここはヒカルさんに口説かれているリサさんを見て落ち込んで帰ってくるに一個!」
「ミカゲちゃんも入ってきたー!」
そんな騒ぎの中、杏華達の前に、アイムからドーナツが置かれる。
「最近、時間が出来たら作ってるんだ。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます!」
「やった! 良い匂いの正体これか」
「美味い…染み渡る…」
アイムは、ニコニコと杏華が喜ぶ様子を眺めている。
「……」
「まさかアイム……」
砂糖漬けの苺の瓶を出していたワタリがハッとして呟き。アイムも、ハッとして言う。
「あ、違うから! 恋愛とかじゃなくて、ほら、あの日の上客……」
「ん、あ。ほぼ買っていったっていう? 君かあ……」
「生きてたんだって思ったら嬉しくって」
「え……あ! あの日の、親切な店員さん! あの時はお世話になりました」
頭を下げる杏華にアイムも頭を下げる。
「こちらこそ。丁寧に礼儀良く沢山買っていただいて……気持ち良く最後の販売が出来た事を感謝しています」
「……で、でも……あれは、私達が結局食べてしまいまして……」
「ああ。それは仕方ないよ。僕らだって人の事は言えないからね……本当……はは」
「あれ。アズカちゃん食べないのかい?」
苺の砂糖漬けを一人一人の皿に並べていたワタリが呟く。
「あ、えっと……待っている子に……あげたくて……」
杏華が少し恥ずかしそうにソワソワしながら俯いて言えばヒロと太陽がハッとした顔をした。
「アズアズ……」
「食べてしまった……」
「え! いやいや。作るよ! 何人いる? 帰りに途中のドーナツ屋で揚げ終わるまで待ってくれたら人数分全然作るから。ちゃんと食べて」
「砂糖漬けのも、まだあるから一瓶渡そうな」
「……っ! あ、ありがとうございます!」
杏華は目を見開きキラキラとした表情になると、ドーナツを手にしかじった。苺の砂糖漬けも物凄く嬉しそうに口に含み頬を染めて食べているのを眺めてアイムとワタリは神妙そうに、うんうんっと頷くのであった。
*
彼らが帰って、ふとテリーが呟く。
「今更、気づいたんだけど、おっさんいなくね?」
「あ、ほんとだ。え? 女の子いたってのに騒いでいた記憶がないな……」
「え。皆に付いて行くって、朝出ましたよ」
貰った花の水やりをしていたミカゲが振り向いて不思議そうに呟く。
「え!」
「居なかったし!」
時計を見るテリーとカトウ。
「もう夕方なんだけど……」
「アイムとワタリはドーナツ揚げてるとして、イチもカキミヤも、おっさんも、どこ行ってんのよ……」
「なんか少し背筋寒くなってきたわ……」
「わかる」
机の上に置いてある銃を見て目配せし合う二人。
「三回勝負な」
「了解」
「あっちむいてホイっ!」
「そっちむいてホイっ!」
白熱した勝負をした結果、負けた方が銃を手にした。
「何故、負けた方だし」
ミカゲが呟けば。
「自分、銃って命が軽くなる感じが、あんまり好きじゃないんだよねー」
「わかるわー」
「そうなんですね……」
ミカゲは何も考えてなさそうだなっと思っていた二人が案外、考えてるんだなっと頷いたのであった。




