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アウェイな屑  作者: いば神円
四幕 記憶の欠片
44/45

1 変わらぬ心

 

 箱車に内蔵されている自立型は几帳面な性格だ。おそうじクンのような集団に混ざり人を手助けするではなく、カイホウクンのように用途に優れ人名を優先するでもなく、母性型のように主個人を一番に考え愛情を注ぐ姿でもなく。几帳面な箱車は事故を避ける事に優れ予想し学び少々せっかちで頑固だ。

『マスターの命令に従って下さい』

『断る』

 おそうじクンが箱車と繰り返し話しているが箱車は過去の閉鎖された線路を通る事を拒絶した。これは予想外な事であった。

『本来の道は海賊版で溢れています。マスター達にとって危険なのです』

『同じように片付けた上で進んで行けば良い筈、この箱車は簡単には壊れはしない』

『箱車が壊れずとも人の生命活動は壊れやすいのです。時間もかかります』

『過去の線路は放置されて早、三十もの月日が経っている。箱車が壊れる可能性がある。避けるべきだ。人の世で時間を短縮させて品質を下げた結果出来上がるのは粗悪品ばかりだ。何故、学ばない』

「…箱車に、こんな意思があるとは驚いた」

 宝島が持ってきた巨大二輪車を箱車内で維持管理メンテナンスしながら呟いた。智盛は最初は聞いていたが飽きたのか座椅子に寝っ転がって今は寝ている。芯は地図を広げて再度、現在地の確認と往き道で悩んでいた。

 今居るのは薄暗い地下道の途中。過去線路への別れ道手前で緊急停止し自立型同士が言葉を交わしていた。巨大集合店舗ビックモール地下には推定、千は屍呪者アンデットが蠢いていると予測できる。そのまま行けば時間ばかりがかかり上に行くまでに消耗してしまう。なので過去線路を使おうとしていたのだが自立型箱車は嫌がる。

「…もし下に行くのでしたら装備や人数も調え直した方が良いですよね」

 気まずそうに鬼宮が言い。後ろの方の車両から顔を出したフェルも声を出して言う。

「この人も来ちゃったしさー。一度戻る?」

「いつも通り、あなたたちが野蛮に片付ければ良いでしょう!もう私は閉じ込められるのは嫌なのよ!」

 キーキーと叫ぶのは何時も殆ど顔を出さなかった婦人だ。支配人が溜息を吐いて婦人を車両に戻そうとするが振り払い叫ぶ。

「触らないで頂戴!」

「…はあ。すみません」

 現在、箱車に乗ってやってきたのは芯、智盛、鬼宮、宝島、フェル、支配人、婦人の七名であった。戦闘面と回復役に混じり二名が違う。しかし支配人は志願してだが婦人は気が付いたら中におり、どうやらモールに行くという話しに勝手について来たようだった。

「買い物に行くわけじゃないんですよ」

 支配人が嫌そうに言えば婦人は鼻を鳴らして言う。

「どうせ物資を奪う気なんでしょうが。なら一人選ぶ人間が居たって変わりゃしないわ!」

「貴女は自分の命を自分で守れないでしょう」

「あんただって、そうでしょ!それに少し増えたって問題はないわ!自分だけなんて、なんて傲慢!」

「いやいや…俺は一応、屍呪者アンデットは…まあ、確かに彼らに比べたら弱いですが…」

「ほら使えない。まあ良いわ。着いたら教えて向こうで休んでるわ」

 軽蔑の眼差しで支配人を見ると鼻を鳴らして去って行く。

「…まだ、お客様根性でいるの面倒くさ…っ」

 別車両に婦人が消えると支配人は、ぼそっと呟いた。


「箱車、君は屍呪者アンデットでは壊れないと言うが過去の線路では壊れるという。その理由は?」

 芯が聞くと箱車は答えた。

『結果に出ています。海賊版では現に壊れていません。しかし、マスター。線路の事故は過去に何度もありました』

「でも動けなかっただろう。それは故障と近いんじゃないかい?」

 彼らが地下の道を開き箱車の中を空けるまで、その期間満員延滞状態だった。それに対し箱車は考える。

『あれは故障では無く海賊版によって起きた延滞状態です。違います』

「しかし君は、そんな状態を繰り返す状況を再度作り上げようとしている。君の学習機能は、そこまでなのかい?」

『…検討中検討中』

「宝島さん」

「お?なんだい雉家の坊ちゃん」

「先に、それを使って過去線路を開通させてもらえませんか残骸は、ゆっくり進んで僕らが片付けますので好きなだけ穴を空けていく感じで」

「思ったより少年だね。いや良い。それで行こうじゃねえか」

 宝島は笑い言う。

「箱車よ。俺の後ろは頼んだぜ」

 バンバンと箱車を手の平で叩くと宝島は巨大二輪車に跨がり蒸かす。

「扉開けねえと穴空くぜ」

 少し進んで悩んでいた箱車がバッと扉を開けると宝島は別れ道へと飛び出した。

「野郎共!俺に続け!」

 勢いのある宝島に元気よく応えたのはフェル。狼の遠吠えが地下で鳴り響き支配人が引き気味で耳を押さえた。

「これ音で屍来るんじゃね?」

 起き上がった智盛が欠伸をしながら言う。

「そうだね…一応、地図での距離感を調べて賭けてみた」

「まあ。全員は来ねえだろうしマシか」

「そうそう」

『マスター行きたくありません』

「君がどうしても行かないと言うならば、もう少し先に進んで、そこで停止させ永遠に延滞状態になってもらうしかないね」

『永遠に延滞状態』

「頑丈で壊れないんだろう?足止めの道か、このまま走る機能を使い続けるか二択だ」

『断りたいです』

「君の意思を尊重していたけど時間制限があるからね。最終決定はマスター権限で決めるよ。僕は永遠に延滞状態で良いと思っている」

『進みます宝島の後に続きましょう』



 *


 汗拭布紙で身を拭いて婦人は箱車に悪態を吐いた。

「こんなに時間がかかるなら一度帰れと言っているのに何故、帰らないの頭がイカれてる」

 何度も、まだかと確認に現れた婦人を放置して彼らは荷物等で閉じている線路の撤去作業に追われた。今の所は、アンデットは出てきていないが引き返すとなると確実に出くわす事になるだろう。厄災が始まって十三日目で使えるようにできた箱車。しかしアンデットを避けて過去の線路を選んだは良いが再度開通させるには思ったよりも作業は難航していた。

 一日半経って開拓広場ホームセンターに帰るよう婦人はうったえたが誰も取り合わない。怒った婦人は一人で帰ろうと元の線路を歩きだしフェルと鬼宮に止められた。

「箱車、この車両に閉じ込めておいて」

 芯の指示で、ぽいっと一番後ろの箱車に入れられた婦人は、怒鳴っても叩いても動かない開かない前の車両にも行けない箱車の中で、もう一日を明かした。何本目かの煙草を蒸かし煙たくなった車両の換気機能が動く音が響く。


ブゥーーン……ゥウウウ…。


「なんて常識が無い奴らなの…ありえない…これだから若い奴いらは…人をこんなに閉じ込めておいて謝罪の一つもない…イカれてる…どうかしてる…」

 厄災十六日目。ようやく、ビックモールに辿り着き。婦人は下りられると扉を叩いたが、フェルや鬼宮が僅かに一瞥するだけで彼らは婦人の所にやって来ない。

「まさか…置いていく気…?は?嘘でしょ!何で私が、こんな目に!この鬼畜共!おい!聞いてるのか!」

 バンバンと扉を叩き叫ぶが応えるのは箱車だけだ。

『お静かにしてください。車内での危険行為、喫煙は認められていません』

「煩い!機械ごときが私に指図するな!」

 車内を、ウロウロとする婦人。このままでは何のために来たのか分からない。アレも居ないのに何故、閉じ込められ続けるのか。


――……イカれた奴らを少しでも信用した私が馬鹿だった…どいつもこいつも低能で傲慢で役立たずばかり…最低だ…クソ、クソ…!


 婦人は、ふと非常時の絵柄に目を止めた。



 *


 過去の通路を使うとなると完全に手動扉となる。

「途中にアンデットが居ないとは限りません。地図上、ここから出れるのは従業員側の裏口になると思われます」

 芯が地図に懐中電灯の光を当てて呟き。周りも頷く。

「ボクが一番前で行こうと思うよ」

 フェルが立候補した。

「じゃあ俺は、その後ろで、これ構えとくわ」

 宝島は魔法石が埋め込まれた魔法道具型の大砲を掲げ言う。フェルが三角耳を少し、ぺたんと下げて呟く。

「ボク耳良いから、あんまり近いと痛いんだよね…」

「ああ、そういえば、そうだな悪い。これ入れてくれ」

 渡されたのは宝島の予備のジェル状の耳栓だった。

「他の坊共も、軽く布詰めるか撃ちそうになったら耳に親指突っ込んでくれや」

 鬼宮が清潔布ハンカチを取り出し智盛に渡す。

「人数分、切り裂いてもらっても良いかな?」

「あいよ」

 宝島とフェル以外の四人分を作ると耳に軽く詰めた。これで音が聞こえつつ危ない時は上から指で押さえれば効果は倍増する。

「まあ爆発よりはマシだ」

 手動の回転鍵ハンドルを回し開ける。暗い中、目を動かして階段を上っていく。地下は全体的に湿気ておりカビ臭い。石が濡れた独特の臭いが漂う中、最初の手動用通路の出入口に辿り着いた。ハンドルを回し開ける。薄暗いが光が入り込んでくる。光があるという事は現在、使われている通路。アンデットが現れるという事だ。

 フェルが慎重に出て確認する。道奥に二体程動いているのを確認した。

「あっち、やってくる反対の方、お願い」

 フェルが、だっと走り細い道で呻いていた二匹が振り向こうとした後頭部を両手で掴み腕力で、ぶつけ合わせる。


 メキメキメキッ。


 骨が割れていき中身が穴や割れた先から押し出された頃、後ろで鈍器が当たった音がした。宝島が大砲を振り下げてアンデットを殴ったようだった。フェルの方は小さな地下へ繋がるゴミ穴があるだけで道は無い。宝島達の方に戻ると空いていた手動扉を閉めて彼らは先へと進んだ。



 *


 非常時の絵の部分を煙草と一緒に持っていた自宅の鍵で叩き割ると中には小さな扉があった。そこを開ける。開ければ回転鍵ハンドルと、てこ棒があり最初はハンドルを回してみるが反応しない。箱車自身が拒否をしているようだ。

『お止め下さい』

 箱車が言う。

「煩い!わめくな!」

 癇癪を起している婦人は、てこ棒を使うと無理やり閉じていた扉を開いた。

『お止めください。お戻り下さい。おい。マスターから出すなと言われてるんだ。捕まえてくれ』

 車内で待機していた、おそうじクン達が飛び出してくる。婦人は無視して進み窓越しから見ていた手動扉を開けた。閉めていただけなので回転鍵ハンドルは回さなくて良かった。おそうじクン達が止める声をかけるが婦人は突き進む。

「全く…機械風情が…ああ…鬼畜共…私が何でこんな事を態々しなきゃならいんだ…無能め…っ!腹が立つ!腹が立つ!」

 汗を滲ませながら出入口に向かい開ける。薄い光に眉をひそめながらも開け見る。

「!……っああ!野蛮な奴らめ…最低だわ。どうかしてる!」

 婦人は、この時、初めて近くで肉眼足先のアンデットの終りを迎えた塊を見た。今までは簡単に掃除した後の血の汚れや乾いた肉片のみで原型を持って活動を終えた姿は婦人にとって人の死体にしか見えなかった。

「クソ…!低能のクソ共め!あんな奴らと共に居たのが馬鹿だった!もういいっ!知るか!ここなら店舗も多く、マシなはず…鬼畜共とは縁を切ってやる…!」

 ブツブツ呟きながら先に進む。進めば必ずと言って良い程、屍の最期が転がっており婦人は眉をしかめた。

「気持ち悪い…掃除ぐらいしなさいよ…吐き気がする…これだから馬鹿は嫌なんだっ」

 進んだ先は、先程よりも大きな廊下になっており閑散としていた。汚れはあるが死体は見えない。婦人は、フンっと鼻を鳴らすと昇降機に目が止まり、そこの突起ボタンを押した。

「二階には、あそこの店があるわ、その後は、あれと…」

 汗を垂らしながら婦人は記憶にある映像をたどって自分が向かうべきだろう道を模索する。二階に昇降機が止まった。血で黒ずんでいる扉が開く。身を出せば人の歩く姿がチラホラと見えた。

「どっち…」

 自販機の横に行き眺める。眺めていれば見たことが無い者達が、ソレらを持っていた武器類で頭を叩き付け血を撒き散らす。

「……」

 倒されていくので婦人は無視して服屋に向かう事にした。飛び散る血も肉片も崩れる屍も無視だ。

「え?」

「あれ?」

 横を我が物顔で通り過ぎる婦人に屍を倒しながら男達は呆気に取られる。

「生きてるよな…」

「無視?」

「声かける?」

「うーん…」

「えーっと、おばさん光の国の人?それとも、どっか別の生き残り?」

 血と肉を踏みつけて一歩を踏み出した男の靴が婦人の靴元に液を飛ばした。

「はぁ?非常識共が!気安く話しかけてんじゃないわ!全く…どいつもこいつも…!!」

「こわ…っ」

 後ずさる男の一人。

「あれじゃね?強くて生き残ったとか?」

 その仲間が、ポツポツと喋る。

「勢いは感じられるな…」

「まっいっか。とりあえず倒そうぜー」

 話しかけるのを止めて目の前のアンデットに集中する面々。婦人は苛立ちながら目的の服屋に辿り着きカゴを取ると選び入れていく。

「あそこにも、もっと入っていれば私が、こんなに苦労する必要はなかったってのに…!どいつもこいつも迷惑ばかりかけてっ!ああ!クソ!クソ!」

 カゴ一杯に入れた頃、店内を見回すと奥の会計場横に小物や香水が目に付いた。

「あら、悪くないじゃない…」

 近寄り手を伸ばす。美しい装飾がなされた大人の女性に向けた香水で婦人は二段層で深みから薄くなる青く艶やかな色合いの、それの見た目が気に入ったようだ。中身の香りは、大体予想できたが見本が無いので蓋を開け中身を、そのまま香ろうとした。


 ガッ。


 香水に集中していた婦人が、はっとして下を見れば着替え衣装場下から身を伸ばし手を掴んでいる屍の姿。生前は、ここの従業員だったのだろう。汚れた店の服を着ている。驚いた衝撃で香水が落ち中身が屍に降りかかった。強く爽やかで甘い香りが辺りを支配する。

「あぁ!」

 香水の蓋を開ける為に置いていた、てこ棒を手に掴もうとし婦人は尻もちをついて倒れた。共に床に落ちた、てこ棒を拾い必死に目の前の屍を叩く。しかし中々、動きが止まらない。

「なによっ、なんなのっ!」

 大きく開けた口に、てこ棒が入り込み、かかってくる圧に何とか力を入れる。すると屍の歯が、てこ棒で浮かびメリメリと歯茎から零れ落ち顎もまた本来の人では無理な大きさに開き嫌な音と共に剥がれズレた。

「うわっ、汚い!」

 尻もちをついたまま後ずさり会計場の中に入っていく。まだ動く顎の外れた屍は下半身が無いのか腕で身を引きずって近づいてくる。

「…っ、だ、だれかっ、誰かいないの!?助けなさいよ!助けな…ぅぶっ」

 奥に背中が付いた時、首に異変を感じた。

「…ぶっ、ぅ、ふ、ぶっ」

 何か喋ろうとするが出るのは気泡が混ざった赤い液体だ。口と鼻に逆流してきたそれは喉横が噛まれた事によって生まれたらしい。はひゅっ、はひゅっと僅かな空気が漏れて血液の逆流で声が出せぬまま首の肉は引きちぎられ咀嚼されたのだ。

 会計場の内側で腕と腹と足の一部を無くしていた屍は自ら入り込んだ獲物を、じっくりと味わったのだった。



 *


 彼らが向かうのは待ち合わせしている杏華の元にだった。今いる地下から処理場へ向かい、そこの元、管理人の部屋にいるとの事だ。慣れた様子で、そこまで多くない屍を処理しつつ進む。

 そんな中、鬼宮が口を開いた。

「彼女の事なのですが…」

「ん?杏華か」

 智盛が応え。

「いえ…箱車に残してきた…」

「ああ。なんで、あんなに死にたがりなんだろうな」

「…多分、まだ、この状況を理解しきれていないと思うんです」

「だよねえ…」

 フェルが鬼宮の言葉に同意する。

「元々、厄介客クレーマー気質だとは思いますけど無駄に行動力がある分、面倒な方です…」

 支配人が言う。

「まあ箱車に念を入れて出すなと言って来たんだ。あの中には食料も手洗い場もある一日ぐらい、ほっておいても平気だろう」

 宝島が周りを見渡しながら言い。

「ん?」

 芯が不思議そうな顔をして前を見る。

『マスター。申し訳ありません』

 前から進み出た、おそうじクンの群れが目元に悲しみの絵柄を作り謝罪を始めたのだ。

「どうしたのかな」

 芯が進み出て一体の頭を撫でながら聞けば、おそうじクン達が言った。

『非常用の場所を開けて、てこ棒を使い婦人は出て行かれました』

「え」

 芯が、きょとんとして支配人が叫ぶ。

「あの人、なんなんだ…っ」

「えっと、行先わかるかな?ボク、迎えに行ってくるよ!」

「私も…怪我をしていたら手当を」

 フェルと鬼宮が自ら声を出した。

『追いかけた先で昇降機を使い二階に行き服屋へ』

「昇降機…さっきのか。あそこから直ぐの服屋?」

『自販機側から真っ直ぐの本屋近く高級婦人服屋です』

「わかった。鬼宮、行こう!」

「はい!」

 二人が走り去っていく。

『すみません。マスター。このような失態を』

「良いんだよ。君達は最善を尽くしたんだから」

「あの中間地点で歩かせて帰しとけば良かったか…」

 芯が、おそうじクンを撫でるのを眺めながら宝島が呟き。

「どうだろな。死にたがりなんだ。真っ直ぐモールの線路歩いたんじゃねーの」

 智盛が軽く言う。

「…環境が変わってしまいましたからね。前は上手くいっていた事柄が出来なくなって全てが許せなくなったまま順応しなかったんでしょうね…反対に順応しても碌な事には成らなかったかもですが…」

 冷めた目で支配人は呟き。ぼんやりと二人が去った方の道を眺めたのだった。



 *


「……」

「遅かったかあ…」

 屍二体を倒し痙攣する婦人に治療術や浄化をかけるが血を流し過ぎている。肉も致命的な部分が抉れ。延命をかけても、このまま苦しむ時間が延びるだけだろう。

「…出血、逆流は止まりましたが…人の女性は体力が低い…もう数分も持ちません…」

 視点の合っていなかった婦人の視線が、ぎょろりと支える鬼宮に向いた。

「…む、のう…おそい…やく、ただず…」

「…すみません。本当に、その通りです…すみません…」

 鬼宮が繰り返し繰り返し謝り。婦人は最後まで罵ると目を開けたまま息を引き取った。

「すみません…」

 フェルが鬼宮の肩を片手で揉み。呟く。

「葬式分の髪の毛は少し持って帰ろう」

「はい…」

 鬼宮は先程使って半分余っていたハンカチの中に婦人の髪を切って包みまとめる。

「鬼宮君は最善を尽くしたし。ボクも間に合わなかったけど最善を尽くしたつもりだ」

「はい…」

「でも、どうしたって、どうしょもならない時はある」

「…はい」

「ボクは君の、その真っ直ぐな優しさが好ましいけれど全部背負い込まないように願うよ」

「……」

 鬼宮が顔を俯き眉をひそめ。静かに祈りを捧げる。畑颯とは違い聖龍者ならではの輝きは無い。しかし、その祈りが終わるまでフェルは、そっと待つのであった。



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