15 光の国
私のような優秀な存在を檻に閉じ込めるとは世の中は間違っている。弁護人や財力を使っても三度の龍渡りの日が過ぎ去った。たった、あれぐらいの事でだ。何故、私がこんな思いをしなくては、ならないのか。それもこれも、あの屑共の所為である。鉄槌を。そう思うが世に戻った私に待っていたのは元の地位ではなく。世の中から元の名前や顔も変え隠し生きなければならない生活だった。なんて馬鹿げているのだろうか。不愉快だ。
親族から渡された新しい住処は巨大集合店舗の食品販売店店長だ。何故、こんな底辺層の仕事をと憤慨したものだが、それよりも許せない事が一つある。なんと、ここの支配人は小柄な娘であり仕事は何一つ真面に出来やしない。名前だけの支配人である。だが、この娘の裏には強大な財力がある。このモールは小規模の時代に過去雉家から買収した牛家の所有物であり今では雉家との競争店舗だ。とは言え。自立型の機械などは雉家の物が、そのまま残り。機能も『鳥』から使っているものが多く。完全に牛家が鳥の名前から抜け出し勝には難しいものがあるだろう。
しかし雉家で有名な巨大開拓広場よりは知名度も高く広さも高級志向も高い。人気としては、モールの方が遥かに勝っているのは確かであった。
だが牛家の娘は病んでいた。身体つきだけは非常に良い娘ではあったが何時も蒼白で何を考えているのか分からない。仕事も秘書の二体の母性型に全てを任せ毎日、毎日、適当に暮らしている。ぼんくらだ。モールでの定例会議で苛々と爪を噛んでは奇声を発する事も度々。妙にデカい乳房以外は取柄の無い娘。牛家の娘でなかったら、その病事、叩き潰して犯してしまいたい所だ。出会う度に殴りたい衝動にかられる。
そんな、ある日。世界は唐突に終わりを告げた。
バケモノだらけの店内で押し寄せてくる、ソレは非常に気持ち悪く助けを求めて来た従業員を蹴り飛ばし囮にして逃げる。とりあえずは防塞が頑丈な支配人室へ行こうと思った。何故なら。世界の終りだ。あれを最後ぐらい好きにしたって良いだろう。勤勉な私へのご褒美だ。
「こんな状況だと言うのに良い御身分だなあ?」
こんな日の為に作っておいた制御装置室の合鍵を使い入り込み眠る娘にかぶさろうとした。しかし二体いる母性型の秘書が掴み。止めてくる。母性型は少し厄介な存在だ。母性を元に作られているからか業務的な行動よりも主に対しての個別の信念が強い。その為には怪我をさせてはいけない人間にも軽くなら攻撃的になる思考がみられた。結果的に腕を捻られたまま数刻程、床に押しつけられ呻きを、どんなに上げようとも熟睡している娘が起きるまで、そのままで待機させられたのである。
頭がおかしくなりそうな程に支配人に向けての連絡が鳴り響くのに薬でも飲んでいるのか娘は眠り続け。夜も深まった頃。娘は首に光の茨の輪を浮かべた。
「な…っ」
それには見覚えがあった。珍しいモノだが監獄時代目にした事がある。元、魔術士が罪人になった時に科せられる処置だ。魔術を使おうとすれば首が茨状に光。罰が与えられるという。度合によって違うそうだが首を絞められたり罪が深いと自動的に首が落ちるまで茨が締まるのだそうだ。私が見た魔術士に関しては首が締まる程度だったが。それにしたって涎や涙や鼻水を垂らし苦しんではいた。娘も今まさに、そうなるのだろうか。そう思えば下半身の中心部が熱くなるのを感じた。
だが。
「な、んだと…」
娘の首で光った茨は空中に解け浮かび舞って拡散していく。
「何故、今…」
否、一つ、心当たりがあった。世界の終りだ。人は多く死んでいっている事だろう。その中では娘に、この呪いをかけた者も死んでいる可能性が高い。そして、その者が死んだ事により娘の罪は解かれたのだ。
「……」
そうなると少し、話が違ってくる。
――……こいつ…使えるんじゃないか…?
*
「うぁぁアアアアアア!アキャキャ」
唐突に起き上がった娘が奇声を発して母性型の片方が近付き寄り添い、トントンと背中を撫でる。すると娘は母性型に抱き付き、喉から漏れ出る声を上げた。
「…マーマ、マーマ」
ちゅっ、ちゅっと母性型の乳房がある部分に顔を入れて何かを吸っている。どう見ても胎児返りをしていた。いかれてる。
『可愛い娘や。変な男が忍び込んだんだよ』
「ヘンナァー?」
娘が私を見ると、カッと目を見開き叫んだ。
「いやぁぁあああああ!やだ!やだ!やだ!ママ!ママ!」
『自衛団にでも突きだそう』
私を押さえていた母性型が呟いた。
「な!私は外の状況を教えに来ただけだ!このままだと、その娘は死ぬぞ!」
ピタリと母性型の動きが止まり機械の無機質な瞳が、こちらを値踏みするように眺める。
「パパ!早く追い出して!パパ!早く!早く!」
娘が金切り声で叫び、頷いてパパと呼ばれた母性型が私を持ち上げようとした。
「娘を死なせる気か!わからんのか!外の世界がどれだけ異常か!」
怒鳴ると娘は怯え泣き出しママ、ママと震えて抱き付いている。どう見ても母性型二体は私に対して怒りを向けている気がしたが所詮は機械だ。最終的な行動まではとれない。
「良いか。今、外は終わりの世界だ。このまま過ごせば、その娘は数日も生きれない事だろう。しかし!私の言う通りにすれば生き残り、そして素晴らしい日々が手に入るはずだ!」
「スバラシィ…?」
娘が、ピタリと止まり私を見る。涙を溜めた丸い瞳はキョロキョロと私の姿を認識した。
「そうだ!素晴らしい日々の為に私に従うのだ!」
娘が私の寛大な言葉に頷くかと思いきや唐突に汚物を吐き始めた。ウゲッウゲッと。慣れた様子で母性型が桶にゲロを入れて娘の口周りを拭きうがいもさせて薬も飲ます。自然と腕に取り付けられた点滴を見て眉をひそめた。娘が椅子のような寝台に身を預け楽な姿勢で大きく呼吸をすると乳房が揺れる。その乳房を眺めていれば、ママの手を握り娘は呟いた。
「…そうよ。思い出したわ。貴方、食品販売店の店長ね。人を嫌な目で見るクソ男。それがわたくしに説教?提案?世界の終わりだから貴方の人柄も変わると?ふざけないで頂戴。貴方のようなクズに、わたくしが従うとでも?ありえないわ!」
度肝を抜かれた。病んだ娘が急に正気を取り戻したのだ。
「し、しかし見てください。外のありさまを」
娘は私に目を向ける事無く制御装置室の画面を見て何かを押していく。どうやら門を閉めたようだ。もう中には数え切れない程のアレが存在するが。
「そう…厄災がきたのね」
「厄災?」
「あら、習わなかったのかしら十三審の慎みじゃない。…そうよ。わたくしは教養も地位も実力も全てが完璧。完璧だったのに。…皆、皆、皆、みんな、みんなぁ!みんなぁああああ!わたくしを捨てやがって!ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!甘い汁すって何だその態度は!あれだけ花や蝶と言い!わたくしを愛していると言ったのに!ママも!パパも!わたくしを捨てて、こんな所に押し込みやがって…許さない!許さない!許さない!全部、アイツの所為だ!アイツの所為で!ゥゲッ」
娘は咳き込むと言葉を止めて楽な姿勢になり、クスクスと上品に笑った。
「でも、何だか今は気分が良いの。不思議よね。貴方は嫌いだけど話ぐらいなら聞いてあげても、よろしくてよ」
正直帰りたい気持になったが私も、このままだと後が無い。このイカレ娘に賭けているのだ。
「魔術士様」
「あ?」
娘から低い声が漏れた。沸点が早い。
「貴方様の名誉はこれから華やぐ事でしょう」
「なにそれ馬鹿にしてるわね。わたくしが魔術を使えなくなって落ちぶれた事を笑いにきたのね!わざわざ命を救うような事を言って結局、それなのね!もう、うんざりよ!どいつもこいつも馬鹿にして!わたくしは優秀なのに!わたくしは、その為に努力を積んだのに!最低よ!酷いわ…なんでこんな目に合わなければならないの…っ」
娘が、また泣き始め私は言った。
「何を、おっしゃっていますか。使えるではないですか」
「は?」
「魔術を使えるのに使えないとおっしゃるなんて不思議なお方だ」
「何を言っているの…もう許せないわ…今の私が魔術を使うならば首は締まり食い込み血は流れ身体のあらゆる所から水が漏れだし、そして骨まで絶ち切れるのよ?…その苦しみを嘲笑いに来ただなんて…なんておぞましい…!」
「はて、夢でもみていたのでは?」
「夢?この苦しみが夢だと?夢だと片付けるのかお前は!!」
娘が手をかざし私の首に何か熱い光を巻き付けた。
「良いだろう。お前にも同じ苦しみを味合わせてやる!せいぜい苦しんで死ぬがいいさ!」
母性型から離された私は空中に浮かび首が紐によって締まるのを感じた。苦しい。苦しい。苦しい。手で首をかき。涎や鼻水や涙が、ダラダラと零れ落ちる。
「ァひゅっ、ァ、ぁ」
浮かんだ足先が地面を求めて空で揺れた。血が空気が失われて行く。尿意が漏れ出、排泄が自分の着衣の中に溜まっていくのを感じる。息が出来ない。しかし。信じられない事だが前の部分からも液体が浮き上がり。根元から吐き出すように漏れ出た時、不思議な感覚に恍惚とした気分になった。
「あら?」
娘の魔術から唐突に離され私は地面に落とされた。唐突に始まった空気の流れに激しく肺は動き身を丸めて息をする。酷い有様だった。こんな惨めな思いをするとは。しかし最後の感覚だけは少し悪くなかったと赤く充血した目で寝転がりながら娘を見上げた。
「やだ!使えるじゃない!やだあ!うそ?ほんとに?あらら?変ねえ?ねえ!ママ、パパ見た?わたくし魔術が使えたのよ!」
『凄いね可愛い娘や』
『流石、私達の娘だ』
ママとパパが娘を褒める。娘は年頃らしく頬を染め喜んでいる。頭を撫でられて、うふふ、ふふふと。
「ぉ、わ…かり、いただけ、ました、か…」
上手く出ない言葉を絞り出せば娘は、きょとんとした顔をして私を見た。
「いけない…この人、正直者だったわ。変ね。どうしましょう。どうしたらいいのかしら…」
娘が困っていれば母性型が言う。
『我々は介抱の機能も持っている。娘が言うなら助けよう』
「たす、けて、くれ…」
「そうね。もっと話がしてみたいわ。治してあげて」
『可愛い娘が願うなら』
『おい。良かったな無粋な者よ』
どうも、この母性型達は性格が悪いらしい。ここまでして苦しんでいる人間に対して口の利き方がなっていない。
――……不良品どもめ…しかし、これで道が開けたな…
*
最初の一件で娘は私を正直者だと思い提案すれば疑わずに頷いた。
「良いわ。先ずは庶民を出来るだけ助けて食品販売店の辺りを確保するのね。そうね。あんな厄災共なんて身体を切れば直ぐに動かなくなるでしょう。んふふ。久々に魔術が沢山使えるのね!わたくし、はりきっちゃう!」
娘の力は圧倒的だった。あれだけ店の中を混乱に埋めていた存在は嘘だったかのようだ。娘の指先一つで首が光の紐で切れ地面に並べられていく。
「んんーん?百体目?記念に写真を撮りましょう」
そう言って娘は私に少し古い写真機を持たせ母性型の、ママとパパに片側ずつ抱っこされながら屍の首が花畑のように並ぶ中、笑顔で写真を写した。
「うふふ。楽しい。楽しいわ!そうね。貴方は特別に従者にしてあげましょう。わたくしの為に働きなさい。良い見返りが待っているわよ」
上に立つ事が慣れている風に娘は背筋を伸ばし歩き出会う屍を切り取っていく。
――……イカレ娘が…まあ良い…上手く使ってやるさ…
喜ぶ娘に母性型達も機嫌が良くなり私に対しても口調が柔らかくなる。
『正直者よ。感謝しましょう』
『可愛い娘が喜んでくれる日が来るとは今日は祝わなくてはね』
人が集まり。次の日になれば魔術士の存在は認知された。此処からは私の腕の見せ所だ。我々が、この世界で頂点に立つためには上下関係を示さなくてはならない。
「なんだ、この味は…」
思った以上に旨味のしない不味い料理には娘も真顔だった。最近は楽な方、楽な方と惣菜も冷凍も栄養状態を維持したまま売られている。その弊害だろう。元、妻は、まだ飯は美味かっただけ良質と言えた。態度は気に入らなかったが。女などくだらない。魔術士のイカレ娘は有益なので別だが、それ以外は自立型の機械が居る今、なんの価値があるというのだろうか。
反感を浮かべる者達が多く煩かったが魔術士が居なければ、どいつもこいつも弱小だ。数は少々減ったが生き残らなかったという事は役立たずだったというだけだ。使えない者はいらない。せいぜい、そんな者達のはけ口に女を置き上下関係を徹底させる為に使い。次世代を作るにあたって使うぐらいだろう。
目論見は簡単に伝染し。数日で全体に、その意識が広まった。全く。正直な感性だな。笑えてくる。
「しかし防塞が少し心もとないな…どうしたものか…」
屍を観察した所、同じ屍同士ならば争いにならないしあえて向かおうともしない。なので屍で防塞を作る事の良さを語り娘に提案した。娘は納得した様子で下半身を切り取った屍を並べた。戦利品の頭部も丁寧に並べる様は部屋の模様替えを楽しんでいるかのようだ。母性型達も拍手をしたり頭を撫でたりと喜んでいる。
慣れたもので古い写真機で写真を撮り娘の親子との記念を作り上げていく。
「夢だったのね」
「ええ。貴方様が見ていたのは全て悪夢です」
「そうよね。おかしいと思ったのよ」
「ええ。悪夢とは、そういうものですから」
「正直者の貴方が言うんだもの。その通りね」
「ええ。本来、貴女はこの光の国の女王なのです」
「まあ!忘れていたなんて、わたくしったら…!恥ずかしいわ…!」
『可愛い娘や。そんな所も愛おしいよ』
『ふふふ。こうして家族水入らずで散歩が出来るだなんて幸せだね』
「本当!わたくし幸せだわ!」
花が咲くように笑い声を上げ戦利品を増やしていく娘。娘の転がした屍の頭部を後ろから付いてきた者達が拾う。魔術士が最前線にいる事が彼らの拠所なのだろう。時折、失敗はしようとも団結し魔術士を全面的に慕い彼らは並ぶ。安心しきった表情で。
――……なんて馬鹿で愚かな奴らだろう…
無性に笑え、声を上げて笑えば娘も母性型も笑い。後ろに並ぶ者達も波が流れるように笑いだす。
ああ滑稽だ。




