3 懐かしい
その日、懐かしい記憶の夢を観た申木智盛は無言で肌からピリピリとしたものを沸き立たせ学館を仲間と歩いていた。
幼い頃に行方不明になった幼なじみと、その愛犬が傷付いた夏の日。あの時の映像が何故か自分を含めて、それを上から眺め何も出来ずに見つめ終わるというものだった。嫌な夢である。
どうせ見せるなら、あの後悔に手を伸ばさして護らせてほしい。なのに何も出来ない苛立ちが彼の中で沸々と湧き上がり、それは今現在、不機嫌という形で現れていた。
その少し後ろを友が三人歩いている。二人は何時もの通り気にせず何かしら謎めいた発言をし、もう一人は相づちをし少し暑くなり始めた。季節の空気を感じながら歩いていた。
学館の景観を彩る青々とした木々に、まだ完全では無い暑さの中で早くも顔を出した蝉が止まり鳴いている。
きっと、これの所為で、あれを観たのだろう。護れないなら同じ夏でも、もっと遊んで楽しかった時とかを見せて欲しかった。智盛が蝉を睨むと鳴き声がピタリと止まり静かになった。威圧に飲まれたらしい。
つまらない気持ちになった智盛は舌打ちをする。授業をサボり過ぎて受けなくてはならなかった学力試験も終わり何か目的も無く、ぶらぶらしていたが、ふと過去の現場でも行ってみようかという気持ちになった。花と犬の玩具でも買って添えようか。
「申木智盛君、話がある!」
そんな風に考えていれば古来学の生徒会長が智盛の前に立ち、胸をはって話し合いを提示してきたのだった。
「一度だけな」
智盛は声をかけてきた相手の言葉は誰であろうと一度は聞くようにしている。
それは過去、仲良くしていた幼なじみが願った事であり彼は律儀に、それを守って生きていた。そうしないと彼女との繋がりが消えそうで怖かったのもある。傍若無人と言われる彼ではあるが信仰心が絶えないのも、そういった目に見える配慮があるからと言えた。
空いている体育館に移動し生徒会長の訴えを耳にする。簡単な話、運動して成果を出し良い意味で目立てと言うのだ。
申木智盛は自分のロストの血が嫌いだ。元々、欲しくて流れているわけでは無い。生神とされる龍神は面倒な十三審の血族達から一名ずつ母胎を取り子を宿らせる。そして十三審の中で産まれた子に適性があれば次の生神としての教育を受け国の花となるのだ。
申の血族の母胎から産まれた智盛は適性有りと判断され他の候補者と競うように育てられたが、それは神聖視故に孤独な子供時代の始まりだった。嫌でつまらなく暴れる智盛は協調性が無いとされ幼少時、贄となる学館に通うよう言い付けられる。しかし安全性の為に教室は分けられ一人で受ける授業。専用の『ベンキョウクン』という機械がチョークを握る。
全くと言って通う意味が見出せなかったが、それでも智盛は同い年の子供達が遊ぶ姿を見るのは好きだった。羨ましいという感情に苛立ちは尽きなかったが通う事は拒否できない。怖がれられようと楽しんでいる同い年の子供達を眺める行為自体が嬉しかったから。
そんな細やかな理由で今だ学館通いは辞めない智盛であったが過去に候補者から辞退する事件が起きてからは生神という道は無くなった。その為、未来の生神の母胎作りの為に優秀な血族との婚姻で子宝を求められているが、それも非常に鬱陶しい話であった。智盛の心には決めた一人がいるし、そもそもで何で自由に選べない上に何人も作るのか。国の方針、十三審の取り決めが胸糞悪く何時も智盛は苛々している。
一度滅んで再構築されれば良いのにと思うぐらいには元生神候補者だった智盛は国の成り立ちを嫌っていた。
そして、そんな中で愛されろと生徒会長は立派な正義心を掲げ智盛に求める。これまた、その押しつけがましさに苛立った。
智盛にこうしろ、ああしろ。求めて結果を期待する勝手な奴が多すぎる。血が特別であろうが智盛は自分を持っている。他者が勝手に期待するまでは許せるが押し付けるまでいけば迷惑だ。だが、そんな奴らが多すぎる。そして求められた事柄を断るすら悪だと認識している。不愉快だった。勝手過ぎるだろう。
なので苛立った時は相手が二度と口を出さないよう嫌がらせをする。今回は生徒会長を気絶させると服を引っぺがし近くの荷物入に隠し放置して、その場を後にした。これで大抵は二度と口出ししてこない。まだ来るなら無視か牽制をするが。
そして友と談笑しながら学館を出る為に中庭を通ろうとし裸体の生徒会長が必死でやってきた。男のフルチンを見せられて顔をしかめる智盛。鬱陶しいなと思いながらも教える。
「……服、お前が気絶していた直ぐ近くのロッカーの中だぜー鬼宮」
嘆く鬼宮に溜息を吐く。
「あーあ。畑センコー来るなこりゃあ……」
あの熱血教育者の主任が来ると思うと面倒くさい。畑は真面目な教育者であり龍神への信仰心が強い。彼は智盛が、どんなに傍若無人に扱おうと決して智盛を見捨てず生徒として扱うのだ。ゴマをするわけではなく生徒として。それが非常に扱いずらく智盛の中で一番苦手な存在だ。智盛は畑の事が嫌いでは無いが怒られるのは嫌なので、とてつもなく面倒だった。
そんな奮闘の中、キラキラ光る粒子をまといながら女子生徒が鬼宮に近付いた。一瞬にして意識の全てが彼女に持って行かれる。
「……マジか」
視界に彼女が。
彼女は自分の体操着のズボンを脱ぎ鬼宮に身体を隠せるよう慈悲を与えている。
「……マジかよ……夢?」
今朝の夢は続いているのだろうか。行方不明になってから探しても見つからなかった幼なじみが目の前にいる。
「何時もの夢……? いや、でも……あれだ……」
何度も成長していく彼女の姿を想像し夢で幻想を見ては落ち込むというのを繰り返してきた。今朝のように不吉な過去が正夢になるとは思いもしなかったが智盛は、ふらふらと近づき両手で顔を隠す彼女に手を伸ばしたのだった。
「なあ……顔を見せてくれ杏華」
*
懐かしい夢を観た。朝の時計で音はかき消えたが夏の鳴き声が耳奥で、じんっと残っている。寝台から、ゆっくりと起き上がり部屋から出れば給仕が扉の外で待っており挨拶を交わす。
「おはようございます芯様」
「おはよう」
身支度を調えながら渡された来週の予定表と来月の仮の予定表を見る。
朝食を食べてから同じ敷地内に住む別宅で今だ寝ているであろう申木智盛を起こしに行く。彼は短気なので務まる給仕や従者がおらず、幼い頃から十三審の中の血族から選ばれたお目付役として芯は彼を起こしている。厳格な父から言われ逆らえず始めた当初は心底嫌で恐ろしかったが今は慣れ不器用な友同士だ。
起こしてみれば彼は神妙そうな顔をして渡した大量の野菜麦を食べている。朝からよく食べるなっという量を食べ身支度を急かすと、のろのろと着替え共に自立型無人自動車に乗り古来学を目指す。無人機の中でも三袋焼き菓子をモリモリ食べて、ぼーっと景色を眺めており胸焼けがしそうだ。
ここ一週間は授業をサボりにサボった智盛の為にロストは基本免除される学力試験を受けている。智盛の為の日程であり、そして芯の日程となる。父には小言を言われたが芯としては、この無駄と比喩された時間は嫌いでは無い。将来が決められた事業の訓練より随分、有意義であるからだ。たいして会社に関わっていない若造が、いきなり上司として出社し訓練を受けるのは非常に相手に気を遣わせるし気も遣う。毎回何とも言えない空気の中、広い事業の何社も挨拶回りをしてはくたびれる。卒業したら上に立つので宜しくと、どの顔下げて言えば良いのか。基本的にしたくない。なので意味が無かろうが学力試験ぐらい受けるし、そのまま智盛の自由にも付き合う。丁度良い息抜きなのだ智盛は。古来学に着くと門の前で座って待っていた団子兄弟と合流する。
「おはようキジ君! 智盛氏!」
「あれ~智盛氏何か不機嫌じゃない? 歯に肉でも詰まってる?」
キジ、雉羽芯はその智盛に怖じ気づかない二人の兄弟の明け透けな物言いに笑う。毎回、悪気無く思った言葉を吐く姿は何故か智盛に怒りを与えないらしい。寧ろ気に入って今では毎日のように友として側にいる。
「点検する?」
「ハイッいちっにいっさんっ!」
「ハミガキハミガキできるかな~♪」
「お口くちゅくちゅ♪」
「つまってねーし!」
歯を、いーっと智盛が見せれば龍神らしい牙が覗き白く鋭い。
「はーん?」
「これは理想的な殿方の歯……っ」
「やだ~ん! 雄々しいっ」
「孕んじゃう~!」
きゃっきゃっと遊ぶ兄弟に智盛は言葉を返しつつ共に古来学へと入っていった。