11 三者三様
「やっぱり出入口が閉まっていて外から入ってくるのが居ないとしても確実に数が減ってる」
杏華の祖父によって持っていた魔法石型の双眼鏡を使って先を眺めていたヒロは、そう呟いた。この型は、魔法道具型より上位品質な為とても高い。が、魔力を認識していない一般人からしたら宝の持ち腐れ感のある代物だ。しかし杏華が近くにいると品質は魔力持ちと同じものになると分かった為、ヒロの隣には紙に書込をする杏華が居た。
「正確ではないですけど朝、昼、夕方頃に数えた昨日までの数字です」
「おおー」
数字を確認してヒロは頷く。
「最初と最後で見ると平均三十は違う。この前のらか魔術士とやらが倒していっているって事か」
杏華は頷く。
「うーん」
ヒロは少し考えて杏華を見る。杏華は、それを見返した。
「仮に動ける日が来るようになるとして、どう思う?」
「……その」
「うん」
「魔物の話しをしても良いですか」
「どうぞどうぞ~」
「彼らは、それぞれの縄張りがあり力関係も存在します。余程の自然災害に見まわれない限り無害であれば干渉せずにいますが敵対関係にある場合、一定期間で場所に穴を開け、どちらかが負傷します。敵対関係には人も含まれますが…意思疎通が出来ようと出来まいと利害関係が拗れた場合、林が無くなる事は時折ありました」
「わお」
「仮定の話なのですが」
筆を持って杏華はトントンと顎に柄の部分を当てて呟く。
「私達が求めるものは調和、安全、環境が一番近いと感じています」
「うん」
「そんな中で彼らの大義名分が亀裂を生み出した場合、林が無くなる可能性があります」
「アズアズは穴を作る?」
「…出会った皆さんに何かが起こる可能性を無くせるならばできる限りの事がしたいと思います。最善が何か曖昧ですが…」
暗い顔で俯く杏華にヒロは眉を上げた。
「オレらが死ぬの嫌なの?」
「嫌ですよ」
「自分が死ぬのは?」
「嫌ですね」
「どちらかを選ぶとなったら?」
「…起こってもいない事を選択したくは無いですが…一度、囮になって逃げます。逃げ切れると思うので…」
「ふはっ」
ヒロは一頻り笑うと杏華に、そっと語りかけた。
「アズアズだから教えるね」
「え」
「オレ本当は無差別殺人犯になる予定だったの」
「…?」
「大切な友人が二回殺されて世の中に目立って、その理由をぶちまける為に行動しようとしたら屍呪者だらけで人が居ねえの。びっくりだよ」
「しかも特に目立たなくて、ただの自慰行為。簡単に死ぬつもりは無かったけど死ぬ気になってさ出会っちゃうんだよなあ新しい友達に」
「ヒロさん…」
「こんな状況になって違う思考回路で怒りが落ち着くなんて不思議だよ」
「……」
ヒロはじっと杏華の瞳を見据え言った。
「アズアズ。オレも、するよ」
*
この世界には古来の血族という者達が一定層存在し人間の数よりは随分と少ないが能力は一個体だけで雲泥の差だ。どれだけ人が鍛えようと、それは如実に現れる。産まれながらの上流血族なんて別名すらあるぐらいだ。
それでも人間にだって時折、強い存在はいる。魔力持ちや魔術士は訓練は必要にせよロストと同等、それ以上などという話も聞く。
龍日国を治める十三審は血も含みながら一定数で魔力持ちと言うのだから、何とお得な存在か。全員が魔術士になるわけではないが、その選択がある事が普通の人間にしてみれば劣等感の象徴みたいなものだ。
噂によれば精霊術士なんていう存在も居るらしいが、それに関しては数が両手ぐらいとの事で本当かな。っといった感じだ。
稀だが技能能力という特殊な者もいる。とは言ってロストより強いかと聞かれたら、余程の能力じゃないかぎり弱いとされるだろう。あれは魔術士に比べたらオマケみたいな存在だ。それでも羨ましいなっとは思う。
人として強き者になろうと努力して気付けば一般人としては注目を集める存在になったがロストからは特に興味がない存在が俺だ。
話題性が出て放送局なんかに呼ばれて高級運動受講に破格で雇われて若い奥様方と個人受講なんかして、まあ楽しい生活はしていた。強さを求める事を諦めてからは体型を崩さず下半身で物事を考える生活。それ以外、楽しいと思えないのが理由だが特に後悔はしていない。
しかし助平を求めて謎めいた光の国とやらを眺めて少し引いた。彼らは一体何をしているのだろう。流石に、あそこに誘われて流れで入らなくて正解だった気がする。(好みが居れば話は別だが)
「国かあ…」
眺めて帰ろうとして、ふと視線を感じた。国からでは無い。二階反対側通路に五人の男達がおり、こちらを見ていたのだ。何となくだが国の格好とは違う彼らに俺は大きく手を振った。
案内された銀扉が閉まった穴空焼菓子店で出来たてを頬ばる。砂糖を振りかけただけのモノだったが出来たての油モノは久々で最高に美味かった。倉庫奥にあったらしい乳を共に口に含んで酒を飲んだ後みたいに唸った。生き返る!そんな気分だ。死んだことないけど。
「案外、生き残りって居るんだなあ」
呟けば目の前で脚を緩く組みドーナツを食べる黒髪の精悍な目をした男が口端を上げた。
「あんたさ」
「おう」
「よくまあ武器も、まともな防具も着けずに彷徨ってたな」
「ああ。アレって単体だと遅いからさ。何とかなったんだよ」
「へーえ?格闘の経験が?」
「一応ね。一般人で優勝を何度か」
「あ、あんたカキミヤさんか!」
「お、そうそう」
「あー放送で観たことあるよ!」
「えー?照れるなあ!」
「ふーん…なるほど。ちなみに、あんた今の住み場所は?」
「仕事場だよ。スポーツジム」
「ああ。確かに敷地内に隣接した所に、高級層のみのあったな…」
「えっあそこに居たの」
ドーナツを揚げ終わった二人が会計場に皿を起き立ったまま食べて、そう呟く。
「最初さー全然気付かなくて個人受講して後輩とお客様送り出して死なせちゃったんだよなあ…」
「あそこ区切られてるもんね…」
「情報ないと普通に送り出しちまうよな…わかる…」
二人も同僚が喰われたのか神妙に頷いてくれる。
「まあ、それで後輩一人は生き戻ってきたんだけど」
「お、もう一人か」
「でも心壊れちゃってー」
「壊れた?どんな風に」
黒髪男が訊き俺は答えた。
「死体と毎日楽しそうに過ごす感じかな」
「…そいつは使えそうにないか?」
「使う?いや、ほっといてあげてほしいなあ…可哀想じゃん」
顔を横に緩く振り溜息を軽く吐いた。
「ふーん…わかった。じゃあ、お前は?仲間になるか?」
「なって何するん?」
「屍呪者を減らす」
言われてハッとした。会計場の二人は違うが席に座る三人の防具類は確りとしている。本職を感じる物だ。
「あ、もしかして自衛団?」
「一応な」
「おおー」
「まあ傘下だけどねえ…」
「死体処理班してたのよ。仕事で、あっちこっち呼ばれて動いてたら、この騒ぎ。とりあえずは仕事しつつ生きてる感じだわ」
黒髪じゃない二人が難しい顔をして呟いた。
「なるほど。なるほど」
ドーナツを食べ終わる。
「良いぜ。どうせ今は暇だし」
「忙しかったのか?」
黒髪に聞かれて深く頷いた。
「好きな女が死んじゃうまではね。ちなみに今日、家に帰るって書置き残して一人で外に出て死んじゃってさー…俺、失恋」
「うわ!女いたの!?」
「良いなあ!」
隣の机側の席に座ったまま、ジタバタとする自警団の二人。それを会計場にいる二人は微妙そうに眺めて目の前、黒髪男は言う。
「残念だったな。こんな状況だ精神が持たなかったんだろうな」
「だねー…最高に好みの身体だったから本当残念だよ…」
目に涙をためて神妙に言えば自警団の二人が言う。
「地味に屑臭感じて親近感」
「まあ、これぐらいの精神力あると寧ろ安心じゃね?」
黒髪が脚を組み替えた。
「今の所、あの魔術士がいる場所以外に女子供は見た事がないが何処かで生きている可能性はある」
それを聞いて息をするように言った。
「好みだったら抱いて良い?」
黒髪が呆れた顔をする。
「本人に聞け」
「そりゃ、そうか!」
笑うと自衛団の二人も笑い。黒髪は静かにミルクを飲む。会計場にいた二人は苦笑いを浮かべていた。
*
助かった。そう皆、喜んでいた。
大きな空間には食べ物の材料が沢山、並んでいて自衛団が来るまでは此処で過ごすんだよって、お母さんが言っていた。幾つかの寝る場所を男の人達や魔術士様が作ってくれて、お母さんや他の疲れた顔をした人達と一緒に寝転がって眠った。
次の日、お母さんや他のお姉さんが戦う人達の為にって、ご飯を作り始めた。お母さん達は、あまり作るのが得意じゃ無いけれど売場にあった本を見ながら一生懸命人数分沢山作っていた。わたしも、お手伝いを沢山した。偉いねって皆褒めてくれて、わたしも皆、偉いねって言葉を返して外は怖かったけれど皆笑ってて何だか嬉しかった。
「なんだ、この味は…」
魔術士様の側によくいる男の人が嫌そうに言葉を大きく言って楽しそうに食べていた皆が固まった。何人かの人達が美味しいよとか何を言ってるんですかとか静かになった中で声を出したら男の人が、その皿を、その場でひっくり返した。
「人様が命懸けで戦ってると言うのにまともな飯も作れんとは…馬鹿にしてるな」
「な、何してんだよあんた!」
「もったいない!」
「食えるじゃん!」
「美味いし!」
何人かが怒ってくれた唖然とした後、顔を真っ朱にして俯いていたお母さん達は、その言葉に顔を上げて偉そうな男の人に言葉を言おうとしたけど先に、その人が喋った。
「嫌なら魔術士様の元を去れば良い私は止めない。さあ出ていけ!」
「お、横暴だ!」
「一日そこら戦ったぐらいで俺達だって戦ったし!」
「そうだ!あんた最低だぞ!」
「魔術士様無しで戦えるなら、そうしてみろ」
顔を青くする人達もいれば、やってやると怒る人達もいて次の日、彼らは魔術士様が居ないまま戦って三分の一の人数になり負傷者も出た。お母さん達は泣いた。戦った人達の中には最初と変わって、お母さん達を責めもした。
「あんた達が不味い料理を作らなきゃこんな事にはならなかったんだ!」
「息子を返せ!」
「下手くそ共が」
一様に変わってしまった人達に、お母さん達は震えた。それを宥める人達も怒る人もいたけれど日が経つにつれて皆、段々と変わっていった。とても恐かった。魔術士様がいるだけで確かに人は死なないけれど、どうしてお母さん達が、こんな風に怒られなければならないのか分からない。お母さん達は笑わなくなった。外も恐いけど、ここも、とても恐い。
お母さんやお姉さん達が責任をとって、何処かへ叱られに行くようになった。お母さんに青い痣ができるようになった。痛いの痛いの飛んで行けと、そっとお母さんを撫でた。お母さんは少しだけ微笑んでくれた。
何日か経った頃、お兄さんがやってきた。お兄さんは、ここの外でも生き残っていた人らしい。ここの人達と出会って様子を見に来たと言っていた。歓迎の雰囲気だったけど、この、お兄さんもお母さんを虐めるのかと思うと嫌な気持になった。
パンッとお姉さんが頬を叩かれた。何かをしてしまったらしい。それを慌てて止めるお兄さん。
「え、何してるんですか!」
「ああ、新しい人か。教えてあげましょう。彼女は魔術士様の許可無く勝手に品物を使用したんです」
料理の練習をしていたお姉さんだ。頑張って美味しいのを作って、どうにかしたいって言っていた。
「許可って…今は非常時ですし…それに見た感じ料理を作ってますよね?種類も一人分じゃないし皆さんで食べるつもりだったんじゃないですか?」
「はあ…分かっていませんね…」
「何がですか」
「後で私達が食べようとも、勝手に使用した事が罪なんです」
「いや、許可が必要だったとして叩くのはおかしいでしょう」
「いいえ正しい行為です」
「……」
「ふう…貴方は、この破滅的な世界で生き残った未来ある新人ですからね今回は多目に見ましょう。さあ、こい!」
男がお姉さんの手を掴んで何処かへ連れて行こうとするので、お兄さんは止めた。
「どこへ行く気ですか」
「罰則部屋です」
「なっはあ?いや、おかしいでしょう!叩いた上に何言ってんですか」
「何を揉めている」
魔術士様の側にいる、あの嫌な男がやってきた。
「この人が女人を無闇に叩くんです」
「だから、それは罰を与えているだけです」
「ああ…新人か。それは…見る限り食材を無駄にした罰だな。この危機的状況下で食材を無駄にするとは、どんなに愚かな事か流石にわかるでしょう?」
「…これだけの人数だ。皆さんで晩御飯にでもすれば別にいいじゃないか。何を、そんなに責める必要があるって言うんだ…どうかしてる…!」
「はあ…根本的な事が分かっていないな君は」
「ですねえ…」
二人が呆れ顔で、お兄さんを見て言う。
「ソイツの飯は不味いんだ」
「下手な癖して大量にとは馬鹿らしいものですよ」
「ええ…?」
困惑顔で、お兄さんは手の手袋を外し指先で料理を摘まんだ。
「んん…あー…灰汁抜きしました?」
「えっと、うん!本に書いてある通りに…」
俯いていたお姉さんが顔を上げて頷く。
「多分、それで煮込み過ぎて味が逃げちゃってますね。でも粉末でも何ででも何かしらの出汁を使って調味料と調えれば悪くないと思うので…あ、こっちのは…」
お兄さんが幾つか食べては説明を一つ一つしていく。お姉さんは紙と筆を取りだして、その言葉を書きとめだした。それを見ていた男達は反対に困惑顔だ。
「…何だ君は」
「何で分かるんだ」
「えっ、あ~…一応、厨房任されていたので…」
ちょっと気まずそうにお兄さんが言い。男達は噴き出す。
「君の方が不味いと公言してるじゃないか」
「さあ、わかっただろう」
「え…いや、別に不味くないでしょうに。今からでも変えれますし。何なら自分が今からするんで、あー彼女にも手伝ってもらって、それで食べてみてください」
男達は眉をひそめた。それから、お兄さんとお姉さん、他にもお母さん達が共に作った料理が皆に出された。コソコソとさざ波のように言葉が耳打ちされて嫌な雰囲気だ。あの男達が食べて眉を上げた。男が何か言葉を探し言おうと口を開いて声が出る、その前に魔術士様が呟いた。
「おいしいっ!」
何時も無言でいた魔術士様が顔の表情を変えて食べていく。それを聞き、あの男がお兄さん達に言った。
「命拾いしたな」
「ああ~…様子見だったんだけどなあ…」
お兄さんが一人頭を抱えて呟いている。
「でも…逃げたら…だけど…ここには流石に…」
何か悩んでいるようだったけど側に行って話しかけた。
「お兄さん」
「へ」
「お兄さんのおかげで今日は、お母さん叩かれなかったの。ありがとう」
「俺の…うっ」
お兄さんが目元を隠して泣きそうになっている。どうしたのだろう?
「食材は…もつはず…せめて料理の基礎だけでも…だけど…ここの奴らは根本的に……」
「お兄さん?」
「あ、いや…よく頑張ったね…」
お兄さんが何故だか頭を撫でて褒めてくれて何だか涙が溢れた。
「えっ!?ごめんっ!あ、男共が恐いよね…」
「うん…でも、お兄さんは恐くない…ありがとう、ありがとう…」
「……」
お兄さんは無言になり頭をまた優しく撫でてくれて、とてもホッとした。
 




