5 派閥
杏華の持っていた野営英雄の道具は、とても役に立った。多少の衝突はあれど彼らは、それなりに共同生活を、やっている。
「確実な事は言えませんが祖父の知り合いが迎えに来ようと模索してくれているみたいなんです。それと友達も…ただ。今後、どうなるかは分かりません。自衛団も十三審も護兵も、それぞれ善意を行動に移してくれたとして命懸けですし…」
「他に安全な場所があると?」
現事は杏華の言葉に、そう言い。杏華が困惑気味に言う。
「…正直な所、分かりません。私と祖父は危険とされる街外に住んでいて日々、魔物の討伐をしていますが。外と中に違いはと言われると難しい所ではと思うんです」
「えっ街外に!?」
「だから、クールガイか…」
ヒカルが驚きの声を上げ太陽が感心し頷く。
「…今日で九日目です。瓜のお陰や個人個人で持っていた物もあり、まだまだ持つとは思います。だた朝方の事もあります…」
ヒカルとリサが持っていたお茶を飲みながら面々は、ふぅっと息を吐いた。朝方。杏華が相談後、行動に移したのが思わぬ結果を生んだのだ。
瓜を取るために何度かした網紐を上に手繰り寄せている最中に見付けた鳥の巣。雛が見え旅立つ前に捕まえて食糧にしないかと話を持ちかけて親鳥がいない最中に消火器場にあったホースで命綱を作り二階下辺りに行き袋に入れようと手を伸ばした、その時だった。人の話し声が聞こえたのだ。
「こちら側の三階は映像館があったからかアレばかりだな…」
「行くのは無謀すぎ。止めとこ止めとこ」
「三階に行くのは切羽詰まってからだなあ」
「流石に誰も生きちゃいねえだろ…」
「どうするよ。あっちは魔術士が場所取りしてて食糧も、女、子供も奪えねえし」
「どうするも、こうするも知るか。オレ達の部屋は、そこまで広いわけじゃないし食糧集めだって、こうして命懸けなんだぞ」
「発散したいなら、スライムで良いじゃんね」
「飽きたんじゃね?」
「全く使われる身にもなってくれてっなっ!」
ボコリっと何かを叩く音がした。
「…でも女がいれば、するだろ?子供は、ねーけど」
「そりゃあ…っと、自分も子供は無理だけどアイツみたいなヤツは、すんじゃね?おらっ!」
ガッシュッ!
何かが叩き切られた音がする。
「女か~前みたいに店に行って出来ないって思うと何かしたくなるよなあ…よっ!」
「一応、掲示板でも探してんだろ?近くにさえいれば行けるし、とっ!」
何かが鈍く音を立てて壊れている。
「いっそ綺麗な屍呪者でも、持ってくか?あいつ煩せーし」
「いるか?綺麗なのって。病院館の安置室ぐらいだろ、せーの!」
ドゴッ。ブシュッ。
「あの最初の投稿のか、よっ!そっち行ったぞ!」
「アレで助かったちゃ、助かったけど、アレ抱くの?無理じゃね?ふんっ!」
「まあ、まだ八、九日?だからな。食糧さえある場所に隠ってりゃ出会う機会もあんだろって!」
ブチャリッ。
「よーし、これで、ここは全部か」
「探すぞ~」
「お楽しみの蔵荒らし~」
「ここ、何の店だよ」
「裏の倉庫じゃね?」
「あ~雑貨店っぽい」
「菓子みーけ!」
「杏華ちゃん?」
ハッとして上を見れば動かなくなった杏華を心配そうに見下げるヒカルと太陽がいた。
「なあ!」
「何だよ」
「今、声しなかった?」
「は?お、何どこどこ」
店内の何かを漁る音。
「外だよ」
「外ぉ~?」
開いていた窓から一人が顔を出し地上を見下げる。
「アレがいるけど~?」
「周りも確認が基本だろ。頭上もな」
「へいへい」
男は左右を見て上を見上げ言う。
「発見!」
「おぉ!?」
「食えそうな雛鳥!持って帰ろうぜ!」
「ちっ!期待させやがって…」
「鳥の肉は甲羅付のより食べやすいだろー?いらねーのかよ」
「いるいる」
「今夜の酒のツマミが決まったな」
笑い声。
特殊通路に上りきった杏華は命綱を下から見えない所に引き入れ。奥側へヒカルと太陽を抱き締めるように抱え込み口を両手で塞いだ。男達の笑い声に反応を示した二人だったが杏華の必死な様子に静かに、じっとした。幾らか時間が経って雛鳥が全部取れたのだろう。その内、彼らの声は聞こえなくなった。杏華は静かに『ボーイ』と呟いて確認してもらい居ない事が分かると二人から手を退けた。
「…さっきのって」
「別の生存者か…」
「食糧と女性、子供を探しているようです」
杏華が、ポツリと呟きヒカルと太陽は視線を交差させたのだった。
*
生存者が居れば、ただ喜ばしい事だと思っていた杏華は戸惑っていた。何となくだが不味い何かを感じたのだ。
九日目に特別にヒカルとリサが買っていたお菓子を、お茶をしながら食べようとなっていたので事情を知らない春は大喜びだった。終始きゃっきゃっとしながら飴玉以外の甘味に喜んでいる。
杏華も、とても美味しい焼き菓子に舌は痛みを感じそうな程、喜ぶが気持は滲む焦燥があった。
「話を、まとめると可愛い子ちゃん欲しい奴ら派閥と別に魔術士の派閥が、あるって事かー」
焼き菓子を美味いと噛みしめながらヒロは言い。
「アタシとヒカルとアズカと…あれね、ユキとハルハルが一応、対象ね」
リサがお茶を自前の茶器で優雅に飲みながら微笑む。春を心配していた雪は名前を呼ばれ、キョトンとした顔をした。
「ボクも?」
「成長期の変わり目の男の子が大好きな輩は多いわよ」
「え、え…?」
「お尻、気を付けてね」
ヒカルも真面目に呟き。雪は汗を滲ませて顔を青くした。
「唐突に脅されるユッキー!でも、まあ言えないだけで男も痴漢あるしな」
「え、ガチで?」
今では静かで最初のように怒鳴る事が無くなった本田が戸惑いを見せている。太陽も目をパチクリとさせていた。
「本田や太陽でも、するヤツはするぞ~」
「ええ…?」
「な、なぜ…」
「さーな。股間膨らむの見て優位心でも満たしたいんじゃね?」
焼き菓子の先をお茶に漬けて食べるヒロ。
「後は恥ずかしくて周りに言えないから成功率高いとか?腹立つよなあ~」
「「……」」
何とも言えない表情でお茶を飲む本田と太陽。
「美味い茶があるんだハル君のように全力で楽しまないか」
口調はトゲトゲしいが九日経ち打ち解けてきた現事は馬鹿らしいといった雰囲気で焼き菓子を口に入れた。
「…少し気になるのは瓜を取るために使っている通路です」
「ああ、姿を見られないように出にくくなるとか?」
「そうですね。それも、あるのですが…」
太陽の言葉に頷く杏華。現事が言う。
「あの内側から鍵のかかっている修理時用の扉の事か…」
「そうなんです。あそこは多分、おそうじクン辺りが修繕活動をしてくれている気がするのですが…」
周りには見えない、ボーイで見ているが説明がしにくいので杏華は予想として言う。
「さっきの彼らは従業員用の裏側の倉庫にいたみたいで…もし近くに繋がる道を見付けた場合、開けるかもしれないんです」
「なるほど…」
お茶をおかわりして太陽は呟いた。
「いっそ杏華ちゃんが持ってる熱効率使って空き缶溶かして溶接でもする?」
「うーん…でも反対に籠城から出れなくなるのと知人が入りやすくなる可能性を潰すので悩んでいます」
「なるほど…今のところ、そこまで不便じゃないけど制限時間はあるもんな…」
太陽が悩む。
「…魔術士だっけ?そっちも、どうなんだろうね『食糧も』の響きならモールの食品売り場陣取ってそうだから食糧は気にしないだろうけど一切、性格分からないし、アタシらみたいに穏やかとは限らないでしょ」
「可愛い子ちゃん達を守ってるんじゃなくて?」
リサの言葉にヒカルが返し。
「さあ?独り占めって話かもよ」
皮肉めいた笑顔を浮かべるリサ。
「物語の女総取とか。そもそも、こんな状況でアタシ達みたいな方が珍しいんじゃない?軽く口喧嘩はするけど意外と楽しいし」
リサが髪をかき上げて、ふっと微笑む。それを見て本田が、ほわっと頬を染めた。
「まあ。アズアズが居たからだよねえ~」
「私?」
ヒロが軽く言い。杏華が不思議そうな顔をする。
「謙虚に率先して動いてくれるし頼りがいがあって不愉快じゃない。まあ、少しは鼻持ちならない、おっさんも役に立ってるだろうけど。最初に、アズアズ居なきゃピリピリしっぱなしでしょ」
「……」
現事は静かにお茶を飲む。反論する気は無いようで肯定を示していた。杏華は褒められて頬を染めた。
「え、あ…ありがとうございます…そ、その…み、皆さんが優しくて今があると思います…嬉しいです…」
目元を隠して照れる杏華に周りは、ほんわかとなる。
「アズおねーちゃん泣いてるの?」
目元を押さえていたのが泣いているように見えたのだろう。春が杏華にくっつく。
「癒やし…」
リサが、ふうっと深い息を吐き。ヒカルも頷く。
「杏華ちゃんが居たのも現事さんが居たのもハルちゃんや他も含めて良い感じだよね。私達は運が良いよ」
「わかる。オレは此処で運が良い」
ヒカルのしみじみとした言葉に、ヒロが肩を揺らして笑ったのだっった。
*
屍呪者発生、十一日目。
「うわっ、くせっ!」
男達が調べに入ったのは銀扉が閉められた飲食店だ。閉めたという事は中に生き残りがいる可能性があった。しかし始めに開けて出会ったのは溶け出した腐乱死体だった。虫が舞っている。
屍呪者になると死んだ時の姿を維持しているという不思議な部分がありモノによっては悪臭も気にならない程度であったりする。鼻が麻痺しているとも言えるが。
「首の骨折れて放置されてんね。事故?自殺?」
「さあなあ…」
「この中の食いもん探すのかよ…」
「臭い移ってそうで気が滅入るな…」
「おっ冷凍庫発見」
「お、冷凍食材あんじゃん」
「袋出せ詰め込むぞ」
「へいへい」
「冷蔵の方は…これはいけそう。これはダメ。これは…」
「棚に乾麺と缶詰あるぜー」
「お、良いじゃん今日は麺と缶詰とか~腹減った!」
「この腐臭でよく…おえっ!」
「吐くならズレて吐けよなー」
「任務上慣れてるからなあ」
「変なつるみになったもんだよな」
「む、り…オエェェェ!」
「おいおい貴重な食材吐いてんじゃねーよ」
「むちゃ言ってやるなって」
「死体の掃除で慣れてる俺らが変なの」
「あ!まてって!」
「お?」
奥の客の座席がある方を調べていた男が声を上げ。彼らは顔を見合わせて奥へ入り込んだ。中には動く人間が一人。
「お、他殺の可能性微れ」
「あ、れ、は」
「女!」
「はいはい。化け物は俺達が倒すからねー」
「優しくするよ」
「安心してね」
「急に紳士ぶる面々ウケる」
「やったじゃん。アイツ喜ぶんじゃね?」
「えーこのまま帰れば何、独り占めの可能性出てくんの?」
「うわ萎える」
「何時までも起きてるわけじゃねーし大丈夫だろ。避妊具あっかな」
「お、えらい」
「アイツちゃんとすると思う?」
「さあな?浄化使えるから関係ないんじゃね」
「えー」
食糧を持ち、混乱して暴れる女性の腕を布で縛り上げて進む面々。
「や…」
「口噛ませんの?」
「お喋り愛友したいじゃん」
「情が移ってアイツと喧嘩すんなよ。浄化出来なくなったら今後ヤバいんだし」
「へいへい」
彼らが辿り着いたのは生物広場で扉を叩き声かけすると中で二重構造の銀扉が開かれ手動の扉が開く。蒼白い顔をした少年が中で待っていた。
「よう坊ちゃん元気ー?」
「また食ってないわけ?」
「いい加減、覚悟決めろって」
「喜べ今日は麺と缶詰あるぞ」
男の一人が頭を撫でると少年は泣きそうになり顔を逸らした。
「お前、好きよなー」
「痛々しくて可愛いじゃん」
顔を逸らした先に縛られた女性を見て少年は唖然とした表情をした。女性の方も顔を青くしている。扉を二重に閉めると男の一人が奥に声かけをしに行った。
「よーお。お求めの女見付けたぜー」
「む!むむむ!」
中から太めの男が飛び出てきた。頭はツルツルに剃ってある。
「でかした!」
太男は青い顔した女の顎を掴むと顔を見て言う。
「まあ普通だが身体が悪くない」
ポンポンと服の上から乳房を触りにやにしている。女は喉の奥から悲鳴を上げた。
「フクロもってんの旦那」
男の一人が聞く。
「む?この緊急事態だ、ない!」
「ほら」
ぺしっと太男の額に押し付けられる避妊具。
「むむっ?」
「自販機で買ってきた」
「ちゃんとしろよ」
「そーだぞー」
適当に男達が太男の背中を叩いて奥に向かう。簡易だが調理器具が揃っている場所で飯を用意するようだ。
「た、たす、けて…」
女が少年に涙を流して言うが少年は蒼白い顔を俯かすだけ。
「坊も、これで相手しなくてすむかな?ま、今日は祝いだ氷菓子もあるぞ」
残っていた男に頭を撫でられて静かに涙を流す少年。新たな生贄となった女は絶望に染まった顔をして太男に引きずられるように奥に連れて行かれたのだった。




