2 鬼と慈悲
鬼宮は嘆いていた古来学入学時から問題児とされていた申木智盛は古来からの生命、古来の血族の中でも最大の力の保持者だ。国の神とされる龍神の血を、その身に流している。
しかし何らかの事情で継承権を放棄している事から生神にはなれないと噂されているが信仰心が熱い者にとっては視界に入れる事だけで尊い。だが本人は、そういった信仰心を疎ましく感じている傾向があり囲まれれば力を使ってでも追い払う。それすら喜びに感じる者もいるが大半は彼を恐れ、どう扱えば良いのか辟易していた。
古来学生徒達、生徒会は、それではいけないと悩み相談、多数決の結果彼に健全を求める。他の学館と同じようにロスト中心の古来学でも部活は存在し、それぞれの運動での大会もあり、それでの優勝を日々願い切磋琢磨している者は少なくない。ありあまる龍神の力を健全な運動に使って欲しいという願いは理にかなっているように感じた。
なので生徒会長である鬼宮は、その話を智盛にする。だが色々な信仰心や不躾な者にも幼い頃から一つ一つ対応していく中で智盛は非常に短気な性格になっていた。一通り聞いて切れ二度と刃向かわないように鬼宮を気絶させ裸体にし放置する。
気絶から目覚めた鬼宮は羞恥に混乱した。鬼宮は真面目な男であり少し融通の利かない正義心を持っている。ロストの実力も含みだが、だからこそ生徒会長という古来学での生徒の代表となりえた彼は年若い少年でもあった。
羞恥に慌てて龍神の気配に向かって走り出す。
全裸のままで。
誰かに見られない為に見られながら学館を走り抜けるという奇行をおかし見つけた智盛に言う。服を返してくれと、しかし無情にも気絶していた近くのロッカーに衣服を入れていたと言うではないか。智盛と連む仲間が鬼宮を煽る。どうも女子生徒が中庭の芝生にいるらしく鬼宮は身を丸くし嘆いた。羞恥で涙が瞳に滲む。
すると後ろから芝生を踏みしめる足音が聞こえ、その女子生徒に声をかけられたのだった。
「……あ、あの……!」
鬼宮が、おそるおそる振り返れば女子生徒は徐に制服のスカート下にはいていた運動着のズボンを脱いで鬼宮に差し出す。
「良ければコレを使ってください!」
鬼宮は驚愕した。煽っていた面々も固まっている。
「大きめのを買ったので多分、入ると思います……!」
「……よ、良いんですか……?」
「勿論です!」
真っ直ぐな女子生徒の瞳に鬼宮は胸奥でジーンとした響きを感じる。受け取った運動着のズボンは人肌で温かく素足で通すと何やら背徳的なものを感じた。しかし全裸ではいたくない。
恥ずかしい。だが女子生徒だって恥ずかしいだろう。
しかし彼女は、バッと両手で自分の顔を隠すと身を丸くして言うのだ。
「あと、あの、これで見えませんからバッチリですよ!」
はくまでの間に女子生徒は、そんな気づかいを見せ鬼宮は思った。
――……求婚しよう……
鬼宮は若く初恋もまだな初心な少年でもあったので一つの親切に簡単に恋心が浮かび真面目なので婚姻を決心したのだった。
*
用事が終わり古来学を相棒の白いモフモフの犬のボーイと探検していれば中庭に青々とした柔らかそうな芝生を見つけた。明るい太陽の下、しゃがんで触ってみれば気持ちが良い。自動で動き続ける道から下りて真ん中の大樹まで行くと見上げる。何だか神聖な感じがして杏華はボーイと微笑みあった。
ボーイの中には、これまで御供えした犬の玩具が入っている。回転玩具を手に持ち投げるとボーイは嬉しそうに、ふわふわの白い尻尾を振って駆けだした。空中で咥えて軽い身のこなしで芝生に下りると、たたっと駆けてくる。非常に愛らしい。杏華は全身でボーイを褒めて、ボーイは嬉しそうに鳴いた。
「え……何あれ……」
学力試験終わりカラオケにでも行こうと自動歩道に乗って談笑していた女子生徒達は一人の少女の奇行に、ドン引きしている。少女自体の見た目は愛らしいものだが全力で芝生に転げたり笑っていたり一人で無邪気に楽しそうにしているのだ。
一人で。
全力で一人で遊ぶ少女。
彼女らは震えた。
目を合わせないように少女達は、そそくさと、その場を離れ同じように他にも通った生徒は引き気味に去って行く。誰も近付きたくない奇行が、そこにはあった。
ボーイと一緒に芝生に寝転がり自然の暖かさを満喫して、うとうといると何やら楽しげな声が聞こえた。起き上がり目を向けると少年四人が自動歩道に乗っており。その内二人が高い階段上の石坂畳から階段を使わず飛ぶように駆け下りてくる少年に大声で声をかけている。杏華は少年が裸だったので驚いて立ち上がる。
「いた! 君達! 今すぐに私の服を返してくれ!」
すると杏華に気付いたらしい少年二人は裸体少年を、からかいはじめた。
「あれー? ハローペニペニー裸族で来ちゃったの?」
「いやーんオイラ照れちゃう! きゃーん」
「鬼宮生徒会長必死の形相で下りてまいります!」
「鬼の目にも涙!」
「泣いた赤鬼!」
「泣いてない……!」
「でも~裸の王様でマラソンするなんてオレ尊敬しちゃう~」
「オイラも愛着わいちゃったー」
「頼む……風紀の見本たる私が、こんな姿では……」
「あ! 女子生徒発見!」
「きゃー! スケベよー!」
「な……っ、えっあぐ……」
嘆く鬼宮に杏華は一歩を踏み出す。側に行き自動歩道に乗るとスカートがすーすーするのではいていた運動服のズボンを脱いで差し出す。俯き頭を抱えていた鬼宮は受け取った。杏華は瞼を瞑り自分の顔を両手で隠し自動歩道で蹲ると見ないよう心がける。恥ずかしがっている人を追いつめるわけにはいかない。
トンッ。
後ろで誰かが杏華の肩に両手で触れた。声をかけられる。
「なあ……顔を見せてくれ杏華」
「は……い……?」
見上げれば知らない少年が杏華を見下げていたのだった。