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アウェイな屑  作者: いば神円
三幕 モール派閥
28/45

2 映像館


 創作物で、するべきでは無い時に頭に血が上る存在は鬱陶しさを感じさせるようだ。例えば何物かに追われている瞬間に起こるいざこざ。例えば密室の空間で秒を争う命の危機よりも取る自分の感情。何故、冷静になれないのだろう。何故そんな事をすれば終わってしまうのに、そんな哀れみと怒り。

 しかし、それが共感と言え、その感情を湧かした時点で見る者は惹き込まれているとも言える。

 オレは元々、外で走り回る何も考えていない楽しむが全ての子供だった。それが変わり始めたのは疑問からだった。子供の些細な人間の思考に対しての疑問だ。

 ガキは見た。映像で流れていた自然を愛しむ話題を。見て思ったのは自分も、やってみたい。そんな純粋な好奇心に近所の同じ子供に自信満々に語る。遊び心で切り分けていた近所の林内の竹を一つ手に入れて流れる山水を筒に入れて飲む。それが格好い行為だと思ったし、その後にくる爆笑に驚いた。

「バカだなあ!」

「そこの水、上に住む家の洗濯排水流れてるし」

「竹っ!それさ~っ!その竹あった場所、野良の糞捨て場だぜ!」

 ゲラゲラと笑われて羞恥よりも先に来たのは怒りだった。自分が何かに憧れてしまった馬鹿らしさと知っていてヘマを見守る思考に理解が出来ず血が上った。頭に血が上るとは本当に冷静にいられなくなるもので噴き出す汗と身の奥から迫り上がってくるモノ。熱くなった頭は止める術を忘れ吐いた。ドン引きする面々の前で、どぼどぼと胃の中のモノを吐き出し、それでも治まりつかないまま叫ぶ。

「どうして!どうして教えてくれなかったんだ!」

 何を言っているんだっと周りの目が語っていた。オレの怒りは彼等にとって逆切れというものでヤバい奴という認識であり。オレにとって彼等の疑問は理解出来ず。その思考は心底、気持ちの悪いものだった。

 人を笑いの種にする為に待ち心から楽しんで笑う。それが彼等の中の常識でありオレにとっての非常識であり状況として負ける認識の雰囲気に怒り、それを語源化出来る力も無く気付くと閑散とする。共感。

 それからというもの、それどころでは無い状況での怒りを見る度に自分を思い出し、いたたまれなくなる。

 そして今日は妙に安堵を覚えている。

 学館時代から仲の良い憧れていた先輩がいた。その先輩が昔から夢だった映像に携わりオレは楽しみにしていた。

 原作の一部に関わり映像編集をしているんだという弾んだ声を忘れられない。本当は日が近づく前に誰にも教えてはいけない規約だったが先輩はオレにだけは話した。話題性のあるもので食卓の間の予告でも何度も流れたし電子が流通している店舗でもよく予告が流れていた。

 オレは人に配慮し相手の立場を考えられる穏やかな彼には聖人という言葉が似合うと思っており。ただ時折、自分を犠牲にしてしまうふしだけは心配だった。心配だったのにオレは気付かず。

 全国配信される前に一般に向けて配信される特別な券を眺めては仕事に身が入らない。今夜観に行く。今夜観てから決めようと思う。

「気分がすぐれないので早退します」

 上司が何かしら言っていたが無視をして向かう。秩序など、どうでも良かった。

 七日前、連絡が取り辛くなっていた先輩から電子の手紙メールで言葉が届いた。一文。『幽霊だった』言葉を見たオレは、どうしたのやら何度も言葉を返したが既読が付くことはなく。電話も鬼の如く鳴らそうと出ない。おかしいと思った。

 彼の身内は早い段階で他界していたので、とりあえず住処に向かう。しかし留守で。その日、オレはお土産用に買った酒やお菓子などを彼の住処の扉に引っかけて帰った。次の日も向かうが留守で自衛団に連絡をし有無を話した。勘違いの可能性を指摘され終わる。

 次の日も留守で同じ建物内にすむ近所の人間に小言を言われたので訪ねた。此処の住人を知らないかと。

「知らない」

 水滴も何も無い、かかったままのオレのお土産を眺めて、ただ勘違いであってほしいと願った。だがオレという不審者に対しての苦情が重なり、その時、漸く確認が容認され終わりを告げられた。

 死因は過労だと語られたがオレは、あの言葉の真意を知りたい。知らなければならないと思った。

 震える手で彼の名前を検索した。予告がこれだけ流れているのだ。情報が解禁されていても良いはずだ。

 しかし、無い。無い。無い。

 記入の仕方がおかしいのかもしれない。繰り返し繰り返し繰り返し。誰も答えてくれない。何処も返答が無い。考えすぎ勘違い。そうだろうか。頭に上った血はオレを肯定する。

 何故、悲惨な結果を、あれ程までに求めていたのか。そうであったならば復讐という行動原理が叶うに他ならない。

 許せなかった。如何しても如何しても。彼の名前があるべき場所に、ある名前。

 彼の死は一つだけではないのだ。

 その日、早退したにもかかわらず歴代で初の渋滞速報が流れていた。自動無人車に電子の金銭を払い下り歩く。自動歩行は車に比べれば大分、空いていて歩きやすかったが巨大集合店舗ビックモールが近付くにつれ混みようが酷く。流れる自動歩行を下り修理人が歩く過去の流れない無人道に鉄編みを越えて入り込み歩く。

「これだけ発達してるのにさ……」

 人の過労には今だ気付けないのか。便利だが優しくは無い。何かに怒りたい冷静になりたくない。罵倒したい。許したくない。

「バーカ、バーカ」

 無意味に罵ってモールに着けば下の出入口は騒然としていた。見える秩序の無さに目を見開く。それは常識を語る人間こそ非常識なのかと思わせる。

 鉄編みを上り本来の道から逸れてモールの石壁の上を歩く。石壁は屋上に続いており屋上まで行くと下に出れなくなった人々の喧噪が聞こえた。電話で誰かに話している者、誰かに怒鳴り声を上げる者、個々で話す者。

 そこを抜けて下りれそうな範囲に来ると屋上の駐車場に足裏を着けた。もしかしたら下の状況は中に広がっているのかもしれない。そもそもで入るべきでは無いだろう。アレを見たのなら去るのが逃げるのが、きっと。

 だが、それよりも彼の作品が観たかった。彼の作品を観るべきなのだ。

 階段を使い下りていく映像館は屋上に近い。無人券機に電子券を通して進む。大渋滞の時間潰しも兼ねてか騒ぎに関わらない為か純粋に楽しむ為かは分からないが試写会は、ほぼ満員だった。映像は流れる。彼らしいと思う部分と違うかもしれない部分。それを全て含め涙が溢れた。

 隣の空欄の席は彼の席だ。

 見終わった後は飲みながら語り合うつもりだった。とても楽しみで。何故、彼は隣にいないのだろう。

 心臓の内側に穴が空いている。そう感じた。

 ぼんやりとしていれば入れ替え拡声器アナウンスが流れる。のろりとした足並みで掃除用の機械を横目に鞄の中を探る。手に触れたのは柄の部分。中には裏通販で買った刃物類が詰まっている。情報の拡散や正確なモノの収集、秩序を壊す行為。彼の名に傷が付くかもしれない。けれど彼の名は一つも無いのだ。映像の流れる言葉に無く。

「バーカバーカ……」

 慌てた人々の姿に笑みが溢れる。赤いな。赤いんだなっと思った。

 情報でしか知らなかったが人の頭は硬いし刃物は簡単に抜けない。慣れるまで何本も無駄にしたが最後の一本の時にはコツを掴んだ。まさか電子の遊戯の攻略法が役に立つとは思わなかったが乱れる人混みを捨てて先へ進む。

 比較的人の少なさと非常用の扉の境が見えて血に汚れた上着を脱ぎ歩きながら出来るだけ拭うと上着を捨て刃物を鞄にしまう。近くまで来ると、わざと慌てる様子で非常扉を閉めた。それを見た他も続いた。



 *


 喧噪が聞こえる。騒がしい。銀色の扉の先で言葉に返答しない何かが扉を叩いている。

 今いる空間は手洗いへ向かう廊下。奥は男女別の手洗いがある。多目的や待つ用の頑丈椅子ソファーも。どうやら、この空間に幾ばくの人間が籠城となったようだ。

「なんなんだよ、なんなんだよ!」

 共に銀扉を下ろした男が蹲り叫んでいる。

「何があったんだ?」

 最初から手洗い場に居た面々は事情を察せれ無いらしい。

「化け物が……」

 別の男が呟く。

「…その、今日は友達とモール内の串揚げ屋で飲む約束をしてたんだけど夕方前から始まった異常な渋滞で俺以外、誰も来てなくてさ…映像館でも行こうか迷って煙草を喫煙所で吸っていたら遊戯場の方の騒がしさが見えて何か赤くて…近くの昇降機使って下りようとしたら中が…真っ赤で…化け物が…」

 昇降機を使う気を無くした彼は銀扉を下ろそうとしている場面に出くわし手伝いに入り今にいたるらしい。

「お、俺は……ゲーセンで彼女にウサネロ取って…後ろを振り向いたら…男が彼女に抱き付いていて…殴ったら、そいつ…彼女を、く、ってて…くって…食ってたんだ…喉を…彼女の…っ…うぇ…」

 吐きそうになる彼に兄妹の兄の方が言う。

「話してください」

 どうやら兄妹の親は遊戯場に居たようだ。

「…し、死んでんよ!ゲーセンに居た奴らなんてアレに食われて死んでんだよ!アイツもそうだ…死んだんだ…」

「貴方も、そこに居て今は此処にいます」

「…おれは……っ」

 大の大人が泣き始め兄の方、十代半ばだろうかチラリと銀扉を見る。

「…籠城は正しかったのでしょうか」

「はあ?じゃなきゃ死んでんだよ!お前も俺も、その子もさあ!」

 泣いていた男が顔を上げ怒鳴る。すると銀扉を叩く音が激しくなった。

「ひっ…」

 男が尻を地面につけたまま後ずさり身を銀扉から遠ざけると帽子を被った紳士が大きく溜息を吐いた。

「少年の意見も正しいと私は思うがね」

「な」

「君らが言う化け物が事実だと仮定しよう。しかし自衛団が迎えに来るまでに私達は此処で過ごす事になる。君にとって緊急事態だったかもしれないが少々、浅はかだったのでは?」

「なにいって」

「下が駄目なら上から逃げる手もあっただろう」

「はあ?ば、馬鹿じゃねえの」

 男は声を抑え叫ぶ。

「外に屋上に?それで?どうやって逃げるんだよ!空が飛べるわけでも、あるまいし!」

「まあ可能性は、あったかもね」

 彼らの言い合いを眺めていたオレは口を開けた。

「飛び下り防止の石壁に上って下までの道を歩き途中の鉄編み上って越えれば無人歩道には出れる」

「ほう」

「……」

「ただ」

 彼らを見回す。オレを含め九人が廊下に腰を下ろしている。

「その先の方が、もっと酷いかもよ?そもそもで屋上に行けたかも分からない。屋上も酷いかもしれない。なので、オレは、この咄嗟の判断は悪く無かったと思うな~」

「なるほど。一理ある」

 紳士が頷くと泣き男が舌打ちした。

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