おともだち
カリカリッ。
カリカリカリカリッ。
『龍日国の歴史は最古と呼ばれ大陸とは異なった文化で過ごしてきました』
教育者役割で、あらゆる教科を丁寧に教えてくれる高性能の機械『ベンキョウクン』がチョークで黒板に文字を書き何やら言葉を復唱している。今日も今日とて一人しかいない教室で幼い智盛の為に授業を開催する。一人かけの高級、頑丈椅子に座り頑丈な机に乗った紙と筆。授業内容を耳に聞きながら態々、学館に通わせる心境が分からず、ぼんやりと窓の先に流れる空に浮かんだ雲を見ていた。白い雲は風が強いのか流れが早い。あの空に飛び雲と流れを競えたら少しは楽しいだろうか。
何度か、うたた寝を繰り返していると、どうも正面。窓の先の別館の教室窓に少年が立っているのが見えた。ソファーから立ち上がり窓を開けてみる。笑い声。歌のような調子、手を合わせて鳴らす音。楽しいのだろうか。
目を凝らす。凝らせば額に生えた二本の角が反応し少し温かさを感じた。視力が極端に良くなる。見えたのは涙を流し震えて扉に立つ小さな少年だ。一体どういう状況なのか。智盛には理解出来ない。耳を凝らしてみる。角が反応し声が聞こえた。
『やだ…やめて…』
『友達だろ?』
『飛んでくれよ』
『ほーら、しんくんの良いところみてみたーい!』
『とーべ』
『とーべ』
『とーべ』
智盛は窓から離れて教室の奥まで行く。そして脚に力を込めた。角が反応し身体内の血が熱くなる。ダッと踏み出せば身体は窓の外へ飛び出し気付けばシンと呼ばれた泣いている少年の隣へ来て、そのまま止まらず脚裏は窓を割り教室内に入り込んだ。
「え…」
僅かに漏れたシンの呟きを消し去って激しい硝子の割れる音が鳴り響く。
「よぉ、お主ら…楽しんでおるのか?」
教室にいた女子生徒が悲鳴を上げ扉を開けて何人かは逃げ出し、シンに手拍子をしていた男子生徒は固まって智盛を見る。
「遊戯はどうだ?」
「え、何コイツ」
「急に窓を割って…」
「どっから入ってきたんだよ」
「意味わかんね…」
「こわ…」
「我は遊戯はどうだと訊いたのだ」
智盛が真顔で呟く。
「え?コイツ落とす事?」
「何…」
「えぇー説明しろってことなの?」
「口調おかしくね」
「時代ものみてー」
智盛は溜息を吐いた。
「難儀な奴らだ…つまらぬ」
智盛はシンに近付き手を差し出そうとした。
「は?止めてんじゃねえよ!」
「オレらはなあ!そいつに天罰くだしてんの!」
「ソイツの親、クソなんだぜ!」
「そうだ!そうだ!」
「そいつの所の機械が故障して事故起こしてんだからな!」
「煩い…」
智盛は眉をひそめる。
「ジャマするなら容赦しねえからな!」
「お前も落とすぞ!」
「遊戯ではなかったのか」
智盛の鋭い視線が向いた。金色の瞳が揺らめいている。
「は?」
「落とすとは何だ?何をやらせている」
「何言ってんの」
「バカだぜこいつ」
「見りゃわかんだろ」
「知識を問いたのだ真を明かせ!」
智盛が言葉に力を入れると角が温かくなり。子供らは思わず本音を吐いた。
「死ねってことだよ!」
「こんな奴、死ねばいいんだ」
「いたってジャマだし」
「つーか!お前もうぜえ」
「オマエも落ちろよ」
「ばーか」
一人が何か衝動にかられ椅子を振り上げて智盛に投げつける。智盛は空中で軽く受け取ると、そのまま投げ返した。一人の頬を掠めて窓硝子を割り中庭に落ちていく。
「あ…血…」
血が出た急性緊張で椅子を投げた子供は、しゃがみ込み。他は後退る。
「コイツ頭おかしいぞ…」
「やば…」
「椅子を投擲する遊戯なのか?」
智盛が一歩、子供達に近づいた。
「なわけねえだろ!」
「では何故投げた」
首を傾げる。
「そんなの…」
「お、オマエが変だから…」
「我も変だと思えば許されると?」
智盛が近くにあった教室の机を掴むと彼らは顔を横に振った。
「やめ、て」
「な、投げないで…」
「やだよ…」
「遊戯ではなかったのか」
机が音を立てて軋み。子供達は、ヒッと喉から声を漏らした。
「ゆ、ゆうぎじゃないです…」
「む、ムリ…コイツなんなの…」
ガタガタと顔を青くして震える子供達。
「君達!何してるの!?」
休憩時間で出払っていた先生が騒ぎを聞きつけて教室に入ってきたようだ。智盛を見て眉をひそめる。
「何処の組の子?机なんてもって…しかも窓硝子…君がやったのかな?」
「ああ、割れた」
「割れたって…反省の見えない…」
先生が怒りを露わにして教室に入った時。その後ろから声が聞こえた。少女の声だ。
「しつれいします!」
見れば少女が椅子を持っている。
「お散歩してたら教室から椅子が落ちてきて…届けにきました…」
少女は息を大きく何度か吸いながら汗を垂らして椅子を教室に運び入れる。
「まあ!杏華さん!貴女そんな物持って動いて大丈夫なの?凄い汗じゃない…」
先生がオロオロとし始めて、智盛も気になったのか杏華と呼ばれた少女に近づく。杏華は教室の奥、窓際に立っている少年を見上げ呟いた。
「…シン君は、どうして、そこに立ってるの?」
「え…あら、本当。危ないじゃない!下りなさい!」
青白い顔をしたシンは教室に下りて、ふらふらと智盛と杏華の方に近付く。
「この娘は病気か?」
智盛が軽い様子で、シンに訊ねれば呟く。
「アズカちゃんは心臓が弱いんだ…」
智盛は頷き、シンを上から下まで見る。
「怪我をしているな」
「へっ」
シンは硝子が割れる前から受けていた身体の傷に気付かれて驚きの表情をした。
「知っているぞ。病や怪我の時、保健室に行くのだろう?」
「…え、う、うん」
シンが戸惑いつつ頷けば智盛はニマッと笑ってアズカを片腕にシンを片腕に持ち上げて走り出した。先生が悲鳴を上げる。シンは硬直して冷や汗を流し、アズカは目を見開いて満面の笑顔になり、キラキラとした瞳で智盛を見た。
「すごい!すごいね!飛んでる!飛んでるよ!」
教室の窓から飛び下りた智盛に抱えられて二人は保健室に連れられて行ったのだった。
*
休憩時間の終わりの鐘が鳴り保健室に入った智盛は眺め、シンと杏華は、寝台や椅子に座りながら機械の『かいほうクン』に手当を受けている。智盛は薬品のする室内を、ぐるっと見渡した。場所は学館の地図上で知っていたが入ったのは初めてだ。青い顔をしたシンがチラリと智盛を見て呟いた。
「もしかして…」
「ん」
智盛がシンを見下げる。シンは視線を下げ唾を飲み込む。
「いや…正面の別館にいた子かなって…」
「ああ、そうだ」
「お名前は?私はアズカです」
かいほうクンの診察が終わって服を調えながら訊く杏華。
「…智盛だ。そう呼べ」
「チモ君!」
「ん」
「僕は、芯…」
芯がそう言うと智盛は頷いた。
「アズカ」
「はい、チモ君」
杏華が嬉しそうに頷く。
「…光沢は何故」
「こうたく?」
杏華は周りを見渡した。
「光沢って?何に対してですか」
芯は智盛に訊く。
「見えぬのか」
智盛は芯から視線を移し上から下まで杏華を見る。
「…え、アズカちゃんが光って見えるって事?」
芯が杏華をまじまじと見て不思議そうな顔をする。杏華は自分の身をパタパタと触って首を傾げた。
「無雑な光沢よ。流麗と言える」
「ほ、ほめられてる…!?」
杏華が顔を朱くして芯は目を見開き、キョロキョロと二人を交互に見て、バッと立ち上がった。
「ア、アズカちゃんは心臓が弱くて保健室によくいて僕は怪我して」
「よく来るんだ!」
「ん」
説明され智盛は頷く。
「あれ共が?」
「…え、あ…うん…」
芯は椅子に座り直した。俯いて呟く。
「…僕、嫌われ者だから…」
「ほう」
「シン君の痣って、やっぱり…」
杏華が息をのむ。
「…あ、ちが…違わない…ごめん、階段から転けたとか何時も嘘ついてた…」
「シン君…」
「好意を欲するか」
「へ…?えっと…」
芯が戸惑った表情をし俯く。
「シン君!」
「は、はい!」
俯いていれば杏華が芯の手を取り言う。
「あのね、何時も本とか読んでくれて私の体調悪い時とか撫でてくれて、えっと、何時も嬉しいです!」
「へぁ…」
「だから、その…シン君いると嬉しいの!ありがとう!」
「……僕も、アズカちゃんが保健室居ると嬉しい…ありがとう…」
芯がボロリと涙を溢すと杏華もボロリと涙を溢して二人して泣き始めた。それを見て智盛が困惑の表情を浮かべる。
「如何した…空腹か…?」
智盛がワタワタとして二人の頭の上に手を置いて撫でると二人は、ぱちっと智盛を見上げ泣き止んだ。
「チモ君、優しいね!」
「お?ん…」
智盛がぎこちなく頷く。芯は杏華とお互いに目元の涙を拭い合い智盛を見上げる。
「……チモ君は…その…龍神で合ってる?」
「肯定する」
「……そっか…君だったんだ…」
「シン君?」
芯が困ったような表情をして杏華に微笑み、もう一度智盛に向き直る。
「多分、正式な話が行くと思うけど僕ら同じ学館になったのは十三審の血族から同い年の僕が君の、お目付役として選ばれたみたいなんだ」
「……」
「じゅうさんしん?」
智盛は黙り込み杏華は不思議そうな顔をする。
「僕なんかじゃ役に立たないとは思うけど…」
「贄か」
芯がハッとした顔をし智盛は口端を上げた。
「お主らが我の贄ならば悪くない」
目を細め。二人を眺める智盛に芯は立ち上がり杏華の前に立った。
「何でっ、アズカちゃんは…ちが」
「承諾しろ」
「……や、やだ」
芯が震えながら顔を横に振る。
「え?えっと、どうしたの」
杏華が戸惑って芯の背中を触れば振り向いて言う。
「…アズカちゃんにも、お目付役を頼みたいって彼が言ってる。でも僕は断りたい」
「どうして?」
「…アズカちゃんは身体丈夫じゃないし…危ないかもしれないし…」
「そうなの?」
杏華が智盛を見る。
「さあな」
「…おめつけって何をするの?」
「我と日々を過ごすのだ」
「あ、お友達ってことか!」
杏華がパッと笑顔になった。
「友達…?」
芯が戸惑った表情をし智盛が頷いた。
「ん、頼む」
「シン君、やったよ!友達増えちゃった!」
杏華が笑いながら芯の背中から手を回してポンポンお腹を叩いて喜びを表現する。芯は頬を染めて力を抜いて智盛を見た。金色の瞳が楽しそうだ。
「…宜しく、チモ君」
「ん」
「よろしく!」
杏華も立ち上がると智盛に手を伸ばして握手を求める。
「んん」
智盛は、ぎこちなく握手を返すと、そろりと訊いた。
「痛むか?」
「え?痛くないよ!」
「そう、か」
智盛は杏華の手を眺めながら神妙そうに頷いたのだった。
*
集まった親、面々が鋭い表情から青い顔に変わる。黒服の黒眼鏡を着けたカネという男が観せた映像と相手にした人物の存在に騒いでいた声を止めさせたのだ。しかに子供の顔に傷がつけられた親は、それでも言葉を振り絞った。
「じょ、冗談を本気にして子供に怪我を負わせたのは、そちらでしょう…」
「そ、そうよ!」
「酷いだろう!」
他の親も加勢する。
「冗談?なるほど…冗談…ふふ、ははは!」
カネの笑い声に辺りは、しんと静まりかえった。
「そもそも十三審の、お坊ちゃんに何をなさってるんですか。ご自分の身の振り方を考えてください。彼は今後、龍神王の、ご子息のお目付け役となります。ご本人は、どうする事は無くとも彼を害する事で龍神に何か、あれば十三審は黙ってはいません。良いですね?もう一度言います。ご自分の身の振り方を考えてくださいね」
口に笑みを見せて言い。その言葉に親の一部からは嗚咽が漏れた。
「…全く、まるで、ご自分が、もう被害者のような雰囲気だ…今からの行動一つで変われるというのに…」
カネは溜息を吐くと背を向ける。
「愚かじゃない事を願うばかりですよ」
*
カネが保健室に行くと何やら可愛らしい声で子供達が騒いでいる。首を傾げて中を見れば自分が監視兼、護衛を担当する龍神がおり十三審の雉家の息子がおり、もう一人は知らない。中に入れば三人で卓上遊戯をして遊んでおり少女が圧勝している。
「な、何故…」
「今日のアズカちゃんは容赦ない…」
「ふふふ。私に本気を出さすとはやるなお主ら!」
「チモ君の言葉が混ざってるよ…」
「むむ…」
「陣取り遊戯ですかあ。懐かしいですねえ…」
ハッと三人の目が向く。
「お主、また背後を…」
「え、誰」
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。挨拶が出来るとは、おりこうさんです。ちなみに私は、カネと言います。よろしく小さな、お姫様」
「カネさん!私は桃島杏華と言います!わーい!お姫さまって言われた!」
「なに、誰なの…」
芯が嫌そうに杏華の手を取って甲に口付けを落とそうとしたカネの額を押して止める。
「はーん。十三審、雉家の坊ちゃんは春なわけですね?」
「は…?いや、え…チモ君、知り合いなの?」
「我の影だ」
「か、げ…」
芯が杏華の前に入り込みながら青い顔をした。
「カネはどうだ」
「ん?何がです?」
「杏華の光沢を感じるか」
「え…それはそれは…あ、はーん?なるほど…」
カネは身を上げると顎に手を当てて思考する。そして興味新々でカネを見る杏華のキラキラした瞳を見た。
「うーん。万に一つの奇跡があるとするならば…文献読み返す必要がありそうですね…」
「どうなのだ」
「あ、そうですね。アズカさんは、キラキラ可愛らしいお嬢さんじゃないですか。ところで、この遊戯、私も混ざっても?」
「ん」
「はい!」
「……」
智盛は頷き杏華も承諾し芯は隣にさせないように無言で席をずらした。
「いやー春ですね~」
ニコニコ顔でカネが言えば杏華は不思議そうに龍日付を一瞥したが、それよりも遊戯に顔を戻して四人で放課後まで熱中したのだった。




