15 鼠家護衛
所々の荒野、草原、森林、地平線の先に街の防壁が見える。此処からでは小さいが近くに寄れば非常に高く頑丈な壁を持つ要塞だ。龍尾街というだけあって島国の丸まった尻尾の先にある。海水が面してはいるが地図上では龍日国、中心地の位置にあり丸まった土地の内側にある為に津波の心配も無い。島国ならではの災害が低い、その位置から少し先には細く繋がった土地があり、そこには聖なる龍山や特別な墓も存在する。
そんな最も聖なる地の近くにて問題が起こった。有り得ない事と思いたかったが伝記に記されてる事でもある。何時かは来る厄災の話だ。
伝記によれば何時か揃う条件が出来た時、厄災が起こると言う。どうも商売を生業にしている蛇家が、それの関係で仕事を受けているとは噂には聞いていたが、まさか本当に起こってしまうとは。どうやら自分は抜かるんでいたらしい。不甲斐なく思う。
回線が混雑していて通じない。この緊急事態だ一度に沢山の人々が通信を使い通じないのだ。とりあえずは、お嬢の以外のは音を消去してあるだろうが電脳を開き通信道具内の『鷹匠日』に連絡する。
『お前ならお嬢を命懸けで護ると思うが迎えに行く』
鷹匠とお嬢の携帯で位置情報は把握している。あの開拓広場の位置にいるようだ。
「アニキ本気で行くんです?今、龍尾街激ヤバっすよ。オレっちら運良く親方と街外来てますから平気なだけで…」
朝日昇る中、茶髪の軽率そうな雰囲気の後輩が眉を下げて心配顔を浮かべている。
「お前は残って親方を命懸けで護れ俺は行く」
「う…」
後輩は有無を言わせない言葉に冷や汗をかく。
「ここには、あの偏屈爺さんもいますしオレっちも…」
「老師を汚く呼ぶな死にたいのか、お前は…」
アニキと呼ばれた彼が眉をひそめて言う。彼に注意され、後輩はぐっと言葉を飲み込んだ。
「そんなに凄いんっすか、あのへ…お爺さん…」
「最強の護兵と呼ばれた方だ。若い頃は親方とよく組んでは迷宮深くに行ったらしい」
「ふーん…」
「…まあ下手な事は出来るだけ為ずにな」
苦笑いを浮かべて彼が男の肩をポンと叩く。
「えっオレっちも…」
付いて行こうと意志を見せるが顔を横に振る。
「いや今は渋滞で車がまともに使えないしな二輪飛ばしてお嬢を護りに行く。直ぐには会えねえかもしれねえが親方の元に必ず連れてくるつもりだ」
昨日乗ってきた大型二輪車に跨がって彼が言えば男は悲しそうな顔をした。
「待ってるっす…」
「おうよ」
*
鼠家当主の孫娘、鼠一愛果瑠と鷹匠日は昨日、街一番巨大開拓広場に出かけていった。本来は彼、宝島がアカルお嬢の護衛をする約束だったが老師の手が空き朝一で美味い魔物の肉が取れたと連絡があり親方が急遽外出となった為に街外の危険度で護衛を代えた。
お嬢の少数護衛の時は基本、宝島かヒビだ。ヒビは軽口で、お嬢に嫌われているがお嬢の外出日程さえ決まっていれば別の仕事は何がなんでも入れず宝島の空きに絶対に入り込む。それを繰り返していく内に自然と、どちらかがお嬢の護衛をするとなっていた。
過去親に売られて組に入った時からよくあれだけ成長したものだと感心する。最初は、お嬢の護衛で親方に媚びを売ろうとしているのかと思っていたが、どうやらお嬢に恋慕しているらしい。本人から聞いた事は無いが見ていればわかる。お嬢相手では元々叶わない想いになるが、どうも縁談相手が出ようが出まいが関係ないようだ。若者達に幸あれとは思う。
しかし、この緊急事態。死なず護るとは思うが、どさくさに紛れてヒビがアカルお嬢に何かしないかだけは心配だ。想うだけなら一生構わないが、もしも手を出し傷物にしていた時は覚悟を決めなくては、ならない。
肩に担いだ特殊な魔法石が埋め込まれた魔法道具型の砲弾で目の前の蛆虫共を一掃する。一掃事に音がデカいのは難点だ。だが重さと反動さえ耐えれれば一気に二十そこらの蛆虫を溶かせ道が空くのだから悪くない。
捨て置かれた車の脇を通り抜けながら前へ進む。直ぐに向かうつもりだったが親方に止められ一応、一夜待って出発した。その際に老師に、この砲弾を譲り受けた。これ一本あれば豪華な屋敷を買ってもお釣りがくる代物だ。もちろん条件も付けられたが。
「孫がモールとやらにいるから、ついでに連れ帰ってきてくれ」
これを使い老師自ら行かないのか。又、孫、杏華は生きていない可能性があるのではと思ったが、それが顔に出ていたらしい。
「あれは、これでは死なん…儂が魔物を狩らんと街に行くでな」
肉を焼きながら、そう言って託された。時折、親方と街外に出ては老師に会いに来ていたが。情報よりも魔物の数が極端に少ないのは老師が塞き止めていたのかと分かり衝撃を受けた。なる程、この老師の孫だ。平凡な娘さんだと思っていたが彼女は秘めたる何かを持っているのだろう。
朝日光る下、蠢く蛆虫共を消し飛ばしながら宝島は尊敬の念を胸に抱き独り深く頷いた。
「必ず、この任務、遂行してみせます」
*
あの風呂の事件の後、アレを去勢した。先生の手際は良く鬼宮は真っ青で治療に当たっていたが。下のに食わせた時のコイツの絶叫は笑えるものがあった。
先ず。
お嬢の裸含め自慰の間を与えたのが胸糞悪かった為、仕事上の拷問を与えた。鬼宮は終始ドン引きしていたが仕方ない。
これは僕の日常でもある。本来なら重ならない人間関係だったのだし。
「謝罪が足りないなあ?」
人気の無い一階の階段下に小さな用具入れがある。雑巾を口に噛まして口元から頭を縛り上げ。箱を置いた高い位置に裸で正座させ。そのまま全身を縄で縛って床に置いた盥に水を浸し。頭を掴み何度も下げさせた。
涙や鼻水、涎を流しフゴフゴと何かを言っている。赤く充血した目が怒りを露わにしているが、まだ、そんな意識があるようだ。
「あぁ?家畜の鳴き声出してんじゃねーよ!ほーら!謝罪だ謝罪!お前が大好きな言葉だよ!」
喋れない事は知っている。知っているが、これが拷問だ。尊厳を奪って苦しめて何の気持ちも湧かないようにさせる。
人を人では無くし殺す行為だ。時には命を奪うより厄介な行為と言える。手間もかかるし個人的に接点の無い少し可哀想な恨みの無い屑なら自分で穴を掘らせて埋めるだけですます場合もある。楽だしな。
「も、もう…その辺にしませんか…」
鬼宮が青ざめている。先生は黙って眺めているだけだが。
「…まだまだぁ!」
善意の塊のような子だ。これが女性なら絶対に見せないが男だから強くなってもらおうと思う。鬼宮は治療術も使える。覚え精神が持つならば最高の拷問師になれる事だろう。
別に、そんな事を少年に求めてはいないが。まあ、覚えておいたら後々、許せない相手が出来た時の自白にも使える。知識としては役立つ筈だ。求めては、いないだろうが。今後、何があるか分からないしな。
嬢は僕らが何処までやっているかはハッキリとは知らない。しかし鼠家の最後の良心みたいなもので誰かが手を出しかけたら一般人には駄目よと止めてくる。もちろん従う。その場では。
今回に関してはお灸を据えるのは良いと判断したみたいだが、どうだろな。こんな姿を見られたら幻滅されるんだろうな。
お嬢に本当の意味で嫌われたら溶けてしまいそうだ。
まあ、早々ヘマをする気はないが。今は束の間の夢の時間。お嬢と寝起き出来て毎日、宝島先輩に奪われる事無く過ごせている。
まさか雉羽芯や申木智盛という、お嬢との婚約者候補が二人も揃う空間に出会すとは驚いたが。どうも二人は、その気が無いらしい。まあ、本気にならない程度で友人として仲良くなり婚姻を上げてくれるなら、それも良い。お嬢にとって好ましくない相手に輿入れするよりは。
僕には夢がある。誰にも言っていない夢だ。現在、その欠片を予想外に味わい。より、その時への意識が固まった。
僕の夢は、お嬢が子宝に二人か三人恵まれて、それぞれの後継ぎ問題が解決した頃にも側に居て拐かすのだ。もしも、お嬢が人恋しくなってくれたら手を取ってもらう。とても嫌がるだろう。もしかしたら素直かもしれないが。
どちらでも可愛いし嬉しい。
――……お嬢が欲しいな…
僕は、そんな夢を見ては毎日の糧にして糞みたいな行為を丁寧に解決している。
僕の精神の安定は、お嬢の存在だ。
僕の可愛い可愛いお嬢様。
僕は一生、貴女の側にいますからね。
*
「鼠家、護衛取締番、宝島と申します。苗字は、ありません」
集まった面々に軽く頭を垂れ挨拶をする宝島。アカルが頬を朱く染め、ぽぅっと宝島を見つめ。その隣でヒビが真顔で二人を眺めている。普段の笑顔が無い。
「…先輩、来なくても此処は良い感じに籠城してますし来なくても良かったんですよ」
「馬鹿を言うな。お嬢の一大事だぞ。それに親方からの頼みだ命懸けで避難させる」
厚めのカーペットが敷かれた一つの室内、前は身体を解す商品が並び定期的な受講がされていた場所だ。座布団が並ぶ中。その一つに座禅した状態で宝島は、じろりとヒビを見た。
「…でも外に行けば安全ってのは安直な考えじゃあないですかね?魔物が居るからこそ護衛を変わった訳ですしぃ?」
「だが此処に居ても何時、蛆虫共がお嬢を襲うかわかんねえだろう」
「屍が蔓延る街に出す方が危険だと思いますけどねえ…それに外に行って、如何するんですか安全に暮らすにしたって他の街に関しても情報が曖昧だってのに」
ハッと息を吐き捨てるヒビ。
「…今のところは老師が離れの家を貸してくれるそうだ」
「ああ…あの昔、親方と迷宮巡り組んでいたっていう…ははっ!居候まがいして暮らせってかっ」
「お前なあ!」
「ちょっと!落ち着いてよ!」
アカルを間にして喧嘩し始めた二人に、パッと声を張り上げて止め。背筋を伸ばし正座したまま周りで様子を見ていた面々にアカルが頭を下げる。
「お見苦しい所をすみません。少々お家の事で行き違いがありまして…もう、二人とも!じゃれ合いは、後にして、先ずは宝島さんも挨拶を受け取ってください」
「…そうだなお嬢」
*
挨拶が一通り終わった後、戦闘組以外は、その場を抜けていく。アカルもまた今回は少し苦い表情をして席を立ち部屋を後にした。その後、現在の状況を畑や芯が説明し食品販売店が並ぶ地下一階を攻略した話を聞き。宝島は少し考える素振りをした。
「これは確かに…下手に外に出るより悪くない環境か…」
「そういうこと」
崩れた座禅をした膝に、ヒビが肘を乗せ手の平に顎を乗せて面倒くさそうに宝島に答える。
「所で、お前、既読だけ付けて何故返答しなかった。状況説明位出来ただろう」
「あーあんまりにも忙しくて後回しにしてしまいましたねえ。すみません」
顔を向けずに適当な声で、ヒビが応えた。
「……ほぉ」
宝島の額に少し青い神経が浮かぶ。それを正座で眺めていた芯が声を出した。
「それで、宝島さんは、お一人で混乱の状況を、ほぼ無傷で切り抜けてこられたんですか」
「ん。ああ…雉家は、ご存知か知りませんが私共の鼠家は昔から懇意にさせてもらっている御方がおりまして、その御方が条件と共に此方の魔法石が埋め込まれた魔法道具型の大砲を貸してくださいまして…」
「凄いよね!これ!中々お目にかかれないよ、こんな特殊な武器は!」
座布団に座らず四つん這いで前のめりになった、フェルが興奮し尻尾を振りながら言い。畑や団子兄弟も関心を示している。
「ヤバいね、この魔法石の大きさ尋常じゃないよ」
「何回撃てば溶けるのこれ」
「筒の素材も特殊だよね?」
「街で古き店も廻ってるけど見たことがない」
「この魔術回路も巧みな技だよ…一で十…?」
「ここで増加がされる筈だから…うわ…彫り師の執念を感じる…」
目をキラキラさせて仕組みを眺める団子兄弟。畑も隣で何度か頷いている。鬼宮は、あまり興味が無いのか不思議そうに眺めていて智盛は部屋の隅で賞味期限切れの菓子パンを、もぐもぐ食べている。支配人とキトは今は、この場にはおらず別途で荷物整理をしているようだ。
「しかし雉家の坊ちゃんと龍神の御子息か。お嬢は何か言ってたか」
宝島がヒビに呟けば顔を下に向けながら横に振る。
「特には」
「…考えようによっちゃあ、此処に居た方が利点かもしれんな…」
宝島はパンっと座禅の膝を叩くと大きく頷いた。
「…よしっ!顔も知らねえ性格も分からねえ、そんな坊ちゃんと婚姻を結ぶよりは、こうした連帯感のある場所で愛を育む方が良い。親方には俺が、そう話してみよう」
その言葉に、ヒビが顔を上げた。
「え…あーまあ。そうっすねえ…それは僕も同意見ですが」
「ヒビ」
宝島は穏やかな目を向けてヒビの背中をバシッと叩いた。
「って!」
ぐわっと背筋が伸びるヒビ。
「良く言った!俺も、お前を処分しなくて済んで安心してんだ。お嬢の未来を考えて行こうじゃねえか!」
豪快に笑う宝島を芯は黙って見つめ智盛は眉をひそめ菓子パンを飲み込み。
「俺は入れなくて良いぞ。もう好いてる女がいるからな」
聞こえるように声を吐き出した。
「えっ!」
ヒビが驚きの声を上げ。宝島が頷く。
「まあ龍神は子種だけって考え方もあります。心の隅にでも置いて下されば宜しい」
「……意外と政略結婚を容認なさってるんですね」
芯が背筋を伸ばしたまま苦笑いを浮かべて言い。
「ええ。雉家の坊ちゃん。私としましても、貴方が本命だ。お嬢と歳も近い将来も安定ときた。性格は今からだが…今を生き残り発言も確りしてる所が悪くねえ。幾つか世継ぎを残して下されば愛人も容認出来ます。是非とも、お考えを」
くっと前のめりで厳つい顔に笑顔を浮かべる宝島。芯は、うんともすんともせずに、ただ微笑みを浮かべたのだった。
*
話し合いが終わり宝島は親方と話す為、回線が通じやすい制御装置室の通話機能を借りに行った。ヒビは夢から覚めて、何とも言えない気持ちで屋上に立ち。屍で蠢く街を眺めている。
「ねえ、ヒビ。宝島さんは?」
振り向けば最近はしていなかった化粧をして、お嬢が立っていた。目を細める。
「可愛くしたって先輩は抱いてくれやしませんよ、お嬢」
「え!ば、ばかっ!またそういう変なこと言わないでよ!知ってるわよ、それぐらい!」
お嬢が顔を朱くして、ぷりぷりしながらヒビの隣に立って屋上から街を覗き込む。
「…別にね。赤子のおしめ変えてくれた人だしさ、そんな、ちょっと夢見ただけなの…うん…」
屋上の風に吹かれてお嬢の綺麗な髪がなびいている。ぼんやりと、それを見つめ。
「あれでしょ?雉家か申家…あー彼は龍神か、との婚姻を勧めてたりしてたでしょ?」
「ええ、そりゃあもう。今は親方にノリノリな電話をしているくらいですよ」
「だよねー…はー…本当」
「お嬢も」
「うん?」
「子宝二、三人恵まれたら容認される時期にでも愛人を作れば良い」
「はぁ?」
お嬢がヒビを睨み付ける。
「ヒビって偶に呆れた事言うけどさ、何て言うか、そういうの嫌い」
「……僕は好きです」
「えぇ…やな趣味…」
はぁっとお嬢は溜息を吐いて下を見るのを止めて空を見る。下の汚れた喧騒とは違い空は青く澄んでおり。厄災など嘘だったかのようだ。
「でも、あれでしょ。ヒビは、ずっと私の側にいるんでしょ?」
「……」
ヒビが息をのむ。
「じゃあ、あんたが、ずっと側にるなら別に良いよ。多分、今みたいに、ずっと楽しい気がするし」
「……はい。お嬢を、からかい続けます」
「ええー…それは嫌…って!何泣いてんの?え、どっか痛いの?」
「はいっ…胸が痛くて…」
「ヤバいじゃん…鬼宮君の所いこ。治療してもらお!あ、連れてきた方が良い?」
「お嬢が連れて行ってくれるなら何処までも行きます…一生ついていきます…っ」
「…はーもう、行くよ」
ヒビの手を取ると店内へ向かい。ヒビは、そんな片手を握り返し、もう片手で目元を隠して耳まで朱く染めた顔で、ボロボロ泣いたのであった。




