14 キトの独白
やる気が出ない。特にする事も無い。虚しい。
どうやら開拓広場の生き残りの人々の大半は未来への計画を立てて行動しているようだ。遠目からだが見た。彼らが連日一階で屍と戦い地下の食糧物資を持ってくる姿を。
幾つかが空き店舗に乱雑に置かれては少し、まとめないのだろうかと眺めている。流石に冷蔵は分けているが調味料と乾物を一緒にしていれば忘れそうだなっと思った。
新しい少女が増えた日、茹でられた麺とメンマ、餃子と肉まんが出てきて飴も配られた。それに関しては賞味期限も、あるだろうし別に良いが。けれど、あの倉庫部屋の様子を思い出すと食糧への懸念を感じてしまう。戦いや生きるに向けては積極的だし彼らがいなくては生きれない。しかし。助言するべきだろうか。こんな役立たずでしか無い自分が。
正直、言葉だけを発して実害を伴った男性やキツい空気で場を乱す女性を見た後だと自分も、あんな風になってしまうのかと思い気後れする。
平凡な中でも花屋の娘などは葬式が行われる度に子供達と花を飾るという役割があるようだ。それに今後に向けて野菜作りもし始めているらしい。子供は、子供なだけで存在価値が高い気がするし。自分のような産まれた時からの負け組は、何処までも負け組なのか。羨ましい。
「いや…」
別に何かしたい気もする気も無いのに何を考えているのだか。ぶらぶらとホームセンターを彷徨う。頑丈椅子で眠りすぎて飽きた。ここは団子兄弟という二人が手がけた風呂場もあり服も自由で寝る場所もある。食糧だって不安要素があれど毎日食べれている。言っちゃなんだが自分の借りていた場所より、ずっと良い。
「…暇だ」
雑貨店の糊紙や紙と色筆類を持ち出すと、あの乱雑に積み上げられた荷物置き場へ向かった。箱の中を一つ、一つ確認して紙に名前を書きテープで貼っていく。普段電子でやっていた荷物管理の手書き版だ。現場は、番号糊紙なんか作ってやっていたのだろうか。今ある分に全て名前を付けて中身と外の写真を携帯で撮り倉庫から店内に戻る。そのまま捨て置かれた誰かの固定電子機器を勝手に借りる事にした。
「あった…」
寮生活の時に度々見かけたが手放すつもりがなくて情報を常々、漏洩している人が偶にいる。探せば、あるもので画面の近くに貼り付けてあった合言葉文字を見付け入れて仕分けの表を作り写真と共に印刷機で印刷して紙を留めて出来上がった。
原始的だが今の生活なら手が届く範囲の食糧一覧表だ。
「……いや、別に…」
出来たが、どうすれば良いのだろうか。この冊子だけ置いておけば察してくれるだろうか。微妙な気がする。
「……まあ、どうせ暇だし」
勝手に整頓してしまおう。
*
団子兄弟という少し変わった二人組に声をかけられた。戸惑ったが作った武器の整頓も頼みたいと言われ頷く。何時の間にバレたのか分からなかったが嫌味な感じはしなかったし寧ろ頼られている気がした。不思議な気分だ。
食事の時、幾人かに話しかけられるようになった。訊かれた事は返すが自分は子供の頃から人間関係を築けなかったし経験の浅さが全面に出て面白い事が言えない。なので冷や汗をかいた。だが特に気にしていない様子の彼らを見ると少し気持ちが変わってきた。何だか悪くない気分だ。
そう言えば最近、問題を起こした、あの煩い男性を見ていない気がする。今日の食事の場にも居なかった。女性の方は好き嫌いが激しいのか、この状況でも食べ物を選び去って行く。余ったモノは自然と智盛という少年の口に入った。彼らは彼女の苛つきを特に気にしていないようで凄いなと素直に感心した。
もうすぐ地下の食品販売店を攻略できるらしい。上の荷物も随分と溜まった。完全に綺麗になったら下に一度見に来てほしいと芯という一番発言力を感じる少年が言ってきた。特に異論はない。
変わった人達だなっと思う。今まで人生で会ってきた人種とは、どことなく違う。何というか行動さえ移せば下にしようとせず同等に見てくれるのだ。一部例外はいたが、あちらの方が数が少ないからか実権が無く虫の鳴き声みたいなものだ。
もしも産まれた時から彼らのような存在と知り合いだったならば、あんな風な人生など送らなかっただろうか。いや、もう終わった話だ。そもそも自分は、そんなに生きれないだろう。生きていたって仕方ない人種だ。
どうやら何時ものように、おそうじクンで誘導するにしても場所が遠く三分の一は中に入ったままらしい。彼らは空間広場で戦うのを中断して出かけていった。
自分は今日も荷物整理をする。新しい武具の整理もしていたら数が足りない。今、地下に行っている誰かが予備で持って行ったのだろうか。でも二重は邪魔ではないか。少しモヤっとしたので音声機を点けて通話する。
「すみません…防具が足りないみたいで…誰かが二重に持っているのかと思うのですが、ご存じですか?」
『いえ…俺は聞いてないですね』
支配人の声だ。
『あれ~?ちょっち過去映像調べてみるね』
「昨日は揃っていたので、昨日の夜の食事時前…夕方から今朝の間です」
『なるへそ~!』
『あ』
『おっちゃん…』
『彼か…』
「え?」
『店のバットも持ちだしてるね~』
『寝てる間にだねー』
『何故か売り場から工具の鎖切り鋏を取ってますね…』
『これはヤバいかも』
『どうする?行く?』
『えっ!いや、君達は戦えないでしょう』
『でもねえ』
『友達の命がかかってるし』
『……せめて姿を見付けてから実行しましょう杞憂の可能性もあります』
『むむむ』
『ぬぬぬ』
俺は防具を着けると紙に数字を書き込み武器の部屋に行きモノを選び数字を紙に書き込む。どちらも貸出表の紙だ。日頃、見目でも確認しているが一応、紙にも記入してもらっている。
「自分が行きます」
『え!』
『なんと!』
『キトさんも戦えないじゃないですか。しかも管理表まとめてくれてるし居なくなったら困る…』
「ちなみに今って旬李さんは大丈夫ですか」
『シュンシュンはママと一緒にいるよ』
『シュンシュンに執着してたもんね』
『今、連絡して鍵を閉めておくように言っておきました』
「じゃあ、やっぱり別の目的で動いてますね」
部屋から出て歩きながら考える。このホームセンターの構造を。基本的に三人がいる制御装置室で閉鎖されており電源が入っていないなら扉を開けれるだろうが、そうで無ければ力の無い者が自力で開けることは難しい筈だ。
「そうなると…手動…?手動扉、周辺はどうですか」
『おっちゃんは…今のところはいない』
『うーん何する気だー?』
『何かを切る気ですよね…』
ふと思う。電源があればという思考に思い当たる場所を。
「電気機器制御室!電気を落とす気か!」
音声機の先で、ハッとした声が聞こえた瞬間、辺りの電気が全て落ちた。充電式の音声機は使えるが、不味い。
「電気室から一番近いのは…」
一階裏門の方。あそこなら近くに上の階に上がる為の階段もある。主電源とは違う仕組みの非常電灯に従って従業員用の裏道を通り駆け抜ける。
『地下の電気は、また別だから点いている筈だけど』
『ここのは直さなきゃだね~』
二人が椅子から立ち上がる音が聞こえる。
『まて!行くなら、おそうじクンを連れていくんだ。少しの間は守ってくれる筈だ』
支配人の、そんな言葉が聞こえた。
*
辿り着くと薄暗い中、開いている扉が見えた。開けて外を見れば、やはり裏口外に出る為の鉄網に絡まった鉄鍵を切ろうとしている彼がいた。後ろの扉を閉める。音でハッとしたのだろう、彼が振り向いた。
「お前も邪魔するのか…」
「邪魔も何も、こんな事をしたら、貴方も死ぬだけですよ」
「…ここにいたって無残に死ぬだけだ!だったら俺は出て行く!」
目を見開いた。てっきり中に屍を入れて戻ってきた彼らを殺すつもりでいるのかと思っていた。違うのだろうか。
「…別に出て行くなら止めはしませんよ。貴方が出た後に、そこを閉めるだけです」
ガチャンッ。
「…お前は本気で、こんな所が、あんな奴らが良いと思うのか」
鎖を少しずつ切りながら男は呟く。
「え…」
顔を上げれば何故だか憐れんで見られた。
「アイツらは悪鬼だ」
「……それは貴方が嫌味な態度を取るからでは?」
「ああ、そうだな。俺は変態のクソ野郎だよ。散々に言われた!だけどなあ!アイツらだってクソ野郎だ!尋常じゃ無い!俺なんかより遥かにクソだ!」
「…いや、それは無いかと」
「は…っ!分かっちゃいない!そうやって良い部分しか見えないんだろうな!俺はなあ、クソ野郎だから分かるんだよ」
「……」
「此処が悪鬼の巣窟だってな」
ガチンッ。
男の刃が漸く鎖を断ち切った。男は運動棍棒を握り締める。表に比べて裏は屍は少ないが彼らのような優秀さが無ければ手こずりそうな数だ。緊張で深く呼吸を繰り返す彼に近付く。
「そう言えば、貴方は何で彼女に執着してたの」
訊けば舌打ち。その後に脂で滲んだ疲れで老けた顔をニヤつかせ彼は言う。
「…ああいう弱そうな女を罵らないと興奮しないんだ」
「うわぁ…いや、うん。変態だもんな。わかった。貴方が此処を出たら鍵を閉めてフェンスに音を立てるから、アレが集中している間に逃げれば良いよ。先の事は分かんないけど頑張って生きてみたら良いと思う」
「……お前」
また憐れんだ表情をされた。それに目を細める。
「…言っとくけどさ。俺も充分クソ野郎だから感じるモノはあるよ」
「じゃあ…」
「ただ価値観が違うんだろうな。俺にとって此処は悪鬼の巣窟じゃない理解者の調和だ」
扉が開く。男が眉を顰めながら走り抜け。フェンスの元からの鍵を閉めると約束通り音を鳴らして屍を自分の側に近付けた。
彼は一応は逃げれるだろう。ホームセンターを出ていく先までは。それ以降は知らない。
「……標準、基準、常識、非常識、異常、平等、平均、調和、平和…幸福」
そもそも彼の語る全ては己の中の線引きに過ぎない。自分の中で思うには構わないが、それを他者に求める時点で、それは一体何なのだろう。
糞虫と呼ばれた理由を知っている。知っているが、あの時、誰がそうなった理由を知ろうとしただろうか。誰が見方を変えただろうか。
誰一人、誰一人として理解者は現れず。誰一人として調和以外のモノを求めなかった。
偶々だ。
偶然にも。
此処は自分にとっての理解者がいて調和が取れている。
偶々だ。
彼にとって此処が理解出来ず調和が取れなかったのは。
──……此処で助けられた俺は幸運だったんだな…
一つ胸に、ストンと落ちてくるモノを思うと、あの日、自分の混乱から無駄に命を落とさせてしまった、おそうじクンを思い出す。それだけは自分にとっての心残りだ。
フェンスの間に座り込み、ぼんやりと風に吹かれる土埃を眺める。食事をしたい屍の呻き声を聴きながら、あの簡易葬式に、おそうじクンも入れてもらえないかと考えていた。その時だ。
『キトさま。お待たせいたしました』
聞き間違えだろうか。ゆっくりと顔を上げる。見上げれば屍。立ち上がり腰から鉈を取り出してフェンスの間から屍の頭を突き刺す。何度も何度も何度も。
借り家でやった、あれよりも何だか簡単な気がした。
濁った血、腐った肉片を飛び散らせながら何度も何度も何度も繰り返せば、屍の背後が見える。
柔らかい光を放つ太陽の下、自分の名前を嬉しそうに呼ぶ、おそうじクンが一台。その隣には何故か厳つい男が大砲を持って佇んでいた。




