13 お風呂騒動
一つ目の閉鎖空間の地下店舗で手に入れた少し乾燥していた白い柔焼菓子の中には生乳泡が入っており子犬達や女性達は喜んだ。婦人にも勧めれば一応は手にし何処かへ行ってしまった。女二人は、それを食べながら話に花を咲かせる。
「旬李ちゃんは、此処から家が近いんですね」
「はい。ただ親は別の街に暮らしていて…」
「え、どこ?」
「光瞳街です」
「上の方だね?どうして龍尾街に?」
「故郷から離れた場所で暮らしたくて…許可をもらって親戚が住んでいる此方へ来たんです」
アカルと花屋の旬李が食べながら会話し隣で聞いていたヒビが呟く。
「…あっちは猪と兎でしたっけね」
「兎…」
アカルが少し嫌そうな顔をしてパンケーキを食べる。
「そんなに嫌です?あのうさちゃん」
「嫌よ、あの兎。今、古来学に来てるけど出会えばすぐ嫌味言ってきて、あれと話す位ならヒビと、こうしてる方がマシだわ」
「僕は何時でもお嬢の側に居ますからね。安心してください」
笑顔で頷くヒビ。
「シュンリちゃんシュンリちゃん」
「はい。ミルちゃん」
獣人の子のミルクが旬李の裾を引っ張って促す。立ち上がり、アカルに頭を下げて旬李は花の話しがしたいらしいミルクと共に用意された寝台に眠る母親の元に向かった。今、いる部屋は少し改造された獣人一家の部屋だ。そこに旬李、アカル、ヒビがお邪魔している。
「水樹ちゃんだっけ」
「はい。脱水症状してた子ですね」
「今、私と旬李ちゃんと衝立の先にヒビが居るけど一緒の部屋で良いかしら?」
「お嬢と旬李さんが良いなら良いんじゃないですか」
「そうよね…ヒビが居るけど仕方ないわよね…」
「僕が興味深いのは、お嬢のみです。安心してください」
「…はあ」
笑顔のヒビに、アカルが嫌そうな顔をしていれば扉を叩く音がして、ヒビが対応に出る。従業員用の廊下に居たのは団子兄弟だ。
「あれ。どうしたんです?」
ウキウキな二人が満面の笑みで語りだす。
「ご報告~ご報告~」
「やっぱり龍日国の皆って、お風呂大好きでしょ?」
「ですね」
「なーのーでー!」
「じゃじゃーん!」
明るい二人に合わせて近くに来た三つ子の二人、チョコとマーブルも両手で身振りを真似する。
「二階の、お手洗い一カ所潰してお風呂に変えました~!」
「拍手~!」
団子兄弟が自ら拍手して他、面々も拍手する。アカルがヒビを押し退けて顔を出した。
「凄い!お風呂作ってくれるとか!天才じゃん!」
「わっ」
「へっ」
驚いて後退る団子兄弟。
「美人の突然のどあっぷ…」
「惚れちゃう…」
「お嬢~」
ヒビが笑顔でアカルを後ろに下げようとするが彼女は興奮して聞かない。
「旬李ちゃん聞いた?お風呂だって!シュガーさんも!」
シュガーは出産したばかりなので今は、お湯で身体を拭いているが、その内に入れるだろうという事が分かり嬉しそうだ。
「凄い!ほんと凄いよ!」
拍手を一人続けながら言う。
「今から入れる?入って良い?」
目がキラキラしているアカルに、たじろいでしまいながら頷く団子兄弟。
「入れるけども~」
「先に着替えとか~」
「は!そうね、どうしよう…」
「…えーと、おにゃにゃのこはパンフレット持って一度探索すると良いかと」
「…印つけた場所が服っぽい所だよ」
二人に、そっと渡された開拓広場の店内情報地図には色筆で丸された各所がある。
「…有能っ」
三つ子も含めてカゴを持って散策しに行くことになった面々。見送った団子兄弟は横になる母親に近付くと電子機械を渡した。
「店の中の映像観れる用にしといたから、ママさんも欲しいのあったら、ここから連絡してちょ」
「パンフレットも、オイラ達、何すれば良いかよく分かんないから言ってくれたらするよ~」
小さな赤子を眺めながら、そう言って団子兄弟は、去っていく。少しして身綺麗になったフェルが部屋に戻ってきてシュガーの話しを聞き二人仲良く中の映像を眺める事にしたのだった。
*
本来、お手洗いの場所は奥側が女性用、真ん中が赤ちゃん用場、手前側が男性用となっており。風呂場に作り変えるにあたって真ん中を簡易の板で区切って着替え場所にし、それぞれ外側の桃色と青色で分けられた暖簾をくぐると中に入れるようになっている。女性側の中には化粧室があるので、そこの床に台所用の長い厚手敷物を敷き髪熱乾燥や髪用、石鹸の予備、美容液、小分け包装の歯毛棒、苺味の歯磨き粉、布等がカゴに入って、ちょんっと置かれていた。『足りない分は集めてね』っと書かれた紙と共に。
用足所は見えるが風呂となる場所は大きめの桶が洗面所の前事に置いてあり隣には身体を洗う場所としてマットが置いてある。洗面所の口に、それぞれ水圧如雨露が取り付けてあり、お湯の方の蛇口を上げれば、お湯が出る仕組みだ。彼女らが来ると分かっていたからか二つ分の桶には熱めのお湯が先に半分ずつ入れられていた。準備万端である。
「や、やるわね…団子兄弟…」
アカルが一人頷いて旬李も嬉しそうに桶の中のお湯を触った。
「お湯で身体を拭く以外当分出来ないと思ってたので嬉しいです…」
「アタシも良いの…?」
おずおずと訊いてきたのは今日、見つかり先程まで鬼宮の治療を受けていた水樹だ。
「もちろん」
旬李がシャワーを出して温度を確かめながら手招きする。おずおずと水樹は旬李に近付いてお湯をかけてもらい、身体に染みついた汚れを流してもらう。アカルも石鹸を泡立てると水樹の手から洗い言う。
「さあ痒い所は御座いますかお客さま」
「えー!」
水樹は擽ったそうに肩をすくめ笑ったのだった。
男性側も桶やマットもあったが大抵はシャワーだけ浴びて、ざざっと洗い終わっていく。その中で浸かるのは三つ子を任されたヒビと鉢合わせた鬼宮である。はしゃぎ廻る三つ子にヒビは、ぐったりと湯に浸かり鬼宮も苦笑いで湯に浸かる。
「こらー!跳ぶな~怪我しても僕は治せませんよ~」
ヒビが跳びはねる三つ子を注意し。
「お湯が無くなっちゃうよ」
鬼宮も軽く言葉をかける。
「お風呂掃除とか交代制で、やるとかになるのかな」
ヒビが天井を眺めながら呟く。
「家庭用のおそうじクンが掃除してくれるみたいです。マットも桶も天気の良い日は干す予定だとか」
「え、好待遇じゃないですかー」
「ありがたいかぎりです」
「明日も戦うし作物耕したりもするけど、おそうじクンいたら大抵の事が出来て最高っすね…僕、お嬢と居られるなら、この生活良いかも…」
「…それは」
「まぁ、不謹慎だとは分かるんですけどねえ…」
顔を洗うヒビ。
「…元に戻ったら夢から覚めちゃうんで」
「ミルのばかっ!」
「ばかっっていう方がばかだもん!」
チョコとミルクがマットの上で喧嘩をしだし湯に浸かっているマーブルが訊く。
「じゃあ、あたまいいのー?」
「え、えっと」
「ほーら、ばかだー!」
「じゃあチョコわかるの?」
あーだーこうだと言ってお互いの、ほっぺを抓りだす二人。
「なになに?喧嘩ー?するなら一対一でしてくださいねー」
ヒビが軽く応援する。
「ちょ。チョコ君叩いちゃ…あ、ミル君も…」
慌てる鬼宮だったが、ヒビは肩をすくめて言う。
「兄弟喧嘩を小さい頃にしとけば急所も手加減も覚えるから悪いもんじゃないですよ。まあ、タイマン以外の、リンチは駄目ですけどー」
「えぇ…」
飛び跳ねて怪我をするなと言ったのに喧嘩なら良いと言うのは何故なのか。鬼宮には、よく分らない。
「こどもだなあ」
マーブルは二人を眺めて、ヒビと同じように肩をすくめ微笑む。
「……」
この環境は子供にとって、それぞれ誰かに似てくるのかもしれないと鬼宮は思うのだった。
*
「いやー!」
「ヒビぃぃぃー!」
聴こえた悲鳴と叫び声に風呂から上がり着替えながらも喧嘩するミルクとチョコの間に入って宥めていた鬼宮は何事かと目を見開いた。寝間着を着かけていたヒビが、バッと脱衣所から飛び出して女湯の方に入って行く。鬼宮は止める間も無かったので唖然とし喧嘩をしていた二人も驚いて鬼宮に抱き付いている。マーブルは、そんな三人を置いて女湯に向かっていった。
「あ、マーブル君!?」
驚いて鬼宮は三人で、わたわたと追いかけるが女湯に入られてしまうと動けない。どうしたものかと迷っていれば走る音が聞こえ。振り向けば畑先生が血相をかけてやってきた。
「どうした!?」
「あ…女性の湯の方から声が…」
「コイツですよ!」
ヒビによって、ドンっと投げ出されたのは裸の中年だった。
「な、またアンタか!」
「えっと…」
畑が眉を顰め鬼宮が戸惑った表情をする。
「間違えたんだ!分かりにくいのが悪い!」
「桃色の暖簾と青色の暖簾で分かるだろ!」
ヒビが怒鳴り男の背中に足裏を強く乗せる。
「ぐっ!め、目が、悪いから…分からなかったんだ!」
「彼は一体何を…?」
鬼宮が訊けば桃色の暖簾から出てきた、マーブルが言う。
「なんかーかくれててシュンちゃん、びっくりさせたんだってー」
「シュンリお姉ちゃんを?お姉ちゃん?お姉ちゃん大丈夫?」
「まってよ!」
固まっている面々を通り抜けてミルクは桃色の暖簾の中に入って行き。チョコも追いかける。
「入ったぞ!」
男が指を刺して怒鳴るが、ヒビは溜息を吐いて言う。
「大きな子供ちゃんよーそろそろ焼き入れなきゃ分かんねえようだな、え?おらっ」
足裏を乗せていた男の背に力を入れる。
「げっ、やめろっ、どけっ」
男は逃げようと動くが身動きが取れず苦しそうだ。
「…嫌な予想しか無いが…具体的にコレは何を?」
畑が目を細くして言う。
「トイレの用具内に入って覗いて、マスかいて…お嬢と水樹ちゃんが化粧室で髪乾かしている間に旬李さんが終わった桶とか片付けてたら後ろから口塞いで襲おうとしたみたいっすね」
「……」
「……」
「何を馬鹿な!妄想癖も大概にしろ!名誉棄損で訴えてやる!」
「僕の妄想だとして?あ?てめえが嫌がる女の口に雑巾突っ込んでたのも、モノ突っ込もうとしてたのも見てんだよ、こっちはよお!」
「三度目か…」
「……」
畑は低く呟き。鬼宮は鼻につく生々しい臭いに眉を顰める。
「…仕方ない」
畑はしゃがみ込むと男の髪を引っ張って床に頬を付着させ耳を上に向かす。
「いてっ!おい!やめろ!」
「去勢しましょう」
「……は?ば、ばか!馬鹿野郎!何言ってんだ!おい!お前ふざけんなよ!」
顔を真っ朱にした男が唾を吐き出して捲し立て乾いた唇の口端に白い泡が溜まっている。
「鬼宮」
「は、はい!」
「ヒビ君」
「はい」
「手伝ってくれるかな?」
笑顔で、そう言われ鬼宮は震えながら頷き。ヒビはニヤッと笑って承諾したのだった。




