1 精霊術
暑い太陽の陽射しの下で無造作に脱げたサンダル引きずられた赤い跡、暑い暑い季節なのに何時も頼ましい存在の熱が無くなっていく。
嗚咽を漏らして泣く少女。
それをボンヤリと眺める少年。
煩い夏の声が鼓膜を刺激して、ぐらぐらと揺れる陽炎が、その空間を痛く目に焼映しているような気がした。
*
五ノ月終わり早くも土から身を出した蝉達が子孫を残そうと、ジリジリミンミン鳴いている。古来学から何度も通知や電話、お偉い方の登場で渋々と祖父は孫娘に在籍の要となる学力試験に行かす事を承諾した。
街外に暮らす桃島杏華は祖父に街まで送ってもらうと交通機関を使い学館へ向かい大きな門をくぐり抜ける。常に共にいる白いふわふわの大きな犬のボーイと共に学館を見上げ感嘆をもらした。
「龍日国一番の学館とは聞いていたけど凄いね……ボーイ」
それに応えるようにボーイは杏華の手に頭を擦り付けた。
「今日はお世話になります」
ペコリと杏華は頭を下げて言えばツルツル坊主頭の教育者は嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ受け入れてくれて、ありがとう。学長も安心していたよ」
そんな教育者の言葉に杏華は苦い顔をする。
「……ただ私、街外に住んでいて学館に通っていなくて……問題も、そう解けないと思います」
「ああ……良いんだ特別学級は国で保護するのが決まりだから……」
少しばつの悪そうな顔をして教育者は言う。
「筆記等で古来学に在籍している。そう証明されるだけで充分なんだ」
「それなら……」
身元確認、存在証明それが学館に通う一つで叶う事になる。最近まで行方不明とされていた桃島杏華の存在を発見した者によって街外に暮らしていた彼女の元へ入学通知が突然届いた。一方的なそれを祖父は最初、無視をしていたが、あまりの古来学の熱意に根負けして今にいたる。聞く話によると、どうやら杏華には血族特有の古来のような能力は無いが特殊なモノを所有しているらしい。
「技能能力って初めて聞きました」
「伝承で名付けられている総称でね」
ツルツルとは違う教育者が簡易の形だけの問題用紙を解いた杏華にお茶を出しながら語る。
「杏華さんのは今は衰退する精霊術に近しいスキル能力みたいなんだ」
「精霊術ですか……」
「人数は少ないが魔術や魔力については、ご存じかな?」
「絵本とかで……詳しくはないです」
「絵本だと、あれかな呪われた鬼を退治するのとかか」
杏華が頷く。
「その絵本のように聖なる力で癒したり邪悪な者を解放したり力無き者に一時的な高力を与えたり魔術は色々と、あるわけですが……」
うんうんと頷く。
「精霊は、その魔術士が魔力を使うために力を借りる元の存在と思ってくれたら良いかな……で、精霊術は、その名前からして精霊を使役している」
「精霊を……」
「頼んで力借してくださーい! の存在を使役するって、かなり凄いので国は杏華さんを、それはもう監視下に置きたいわけです」
「わあ……でも私、魔術とか魔力とか使えないですよ……」
「うーん、精霊術の場合、多分精霊自体が使えるから本人は違うのかも……いやあ~自分も勉強中でね!」
教育者は、ははは!っと恥ずかしそうに笑い、うーんっと考える。そして杏華に視線を向け。
「ちなみに何か常々、側に居たり見えてたりする?」
「え……」
杏華はチラリと側に控える愛犬のボーイを見た。
「あの……」
「うんうん」
「ボーイが……見えます」
「ボーイ? 精霊の名前か! おお~!」
教育者は感動して手をパチパチさせた。
「だ、大丈夫なんですか……」
「へ?」
「あ、その……ボーイが見えるって言っても皆、見えないから……」
「ああ~! なるほど! それは知識無き者、力無き者の罪だね」
「え……」
「私が、どうこう言っても解消はされないだろうが代表して……申し訳なかった」
教育者は頭を杏華に下げた。戸惑いを浮かべる杏華。
「スキル能力って結構、本人自身気付かない場合が多くて他者の能力を発見できるスキル能力を持った者が現れるまで埋もれてたみたいでさ」
お茶を飲む杏華。お茶請けのお饅頭も頂いている。
「精霊術も使役している本人は幽霊か何かかな? みたいな感じで黙ってて言われて『え、まさか精霊だったんですの!』的なの二件は、あるね」
ほうほうと相づちする杏華。
「杏華さんも、そうだって思ってた?」
言われて杏華は瞳を揺らめかした。淡い灰色の瞳は遠い何かを思い出しているようだ。
「……そうですね。ボーイは幼い頃から一緒に暮らしてて気付いたら誰も見えてなくて……」
「うんうん」
「そっか……ボーイが……」
ふっと息を吐き出して微笑み。隣に控えるボーイの頭を撫でる杏華。それを教育者は優し気な瞳で見つめ。
「精霊は魂の相性の良さと深い愛情で常に側にいてくれるらしい。どうか、その想いをそのまま大切に」
そう杏華に呟いたのだった。
「……はい」