林間学校~花火、最後の悪あがき~①
「俺の髪型を真似てるって……」
「しかもイケメンたちがな」
俄かには信じ難い。
「真似てるって、でも俺の髪型なんてめちゃくちゃ普通だよ」
おしゃれでもなんでもない。
ただの黒髪。
「なんならちょっとダサいぐらいだし」
それを真似られたと思うのは、自意識過剰すぎる。
「まあ、ダサくなるかどうかはそいつのポテンシャル次第だな。そういう特徴のない髪型って、誰でも似合うってわけじゃないだろ。見栄えするかどうかは、顔面偏差値がモロに影響する。だから流行るのは普通、雰囲気だけでもイケメンに見えるような髪型ばかりだ。耳の上を刈り上げたり、ワックスで後頭部を遊ばせたり」
「なるほど。そういう理由から、あの髪型が流行ってたんだ」
「でも、一ノ瀬の今の髪型は、意外としてるやつ見なかっただろう? 俺の元カノを寝取った陸上部の桐ケ谷ぐらいだし、あいつだって確実に一ノ瀬の髪型を真似てたよ」
たしか桐ケ谷は花火とのやり取りの中で、俺の髪型を真似たみたいなことを言っていた。
でも、その他の男子生徒まで同じ行動に出たとはやっぱり信じ辛い。
「俺じゃなくて桐ケ谷のほうを真似たんじゃないのかな」
「ありえないだろ。今のあいつなんて誰からも見向きされてないし。桐ケ谷を真似たいやつなんて一人もいないと断言できる」
体育祭での一件がガス抜きになったのか、桐ケ谷や元カノの話題が出ても、蓮池が以前のように取り乱すことはなかった。
花火にこてんぱに振られたあとの桐ケ谷は、すっかり消沈してしまい、自信満々な態度だった頃と比べて存在感も全然なくなってしまった。
もう女子たちが桐ケ谷を見て騒ぐことはない。
そんなふうに桐ケ谷の校内ポジションが転落したことも、蓮池が吹っ切れられた理由の一つになっているのだろう。
「とはいえ、俺が見たところ、その髪型がちゃんと似合ってるのなんて一ノ瀬ぐらいだよ。イケメンなんて言ったけど、結局どいつもこいつも雰囲気イケメンだったってことだ。一ノ瀬みたいに正統派の美形って相当レアだもんなあ」
見た目なんて好みで評価がわかれると思っているので、俺はとりあえず曖昧な笑みを返しておいた。
「そんなことより、俺はまだ真似されたってことが信じられないよ」
「一ノ瀬が半信半疑なのはわかる。おまえの性格的に、そんなことぐらいで調子に乗るようなタイプじゃないし。むしろ本当に真似されたとわかっても、迷惑に感じるやつだもんな。ただ、俺の推測が事実ならちょっと気持ちの悪い話じゃないか?」
「それはそうだね」
いきなり学校中のイケメンたちが俺の髪型を真似しはじめたなんて、何の理由もなく起こることではない。
「……おい、一ノ瀬。あれ」
「え?」
蓮池は廊下のほうを指さしている。
なんだろう?
首を傾げて、そちらに視線を向けると――。
俺とまったく同じ髪型をした男たちが十数人、ぞろぞろとこの教室に向かってくる。
何人かの顔には見覚えがあった。俺が胃痛で倒れたあの日、花火と一緒に俺を馬鹿にした奴らだ。男たちは俺の前までくると歩みを止め、左右に割れた。
そこで初めて、彼らの中心にいた花火が姿を現わした。
俺とそっくりな髪型をした男たちに守られて、花火はまるで女王様のようだ。
当然、周囲の生徒たちも、なんだなんだと騒ぎはじめた。
何がしたいんだ、あいつら……。
呆れ半分にその光景を眺めていると、目の前に立った花火の瞳が不意にうるっと揺れた。
「センパイ、急に別れるなんて言われても、やっぱり私、受け入れられません……」
花火はか弱い声でそう言うと、何かに怯えるように身を縮こませた。
普段の花火とはかけ離れた態度だ。
こんなの演技に決まっている。
俺は一瞬たりとも騙されなかった。
でも、花火の本性を知っている人間は他にはいない。案の定、華奢な肩を震わせて泣く花火を見て、野次馬たちの顔に同情の色が浮かび上がった。
「別れるって、あの二人付き合ってたってこと……?」
「嘘!? 私、最近の一ノ瀬くんいいなあって思ってたからショック……!」
「そんなの私もだよ……!」
「それより女の子のほうって、学園一の美少女って評判の如月花火ちゃんでしょ?」
女子たちの間だから、そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。
花火は周囲の様子を視線でサッと確認してから、ポロポロと涙を流しはじめた。
「どうして何も言ってくれないですか、センパイ……。確かに付き合ってる時、口ごたえするなって命じられてましたけど……、でも何も言わなかったら、私捨てられちゃうんですよね……。
中学生の時からずっと付き合ってきたのに、人気者になった途端、振るなんてひどいです……。ううっ……」
花火は、手のひらに顔を埋めて、激しく泣きじゃくった。
周囲の取り巻きたちが慌てて花火に駆け寄る。
花火は甲斐甲斐しくハンカチを差し出す男子や、なぐさめの言葉をかける男子に囲まれて
シクシクと泣き続けている。
野次馬たちの混乱は当然で増した。
「『口ごたえするな』って……やばくない?」
「完壁モラハラだし、なんならDVじゃん!?」
「信じらんない。そんなふうに見えないのに……」
「DV男って外面はいいっていうじゃん?」
「しかも人気が出た途端、別れるって……」
もう誰も声を潜めたりせず好き勝手なことを言っている。
俺は開いた口が塞がりなかった。
言葉の暴力で支配していたのは花火であって、俺ではない。
「ちょっと待て! 一方的な話を鵜呑みにして、一ノ瀬を変な目で見るのはよくないだろ」
そう言って庇ってくれた蓮池がこちらを振り返る。
「一ノ瀬、正直俺は今の話を信じていない。そもそも付き合っていたなんて噂すら聞いたことがないぞ」
「蓮池、それに関しては事実なんだ」
俺の言葉を聞き、野次馬たちからサラッと声が上がる。
蓮池も目を見開き驚いている。
当然、こういう反応が返ってくることはわかっていた。でも、嘘を吐くわけにはいかない。
視界の端には、泣き真似をしながらこちらの様子を伺う花火の姿が映っている。
「そうだったのか……。それじゃあ、一ノ瀬から振ったという話は……?」
「それも本当だ」
またざわめき。
「でも、DVだのモラハラがどうかという部分は否定させてもらう」
むしろ被害にあっていた側だ。
俺の言葉に顔色を変えたのは蓮池だけだった。
他の生徒たちは、俺が付き合っていたことを認めた時点ですでに悪人を責めるような目つきになっていたし、実のところ口を開く前からこんな結果になる気がしていたのだ。
「……モラハラされてた側って。……女子が男子にそんなことするなんて考えられないでしょ……」
誰かがぽそっと呟く。
そう。世間的には、『男が加害者で、女性は被害者』というイメージが根強く植えつけられている。
それゆえ、今の俺は完全に分が悪かった。
俺を見る生徒たちの視線の中には非難するような敵意が宿っている。
まるで、オセロの板上で白い石が見る見るうちに黒い石へと裏返っていくみたいに。
気づけば俺の周りは、蓮池を除いて敵だらけになっていた。
なるほど。花火の言っていたのはこういうことだったのか。
◇◇◇
もともと花火が学校の有名人だったせいか、その朝の出来事はあっという間に広まり――。
昼過ぎには、ほとんどの生徒から『最低なモラハラ男』と陰口を叩かれるようになったいた。
女子たちは偶然俺と視線が合っただけで、怯えたような悲鳴をあげる。その反応から、尾びれのついた噂が広まっているのはなんとなく想像がついた。まだ前髪を長く伸ばしていた頃ですら、ここまで露骨な態度を取られたことなどない。
きっと、花火は今頃ほくそ笑んでいることだろう。花火が望んだとおりの結果になったのだから。
体育祭以降、こっちが戸惑うほどチヤホヤしてきた名前も知らない生徒たちは、根拠のない噂話ひとつで簡単に手のひらを返した。
別に人気者になりたかったわけじゃないけれど、上辺だけで生きているような態度を目の当たりにすると、なんとも言えない気持ちになった。
しかも間の悪いことに、噂が冷めやらぬうちに林間学校当日がやってきてしまった。
普段の学校生活の場合、クラスメイトと以外の生徒と顔を合わせる機会はたいして多くない。だから、登下校の時と、週に三回の合同体育の授業の時だけ、心ない声や責めるような視線をやり過ごせばよかった。
でも、林間学校ではそうもいかない。
林間学校で利用する施設『せせらぎ自然公園』に到着し、写生をするための森へ移動した直後から、嫌がらせがはじまった。
「おー! モラハラ野郎がいるぞ!」
「うおおっ、目が合った! 俺もモラハラされちゃう!!」
「ぎゃははっ! 安心しろって。モラハラするような奴は、自分よりか弱い女子相手にしか威張りちらせないから!!」
「ほんっとだっせーよな。なあ、モラハラくーん! 聞いてるー!?」
うんざりしながら振り返る。騒いでいたのは桐ケ谷とそのクラスメイトたちだ。
写生に適した場所を探すために俺が蓮池たちと別れて単独行動を始めたところを見計らって絡みにきたのだろう。
いまだに花火に未練があるのか、はたまたリレーで俺に負けたことへの憂さ晴らしがしたいのか、桐ケ谷の暴言は止まらない。
「しかもモラハラなんてしてたクズ男のくせに、最近まで人気者気どりだったんだから笑えるよな。ボロが出た今じゃ、もう誰もチヤホヤしたりしないけど!」
反論したって、相手を喜ばすだけなことは知っている。モラハラの噂を流されて以来、あまりにしつこく絡んでくる相手には言い返したりもしてきたが、聞く耳を持つ人間なんて一人もいなかった。そもそも噂話をして喜んでいるやつらは、真実なんかに興味がないのだ。
しかし、学校にいる時と違って、教室に移動してやり過ごすことはできない。しかも、桐ケ谷たちは俺を取り囲んで、自分のクラスの生徒の輪へ戻れないよう嫌がらせをしてきた。
到着が少し遅れているC組のバスを待つ間、教師は生徒たちをこの駐車場に待機させておくつもりのようだから、もうしばらくはくだらない罵りの言葉を聞き流し続けるしかなさそうだ。
「さっきから黙ったままだけど、聞いてんのか? 何か言い返したらどうなんだよ、モラハラヤロー!」
俺の肩を桐ケ谷が乱暴に掴んだそのとき――。
「おい! 何してる!!」
地を這うような低い怒鳴り声を上げながら、蓮池が画板を投げ捨てて駆け寄ってくる。
蓮池だけでなく、雪代さんや、相原など、俺のクラスメイト達が続々とそのあとに続いた。
表情を一目見ただけで、皆が激怒しているのがわかる。
クラスメイト達は画板を盾替わりに、まるで俺を守る防御壁のように桐ケ谷と俺の間に立ちはだかった。
「高校生にもなって、くだらない苛めみたいなことしてるなよ!」
「リレーで負けて逆恨みしてるのが見え見えだよ!」
「ほんっと見苦しい! 一ノ瀬くんに絡んでる暇があったら、自分のその性格直せっての!」
「な、なななんだとぉおおっ!?」
「こら、そこ! 何を騒いでいる!」
さすがに騒ぎが大きくなりすぎてしまったようで、異変に気づいた教師が駆け寄ってくる。桐ケ谷たちは人数の少なさを活かして、蜘蛛の子のように散ってしまい、残されたうちのクラスの生徒だけが小言を言われる結果となってしまった。
クラスメイトは誰一人俺のことを責めなかった。それどころか、俺が原因だと教師に名乗り出ようとした途端、全員そろって妨害をしてきたぐらいだ。結局、教師はわけがわからないという態度で首を傾げ、「林間学校だからって、羽目を外しすぎないように」と注意して去っていった。
その直後、クラスメイト達は心配そうな顔で俺に声をかけてきた。
「一ノ瀬くん、大丈夫だった? 桐ケ谷のやつ、ほんっとドクズだよね……!!」
「何度も言ってるけど、あんな噂話、俺たちは誰も信じてないから安心しろよな」
「うんうん! 一ノ瀬くんと接していたら、モラハラなんてしない人だってわかるもん」
「……みんな、ありがとう……」
桐ケ谷たちから絡まれている時は無感情だったのに、クラスメイト達から優しい言葉をかけられると、胸に響いてどうしたらいいのかわからなくなる。
そう。学校中の生徒たちが俺を悪く言おうとも、俺のクラスメイト達だけは噂が流れる前と一切態度を変えなかったのだ。
それどころか、こうやって俺が絡まれるたびに、必ず助けに入ってくれた。
だから、正確には花火の望んだとおりになんてなっていない。
俺の周りからたしかに人は遠ざかったけれど、それは俺にとってどうでもいい人たちで、初めて友達や仲間だと思えた人たちは、変わらず傍にいてくれているのだ。
とは言っても、手放しで喜べる状況ではない。
現に今だって、俺のせいでクラスメイト達が先生に注意される事態を引き起こしてしまった。それに、俺のために怒ってくれるたび、クラスメイト達は不愉快な想いを抱くことになるのだ。そう考えると、どうしようもないくらい申し訳なさを感じる。
優しい彼らのことが好きだから、その人たちが愉快に暮らせないような状況を自分が招き寄せている事実が辛かった。
しかし、俺の申し訳ないという気持ちとは裏腹に、クラスメイトたちはその後も俺から離れていこうとしなかった。そのうえ、少しでも他のクラスのやつが絡んでくると、全員で反論して迎え撃ちにしてくれるのだ。
俺が恐縮してお礼を言うたび、みんな「気にしないで」と笑う。
きっと林間学校は散々なものになるであろうと予想していたけれど、クラスメイトたちのおかげで最悪な状況を回避できそうだ。
本当にみんなには頭が上がらない。
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