命令されるまま伸ばしていた前髪を切ったらイケメン認定された
『先輩! 今すぐ私に許しを乞うべきじゃないですかっ!?』
病室から追い出された花火は、閉ざされた扉をドンドンと叩きながら喚いたけれど、すぐ駆けつけてきた看護師さんたちに取り押さえられた。
『あなた、何をしているの。ここは病院ですよ!』
『……っ、ご、ごめんなさい。ちょっとケンカをしてしまって……。でも、私が悪かったんです。先輩が急に病気になったせいで、取り乱してしまって……』
廊下からそんなやりとりが聞こえてきた。
花火の声は俺を罵っていた時とはコロッと変わり、愛想のいい優等生のものになっている。
その声音には、心底、申し訳なさそうな感情が滲んでいるし、どことなく媚も含まれていた。
俺に対してはひどいモラハラ女な花火だけど、他の人間の前では、いつもこんなふうに態度が変わるのだ。
あとから知った情報によると、モラハラをする人間は男も女もそういうタイプが多いらしい。
外面が良く、社交的な、サイコパス。
『今日はこれで帰ります。ご迷惑おかけしてすみませんでした』
これ以上粘ると心象が悪いと思ったのか、そんな言葉を残して花火は去っていった。
そのあと、スマホに怒涛の着信とラインがあったけれど、当然全部無視した。
俺が返事をしないほど、メッセージの中の花火の機嫌が目に見えて悪くなっていく。
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花火:気分悪いんでさっさと謝ってくれません? 18:20既読
花火:既読つけといて、返事にどれだけ時間をかければ気が済むんですか。ほんっとうに愚図ですよねえ 18:55既読
花火:ていうかそんな態度を取られる筋合い、微塵もないんですけど。私がこれまでどれだけ先輩の面倒をみてきてあげたと思ってるんですか。そういう恩を忘れて、こんな態度を取るとかゴミ屑以下ですよね。先輩みたいなダメ人間が、自殺したくならず、生きてこれたのって完璧に私のおかげですから。私を振ったりしたら、先輩死ぬしかなくなっちゃうんですけど、わかってます? 18:57既読
花火:そっちがその態度なら、こっちも考えがあるんで。これからどんな地獄が待ってるか、楽しみにしていてくださいね 19:00
花火:ていうか、縁を切るとか言っといて、結局私のメッセージを見てるところに未練全開でうけるんですけど! 19:15
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「未練って……」
むきになってメッセージを送ってくるので、なんとなく眺めていたが、飽きてきたし切り上げようと思う。
毎日あれだけ花火が怒ると怖くて仕方なかったのに、今はもう何の感情も覚えない。
「……はい、おつかれ」
そう呟いてから、【如月花火】を着信拒否にした。
繋がっていたすべてのSNSもブロックする。
「うわ。なんだろこの解放感。胃もすっきりした……」
こんなことなら、早く花火の存在を切り捨てておけばよかった。
「……まあでも、今振り返るとほとんど洗脳されてたようなもんだもんね」
――先輩は役立たずだから、私がいないと生きていけない。
――自分がどれだけ価値のない人間かわかっています?
花火はそうやって俺のすべてを否定し、俺の行動の全てにダメ出しをしてきた。
「とりえあず、花火に禁止されてたことをしてみようかな」
そうやって、もう自分は自由の身だということを実感したい。
◇◇◇
翌日。
病院を退院できた俺は、その足で髪を切りに行った。
ずっと眼の下まで伸ばしていた前髪をバッサリ切るために――。
どうしてそんな髪型をしていたか。
それは花火に言われたからだ。
「颯馬くん、自分の顔を鏡で見たことある?」
「えっ。う、うん」
「ふうん。あるのに平気でいられるんだ」
「ど、どういう意味?」
「私がもし颯馬くんみたいな顔だったら、絶対に隠したくなるなあって。そんな顔じゃ、そのうち苛められるようになっちゃうかもしれないよ?」
「……っ」
「可哀想な颯馬くん。少しでも顔が見えないように、前髪伸ばしたほうがいいよ。絶対。ね? 伸ばすよね?」
「……で、でも前が見えないんじゃ」
「は?」
「あ、ご、ごめん」
「あのねえ、自分から見えないなら、相手からも見えないんだよ。そのぐらいもわからないの? 本当に颯馬くんってバカ」
これはまだ花火が俺を『先輩』と呼びはじめるより昔の話。
小学校三年の時のことで、俺はそれ以来、花火に言われるがまま、ずっと暖簾のような前髪で生きてきたのだった。
でも本当はずっと切りたかった。
髪が皮膚に触れるたび、チクチクして痛痒いし、視野がすごく狭くなる。
それに髪型のせいで「暖簾くん」「髪型お化け」と陰口を叩かれているのも知っていた。
……結局、前髪を伸ばしても伸ばさなくても、俺は嫌われ者になる運命だったのだ。
それならもう諦めて、自分のしたい髪型にすればよかったんだ。
髪を切ると、びっくりするぐらい見える世界が変わった。
気持ちもなんとなく明るくなる。
暖簾と馬鹿にされるのも納得だ。
俺は確かに、黒い暖簾越しにしか外の世界を見れていなかった。
驚きはそれだけじゃなかった。
翌日、数日ぶりに登校すると、教室の扉を潜った瞬間、クラスメイト達が一斉にざわつきはじめた。
女子に至っては、ほとんど悲鳴に近い声を上げている。
「きゃっ……誰、あのイケメン……!?」
「えっ!? えっ!? 転校生!?」
「やあああっ、めちゃめちゃタイプなんだけどぉお!」
え?
イケメンだと騒いでいる女子たちは、明らかに俺の方を見ている。
きょろきょろと後ろを振り返るが、俺の周りには誰もいない。
……え。
まさか俺のことを言ってる……?
『暖簾とあだ名されていた男が、実は隠れイケメンだった』(俺が自分で言ってるわけじゃない。本当にそうやって騒がれてしまったのだ)という噂は、あっという間に学校中を駆け巡り、昼前には一学年下の花火の耳にまで届いたようだ。
その話を聞いた花火は――。
私が読みたい幼馴染ざまぁを書いてみました
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