終章:平和なんて糞くらえ
「平和なんて糞くらえよ」
「何故だ?なぜ解ってくれないんだ?」
男は信じられない顔で私を見た。
「なぜ平和を望まないんだっ」
男の言葉に私は笑って答えた。
「お生憎様。私は平和なんかより危険を愛する女なの」
「・・・・な、・・・・・そんな・・・・・・・!?」
男は脱力したように膝を着いた。
「平和って虫酸が走るのよ」
私は男を見下ろして新たなフィリップモリスに火を点けた。
「そんな、・・・・・平和を望まないなんて・・・・・・・・・」
男は傀儡のように呆然としていた。
娘は男が呆然としている間に私の元へと走って来た。
「何だ?そいつ頭が本当にイカレタのか?」
飛天がモスバーグを片手に現われた。
「えぇ。私が平和なんて“糞くらえ”って言ったら本当に頭がイカレチャったの」
「・・・平和ねぇ」
どうでもよさそうに飛天は呟くとセブンスターを取り出して火を点けた。
「確かに平和なんて“糞くらえ”だからな」
飛天の言葉に男は正気を戻したのか睨んで大声を上げた。
「ふざけるな!!この人殺しが!!」
「貴様らは屑だ!人の命を何とも思わないで生きる最低の人間だ!!」
飛天は何も言わずに黙っていた。
私としては男の耳障りな声など聞きたくもなかったが、雰囲気から聞く事にした。
「世界中が平和になれば皆が幸せに暮らせるんだ。誰も傷つかずに幸せな生活を送れるんだぞ!!」
「・・・・青臭い演説だな」
飛天は皮肉気に笑った。
「平和なんて物は人間が存在する限り叶う事は無い。仮に平和が訪れても破滅の道を歩むだけだ」
「黙れ!!この悪党が!!」
男は飛天に殴り掛かろうとしたが飛天はモスバーグで男の両膝を撃ち抜いた。
娘は私の背中に隠れて目を瞑った。
「・・・・・ぐわっ!!」
「・・・力も無いくせに粋がるな」
「貴様のやった事は他人の気持ちを踏み躙った。俺らと同じ糞だ」
「違う!!私は平和を思ってこそ・・・・・・・・」
「偽善者は何処まで行っても偽善者でしかないな」
男の話しを打ち切る形で飛天はモスバーグの引き金に手を掛けた。
「・・・じゃあな。偽善者。今度は糞にでも生まれろ」
「待ちなさい!!飛天!!」
飛天が引き金を引こうとした時にラファエルが現われた。
「彼は、平和を望んでいたからこそ行動を起こしたのよ」
「彼の行なった事は“正義”よ。正しい戦いだったのよ」
大量の血を流す男を悲しそうに見るラファエル。
「・・・下らん」
飛天は吐き捨てるような口調でラファエルに言った。
「正義?正しい戦?ふざけるな。そんな物はこの世に存在しない」
ギロリと左眼でラファエルを睨む飛天。
「悪を潰すには、より強大な悪で滅ぼしかない」
「口先だけの偽善者の言葉など胸糞悪いだけだ」
「・・・・飛天の言う通りね」
私は短くなったセーラムを吐いて捨てると靴の底で揉み消した。
「偽善者の言葉なんて聞いていて気分が悪くなるだけね」
空になったドラムマガジンを捨て新たにドラムマガジンを装着してラファエルに狙いを定めた。
「ガブリエル!!」
ラファエルはうろたえた。
「この男がした事は明らかに“悪”よ。しかし、それを“善”として自分の行いを正当化する偽善者」
「こんな人間は死んで当然。こいつのせいで人生を狂わされた者もいるのよ」
「・・・・・・・」
私の頭に幸せな家庭を築こうと約束した男と女がこの男にナイフでめった刺しにされる場面が浮かんだ。
幸せな家庭を築こうとした二人の人生を狂わせておいて何が正義だ。
何の為の平和だ!!
誰かを犠牲にする平和など“糞くらえ”だ!!
「こいつには復讐されるだけの怨みがあるわ」
「そんな事をしたって無意味だわ」
「無意味なんてこの世で存在しないわ」
どんな行動や言動にも必ず意味があるが、それを知らない愚かな人間は無意味と決めつけている。
「ガブリエルの言う通りだ。この世に無意味など存在しない」
「こいつが殺されるのも、俺がこいつを殺すのも意味がある」
そう言って飛天は男に向けていたモスバーグの引き金を躊躇いもなく引いた。
数弾が男の身体を突き抜けて壁に当たり男は全身から血を流して息を絶えた。
ラファエルはただ悲しそうに男の死体ではなく飛天を見つめた。
しかし、飛天はラファエルをちらりとも見ずに背を向けた。
「・・・・じゃあね。ラファエル」
私も震えている娘を引き連れて飛天の後を追って飛天の部下が船で迎えに来て島を後にした。
それから娘に私の事務所の鍵を渡して大人しくしているように言うと私は事務所に背を向けて歩く飛天の後を追った。
飛天に追いつくと互いに無言でベンチャーストリートを歩いていた。
しかし、飛天は行き成り立ち止まると振り返って私の腕を引いた。
飛天は私の唇に自身の唇を重ねた。
それからは求め合うようにホテルに行き朝になるまで互いを貪りあった。