混沌、坦々、
何者かになりたい私の今。
「もうこんな生活辞めたいな。」
「これ言うの1億回目(笑)」なんて大口開けて笑う頭の悪そうな女は嫌いだけれど、恐らくそれくらい言っている。
睫毛を伏せても眠りは私の意識を捕まえてくれないから、朝が私を見つけてくれるまで夜を泳ぐしかない。幼い頃アニメで観た憧れのタイムトラベルは、睡眠という地味な形ではあるものの、一応存在する。ただ実行するのがなかなか難しいだけだ。
鉛のように重い身体。沈まないようひたすら四肢を動かす。休まず宙を蹴り、かき続けても、どれくらい進んでいるのかもわからなければ、どこへ向かっているのかもわからない。手元のコンパスはすっかり狂ってしまって当てにならない。フィンは生まれつき与えられている人間とそうではない人間がいるようで、不幸な私は後者だ。架空をみあげ、才能は与えてくれないのに、それがないことに気づくだけの賢さは与えてくれた生半可な神様を恨む。
果てない大海に放り出されたはずのあの時にみた景色は記憶ごと幻で、本当は小さな水槽のなかをグルグル回っているだけなのかもしれないとか、私が飼育しているメダカと同じように私も誰かの手中で転がされているだけなのでは、もしそうなら抗うだけ無駄ではないかとか。
どうせ答えなんて出やしない問いを増やし、自らを苦しめることで生を実感している。死んだように生きている私にとっては、溺れそうになりながら吸う空気がこの上なく美味しいのだ。ひょっとするとMの気があるのかもしれない。
背後から静かに迫ってきた白光が戸惑うように一瞬私の横で止まったあと、ふたたび速度を上げて追い越していった。こんな夜更け大通りも混んでいないだろうにと、つむじを掻く。なんとなく指を臭ってみると、あまり良い香りとは言い難いにおいがした。皮脂に絡まったフローラルを解きながら記憶を辿る。ああそういえば、もう丸2日シャワーを浴びていなかった。
誰にも会う予定のない時の私は、健康で文化的な最低限度の生活の最低ラインからさえもするりと滑り落ちてしまうほど怠惰だ。風呂にも入らなければ、歯を磨くこともそうそうない。そのくせ仕事の日だったり誰かから連絡が入ったりするとまるで別人のように小綺麗にして出かけるものだから、誰にも迷惑をかけていないにしてもなんだかタチが悪いなぁと思う。突然ムクリと起き上がり、風呂に入って1枚も2枚も皮を脱ぎ捨て、化粧台の前で文字通り変身して出かけてゆく私を、家族はどう思っているのだろう。
いつか言ってくれた「姉ちゃんは一生追い越せない」。まだ、生きているだろうか。
他人から寄せられる期待が推進力になり得るのは、自分にある程度の自信とそれが生みだす余裕がある場合に限られるのだという悲しい気づきは、この2年ほどでしっかりと私に滲みていった。
真理に浸って眺める世間というのは、これまでみてきたものとは別世界のように恐ろしい。眼を開けば刺してくる他人の光、それでもなんとか起き上がろうとすると突然襲ってくる無力感、倒れた私を唯一ヒトガタに止まらせてくれる虚無。すべてが私から生気を奪う。しかしそのすべて、私の弱さから生まれたものだというのもまた真実で。
「いったいいつから」
夜風に梳かれた街路樹が、はらはらと数枚の葉を落とす。表と裏を交互に見せながら臙脂色のコンクリートに吸い寄せられてゆくそれを眺めていると、急き立てられるような感覚に襲われる。おい、青葉さえ秋の支度をしているぞ、と。
目の前で起きているリアルは私の気持ちなどとは無関係に時間に流されてゆき、あっという間に過去となる。過去となってしまったそれはどこか他人事のようで空しい。他人事のはずなのに、思い出すたびに蘇る、焼けるような痛みだけがいつまでも生々しくて苦しい。
人間はどうしてみえないものまでもみようとするのだろう。見えるものでさえ手に負えていないというのに。時間や生命や自分以外の誰かの心。そんな正解の知りようもないものにばかりヤキモキして、本当に愚かだ。しかしそういう人間に限ってそうやって足掻くこと自体を賢いと誇っている。そういうところがまた愚かだ。
この星か、宇宙か、はたまたもっと広いなにかか。とにかく、はじまりから当たり前に存在するものや概念にもっともらしい理屈をつけようなんて。だから人間は迷子になるのではないかと思う。
この世のすべてなんて贅沢は言わない。せめて私を取り巻くものたちが皆命題であったならどれだけ生きるのが楽になるか。考えただけでため息が出る。
そんなことをウジウジと考えているうちに、四つあるらしい季節が何巡したのか。もうよくわからなくなってしまった。
“あのとき”を“思い出”の額縁に入れることができるひとは凄いと思う。
ソウという青年に言わせた言葉。タイトルも決まらないまま未完に終わらせてしまった小説にポトリと零した本音は、今でも時折私を苦しめにくる。まるで途中で投げ出したことを責めるかのように。
私の本音は汚くて脆いけれど、面白い。だから、殺すのではなく虚構のなかで生かそうと思った。誰にもみせられない私のドロドロとした部分を私でない誰かに語らせ、存在しない世界に閉じ込めることで赦されたかった。
そうしてかきはじめた私小説のようなものは、私が未だ生きているために完結させることができず、未完のまま私を呪うこととなった。赦されたくてつくったものが一番の罪となってしまったなんて、可笑しな話である。
他者の表現は私を救ってくれるのに、私が私を表現しようとするとこんなにも苦しくなるのはどうしてだろう。
私を導いてきてくれたひと、支えてくれていた自信と向上心。大切なものたちを失ってボロボロになった今もなお、何者か――表現者になりたいという夢だけが私から消えない。幾度擦っても流しても消えないそれが、1番大切で、1番憎い。
何枚かに割いたコットンみたいに薄い雲が月を隠してゆく。昼間よりもずっと優しい明かりがまた1歩遠のいて、私の心はほんのすこし軽くなった。
美しいものは、できるだけ遠くからみていたい。美しいものは美しいままであってほしいから。
真っすぐ歩いて行ったら陽より先に朝をみつけられるんじゃないかって、夜通し海岸線をなぞったこともあった。たくさんの煌めきを湛えて震える水平線を見て、朝は待つものだと知った。
帰り道、履き古して柔らかくなってしまったビーサンの爪先が地面に引っかかって前につんのめり、そのまま転んだ。鱗のようにずり剥けた膝を見ていると段々と気持ち悪くなってきたので唾をつけて誤魔化した。鼻緒の取れたふにゃふにゃの情けないそれはトイレを借りに入ったコンビニのゴミ箱に捨てた。
中途半端に都会ぶっている地元の整備の及んでいないコンクリートは女の子の裸足には厳しくて、家に着いた頃には皮の剥けたところに小石が詰まっていたり、所々擦り傷ができたりしていた。やわらかい皮膚についたたくさんの傷をじっと見つめて「いいよ」と呟いた。
家族が起きてくる前に急いで足を洗い、20分だけと自らに言い聞かせながら倒れ込んだ布団は、目が覚めた時にはベランダで日光浴をしていた。むしゃくしゃしてタオルケットを蹴飛ばしたあと、縋るように抱きしめた。そうだ、その日も私は思っていた。
もうこんな生活辞めたいな。
未だ生きているのでかけません。




