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召喚された聖女は国を滅ぼすことにした

召喚された聖女は国を滅ぼすことにした

作者: 阿月 琉子

初投稿です。

 この世界の人は生まれた時から半身たる幻獣と共に生き、周囲に巡る魔力から力を得て魔法を使う。

 それらは全て人を愛した女神が授けた加護の奇蹟。

 そんな世界にある国のひとつ。国名をアステリアと言った。



 数ヶ月前、古の魔女の復活によって混乱に陥ったアステリアは伝承通りに聖女召喚を行い、異世界より一人の少女を呼び出した。

 聖女と呼ばれた少女は王より与えられた騎士たちに連れられ、立ち寄る街や村で奇跡を起こしながら古の魔女を目指して旅をした。

 その旅の中で騎士の一人と恋仲となった。

 厳しい戦いの中で古の魔女を再封印することに成功した後、二人は共に生きることを誓い合う。


 王城へ帰還すればすぐさま祝賀パーティが開かれた。そこで騎士が実は王太子だったと打ち明けられた。

 少女は驚いたが二人の想いに変わりがないことを確かめ合う。


 ──そう、しっかりと確かめ合ったのに。


「聖女と言われても所詮は平民。その貴女が王太子殿下の隣に立てると本気で思ってましたの?」


 祝賀パーティ会場の中央。

 騎士であり王太子のマリウスの隣には恋人のリリカでは無く、彼の婚約者だと言う侯爵令嬢が立っていた。


「平民の身分で王太子妃を望むなんて厚かましい」


 侯爵令嬢は扇子で口元を隠しているが、その口元は醜く歪んでいるに違いない。なぜなら視線から侮蔑と嘲りが手に取るようにわかるからだ。

 周囲から向けられる視線も侯爵令嬢と同じものばかりだ。リリカは助けを求めるようにマリウスを見るが、彼は残念そうに笑っていた。


「さすがに王太子妃となると国政に通じていないと難しいと周りが煩くてね。リリカは側妃となるけど私の心は君のものだから」


 だから何も心配はいらないんだ、とマリウスは微笑む。


「……結婚だけは私の世界の流儀を通してくれるって約束したじゃない」


 リリカの世界──つまり一夫一妻制のことだ。


「でも私には王太子の義務があるんだ。先ほども言ったけど心は君に捧げる。それで納得してもらえないだろうか?」

「……ではこの方との結婚は形だけなのね? 公式行事や政ごとのみで夜を共にすることはないのね? 私以外に触れることはないのね?」


 矢継ぎ早に言葉を重ねれば扇子で頬を叩かれた。


「立場を弁えなさい!」

「やめないか。君は私の婚約者かもしれないが、私が愛しているのはリリカだと伝えたはずだ」


 扇子を握り直す侯爵令嬢。

 マリウスの言葉を信じられないと言った表情で見返した。


「殿下なにを仰いますの! 尊き王家に平民の血を混ぜるなど決して許されることではございません!」

「リリカは平民かもしれない。でも聖女だ」

「お言葉を返すようですが殿下。古の魔女が封印され平和を取り戻したこの国に聖女などなんの役に立つと仰るのです。この国の者でもない、常識も知らない、後ろ盾さえない。もはや厄介者ではありませんか」

「確かにリリカは私たちとは違う。だがこの国を救ったことは純然たる事実なのだから礼は尽くさねばならない」

「礼を尽くすためだけに平民と婚姻するなど殿下が犠牲になる必要はございません」


 侯爵令嬢とマリウスの言葉はリリカの中に残っていた脆く弱い矜持──私が国を救ったこと──を砕く一言だった。

 壊れゆく音を身の内で聞きながらリリカは声を出して笑う。


「ふふっ、あははははっ!」


 ひとしきり笑ったリリカは習ったばかりのカーテシーでマリウスと侯爵令嬢へ頭を下げた。


「これはこれは申し訳ありません。平民というだけではなく厄介者だったとは思いも致しませんでした。更に殿下を犠牲にしようとしていたとは気付かず大変失礼いたしました」


 急変するリリカの様子を周囲は訝しげに窺っている。

 それを気にすることもなくリリカは柔らかく微笑んだ。


「そこまで言われてこの場に留まる理由はございません。ですが功績に対する褒美くらいは頂けるのでしょう?」

「……本性が出ましたわね」


 侯爵令嬢の眉間に皺が寄り、マリウスはリリカの言葉に驚き目を見開いた。

 そんな彼にリリカは笑みを崩さず問いかけた。


「王太子殿下、出来もしない約束に喜ぶ私を見るのは楽しかったですか?」

「リリカ……? なにを言い出すんだ」

「貴方にとって世間知らずの女を転がすなど朝飯前だったのでしょうね」

「私の気持ちを疑うというのか? 立場は変わっても気持ちは変わらないと言ったじゃないか」

「ならどうして貴方は私の横ではなく前に居るのですか?」


 侯爵令嬢を側に置き、リリカと相対するマリウスの立ち位置が全てを物語っているのではないかと言外に尋ねれば、彼は何も言えなくなった。

 しばし見つめ合うような二人の視線を侯爵令嬢が苛立つように断ち切った。


「殿下、正気に戻ってくださいまし。望む褒美を与えてさっさと終わらせましょう」


 腕に触れても身動き一つしないマリウスに侯爵令嬢が更に言葉を重ねようとしたその時、事の成り行きを見守っていた王が先に声を発した。


「聖女の功績は誰もが知るところである。だが受け継がれてきた王家の歴史もまた重い。故にマリウスとの関係を諦めると申すならば、そなたが望むものを全て与えよう」


 王の言葉にマリウスは言葉を失う。

 もはやリリカを側妃にさえ認めないと言ったも同然だからだ。

 一方の侯爵令嬢は満足そうな微笑みを浮かべている。

 王の言葉にリリカは今一度カーテシーで応える。


「恐れながら陛下。わたくしの望みはただ一つでございます」

「申してみよ」


 リリカは背筋を伸ばし、顔を上げ、王と真っ直ぐに視線を合わせた。


「わたくしの望みは──私の、宝条(ほうじょう)梨々香(りりか)の全てを返してくださること。つまり元の世界への帰還です」


 聖女召喚で突然アステリアへ呼び出され、家族に会いたいと泣くリリカを馬車に押し込め放り出し、彼女となんの関係もない人々と世界を聖女なのだから救えと強要した。


 ──嫌で嫌で仕方なかった。


 それでもリリカは目の前で苦しんでいる人を見れば助けたいと思ったし、マリウスと気持ちが通じ合えば、ようやく元の世界を諦めてこの世界で生きて行く決心も付いた。

 

 けれどリリカがこの世界に居たいと思えるたった一つの理由が無くなるのなら、元の世界への帰還を願うのは無理もないことなのだ。


 だがリリカの要求に居合わせた全員が口を噤む。

 召喚は一方通行。戻る方法など無いことは周知の事実なのだ。

 全てを知っている上でリリカは歌うように言葉を紡ぐ。


「血の繋がった親兄弟。懐かしき我が家。気心知れた友人と食べ慣れた食事。ここより遥かに進んだ文明で生きていた私の日常を返してくださいませ」

「……それは出来ぬ」

「まぁ! 陛下まで守れない約束をなさるのですか。さすがは親子と言ったところですね」


 王の近衛が腰に佩いた剣に手を掛けるのを見てリリカは笑みを深くした。


「王の失態は私を殺して無かったことに、ですか?」


 リリカの言葉に王は苦い顔で近衛たちに控えるように手で合図を出した。


「そなたを帰すことは出来ぬ。だが爵位なり領地なり好きに与えよう」


 この世界になんの魅力も感じないリリカにとって、王の提案は愚策でしかない。

 笑みを浮かべていたリリカは大きく溜息を吐き出し、低い声が出た。


「私はどれだけお前たちの犠牲にならなきゃいけないの」


 ヒュゥ、と室内に風が巻いた──正しくはリリカの足元に、だ。


「無理やり呼び出したことに対する謝罪もない。この国を救った感謝もない。挙句に厄介者? ──馬鹿にするのもいい加減にして」


 感謝されこそすれ、このように扱われるいわれはない。


「私に強いることしかしない世界なんてウンザリだ」


 巻いた風はリリカを宙へと浮かばせる。

 リリカから発せられる怒気に近衛たちはすぐさま抜刀し、守るべきそれぞれの貴人たちの前に立つ。


 人々の魔法は女神の加護があるから使える。故に加護の届かぬ場所では魔法は使えない。

 けれど聖女だけは加護に関係なく魔法を使うことが出来る。

 つまり聖女とは女神の力を受け継ぐ者のことだとリリカが知ったのは古の魔女を封印した時だった。

 そして幻獣もまた女神の力の一端なれば、どちらもリリカを傷つけることはできない。

 リリカを傷つけたいと思うなら武器を取るしかないという事だ。


「やめろ! リリカに剣を向けるな!」


 マリウスが叫びながらリリカに走り寄ろうとするが近衛たちに阻まれ後方へと引き摺られて行く。


「放せ! 放せと言っている! 駄目だリリカ! 早まるな!」

「早まる? 笑わせないで──遅いくらいだわ」


 マリウスの言葉を冷ややかな声で一蹴すれば、リリカはゆっくりと瞬き瞳の色が金色に光る。

 リリカと旅を共にした騎士たちは女神の力が発動するのだと気付いた。そして周囲よりほんの僅かに早くこの国の終わりを確信してしまう。


『今この時より人への加護は失われた』


 たった一言。その一言が終わると同時に人々と結ばれていた絆は解かれて幻獣は消え失せる。

 身近にあった魔法を行使するための魔力も感じられず、大きな喪失感から次々に膝を折る者たちを見下ろしリリカは笑う。


「地面に這いつくばるなんて皆様どうしたの? あんなに偉そうになさってたのに」

「……聖女よ、これは復讐か」


 誰よりも早く我に返ったのは王としての矜持なのだろう。

 さして興味もなくリリカは王に答えた。


「復讐? 失礼ね、善意には善意で、悪意には悪意で返す。当たり前のことでしょう?」

「……我が首一つで赦しを請う慈悲はあるだろうか」

「無いわ」


 リリカの即答に王は項垂れる。


「今度は勇者でも召喚して私を殺しに来るのかしら? まぁ私が死んだところで二度と加護は戻らないけど」


 あぁ、とリリカは手を叩いた。


「そもそも魔法が使えないんだから召喚も出来ないか。ふふっ、()()()()()


 それはそれは愉しげに目を細め、口元に弧を描いたリリカ。

 そしてこれで話は終わりとばかりにリリカはフワリと軽やかにバルコニーの方へ飛んだ。その時マリウスの縋るような視線に気付いたが、一瞥するだけで声を掛けることはもはや無い。

 

 バルコニーの手摺の上に降り立つと、未だ会場で呆然とする貴族たちに向かって微笑んだ。


「それではただの無力な人間の皆様、御機嫌よう」


 次の瞬間、リリカは夜の闇へと消えて行ったのだった。




 その後、パーティに居合わせた全員に箝口令が敷かれたものの真実とは暴かれるもの。

 たった一国の失態で人の世から加護が消えたのだ。周辺諸国を始め全ての国からの追求にアステリアは疲弊していく。

 ただ幸運なことは世界から魔法と幻獣が消えた混乱で各国は戦争を始めるだけの余裕がなかったことだけだろう。

 当然ながらアステリア王族と貴族の権威は地に落ち、泥に塗れた。

 その現実を受け入れられず高慢な矜持が捨てられぬ家から潰れていったのだった。


 平民もまた生活に直結していた魔法が使えず、幻獣の力を借りることも出来ず、混乱は大きかった。

 しかしながら工夫し逞しく生きていこうとする各国の平民街では時折、突然現れては魔法も幻獣も必要としない生活の知恵を伝える不思議な女の姿が見られたという。

悲恋ともバッドエンドとも言えない、タグ付けの分類に迷うお話になりました……。

お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あまりにも一方的で歩み寄りも無い愚かな人々には与えるべき慈悲も無い。当然の結果ですね 淡々とした文章の中にリリカの悲しさや無念詰まっていてぐっと引き寄せられました
[一言] 面白かったです。 世界観が最低限で簡潔にまとまってる印象なのですが、その後の混乱も簡単に想像が出来るのが凄いっす。 自分を含めて読者は、沢山のその後が頭に浮かんでそう。
[一言] 思うのは、聖女を召喚しなければ成り立たない世界は既に詰んでいるということでしょうか。 何の義理もない世界を救う必要のない聖女が、正当な報酬を貰えなかった代わりに大事にしているモノを貰っただけ…
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