秘密結社居酒屋
どうも初めまして。流丸介と申します。平仮名で書くとながれまるすけと読みます。
これが初投稿となります。
ルールも何もわからず、とにかくアップしてみようということで、この掲載に至りました。
このお話がどなたかの目に止まり、どなたかの暇つぶしになれましたら幸いです。
それでは、『秘密結社居酒屋』。よろしくお願いいたします。
「いらっしゃいませ! あなたは正義? それとも、悪?」
繁華街の路地を少し入った袋小路。その奥に、その店はある。
ここは秘密結社居酒屋。今宵も、信念の華が咲く――。
土曜の夜。どこかで一杯でもと一人フラり入った居酒屋。
店員のおねーさんは首をかしげ、笑顔でそう聞いてきた。声の順に翻した両の掌が、居酒屋の暖色に反して白く美しい。
「あー……じゃあ、正義かなぁ?」
少し驚きはしたものの、信希はとりあえずそう答えた。近年、テーマを持った居酒屋なんてのは珍しくもない。
だけど、店内はいたって普通の和風の居酒屋で、正義だの悪だの、映画だのアニメだの特撮だの、そんな気配は一切伺えない。本当によくある居酒屋だ。
「は〜ぃ、正義の方はこちらですぅ〜」
店員のおねーさんは笑顔で案内する。通されたのは、店の真ん中にまっすぐ通る通路を挟んで、右側の座敷だった。
そこには既に、スーツ姿でほろ酔いのオッサン十名程が出来上がっていた。まさかの相席だ。
「おお〜君も正義か〜! よく選んでくれた!!」
出来上がったオッサンは相席ウェルカムの様で、信希の肩をばんばんと叩いて歓迎した。背後からは何故か「ああ〜」「ちくしょ〜」といった落胆の声があがり、「ザマーミロおめーらに負けっか!」と、また別のおっさんが叫んでいた。悪と言っていたら、きっとあちら側に案内されたのだろう。
信希は“決して知らないオッサンと飲みたかったわけではない”という感情を胸にしまい、とりあえず「どうも……」と挨拶をした。
「君、名前は? 歳は? 何色のレンジャーになりたい?」
肩を叩いて迎え入れてきたオッサンが肩を組んで聞いてくる。やはり大分酒臭い。
「えと……、神村信希、信じる希望と書いてノブキです。歳は24、何色レンジャーですか……? そりゃやっぱり、男なら一度は赤やりたいですかね〜」
戸惑いを隠しつつ、愛想笑いを浮かべて答えた。全くもって社交辞令である。
すると、オッサンたちの空気が一瞬止まって。
「そうか! 君ならあるかもしれないな!!」
さらにばんばんと叩かれた。
この店に来たことを、とりあえず後悔した――
――ところまでを覚えている。
翌朝、頭痛の中目覚めてみると、そこは自分の部屋だった。着替えもせずにそのまま倒れこんだらしい。とりあえずに羽織ったジャケットがシワになってしまった。昨日のことを思い出したいが、まともに頭が働かない。既に日は高く、外から近所の子供が走り回る声が聞こえていた。
とにかく着替えるかと起き上がろうとしたその時、右手がけたたましく鳴り出した。ピピピでもジリリでもなく、サイレンに似ているけどまた微妙に違う、そんな機械音。
「な、なんだ?!」
信希は焦った。走馬燈のように瞬時に頭をよぎる隣部屋の住人の鬼の顔。『騒音をおやめください』の貼り紙。近所の園児のママ達のヒソヒソ話。
ゾッとして慌てて音がする場所、右の手首を見てみれば、なんというか『ぼくのかんがえた未来予想図』かと言うような、ゴツい腕時計がシャキンとついていた。
「な、なんだこれ!!?」
大きさは卵より二回りほど大きな半楕円。黒と赤の帯が回りを一周していて、真ん中には何か、緑の宝石のようなものが埋め込まれている。
「どうやって止めんだよ?!」
とにかく外すか止めるかしようとがちゃがちゃ触ってみるものの、一向に外れる気配はない。
途中ちょっとそれらしいポーズもとってみたが、まあ何が起こるわけでもない。
いいかげんにとブチキレそうになった瞬間、昨日のことがフラッシュバックした。
「いいか? これがけたたましく鳴ったときが合図だ。集合場所に来るんだぞ」
一番上座にいたオッサンに、そう言われた。
「集合……場所……?」
その場所の記憶を辿ろうとした瞬間、自分の身体が勝手に浮かび上がり、天井に頭をぶつけ、床にたたきつけられた。
正確には、自分の意思とは関係なく、自分でジャンプをしていた。
「いっ!? ……たく……ねえ?」
しかし、そう、全く痛くなかった。天井から叩きつけられる様に落ちれば、それなりの痛みはあるはずなのに。あれ? と、頭をさわってみると、その理由はすぐにわかった。
「ん……? はあ?!」
白い手袋、白いブーツ、黒いベルト、黒いアイガード。極めつけはそう、真っ赤な……ヒーロースーツ。
信希は、頭の先からつま先まで、クオリティの高いなんとかレッドに変身していた。
「おいこれなんなんだよ!? どうやって脱ぐんだ?!」
あっても届かないけど背中にチャックなんてない。ベルトも外れそうにないし、というかそもそもズボンを止める用途は一切果たしていない。
気づけば当然の様に、うるさい音とその発信源たるリストバンドはなくなっている。が、まったく解決にはなっていない。
日曜のお昼時。赤い全身スーツが脱げない男が、自室でうずくまり途方に暮れていた。
ここで悩んでいても仕方がない。事態は先に進まないだろう。その結果に至るまではそう時間はかからなかった。
信希はしぶしぶ、『集合場所』なるところに行ってみることにした。
『集合場所』なのだから、誰かしらがいるはずだ。そこでこれの脱ぎ方やバンドの外し方を聞いて、そして文句を言おう。信希はそう心に誓った。
オッサンに言われたその集合場所とやらは、件の居酒屋の近くだった。自室からそう時間もかからない。幸いにも、乗り物に乗らなくてもなんとか行ける距離だ。
この姿のままという、どう見ても変質者ですよちきしょうな恰好に信希は半泣きになりながら、ズンズンと日曜の道を急いだ。
信希がいざ集合場所に着いてみると、倒壊したビルがお出迎えしてくれた。
近くに工事中の看板あったか? 事故か? どちらにせよ、無関係のリーマンがいていい場所じゃない。これじゃあ、集合場所も変わっているに違いない。
「おーい、きみー!」
がっくりと肩を落とし途方にくれていると、遠くから自分を呼ぶ声がした。
声の方を見ると、倒壊したビルをよじ登ってはわたわたと降りる、小太りの黄色……。まさに、戦隊もののイエローが近づいてきていた。
「き……っ、きみがぼくたちのレッドだね……? よろしく……たのむよ!」
なんというか、ご多分に漏れず、膝に手を置いて息も切れ切れだ。恰好を見るに信希がレッドなら、彼はチーム……レンジャーメイトなのだろう。悔しいかな、集合場所はここであっているようだ。
「あ、ああ……」
よろしくと言われてもなと、信希は戸惑い丸出しの空返事をした。
「今、先に来たブルーが敵と戦ってる。パステルブルーとディープブルー、スカイブルーもいるって聞いてるんだけど、まだみたいだね」
「色近すぎねえ?! ほかに色ないの!?」
「確かに、マリンブルーとかだとかわいいコっぽ「そういうことじゃなくね?!」
思わず食い込んで突っ込んでしまった。並んで見分けがつくのだろうか。グラデ戦隊なのだろうか。
「……まさか、レッドブルーとかもいたり……?」
「翼はないよ?」
ちょっと聞いてみたくなっただけです。なんかすいません。信希は心の中で謝った。
「色はね、才能だもの。レッドなんてなりたくてもなれないよ。君は素質があったんだよ」
「あ、いや……そう……なのか」
イエローは少し切なそうに、でもやさしく言った。きっと彼は、その物言い通り、おだやかな人なのだろう。
イエローの言葉に二の句を告げなくなっていると、急に視界の外から空気の振動が身体を貫いた。花火やベースアンプの前に立ったような、ドンという瞬間的な衝撃波。
「ブルー!?」
イエローが叫ぶ。
彼が叫んだ先ではまさに今、ビルが倒壊をしていた。
それは砂塵を巻き上げ、重力の存在を恐ろしいものと印象付けながら、ほんの数秒でその形を失い、地面に横たわる瓦礫へと変わっていく。
その瓦礫に紛れ、青い人影がこちらに向かってごろごろと転がってきていた。あの爆発から、まさに命からがら逃げおおせたのかもしれない。
イエローと同じような青いスーツに身を包んだ人間。彼がきっとブルーなんだろう。
「ブルー! 大丈夫?!」
「よォ……イエロー! 気を付けろ……。あの女、やるぞ」
イエローとはまた違う息の切れ方。どこかにケガでもしているのかもしれない。
そんな彼が顔を向ける先。倒壊したビルの砂塵でまだ視界のはっきりしない向こう側に、人影が見えた。
「はぁーあ……つまらないですね。ヒーローって、こんなもんなんですか?」
まだはっきりとは見えないが、声からするに女性の様だ。それがブルーが戦って(?)いた相手で、ビルを倒壊させた犯人なのだろう。
だんだんと視界がはっきりして、声の主の姿が認識できるようになる。
何より目立つのは、背中に背負ったなにか大きな羽のようなもの。例えるなら、某女性だけの劇団がよく背負っている羽根のような。……いや違う。あれは、あれは蜘蛛の足だ。
全体的に黒を基調とし、黒光りしたレオタードの様にも見えるが、お腹の部分メッシュなのか、茶色に近い肌の質感が分かる。腰には前だけ空いたパレオの様な布がある。問題の8本足は、肩甲骨の辺りから残りの4本は生えている様だ。額には蜘蛛の本当の目である5個の赤い点がついている。
ヒーローのコスプレがあって、こんなビルが崩壊するとくれば、その先にいるのはそう、悪の怪人。
「あれ……? 一人増えていますね? へぇ〜……。やあっとあなた方にもレッドさんが加わったのですね〜?」
美しく、妖艶。そして、グロテスク。蜘蛛のディティールをした女が、そこに立っていた。
「マジで……? え、アレ、ホンモノ……?」
信希は、周囲の惨状と自分の恰好が変わった経緯を踏まえて、目の前の現実を受け入れ始めていた。
「よォ。ようやくレッドさんの登場かよ。ったく、おせぇよ……!」
ブルーは脇を抑え、痛みをこらえながら言う。
このスーツが自分のものと同じものなら、――天井に頭をぶつけても全く痛くなかったこのスーツと同じものなら――それでもダメージを受ける相当な一撃を受けたに違いない。
もしかすれば、ビルの倒壊に巻き込まれたのかもしれない。
信希は悟った。こいつらは、このフザけた格好で、本当に殺しあっているのだと。
蜘蛛女は言う。
「私ね、見ての通り蜘蛛の怪人ですけど、糸は吐けないんです。でもね? それはハンパだからじゃないんですよ。そういう蜘蛛はね……」
蜘蛛女はまず頬に手を当ててから、ゆっくりと小指、薬指を、目、鼻、口と伝わせ、そして大きくニタリと思った瞬間。
「獲物はこうして捕まえる♪」
信希の眼前に蜘蛛女の顔があった。
実際には一瞬の出来事なのだろうが、目の前に迫った蜘蛛女の背中から、ヒトには存在しない脚が、彼女の背中から信希目掛けて真っ直ぐ鋭利に飛んでくるのがしっかりと確認できた。
信希はそのスローになった世界を、ただ目を見開き見る事しかできなかった。
「がっ?!」
次の瞬間、信希の視界がブレる。
瞬間的に認識できたのは、自分にタックルして突き飛ばしたであろう格好のまま、腹を突き刺された青いスーツだった。
「ブルー!」
イエローの叫び声が耳に届く。
身体はまだ自由に動かず、まだ状況が飲み込めていない。
「……情けないですね。戦隊のリーダーが初登場かと思えば、ただ仲間に助けられて、腰を抜かすだけですか?」
「え……あ……」
名前も知らない『仲間』のフォロー。
素質もくそもあるかよ。居酒屋のノリでとんでもないことになっちまった。
信希の混乱した頭に、ただそのフレーズだけが通過した。
「つまらないの。仕方ないですね。“レフェリーはいないのですから”」
ザッ……と、蜘蛛女がこちらを向く。腰を抜かした自分なんて、ただの獲物でしかない。
“喰われる”事を覚悟しかけたときだった。
突如、「オォオオオォォオ……!!」という、何かの咆哮が辺り一体の音を支配した。
まるで甲子園のサイレンのように。
蜘蛛女は音のする方を向いてから、どこか優しく微笑み、淡白に言った。
「……今日はこれで終わりみたいですね。ありがとうございました」
そして、蜘蛛の跳躍で、崩壊したビルの向こうへと消えていった。
「た、助かった……のか……?」
信希は腰の抜けたまま、震えた声で言った。
「そうだ、ブルーさんは!?」
慌ててブルーが吹き飛ばされた方を見てみると、いつの間に手配したのか、もう救急車が来ていて、ブルーを担架で運んでいた。
……イエローめ、何もしないと思ったらそういうことか。
力なく、腰を上げた。腰の抜けも収まったようだ。
ブルーの容態を確かめるために、信希は担架に歩み寄った。
「ブルーさん、大丈夫です……か!?」
近寄ったブルーは、変身が解けているようで、青いデニム地のパンツが見えた。
そして、顔色を窺おうと顔を覗き込んだ瞬間、信希は驚愕した。
信希がブルーさんを、あいつを、知っていたからだ。
どこで知ったのか?
その答えは考えるまでもなかった。
「営業部の……沼田……!?」
それは職場で。会社の同期だった。
管理部の自分とはあまり接点がないし、たまに廊下ですれ違う程度だが、何度か言葉を交わしたことはある、同僚その人だった。
その日はどうやって帰ったか覚えていない。ただ今日起こった現実が何だったのかということが、ぐるぐると頭を回っていた。
翌日、開けた月曜日。
昨日の一件が頭にこびりついて離れない。
ブルーは沼田だった。間違いなく。夢であってほしかったが、右手の変身バンドが、それを否定する。
それでも、勘違いであってほしい。嘘であってほしい。そんな願いをただひたすらに抱きながら、信希は電車に揺られ会社に着いた。
出勤のタイムカードも押さぬまま、まっすぐと沼田のところへと向かった。無事に、無傷で、出社していてほしいと、切に願いながら――。
だが信希の願いは叶わなかった。沼田は怪我のために入院。数日不在であることを、彼の上司から聞いてしまった。
これでわかったこと。
世の中には怪人という信じられない存在がいて、なんだかわからないけど人類と敵対していて、それを防ごうとする反勢力がある。――イエローが「レッドなんてなかなかなれない」と言っていたから、いくつか部隊があるのかもしれない。
その日は仕事になんてならなかった。右手を見た同僚が何人かいじってきたが、空返事しかできなかった。
トイレの洗面台に手をついて、鏡の自分を見つめる。この右手がまた鳴ったとき、自分には行く……戦うという選択ができるのだろうか。
運ばれるような事態になり得るという事を、自分に受け入れることができるのだろうか。そして、沼田はいつから、こんなことをしていたのだろうか。
とにかく席に戻ろうとトイレを出たところで、信希はギョッとした。昨日見た人ととてもよく似た人とすれ違ったからだ。
それは、同じ会社の経理部所属の、3年目のアイドル社員『芦森ちとせ』だった。隠れファンが多く、コッソリ狙っている人が多いという噂のコ。昨日は想像だにしなかったが、一瞬すれ違っただけなのに、あの女幹部に重なって見える。
「あの……!」
信希は思わず彼女に声をかけた。
彼女は立ち止まり、フとこちらを見る。蜘蛛女はそういうメイク(?)こそしていたが、やはりどこか面影がある。
「え……と、昨日、もしかして、千耐町にいませんでした?」
彼女は、ゆっくり瞬きをして、ただ「いえ……」とだけ告げ、軽く礼をして去って行った。
さて、信希はいよいよ悶々が加速した。あんまり長い間席を離れるわけにも行かないと仕事に戻ったものの、沼田の事も彼女のリアクションも、引っかかって仕方がない。
「人違いか?」「そりゃそうだよな?」「あんなバケモンが、いくらなんでも」
席に座ってパソコンの画面を見ながら、ひたすらにそう自分に言い聞かせてその日を過ごした。
翌日。
信希はやはり、昨日の芦森が気になっていた。
『本当に芦森はあの蜘蛛女ではないのか?』
違うならそれでいい。違うならそれがいい。改めてもう一度。今度はちゃんと、確認してみようと心に決めた。
信希は経理部に赴き、給湯室に芦森を呼び出す。
普段話もしない相手だから、少し周りの視線が集まっていたが、そんな事を気にしている余裕はない。
「芦森さんさ……」
「なんでしょうか?」
重く言葉を始める。心なしか彼女の言葉の節にも棘がある。少なくとも、好印象ではないようだ。
「営業部の沼田……って知ってる?」
訪ねると、彼女は目を伏せて、嫌そうに溜め息をついた。
「私はね? プライベートであの組織にいるんですよ。仕事にプライベートを持ち込まないでくださいます?」
その答えで、十分だった。
彼女は知っていた。沼田がブルーであったことを。
彼女は知っていた。自分がレッドであることを。
彼女は証明した。彼女が蜘蛛女であることを。
同僚の沼田は、彼女にやられてタンカで運ばれていったというのに。
プライベート? 彼女は、こいつは、何を言っているんだ?
「大丈夫ですよ。会社では普通に接します。もういいですか? 仕事に戻りますので」
軽く会釈して戻っていく彼女を呼び止めたかったが、言葉が出てこなかった。
それからの四日間、信希は混乱したまま過ごした。
彼女はなんなのか?
もともと彼女はどちらが本当の彼女なのか?
あのとき、『正義』と答えなかったら、自分は彼女の仲間だったのか?
そういう性格だから、彼女は『悪』なのか?
沼田も、ずっと人知れず戦っていたのか?
俺も、下手したらああなるのか――?
それから更に数日が経過して、再び右手のリストがけたたましく鳴った。
奇しくも、丁度一週間。再びの日曜日だった。
今度は驚かない。四日間悩んだんだ。
信希は、音を発するバンドを握って、静かに呟いた。
「ああ、わかったよ。そちらが“そう”なら……」
俺は、正義に、なってやる!
例の集合場所に集まる。いくつかのビルが倒壊し、またいくつかは修復している、瓦礫の町。
そこには先週と同じようにイエローだけがいた。
やはり沼……ブルーの姿はなかった。
「やあ、レッド! 今週も頑張ろう!」
イエローが呑気に声をかけてくる。
彼の感じからすれば、きっと強張らせないための配慮なのだろう。
レッドは答える。
「ああ……。絶対に。絶対に負けやしない!」
そう放つが先か、爆発音が鳴り響き、いかにもわかりやすい雑魚キャラが二人の周囲を取り囲んだ。
「上っっ等だああああ!!」
信希は怒りに任せ、雑魚キャラを殴り、蹴り、倒して行く。先週は見当たらなかった奴らだが、おそらくブルーとイエローの二人が片づけていたのだろう。
このスーツは自身の身体能力を向上させているようだ。多少のダメージなら全くなんともないし、普通に殴っているつもりだが、そいつらは吹き飛んで行った。
「さっさと出てこい! 蜘蛛女ぁああっ!!」
信希は咆哮する。怒りも、哀しみも、全てを乗せて。
「ずいぶんな言いぐさですね」
いつからそこにいたのか、見晴らしのよい瓦礫の上に、蜘蛛女が立っていた。
「ザコに戦わせて自分は高みの見物とは、さすが悪役。セオリー通りだな」
「そうですね。セオリーなのですから、守らないとね」
聞けば聞くほど、声も、しゃべり方も、彼女のものだ。
空似ではない。コイツは、彼女だ。
「……イエロー、あいつは、俺が仕留める」
レッドは白いグローブを直しながら言う。あのバケモン見てると、吐き気すら覚える。
「やる気だねレッド。これ、僕たちの隊に支給されたものだよ。よければ使って」
そう言ってイエローが手渡したのは、銃だった。
戦隊ものではお決まりの“それっぽい”銃。鉄っぽさは少なく、ゴテゴテした装飾が施されていて、配色はリストバンドと似ていた。
「これはさ、センサーで生体を感知して、誤って人に向け撃つことが無いようになってるんだ。敵にも撃てないけど、建物なんかには撃てるから、上手く使って」
敵にも撃てない……? 正義の銃なら、それもありうるかもな。ちょっと威嚇してやるか。
信希は右手に銃を持ち、地面に向けて銃の引き金を引いた。
ピシュゥンという音と共に、銃口から赤い閃光が発射される。
「…………え?」
驚いて向けた視線の先では、コンクリートに銃口と同じ大きさほどの穴が開いていた。
さも高温が通過したようで、穴の周りは赤みを帯びている。
「なるほど……人には撃てない……ね」
信希はその意味を理解した。ふざけた見た目だけれど、こんなもの人に向けて撃った日には、簡単に貫くだろう。
蜘蛛女に動じた様子はない。
「今日は、もう腰を抜かしたりしないんですね」
「ああ……。お陰様でね。……お前、自分がしたこと、わかってんだろ?」
彼女は冷たい表情をして答える。
「はい。申し訳ない事をしたとは思っています。でも、あなたは、格闘技の試合でケガした選手の対戦相手を、罵るのですか?」と返した。
言葉の直後、ドスドスと、蜘蛛の足が自分を貫かんと高速で刺さる。だが流石このスーツはそのあたりの防御力がバツグンの様だ。
ただ、痛い事は痛い。
8本、もともとの手足を除けば4本の蜘蛛の足が、休む間もなく信希を襲う。腕で顔や腹を守る姿勢から動くことができない。
「面白くないですね。防ぐだけでは勝利にはなりませんよ!? そんなつまらないゲームは、望んでいないんです!!」
ゲー……ム? この殺し合いが、ゲームだっていうのか? ふ、……ふ!!
「ふざけんな!」
彼女の攻撃をはじくように、信希は叫んだ。
同時に、ピシュゥンという音が鳴る。どうやら力を込めた手が、銃のトリガーを引いたらしい。
「これがゲームだと! さすが悪の組織様だな!」
その先から出た閃光は、まっすぐと3階建て程度の、小さなビルへと向かい、穴をあける。手がブレていたからか、それは点ではなく、線となり。
「ぜってえ許――」
切込みとなったビルは、スライドするように地面に落ちてから、ゴゴゴと大きな音を立てて、ビルが彼女の方に倒れ込んできた。
「あ……っ?!」
予想外の出来事で彼女も反応が遅れていた。
とっさの行動だった。信希は彼女をかばい、崩れるビルの下へと入り込んだ。まだどこか、現実を受け入れたくなかったのだろう。
状況を理解した時は、瓦礫の隙間にいた。何故かと問われれば、例え相手がバケモノでも、非情になり切れなかったからに他ならない。
運よくハマり命は助かった様だが、二人はろくに身動きできない空間に閉じ込められてしまった。
「……。ったた……」
暗がりの中、ゆっくりと目を開ける。瓦礫の隙間からわずかに入る光が、状況を把握させた。
お互い変身も解け、幸いにも意識がある様だった。
「っ……!」
倒壊の衝撃はスーツ越しでもダメージを受けたらしく、全身に痛みが走った。
骨折まではしていないようだが、アザくらいは無数にありそうだ。
「……すみません……助かりました」
信希の腕の中から、女性の声がした。
「……変身が解けたらそうなるってことは、やっぱりそっちが本当のアンタなんだな」
「何を言ってるんですか。当たり前じゃないですか」
芦森は本当に心外そうに、言葉を放った。それを聞いて、信希は思い切って聞いてみることにする。
「……なあ」
「なんでしょうか」
「どうしてわざわざ悪の組織にいるんだ……? そんなにまでして、悪の組織は何がしたいんだよ」
芦森は答える。
「地球は汚染されています。人の手によって。そんな毒、いらないでしょう? だから粛清し支配するんですよ。今を壊し、我々の完全な独裁制による世界平和を実現するんです」
「なんだ……ソレ。そんなの、支配者が変わるだけじゃないか! そんなことしたって、変わる保証は!!」
「神村さんって、面白い方ですね」
そう言って芦森は可笑しそうにクスクス笑った。初めて彼女の笑顔を見た気がした。笑う要素はなかったはずなのに。
「もちろん名目ですよぉ。そんなの、本当にやるわけないじゃないですか」
「ん?」
あれ? 会話繋がってますか? これ。
「だって、趣味ですから」
「は?」
「趣味ですよ? 当然じゃないですか」
「ん? え? ……え?」
だめだ。頭が追いつかない。
「あれ? もしかして本当に?」
芦森も、きょとんとした顔で首をかしげる。ふむ。そういう顔をされるとちょっとかわいい。
「おかしいなあ。あの居酒屋『秘密結社』は、戦隊ものが趣味な人が集まる居酒屋ですよ? 毎週日曜日に、正義と悪に分かれて戦いあう“スポーツ”です」
信希はそれを聞いて、鳩が豆鉄砲くらったような顔になった。きっと一発ではない。数発分だ。
「…………え、じゃあ、何? あのスーツはユニフォームみたいなもんで、この信じらんない銃とかそんなのも――」
「はい。そうですよ」
あっけらかんと肯定された。
いやいやいやいやおかしいだろう。
「だ、だって、沼田は!?」
その言葉とほぼ同時に、遠くから「ぉーぃ」と声が聞こえた。図らずも、それには本人が回答した。
「ぬ、ぬまた!? おま、どうして!?」
「いや〜まいったまいった。まさかあんなんもらうとはね〜! ちょっと待ってろよ〜、今出してやるからな〜!」
瓦礫ごしなので少しくぐもって聞こえるが、それは間違いなく沼田の声だった。
それから、2人が再び日の光を拝むのに、そんなに時間もかからなかった。
あちこち痛みはあるものの、大したけがでは無いようだ。
「沼田さん、すみませんでした」
まだボーゼンとしている信希の隣で、芦森ちとせが沼田に深々と頭を下げた。対して沼田は、ちょっと照れくさそうに「いいよいいよ気にスンナ。そういうこともあるさ」と手を横に振った。
その姿は、本当にただの会社の先輩と後輩にしか見えなかった。
「それに神村、まさかお前も始めるとはな〜。しかもレッドだろ? うらやましいなぁオイ」
沼田が話しかけてくる。
「え、いや、俺は……」
「神村さん、私たちが本当にやりあってると思ってたんですって」
「はぁ!? 何言ってんだお前、最初に説明あっただろ!?」
覚えていない。そうか。酔いつぶれただけで、説明されていたの……か……?
「お前が来た初日に片手折っちまうとはな〜。一緒にやれる時が楽しみで仕方ねぇよ!」
「いや、俺は……」
「ん? 何お前、せっかくレッドになれたのに、嫌なの?」
信希は悩んだ。危なくて、ニッチで、戦隊ものなのに別に日の目もない、そんな趣味。
酔っぱらったノリでやると頷いたのだろう。こんなビルを平気で倒すような趣味をやるなんて……。
「私は、みんなで試行錯誤して、自分のままに戦って勝負するのが楽しくて、悪の組織に入りました。貴方も、そうだからヒーローになったんでしょう?」
芦森ちとせが言葉をつないだ。
「いや、そんなことは……」
それでも。信希は腑に落ちていない。
「戦隊もの……好きでしょう?」
その言葉に、信希は一間おいて、思わず吹き出してしまった。
単純な一言だった。簡単な二択だった。そうだよ、酔ったノリとはいえ、そんなんに頷くくらいだ。
俺は、戦隊ものが――
「ああ、好きだわ」
その言葉とほぼ同時に、『ジャ・ジャジャジャ!』という音が爆音で鳴った。
戦隊番組のCM前後に入る、アイキャッチのような音だ。
「今日はヒーローの勝ちみたいですね」
「そうみたいだな」
芦森と沼田が言う。
どうやら、勝者を告げる音の様だ。前回は獣の咆哮のようなものだったから、きっと悪の組織はそれなのだろう。
「また、敵同士ですね」
芦森は少し寂しそうな表情で、言葉を発した。
信希は自分に言い聞かせるように頭を掻いてから答える。
「ああ、負けないぜ」
そして芦森は少し微笑んで、やさしい声で言った。
「望む…………ところです」
それから十年。
変わらず居酒屋はにぎわっていた。
ここは、『戦隊モノが趣味』のやつらが集まる居酒屋。
「次の作戦はなぁ? あれをこうやってだな」
「丸聞こえですよ偽善者さん! せめて声を潜めてくださいます? 作戦知っちゃったら面白くないでしょう?」
すぐさま反対側から茶々が入る。こんなやり取りも見慣れた光景だ。
「うるせぇクソ結社! 聞こえたってブチ抜ける、そんな作戦なんだよ!!」
そう言って、ジョッキをダンと置いたのは、信希だった。
ここはかつて、あの肩を叩いてきたオッサンが座っていた席。
正義の部隊の最高役職、指令の席。
信希は向かいの席に向かって、言葉を放つ。
「絶対負けないからな!」
向かい側の座敷では、悪の組織の女幹部が、日本酒のお猪口をことりとおいて、微笑んで答えた。
「望む、ところです」
左薬指に、揃いの指輪を光らせて。
「いらっしゃいませ! あなたは正義? それとも、悪?」
繁華街の路地を少し入った袋小路。その奥に、その店はある。
ここは秘密結社居酒屋。今宵も信念の華が咲く。
お楽しみいただけましたでしょうか……。
初投稿、緊張と恐怖でここへいろいろとうだうだ書いてしまいそうです。
とりあえずこのお話は、以前夢でうなされて見たもので、起きても強烈に記憶に残ったものです。
なんという夢を見たんだ自分! と、もやもやとともに嬉しさを感じたので、整えて、短編のお話にしてみました。
皆様の暇つぶしとして、わずかにでも有意義と感じていただけたのなら幸いです。
次のものが気づいたら上がっている様でしたら、「しかたねーなー」と見ていただけましたら嬉しく思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。