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1.音、恋、空 9


「ご心配、…ありがたいですが。かの監獄は庭を散歩することも出来ないといいます。ここでは見知った庭師が美しく整え、私はその作業を一日中眺めることも出来ます」

今日の演目の花の名を教えてくれたのは庭師だ。

ふん、と男爵は眉を寄せた。

「散歩できようと出来まいと。投獄されていることは変わりない。私なら自由にしてやる。酒場で飲み明かしてもいい。女を買ってきてもいい、どうだ、私の牧場は海に面している。蒼い海と白い砂浜。そこを馬で駆けるのは気持ちいいぞ」

オリビエは男爵から離れて立ち上がろうとする。が、また腕をつかまれた。

「あなたは何をなさりたいのです?」

「女のような手だ」

ニヤと男爵の口元が笑うので、オリビエは思わず乱暴に振り払った。


「ロントーニ男爵、お加減はいかがです。ドクターをお呼びしましょうか」

侍従長のビクトールが立っていた。そのでっぷりと突き出た腹の後ろに先ほどのメイドたち。男爵の様子がおかしいと呼んでくれたのだろう。

「これは、失礼」

おどけた仕草で一礼して見せると男爵はよろけながらも音楽堂を出て行った。


「すみません、助かりました」

「変わったお方ですね。大丈夫ですか、オリビエ様」

「はい。あのビクトール。彼女は」


アネリアは。

「今頃はロンダンの街でしょう。トロッコ電車で山に登るのです」

「そう…」

「水も空気も美味しいところですよ。冬は厳しいですが、今の季節はきっと美しい花畑が広がっています。きっと元気で幸せに暮らせます」

「そう、お前も淋しくなる、ね」

ビクトールは黙って青年の肩を叩いた。

それ以上二人とも何も言わなかった。



いつもならオリビエが自宅に帰る時間だったが、侯爵が今日のねぎらいにと食事を運ばせたので、音楽堂の片隅のテーブルでそれに向かっていた。

向かいに座るリツァルト侯爵はあごひげを盛んになでていた。

一人だけ黙って食べているのもやりにくい。視線が気になりながら、オリビエは二口目の肉を頬張る。

人が食べているのをただ黙って見ているというのも、不思議な趣向だった。面白いのだろうか。

時折視線を合わせると侯爵は食べなさいといわんばかりに少しだけ目を細める。

自分が餌を与えられた犬のようだと感じられ、オリビエはますます食欲がなくなる。

「男爵に迫られたそうだな」

むせかけて、水を口に運んだ。

「え、はあ、そういうんでしょうか、あれは」

「変わり者だ。かつて、お前の母親にしつこくしていた時期があった」

オリビエは顔を上げた。

「私の、母に?」

「そうだ。当時はまだお前の父ラストンと結婚する前のことだ。お前の母マリアが二十歳、ロントーニはいくつだったと思う」

「ええと、…」

「十二だ」

「は?」

「ませた奴だろう?」

くっと口だけで笑うと侯爵はオリビエの飲みかけた水を取った。

飲み干すと水差しからまた同じくらい注いだ。


「早熟が過ぎたのか。未だに妻を娶らない。私の兄と彼の父親が親しかったのでな、何とか似合いの女性をと進めたのだが」

「…あの」

「なんだ」

話の腰を折られて侯爵は憮然とした。

「侯爵様、私も、あの。結婚したい女性が」


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