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1.音、恋、空 8


茶会が終わり、侯爵に案内されて客たちは母屋へと移動を始めた。

オリビエがこの日、披露した新しい三曲はおとぎ話の三人姉妹を花に例えた小品だった。ちょうどアネモネの花が庭に赤く揺れるので季節感のある明るくにぎやかな曲に仕上げた。

強くしなやかな長女、理屈っぽいが夢見がちな次女、そして無邪気で芯の強い末っ子。三人が森の中で不思議な屋敷を見つけ冒険する物語だ。

お客の半数は女性だから、女性が好きな題材、恋や冒険は昼の茶会には欠かせなかった。

いつもと同じ拍手を受け、客の中の小さな少女に花束をもらう。

漆黒の礼服の青年を少女は眩しそうに見上げていた。


客も侯爵も退室した。片づけを始めたメイドたち数人とオリビエだけが残っていた。オリビエがチェンバロの反響板をたたもうとした時だ。

またも背後に聞き覚えのある靴音。ロントーニ男爵だ。


ワイングラスを片手に、少し乱れた前髪をかき上げる。ポケットからのぞく白い手袋が酔ったようにゆらゆら揺れた。

「ふん、つまらん」


同伴の女性を何故連れてこなかったのかは知らないが、男爵はつまらなそうに始終酒をあおっていた。乱れた歩調を音で聞き分けて慌ててオリビエが支えると、男爵は手もとのワインをこぼしそうになりながら遠慮なく青年によりかかる。

「あの、少し休まれたほうが」

「ああ、そうする」


言うなりその場に座り込むと、一気に残ったワインを飲み干した。大理石の床にコツンとグラスを解き放つと、男爵は自らも大の字になった。

テーブルを片付けていたメイドたちが呆れたように見ていたが、オリビエは気にせず、グラスを拾い上げるとメイドの一人に渡そうとした。

と、片足が床に貼り付いた。


「わ!」

酔っ払いにからまれた足。そう気づいた時にはグラスを持ったまま冷たい床に転がっていた。悲鳴だったのか薄いグラスがはかなく砕ける音だったのか。

床に手をついて体を起こそうとしたが、酔っ払いに止められた。

「手が」

ちょうどオリビエが手をつこうとした下には硝子がきらと輝いていた。視線の定まらない酔っ払いの癖に男爵はオリビエの両手をつかんで子供にするように引っ張り起こす。

「あ、あの」

「大丈夫ですか!オリビエ様!」

メイドが駆け寄り、座り込んだ青年が見回す間に床は綺麗に片付けられた。

相変わらず男爵が手を取っているので、顔をしかめる。男二人床に座り込んで醜態としか見えないだろう。オリビエは酒に飲まれる大人が嫌いだった。自らがあまり酒に強くないせいか、酒場など近寄ることもない。

酒などに頼らなくとも、オリビエは音楽で心を癒した。

十八の青年にとって酔っ払って座り込む三十過ぎの男爵はみっともない以外に形容できないのだ。

「危ないところでしたなぁ、オリビエ」

「あなたが足を引っ張ったからでしょう?」

迷惑さを眉に乗せる青年を少し上目遣いで眺め、男爵は楽しそうに笑う。

「年中ここで音楽三昧か。どうりで足も細く、反射神経も鈍い」

「ご心配には及びません、音楽を奏でるのが私の務めです」

「手を庇うために剣も乗馬も禁じられている、のか」

「…」

「まだ十代だろう?汗を流すことも日の光を受けることも必要ではないか。ここは、まるでバスチーユのようだ」

首都で有名な監獄の名をひそやかに耳打ちする。

それは遠まわしに国王を批判している。

オリビエは顔をこわばらせた。



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