1.音、恋、空 4
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任されている音楽堂の鍵を閉め、青年は帰途に着いた。
広い侯爵家の庭を横切り、すっかり夕闇に沈む中、通用門までたどり着く。
この時間に通いのメイドたちも帰るので、数人の女性の話し声が聞こえていた。
門柱につけられたランプの明かりの下、女たちの噂話が漏れ聞こえる。
ふと、オリビエは顔を上げた。
つかつかと足を速め、門の外で立ち話をする三人の女に声をかける。
「あの、今なんと」
「お、オリビエ様」
三人そろって慌てて口を塞ぐのだから、聞き間違いではない。
「アネリアが辞めさせられたと、聞こえました」
胸騒ぎは顔を見合わせる三人に頷かれた。そして、一人が意を決したように、オリビエのそばで小さく語った。
「あの、侯爵夫人に酷く叱られましてね、あの子も耐えていたんですけど」
「酷いんですよ、あの子は南の遠い町から里子として買われてきたんですよ、侍従長の子供同様なんです。ここが家ですし出て行けって言われてあてがあるわけでもないでしょう」
「それを夫人たら、この家に残りたければ北部の牧場へやるというんです。北のあそこは一年中寒くて、家畜の世話をしなきゃならない、とてもあの子が耐えられる場所じゃないです」
三人が順に話す間に、一人が、あという形で口を開けオリビエを指差した。
「それで、彼女は?」
「そうよ!あの子、こんなところは辞めてオリビエ様と結婚すればいいのよ!」
「そうだわ!」
残る二人が同時に叫ぶ。
三人の期待の視線を受けながら、オリビエは唇を噛んだ。夫人が二人の仲を知ったのだ、あれで収まるはずもなかった。迂闊だった。
「…それで、アネリアは今、どこに」
とたんに三人は顔を見合わせて。首をひねる。
明確な答えを待つつもりもなく、オリビエは再び門をくぐり屋敷に入る。門番の男が忘れ物かい、と声をかけたので片手を挙げて挨拶した。
オリビエはまっすぐ。
侍従長の一家と、大勢の下働きの人たちが住む建物へと向かった。侍従長は南の国の出身で、貿易商を営む両親を持つが、業績不振で五人兄妹の長男である彼がこの国に働きに出たのだ。以来この国に住み着き家族を持ち十年以上たっていた。彼のなまりのある口調と明るい瞳の色は南の見知らぬ国を思わせてオリビエをわくわくさせた。オリビエがここ、侯爵家に勤め始めた頃からの知り合いだ。扉を叩くと、侍従長の妻ヘスが丸い顔をのぞかせた。
「遅い時間にすみません」
「オリビエ様、こんなところにおいでになってはいけません」
ヘスは扉を開けるどころか追い返そうとする。