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6.エスファンテの青年衛兵5


そう、多分、叫んだのだ。

肩をズレンに支えられていることに気付いて、オリビエは手を止めた。

「苦しい、悲しい曲だよ。そんなの、歌ってあげない」キシュがなぜか涙ぐんでいた。

「似合わないな、それ」

オリビエが笑うと少女は頬を膨らめて見せた。

「オリビエ様、すみませんでした。あの、どうかお休みください。熱があるのではないですか?侯爵家から医師を呼びます」

オリビエが立ち上がるとズレンが支え、二階の寝室まで連れて行ってくれた。

初めて入るオリビエの寝室にキシュはきょろきょろと見回す。壁にかけられた両親の肖像画を見つけるとすぐに近寄ってじっくり見つめていた。


「大丈夫だから。ズレン、あの、君たちどういう関係なんだ?キシュが、僕に対して腹を立てるのは分かるんだけど」

「あら、私別に怒ってないよ。シューレンさんに来るなって言われたけど、あんたに来るなとは言われてないし。だから、来たの」

けろりと真顔で話す少女にオリビエは目を細めた。

機嫌を損ねたと心配していたのだ。

「でね、あたしがズレンのこと嫌いなのはね、裏切り者だから」

小さなテーブルの上に並ぶ本の背表紙までしっかり眺めてキシュは言った。

「勝手にしろ」ズレンが少女を睨んで拗ねたようにつぶやく。

「どういうことなんだい」

「私と彼女は、幼馴染なんです。私はこの街の商家の出なので。両親が金を工面してくれて上の学校を卒業して私は士官学校に入りました。そうして、卒業して侯爵家に仕えることになったのです。ですが、この町に戻ってみれば、幼い頃遊んでいた皆は、私を貴族かぶれだとか宮廷の犬だとか。私は何も変わっていないのです。皆の貴族や宮廷を見る目が変わったんです。私が士官学校に入った時には温かく見送ってくれたのに」

オリビエより少し年上の青年は、悔しそうに拳を握り締めた。

「私は、侯爵様に援助を受けましたし、感謝しています。人間としても尊敬しています。確かに宮廷や貴族のやりように苦しめられている民もいますが、ここでは違う。この街は侯爵の堅実なやり方で救われているんです。なのに、新しい思想に目がくらんで皆おかしくなっている」

「毎日パンを食べてる奴がえらそうに言わないで」

キシュが立ち尽くしたまま、二人の青年を睨んでいた。

「あたしのうちは何とかなってる。でも隣街の叔母さんは毎日苦労している。三日に一回食べ物を届けているの。自分さえ良ければいいなんて、皆思えないの。自分さえ、この街さえ潤っていればいいなんて、そんな考えは貴族様と同じじゃない!」


真っ直ぐ見つめるキシュの瞳が、その細身の体が嫌に力強く感じ、オリビエは目を細めた。眩しい気がした。

少女は少し、肩をすくめる。

「オリビエには、関係ないことだったわね。気にしないで。あたし、パンをもらえるなら歌うわ。それでいいでしょ」

「キシュ、そんな言い方はないだろう!」ズレンが憤るが、オリビエはそれを手を挙げて制した。


オリビエはファリでエリーに向けられた、しらけた視線を思い出した。

「僕は……」

「いいのよ、だって、オリビエは人間じゃないもの」

ワフン。

少女の護衛のタイミングは、素晴らしいくらいだ。

意味が分からないのだろう、ズレンは二人を見比べる。


「ズレン、あんたは仲間だと思ったから余計に悔しいのよ。あの界隈で一番頭が良かった、尊敬されていたのに」

「キシュ、そうやって貴族や宮廷と対立してどうなるっていうんだよ。争いになったら無事では済まされないだろう?まさか、ここで、この国で新大陸のような戦争をするつもりじゃないだろ?」

ズレンがキシュの肩に手を置いた。

とたんに少女の頬に赤みが差したことにオリビエは気付く。

「戦争なんか、わかんないわよ!戦争になっても、ズレンは貴族の味方をするの?私に銃を向けるの?」

「キーシュ」

ズレンがつぶやいたそれが、少女の本当の名だと分かる。

彼はそれを知っているのだ。


「ごめ、ん。帰ってくれないか」


オリビエの言葉に、二人は思い出したかのように振り返る。

「帰ってほしい…僕には。関係のないこと、だから」


オリビエの家を出ても、二人が小路を何か言い争いながら歩くのが二階から見えた。慣れた口喧嘩。

互いに深く関わろうとするからこそ。こじれる。侯爵と夫人、キシュとズレン。

それは羨ましくもあった。


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