しどろもどろ。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。大丈夫です。」
差し出されたタオルで慌てて手にこぼれたお茶を拭う。クロスを着けているから服が濡れなくて良かったわ。
いきなり自分のペンネームが飛び出してきたからすっかり動転してしまった私。
「最近は新しい作品がないんですけど、瀬名きっこの小説、けっこう面白いんですよ。」
「そ、そうなんですか?その作家さんは知りませんでした。」
しどろもどろでとぼけてみる。最近、ネタ切れで新しい小説を書いていないことまでご存知とは。
「なんていうか、恋愛モノでありながら、面白い会話のやりとりがあったり、お料理の描写が詳しくて、退屈させないんですよ。」
そ、そうですか。ありがとうございます。
喉元まで出掛かっているお礼の言葉を、カップに残っていたほうじ茶と一緒に慌てて飲み込む。
「新しいお茶、お持ちしました。」
そこへケアリストさんが淹れなおしたほうじ茶を運んできてくれた。
軽く会釈をしてから新しいカップを手に取り、静かにフーフーと吹いて、わずかにお茶が冷めるのを待つ。落ち着け、私。
「あの作家さん、どこか七瀬さんに似ているんですよね。」
―ブフッ!
そっとカップに口をつけたところで、今度はむせそうになってしまった。
「大丈夫ですか?」
「お茶がおいしくて手元が狂うときもあるのよ。」
「そうそう。そういうところ!似ているんですよね~。」
西嶋さんが軽やかにハサミを動かしながらケラケラと笑う。
今日はなんてスリリングな会話なのかしら。地雷のギリギリを歩いている気分だわ。なんとか回避せねば。
「西嶋さんは、読む専門なんですか?」
「ええ。僕は書くのはどうもね。店のブログを更新することで精いっぱいで。」
もう少し事情聴取をしておきたいところだわ。ネタにできるかもしれないじゃない?
「どんな作品があるんですか?」
「えーっと、タイトルを忘れちゃったんですけどね、美容師に思いを寄せる主婦のお話とか、カジュアルショップの店員さんに思いを寄せる主婦のお話とか。主婦モノのほうが印象的ですね。そうそう。学生時代の元カレと結婚しちゃう作品もありましたね。」
「面白そうですね。」
白々しいとは思うけど、無難に相槌を打っておこう。ここで正体をバラすわけには。