それ、私なんですけど。
「お湯は熱くないですか?」「痒いところはございませんか?」
ウトウトしだすタイミングでステキ君、もとい田中さんが声をかけてくれる。シャンプー中って気持ちよくて居眠りしちゃうことが多いんだけど、さきほどのお下品な声のこともあるから居眠りしないようにしたいわ。せめてもの品位を保たないとね。
ほら。私の位置付けは『実年齢よりも少し若く見える人』なんだから。自慢じゃないけど、昔から若く見られる方なのよ。今でもバイト先のコンビニではスタッフさんにも業者さんにもお客さんにも若く間違われるの。最高記録はマイナス15歳。その時はさすがに笑っちゃったけどね。
「七瀬さん、お子さんいらっしゃるんですか?そんな風に見えませんね。」
「お世辞には乗りませんよ。オバチャンをからかわないでください。」
「いや、本当に。僕、さっき見とれちゃってたんです。後でお食事でも行きませんか?」
そんな、ダメよ。田中さん。そんな、手なんて握らないで…。
「…大丈夫ですか?」
気がつくとシャンプー台に体を横たえた状態で手を上げていた私。心配そうに見ている田中さん。
「え?あ、すみません。大丈夫です。」
やっちゃった。居眠りをした上に夢まで見ちゃうなんて。不覚にも程があるわね。恥ずかしいったらありゃしないわ。
「お疲れなんじゃないですか?」
「う~ん。そうなのかなあ。」
確かに夢まで見ちゃうなんて珍しいかも。
「大丈夫ですか?お疲れのようですね。」
シャンプーが終わって席に案内されるとすぐに西嶋さんが心配そうに声をかけてくれた。
「いえ、すみません。大丈夫です。」
恥ずかしい~!でも、こうして心配してもらえるなんてラッキーだわ。
補助のスタッフさんがやってきて、西嶋さんと二人がかりでデジタルパーマの施術が始まる。
「この時間帯にいらっしゃるのって珍しいですね。」
「ええ。急に時間が空いたから。」
そんな何気ない会話を楽しみながら施術が進んでいくのが楽しい。こういう会話のついでに小説のネタが降ってくることもあるし。でも、小説のことはナイショ。私が小説を書いていることは、家族にすら秘密だし、知っているのはごく限られた友人だけ。それに、知られちゃったら、回りが身構えちゃったりして自然なネタが降ってこないと困るもの。
デジタルパーマの液を塗ってからしばらく放置する時間になると、ドリンクを出してもらえた。何種類かの中から選べるんだけど、私のお気に入りはほうじ茶のホット。今日ももちろんそれをリクエスト。
「普段は雑誌以外には本を読まれるんですか?」
「ええ、時々。」
出されたカップをそっと持ち上げて相槌を打つ。
「小説は読まれるんですか?」
「読みますよ。」
読むどころか書いていますけどね。
「最近、アマチュア作家さんの小説が面白くって。瀬名きっこっていう作家さんなんですけど。」
「あぢっ!」
いきなり耳に飛び込んできたのは私のペンネーム。手元が狂ってまだ熱いほうじ茶が手にこぼれてしまった。