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宣戦布告

5月13日 朝

西条市立国分寺高校


「ねえ、シルヴィアさんってどこから来たの?」

「すごく髪の毛、綺麗?ねえ、触ってもいい?」

「どうして、日本にやってきたの?ご両親のお仕事の関係とか?」

「みんな落ち着いてよ。そんなにいっぺんに聞かれても、ヴァイサリアスさんが混乱するだけだよ」

 その日の朝、飛鳥が、クラスに入って真っ先に目にしたのは、クラスメイト(全員女子だが)に質問攻めされている転校生シルヴィアの姿であった。ちなみに、男子生徒は、その様子を遠巻きに眺めているだけだ。うち何人かは魂が抜けたような呆けた表情をしていた。

 シルヴィアは、すぐに飛鳥の目線に気づいたようだった。

「飛鳥!おはよう!!」

 シルヴィアは半ば飛びかかるように、飛鳥に抱きついた。吸血鬼が誇る人間離れした身体能力を駆使したため、クラスメイトたちの目には、シルヴィアが飛鳥の腕の中に瞬間移動したように映っただろう。

「飛鳥!会いたかったわ!」

 シルヴィアは、頬を少し赤く染めて、うっとりとした表情のままで、唇を突き出して目を閉じた。

 飛鳥にとってこの状況は何もかもが想定外であった。ゆえに疑問が溢れる。

「……って、どうして?」

 どうして、抱きついてくるのか?どうして、クラスに馴染めているのか?どうして、まだこの街にいるのか?どうして、昨日、敵対した相手おれを見ても、平気な顔をしていられるのか?言いたいことは、聞きたいことは、問いただしたいことは、山ほどあった。しかし、それゆえの飛鳥の問いかけに対して、シルヴィアは、まったく違った受け取り方をしたようだった。

「どうしてって、飛鳥のことを愛しているからにきまっているわ。……だから、キスしてくれないかしら?」

その瞬間、クラス中(主に女子生徒たちの間で)で黄色い悲鳴が爆発した。

「きゃああああああ、シルヴィアさん、大胆!」

さっきまでシルヴィアを取り囲んでいた女子の一人がそう叫んだ。彼女は、少し顔を赤くしながらも、何かを決意したような顔で、飛鳥とシルヴィアに尋ねる。

「き、昨日から気になっていたのですが、ずばり、シルヴィアさんは、如月くんとどういう関係なんですか?ただの幼馴染みとか友達とか以上の何かを感じるのですが……」

 クラスメイト全員が、後ろで頷く。

 全クラスメイトの注目を浴びながら、女優のように芝居がかった声でシルヴィアは答えた。

「将来を約束した仲だわ!」

「きゃあああああ」「ええええええ」「……如月、殺す!」

再び、黄色い悲鳴と一部怨嗟の声が巻き起こる。

「そ、それは本当なの、如月くん?」

別の女子生徒が飛鳥に確認する。それに対して、飛鳥は、即座に否定の言葉を口にしようとする。


『ああ、約束する。僕たちは、今は離れ離れになるけど、いつか絶対に……』

『うん、分かった。私も誓う。必ず、あすかに会いに来る!そして、そのときは、絶対にあすかを離さない!』


飛鳥の脳裏に蘇ったそれは、7年前のあの日、二人が最後に交わした約束であった。きっと誰もが子供の頃にする他愛もない約束。普通に生きていれば、やがて忘却の彼方に置き忘れさられるべき幼い日の記憶。しかし、それは、飛鳥、そして、おそらくシルヴィアにとっても、絶対に忘れることができないキラメキを持った誓いであった。飛鳥は、この約束という名の誓いがあったから、生きてこられた。『紅蓮の死神』としての地獄のような日々の中でも生き続けることができた。そして、それはシルヴィアにとっても同じだろう、と飛鳥は確信している。そう、あの日の約束があったから二人はまた会えたのだ。

だから、飛鳥の答えはこうなる。あの日の約束を否定することなどできないことを強く思い出したから。

「そうだよ……。子供の頃に、ずっと一緒にいよう、って約束したんだよ」

 取り方にもよるが、プロポーズと読まれてもおかしくはなかった。

 朝のホームルームの時間になり、担任の岸田がやって来てくるまで、このクラスのバカ騒ぎは収まらなかった。


「ねえ、飛鳥。一つだけ聞かせてくれるかしら?昨日の夜、私と対峙した『紅蓮の死神』……。その正体は、やっぱり貴方なのかしら?」

放課後、飛鳥とシルヴィアはまた屋上に来ていた。二人きりで話すにはもってこいの場所だ。余談だが、飛鳥が人払いの魔術を使っているため、部外者に立ち聞きされる恐れはなかった。

一瞬の躊躇の後、飛鳥は答える。

「……ああ、そうだよ。……驚いたよ。君が今日も学校に来ているから……」

「そんなの決まっているわ。貴方に会える可能性があったからよ。それに今の貴方は、『紅蓮の死神』かしら、それとも、私の未来の伴侶かしら?」

シルヴィアは悪戯っぽく笑みを浮かべている。しかし、頬のあたりが少しだけ赤みを帯びている。

「……少なくとも前者ではないな」

飛鳥は、シルヴィアの目線から顔を逸らした。彼の頬もまた少しだけ赤くなっていた。

そんな飛鳥の様子を愛おしく思いながら、シルヴィアは切り出す。

「飛鳥、貴方は、どうして多武峰家に従っているのかしら?昨日の夜、貴方と戦ってみて、やっぱり思ったわ。貴方はすごい人だって。17歳で、第6位階魔術まで使える人なんて、まずいないわ。多武峰家から逃げ出すことだって、……それこそ戦うことだってできたはずよ!今の貴方は、7年前よりもずっと強くなっているわ!」

「今の俺には、そんなことはできない。義妹の咲夜のこともある。もし、『紅蓮の死神』がいなくなれば、日本魔術師協会は、必ず多武峰を潰しにかかる。そうなったら、咲夜の身にも危険が及んでしまう」

「だったら、多武峰家を潰して、咲夜ちゃんだけを助け出すのはどうかしら?それなら何も問題は……」

シルヴィアの提案に、飛鳥は、黙って首を振った。

「それもできない……これがその答えだ」

飛鳥は、学生服のシャツと下着を脱いで、背中をシルヴィアに見せる。飛鳥の背中には、何十にも複雑に重なった魔法陣が青く光って刻まれていた。

その意味を悟ったシルヴィアは息を飲んだ。

「……っ、これは、『忠誠の誓約』だわ!なんで、こんなものが……それじゃ、貴方の言っていたことって……」

 無属性第6位階魔術『忠誠の誓約』は、その名のとおり、ある魔術師が別の魔術師に誓った忠誠を保証する魔術だ。だが、その内実は、騎士道的なある種の美徳とはかけ離れたものだ。忠誠を誓った者、すなわち、誓約者は、忠誠の対象である主人の命令に絶対に逆らえなくなる。つまりは、主人に命じられれば、自分の家族や友人を殺めることにさえ抵抗できなくなってしまうのだ。魔術師を完全な奴隷にしてしまうこの魔術は、そのあまりの非人道さから各国の魔術師協会によって禁術認定された。そのため、表向きは、この禁術の使い手は死に絶えたということになってはいる。だが、歴戦の吸血鬼貴族であるシルヴィアがすぐに察せたように、この魔術が使用されていることは公然の秘密となっているのだ。

「……そうだ、俺は、多武峰家当主道元に『忠誠の誓約』を誓わされている。7年前のあの日、多武峰家を裏切った末に捕らえられた俺は、道元にこう告げられた。『忠誠の誓約を誓えば、命は助けてやる』と。つまりは、多武峰家の奴隷になれば生かしてやると。……俺は誓うしかなかった……俺はまだ死にたくなかったから」

「主人には絶対服従という点では、吸血鬼の『眷属契約』と同じようなものね……。そう、やっと貴方の言っていたことの意味が分かったわ!貴方は命じられて、逆らうことができないまま、『紅蓮の死神』として魔術師殺しをさせられていたわけなのよね?それなら、全部、多武峰家とその当主道元が悪いわ!貴方が自分を責める必要なんてどこにもないと思うわ」

同じことは、今朝咲夜も言っていた。その前にも何度も何度も。もし、接し方が違っていれば、東城悠斗だって同じことを言ってくれたかもしれない。

「……たとえ、命令されたことの結果だとしても、俺が、今まで犯してきた罪は消えない。消えないんだよ……」

 飛鳥の脳裏に浮かぶのは、「人殺し!」といつか自分を罵るであろう東城悠斗であり、絶望して死んでいった名も知らぬ協会の魔術師であり、そして、未だ彼が知らない彼が不幸にしてしまった人たちのことだ。

「だから、昨日とまったく同じ答えさ。俺には君の隣に立つ資格はないんだ。俺は、君のことが今でも好きだ。大好きだ。……だから、俺には君と一緒にいる資格なんて、幸せになる権利なんてないんだ!」

 彼女にもう一度会いたい、飛鳥が7年前に願ったのはたったそれだけのことだった。それだけでも彼にとっては譲れない願いであった。しかし、その願いを叶えるために、彼は、彼女の傍にいる資格を永遠に失った。思えば、どうしようもないほどの運命の皮肉であった。

「そう、分かったわ。私も、貴方のことを愛しているわ!」

 普段温厚な彼にも珍しく、飛鳥は声を荒げた。

「君は、……君は本当に何にも分かっていない!……もし、多武峰道元が俺に、君を殺すように命令したら、俺はその命令を拒めないんだぞ!俺に君を殺せって言うのか!?こんな何の価値もない俺に、君を、初恋の君を、大好きな君を、俺に殺させるって言うのか……。そんなことになったら、俺は今まで何のために生きてきたんだ。……そんなことになったら、俺はもう、耐えられないよ!頼むから、俺のことを見放してくれ。頼むから、俺のことなんかもう嫌いになってくれ……」

「私は、絶対に貴方を嫌いになってやらないわ!見捨ててもやらないわ!私が好きになった貴方はそこにいるもの。……貴方は何も変わってなんていないわ。7年前、あの暗い世界で一人ぼっちだった私に光をくれた優しい王子様、それが貴方よ。背が伸びても、魔術を極めても、『紅蓮の死神』と呼ばれる魔術師殺しになっても、貴方は、あの日の優しい貴方のままじゃない……。私はずっと貴方のことを考えて生きてきたの。だから、貴方のことを大好きな私をあんまり舐めないでよ!」

シルヴィアは続ける。

「それに大丈夫よ、昨日も言ったじゃない。『貴方に私は傷ひとつ付けられない』って。この7年間、私は、戦って戦って戦って戦い続けて、力を手に入れたわ!多武峰家の神童と呼ばれた貴方に釣り合うだけの私になったわ。貴方の隣にふさわしい私に!貴方を守れるだけの強さをもった私になったわ」

 シルヴィアは屋上の周囲に張り巡らされたフェンスの上にまるで猫のように飛び乗った。類まれな運動神経を持つ吸血鬼でなければ、何かの拍子に足を踏み外してしまいそうな不安定な足場から、彼女は、飛鳥を見下ろして告げる。

「……だから、これは宣戦布告だわ!私は、貴方の世界(多武峰家)を破壊して、貴方を私のものにしてみせるわ!」

 シルヴィアは、影の翼を広げて、屋上から飛び立った。黒い羽根を纏った彼女の姿はあまりに自由で眩しかった。ゆえに、飛鳥は、彼女の姿が夕日に向かって消え去るまで、フェンスの金網をただ握りしめていた。

「……シルヴィ、君が多武峰家と戦うと言うなら……俺は」

 シルヴィアが戦う覚悟を決めたならば、自分もまた覚悟をしなければならない、と飛鳥は思った。7年前の自分は彼女を守るために全てを賭けることができた。今の自分はどうだ?と飛鳥は自答する。いや答えるまでもない。答えはずっと前から決まっているはずだった。


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