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『紅蓮の死神』と吸血鬼

5月12日 夜半

西条市郊外の森林地帯


 「やっぱり、何の役にも立たなかったわね」

 シルヴィアの眼前には、数人の死体が転がっている。無論、彼女が手を下したわけではない。戦闘の気配を察して、彼女が駆けつけたときには、すでにこうなっていた。

楠の話、そして、状況から察するに、この死体は、日本魔術師協会の刺客のものであるとことは間違いなかった。苦痛や恐怖、絶望といった表情を浮かべた死に顔は一つもない。全員が全員、驚愕の表情のまま事切れていた。彼らは、自分たちがやられたという自覚を持つ間もなく、殺されたのだろう。ちょうど、柔術の達人に投げ飛ばされた者が、地面に叩きつけられるまで、その実感を持てないのと同じように。彼らと彼らを殺したもの(紅蓮の死神)の間には、圧倒的、いや、絶対的とも言える力の差があったと考える被強用があった。

 シルヴィアは警戒の必要性を感じ、自らの『固有能力』を発動させる。吸血鬼には古来より様々な言い伝えや伝承がある。それは、コウモリに姿を変えるであったり、霧となって消えてしまうであったり、はたまた、催眠術を駆使して人間を意のままに操るなどというものまであったりする。それら全てが真実であるとともに、ある一面では偽りでもあった。吸血鬼は、その個体毎に異なる超常の力、すなわち『固有能力』を有している。つまり、動物に変身できる吸血鬼も、人間を自分の虜にすることができる吸血鬼も確かに存在する。しかし、全ての吸血鬼がそうであるというわけではないのだ。

そして、シルヴィアの『固有能力』は、その異名『千影』にもあるように、己の影を自在に操ることである。剣として槍として盾として鎧として、シルヴィアの影は、千変万化する無敵の武器であった。

 シルヴィアは、自身の身体を守るように影の鎧を展開する。常人離れしたタフな肉体と優れた運動神経を持つ吸血鬼といえども、死角から高位魔術で攻撃されるのは避けたいところだし、そのような不名誉な負け方は、自身のプライドにかけて看過できないのであった。

 暗い森の奥へとシルヴィアは足を踏み入れる。元来吸血鬼は夜行性であり、オオカミと同じぐらいには夜目が効く。シルヴィアは2人分の足跡を見つけて、それらをたどる。おそらく片方は、協会側に人間で、歩幅の乱れ方から慌てて逃げていることが読み取れた。そして、もう片方の足跡は、着実に逃げる獲物を追い詰めている魔術師殺し『紅蓮の死神』のものに間違いなかった。

少し行くと、不意に視界が開ける場所に突き当たった。木の生えていない小さな広場と言って差し支えない場所であった。その広場の隅の方で、シルヴィアは、死んでいる男性とその遺骸にすがっている人間を見つけた。シルヴィアの立っている場所からは、すがっている方の人物は、背中しか見えず、性別は分らない。身体の線を隠すような、ゆったりとした黒いローブを着ている。

声から察するに若い男性のようだった。男は、涙を流して、嗚咽をこぼし、しきりに許しを乞いているようだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……。こんなことを言っても許されるとは思いません。でも、俺は、あなたを殺したくなんてなかったんです。本当です。信じてください。……俺は、どんな顔をして、悠斗くんに会えばいいんでしょうか?俺は、俺は、俺は!!!……」

 楠が言っていた協会の内通者の話、協会の魔術師と思われる数人の死体、そして、今のこの状況……。シルヴィアの脳裏で全てが繋がった。死んでいるのが、多武峰の内通者であり、そして、その死を招いたのが誰かは言うまでもない。

「あなたが多武峰家の魔術師殺し『紅蓮の死神』で間違いないわよね?早速で申し訳ないのだけど、死んでいただけないかしら?今日の私は、大好きな人に振られて少し……いえ、とっても機嫌が悪いわ。だから、抵抗しないほうがいいわ。楽に殺してあげるわ!」

シルヴィアの身体を鎧のように取り巻いていた影がほどける。そして、影は無数の蛇の形をとって、『紅蓮の死神』を襲う。

炎帝の盾(フレイム・イージス)よ!」

シルヴィアの影は、しかし、『紅蓮の死神』を取り囲むように発生した炎の障壁に全て弾かれてしまう。

「私の影を全て防ぐなんて!?……あれは、炎属性第5位階魔術?まさか、魔術師協会の長老レベルの使い手だとでも言うの?」

歴戦の吸血鬼シルヴィアでさえ、動揺を隠しきれなかった。だが、それも無理はなかった。現代の魔術は、その行使の難易度によって、7つの位階レベルのようなものだが定められている。第1位階魔術から習得を始め、第7位階魔術を目指すのが魔術師全般に言えることである。もっとも、第6位階魔術に達するような魔術師は同世代に5人とおらず、まして第7位階魔術まで達しうるのは、100年に1人か2人の天才だけであった。第5位階魔術の使い手であれば、各国の魔術師協会で幹部が務められるほどにはなる。

 ゆえに、シルヴィアは、目の前のこの男(紅蓮の死神)に俄然興味がわいた。弱肉強食を是とする彼女たち吸血鬼にとって、強者とはそれだけをもって注目と尊重に値する相手だからだ。そして、貴族である彼女は、その価値のある相手には名乗ることとしている。

「私の名は、シルヴィア・フォン・ヴァイサリアス。七選帝侯の一席にして、ヴァイサリアス家第4代当主。『千影』の異名の下、無限の影を操り、『鮮血の姫』の異名の下、あらゆる敵を殺戮する者。私の影を防いでみせた者は久方ぶりよ。感嘆に値するわ。……さて、私の名誉にかけて、貴方の殺害を誓っているため、見逃すことはできないわ。でも、せめて、貴方の名を教えてはくれないかしら。私の胸に恐るべき敵としてその名を刻ましてもらいたいわ」

「……いいや、その必要はないよ」

『紅蓮の死神』は、ゆっくりとシルヴィアの方を振り返った。そして、身につけている黒猫の仮面をゆっくりと外した。雲の切れ間からうっすらと差し込む月明かりに照らされていたのは、彼だった。

「う、嘘だわ!こんなことって、何かの間違いだわ!」

7年前に出会った運命の男の子。ずっとずっと彼との再会を待ち望んでいた。この7年間、あの約束だけがシルヴィアの支えだった。数多の敵を屠り『鮮血の姫』とまで呼ばれるようになったのも、ヴァイサリアス家を再興し、選帝侯にまで上り詰めたのも、全ては彼にもう一度会うためだった。そして、今朝、ついにその願いは叶った。一目見てすぐに分かった。シルヴィアが想像していた以上に、彼はかっこよくなっていた。くせ毛の髪の毛が少し刎ねていて、少し気怠げで陰のあるところも大人っぽくて素敵だった。

そう、如月飛鳥はそこに立っていた。驚愕、悲しみ、絶望、怒り、そうしたあらゆる感情を押し殺したような表情を彼は浮かべていた。

「俺だよ。シルヴィ……」

「な、何で……!?」

 シルヴィアは無意識のうちに後ずさる。

「君には、君だけには、……知られたくなかったよ。『紅蓮の死神』、多武峰家の魔術師殺し、日本魔術師協会の宿敵。つまるところは、ただの大量殺人者。それが今の俺なんだよ!……だから、俺は君に言ったんだよ。『早くこの街を立ち去るように』と」

飛鳥は深くため息をつき、顔を歪ませる。

「これでもう分かっただろ?俺にはもう、君の傍にいる資格がないって!俺の手はあまりにも多くの血に塗れていて、……もう、君の手を取ることなんてできないんだよ!君と一緒になんか行けないんだよ!」

飛鳥は、再度深くため息をつくと、長く複雑な呪文の詠唱を行った。

飛鳥の背後に、全身に炎を纏った、いや、炎そのもので出来た巨大な鳥が現れる。その姿は、まるで、伝説やおとぎ話に出てくるような、不死鳥そのもののようであった。

「炎属性第6位階魔術、不死鳥の召喚サモン・オブ・フェニックス……。生きとし生けるもの全てを焼き尽くす炎鳥。存在そのものを燃やし尽くすその熱には、たとえ、吸血鬼の貴族である君だって……。今の俺では、多武峰家の命令には逆らうことはできない。もし、多武峰家に命じられれば、俺は君を……。だから、そうなる前に早く、この街から立ち去ってくれ!俺は君を傷つけたくないから、お願いだよ……」

 絶対的な力(フェニックス)を背景にしながらも、飛鳥は懇願の涙を流していた。

「あまり私を舐めないでくれるかしら、飛鳥!」

 不死鳥を前にしてもなお、シルヴィアは、獰猛な野生動物のような笑みを浮かべた。

「今の私は、七選帝侯の一人だわ。最高位の吸血鬼なのよ!7年前、貴方に手を引かれて、貴方に守られてばかりだった弱い私のままだとは思わないでくれるかしら!」

 弱肉強食の理で生きる吸血鬼は非常に誇り高い。まして、その貴族ともなると、どうしようもないまでに誇り高い存在になる。中世の騎士や武士のように、彼らは、己が侮られることを決して看過しない。

ゆえに、シルヴィアは続ける。たとえ、相手が最愛の人(如月飛鳥)であっても。

 「はっきりと言ってあげるわ。貴方では私に傷一つつけることなんてできないわ。だって、私は貴方よりも強くなったのだから!あんまり私のこと舐めないでくれるかしら。いくら貴方でも、……許さないわ!」

 シルヴィアの言葉に呼応して、数え切れないほどの影が伸びて、一斉に飛鳥を狙う。その光景は、まるで黒い槍の雨が降り注いでいるかのようだ。

 「……、は!フェニックス!」

 炎の不死鳥が、飛鳥を守るように前に出る。雛鳥を守る親鳥のごとく、不死鳥は飛鳥の身体を包み込んだ。無数の影の槍の嵐と、伝説の不死鳥が激突する。その衝撃で爆風が吹き荒れて粉塵が巻き起こり、一時的に視界が完全に閉ざされた。

 しばらくして、粉塵が落ち着くと、飛鳥の姿はもうそこにはなかった。

「飛鳥……」

 シルヴィアはしばらくその場所を離れることができなかった。月は再び、厚い雲の間に隠れてしまった。


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