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吸血鬼として

5月12日 夕方

西条グランドホテル 最上階スイートルーム


 「ねえ、チェルナー。何がダメだったのかしら。私、飛鳥に振られちゃったわ。私とは一緒にいれないっていわれちゃったわ。どうしよう。強引な女とか思われちゃったかしら。……でも、仕方なかったじゃない。7年ぶりだったのよ。ああ、それにしても飛鳥、かっこよくなっていたわ。私が思っていた以上にかっこよくなっていたわ。もちろん初めて会ったときから、かっこよかったけど、でも、あの頃はちょっと頼りなさげなところもあって可愛かったのになあ。はあ、強引すぎたかなあ。……だよね、もっと言い方ってあったよね」

 チェルナーというのは人ではなく、黒猫のぬいぐるみの名前だ。空港で気に入ったので衝動買いしてしまった。シルヴィアは、それを抱きながら、ベッドの上で転がりながら悶えていた。落ち込んだかと思えば、急に惚気だして、しばらくしたら、また落ち込むといったことを延々と繰り返していた。もし、黒猫のぬいぐるみ(チェルナー)に意識のようなものがあれば、「いい加減にしろ!」と怒ったに違いない。

国分寺学校から戻ってからはや2時間ほど、シルヴィアのこの状態は続いていた。吸血鬼最強の貴族である選帝侯の一翼を担い、『千影』や『鮮血の姫』の異名で知られる彼女の本来の姿を知る者が、もしこの光景を目にすれば、ひとり残らず頬をつねり目をこすっただろう。悪い夢でも見ているのではないかと。

 ツーツー。部屋の内線が不意に鳴った。シルヴィアはすぐに受話器を掴んだ。

「もしかして、飛鳥、飛鳥かしら!?ごめんなさい、さっきは私……」

しかし、電話に出たのは、極めて事務的口調をした低い声の男性だった。

「大変申し訳ございませんが、残念ながら、私です。日本魔術師協会対外戦略局第一課の課長をしております、楠です」

「……っお前か。何の用かしら?くだらん用だったら、殺すわ」

「酷い対応の差ですね……。まあ、いいでしょう。どうやら、愛しの君にも再会なされたようですし、私どもといたしましては、そろそろ例の件を思い出していただければと思いまして」

例の件とは、多武峰の魔術師殺し『紅蓮の死神』の抹殺のことだ。だが、シルヴィアにとって、聞き捨てならぬ一言があった。

「お前たちは、見ていたのか!?私と飛鳥のことを!?余計なことをしてみろ、お前たち全員皆殺しにしてやる!私が欧州で『鮮血の姫』と呼ばれている理由ぐらい知ってるのだろ?お前たちが、私の慈悲でまだ生きていられていることを忘れるな!」

ミシミシとプラスティック製の受話器が軋む音がする。シルヴィアが常人離れした圧力で握り締めているからだ。そして、電話の回線越しであっても、充分に彼女の殺意は伝わったようで、楠は声を震わせる。

「ひ……、そ、それでは、今晩、私どもも『紅蓮の死神』の排除のために刺客を送ります。無論、陽動としてですが。ちなみに、今回の作戦には、多武峰家の内通者にも協力してもらう段取りになっておりまして。その内通者というのがですね……」

「必要ない」

「へ?」

間の抜けた楠の声に、ようやくシルヴィアは落ち着きを取り戻した。

「聞こえなかったのか、『必要ない』と私は言ったわ。『紅蓮の悪魔』もお前たちの刺客も多武峰家の内通者も関係ないわ。私の前に立ちはだかるものは全て殺す。それだけよ」

シルヴィアにとっては、これは完全に八つ当たりだった。彼女のとっては、如月飛鳥以外の人間の生死など埒外のことだった。明日の朝、彼に笑顔で会うためにも、ストレスの発散(戦闘と流血)は必要であった。

「ええ、分かりました。閣下におかれましては、好きになさってください。当方といたしましては、戦果を期待させていただきましょうか」

と最後に、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか、と楠は付け加える。

「あなたがた吸血鬼は、欲しいものは全て、それこそ力づくでも手に入れると聞いています。いえ、むしろ、そのことをもって美徳としているとさえ伺っております……。それにも関わらず、ましてや最強の吸血鬼であるあなたが、なぜ、人間の高校生一人を手に入れるのに、わざわざ説得などという迂遠な真似をしているんでしょうか。有無を言わさず連れ去ってしまって、強制的に言うことを聞かせたらいいではありませんか。そのあたりをぜひ、後学のために伺っておきたいのですが……」

 楠の言うことはもっともではあった。過去数千年にわたって、吸血鬼たちは、人間の略奪を繰り返してきた。血を啜るため、愛玩品にするため、伴侶にするため等々、目的は様々であったが、一つ共通していたことがある。吸血鬼は、人間の意志など気にしない。彼らにとって、人間は狩りの対象であり、人間の猟師が、シカやキツネの気持ちなど考えないのとまったく同じであった。

「さきほども言ったわとね。余計なことをしたら殺すと」

ガシャンと叩きつけるようにして、シルヴィアは電話を切った。それから、黒猫のぬいぐるみ(チェルシー)を胸に抱きしめながら、囁く。

「そんなこと決まっているわ。私が、この世界の誰よりも飛鳥のことを愛しているからに決まっているじゃない!」

 そう自分に言い聞かせながらも、確かに、シルヴィアの中の吸血鬼の本能は、彼を攫ってヴァイサリアス城の地下牢に閉じ込めて、その首に首輪をつけて奴隷にしてしまえと囁き続ける。しかし、シルヴィアは本能の声に抗う。彼女は、何よりも飛鳥の意志を尊重したいと思う。それが、吸血鬼としてのあり方に反するものであっても、シルヴィアは、飛鳥に、愛されたいと願っているのだ。

窓の外では、すでに太陽は西の空に沈み、夜の帳が降りてきていた。最高位吸血鬼のシルヴィアにとっては、昼でも夜でも行動の支障はないが、それでも、彼女の本能は夜の訪れを歓迎していた。戦いの夜になる。そのことに、シルヴィアは、揚感を感じずにはいられなかった。


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