最終決戦
5月14日 午前
多武峰家邸宅最深部 多武峰道元の部屋
「咲夜に手を出すな、この外道め!」
飛鳥の炎槍は、道元の借り物にすぎない雷槍を弾き飛ばした。
「義兄さん!」
「無事か、咲夜?」
義妹を庇うように、飛鳥は前に出る。
「……飛鳥!?馬鹿なお前は死んだはずでは……。確かに、『忠誠の誓約』が消えるのを感じたはずだ。なのに、なぜ、生きておるのだ!?」
道元の手から、氷の槍が生まれ、飛鳥に向かって投げつけられる。しかし、それは、飛鳥の身体を守るように広がった黒い影によって防がれた。
「私の愛しい眷属には指一本触れさせないわ」
シルヴィアは、飛鳥の隣に並び立つ。
「義兄さん、シルヴィア!?どうして2人とも、生きて……」
「説明はあとだ、咲夜。下がってろ!」
「そうね、飛鳥のいうとおりよ。咲夜ちゃんは、私たちの後ろに隠れていて頂戴」
飛鳥は炎槍を構え、シルヴィアは自身の影を幾重にも展開する。
「……お前たち如きが、このわしに歯向かうというのか!?飛鳥、『忠誠の誓約』を以て命じる。その吸血鬼の小娘を殺せ、今すぐにだ!」
飛鳥は無言のまま、炎槍を投げつける。シルヴィアではなく、道元に向かって。炎槍は、道元の右足を貫く。
道元は悲鳴を上げて転がり込んだ。痛覚は、本来、危険から身体を守るために備わっているものだ。例えば、毒蛇に噛まれていても痛みを感じることができなければ、毒蛇に噛まれていることに気づかず、死んでしまうだろう。しかし、一族の人間の身体を渡り歩き、同時に比類なき再生魔術によって擬似的な『不老不死』を実現した道元にとっては、もはや、そのような有限の生命が身を守るために備えている感覚は不要であった。ゆえに、道元は、何度身体をバラバラにされようと、カスリ傷を負った以上の痛みを感じることなく、復活し続けられたのだ。あるいは、そうでなくては、死の苦痛と恐怖に精神が持たなかったのかもしれない。
「……馬鹿な、なぜ、このわしが痛みを感じるのだ!?ありえん、ありえない!」
「教えてやるよ、この炎槍は、炎属性魔術第7位階魂まで滅せよの炎でできている」
つまりは、道元が感じた痛みは、身体が感じる痛みではく、魂が感じる痛みであった。魂そのものへの攻撃は、肉体的には『不老不死』の道元といえども、只人と同じく、苦痛を感じるほかない。
「……だとしても、なぜ、お前は生きておる?なぜ、わしの『忠誠の誓約』に従わない?いったい、何がどうなっておるのだ」
息を荒げる道元に、シルヴィアは侮蔑と嘲笑の籠った視線を向ける。
「教えてあげるわ。飛鳥は、確かに一度死んだわ。それで、『忠誠の誓約』はおしまい。無くなったわ」
『忠誠の誓約』の違反者の罰が、誓約者の死である以上、誓約者が死ねば、魔術の効力は終わる。未だ魔術は、死者を蘇らし、あるいは束縛する次元にまでは発達していない以上、それは必然的な限界であった。
「……飛鳥は死んだわ。魔術には無理でも、私たち吸血鬼には、死者を蘇らす一つの方法がある。『不老不死』にしか興味のない、お前は知らないかもしれないが」
道元は目を見開く。
「……『眷属契約』。あ、飛鳥、この愚か者め!お前は、この先数百年を、この化物の奴隷として生きることを誓ったのだぞ!吸血鬼に支配され、血液を搾取され、弄ばれる、そんな家畜以下の存在になることを受け入れたのか!?馬鹿げている。そこまでして生きていたいのか、お前は!?そんな生き方は人間のするものじゃない」
シルヴィアは、道元に見せつけるように、飛鳥の身体を引き寄せる。そして、その首筋に牙を軽く突き立てて、にじみ出てきた血を舐めとった。
「……お前が今更何を言おうが、飛鳥は、もう私のものだ。誰にも渡さない。ずっと、ずっと私の傍にいてもらうんだから」
自身の首筋に顔を埋めるシルヴィアの髪を優しく解かしながら、飛鳥は言う。
「……多武峰道元、俺は、あんたを許すことができない。シルヴィにしたこと、そして、咲夜を傷つけたこと、全て万死に値する。ここで、あんたの存在を終わらせてやる」
「この愚か者め!育ててやった恩を忘れたか、恥知らずめ!」
氷の嵐が、飛鳥とシルヴィアに向かって襲いかかる。千丈の氷華、氷属性魔術第5位階だ。
「黙りなさい!」
シルヴィアの影が、二人を守る盾となり、氷嵐を完全に防ぎ切った。
「……多武峰道元、一つ教えてほしい。なぜ、あんたは、『不老不死』を追い求めるんだ?何のために無限の生を得たいと欲するんだ?」
今や自身が数世紀にわたる生を得た飛鳥にとって、それはちょっとした疑問であった。無論、彼には、最愛の吸血鬼と一緒に生きていくという理由があるから、果てしない生を恐る気持ちは微塵もない。けれども、この老人は、たった一人で、何のために、生を欲するのか、飛鳥は少し気になったのだ。
「知れたことを!全ては、魔術を極めるために決まっておろう。無限の生があれば、魔術の真理に到達し、真に人間を超越した存在になれるのだ。そのための、『不老不死』よ!」
道元は、再び、千丈の氷華、そして、四方の壁より氷人の一撃を出現させる。
「無駄よ!」
「無駄だ!」
無数の氷結晶の嵐はシルヴィアの影によって防がれ、2対の氷の拳は、飛鳥の炎によって蒸発して消えた。
「第5位階魔術と第4位階魔術……。しかも、千丈の氷華は一回目よりも、威力が落ちている。……なあ、あんたの魔術はこの程度なのか?」
飛鳥は言う。
「わしを愚弄する気か!?」
「独創性の欠片もない中位魔術ばかり……。あんたに魔術師としての才能なんてない!」
「こ、この、小童が!調子に乗りおって!ぶち殺してやる!!」
道元が三度放つ氷属性魔術は、しかし、飛鳥の身体に触れる前に、霧散する。火山の河口目掛けてかけられたコップの水が届くことなく、途中で蒸発してしまうように。
飛鳥は、魂まで滅せよ《ソウル・デストラクション》、すなわち、煉獄の炎を身にまとっていた。紅蓮の炎を纏った飛鳥は、死神のごとく、それを生み出した男に向かって告げる。
「あんたを殺す。お前は、俺とシルヴィの敵だ」
龍のアギトの形をした紅蓮の炎が、道元の身体を包み込む。
「ぐああああああああああああああああ」
断末魔とともに、全身に火が回り、道元は転がり回る。肉の焦げる嫌な臭いが立ち込める。道元は、氷壁を張ってようやく火を消し止めた。
「……はあ、はあ。愚か者め!わしは、不死身だと言っておろう!」
事実、道元の醜く焼け焦げた皮膚は、すでに再生を始めていた。
「お前がいくら高位魔術を使おうとも、無限に再生可能なわしを倒せると本気で思っておるのか!」
「俺が倒すのは、あんたじゃない。あんたの心だ」
紅蓮の炎が、道元の氷壁に穴をこじ開ける。
「再生魔術は確かに厄介だけど、別に万能ってわけじゃない」
紅蓮の炎から逃れようとする道元の身体を、シルヴィアの影が拘束する。
「ひい、やめろ。やめるのじゃ」
「……再生魔術は、本来身体の持つ生命としての再生能力を極限まで高める魔術。あんたは、さらにそれを、致命傷を負った場合でも、再生できるように強化したというわけだ。人間の生きたいという意志こそが、身体を再生する能力の源……だったら、あんたの生きたいという意志をへし折ってやる。あんたが、身体の再生をやめて、『殺してくれ』と懇願するまで、その身体を焼かせてもらう」
シルヴィアの影によって身動きできない道元の身体を、再び紅蓮の炎が焼き尽くす。
生きたまま焼かれ、焼かれたまま復活し、そして、また生きたまま道元は焼かれ続けた。聞いている方の耳が痛くなるほどに、道元は泣き叫び、罵り声を上げ、ときには、狂ったように笑いだした。
「……わしが悪かった。すべてわしが悪かった。わしの研究も、この家も、咲夜だって、全てお前にやる……。だから、頼む、やめてくれ……」
火だるまになりながら、道元は、許しを乞う。
「だめよ、飛鳥。そいつを許しちゃ!」
間髪いれず、シルヴィアは言う。
「吸血鬼の小娘が余計なことを言うな!なあ、飛鳥、お前は、多武峰家の誇りだ。わしの研究とお前の才能があれば、できないことなんて……」
「大丈夫だよ、シルヴィ……」
飛鳥は、最愛の主人に向かって答える。そして、道元に対しても告げる。
「多武峰道元、俺は、あんたを許さない。あんたの妄執はここで俺が終わらせる!」
「いやだあああ、わしは、しにたくなああああああああ」
紅蓮の炎が、三度、道元の身体を覆う。そして、道元の声とは裏腹に、彼の意志は、煉獄の炎を三度耐えることはできなかったようだった。
「ぐああああああああああ、お前たちは、ぐああああ、絶対に、ぐあああああ」
消し炭一つ残さず、紅蓮の炎は、『不老不死』に限りなく近づいた男の存在を焼き尽くした。
一応これでひと段落です。見切り発信で書いてきたので、細かい矛盾がいっぱい出てしまいました。なので、これから、細かい箇所を修正していきたいと思います。それが終わって、まだ元気があれば、続きを書いてみたいと思います。




