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咲夜と道元

 5月14日 早朝

 西条グランドホテル前



「うそよ……まだ、中には、義兄さんがいるのに、何で、こんなことを!?」

 咲夜は、西条グランドホテルが倒壊していく様を見て、一門の者に詰め寄る。

咲夜が、吸血鬼シルヴィアから解放され、ホテルの下のフロアで待機していた多武峰家の人間に救助されたのが、つい先ほどのことだった。多武峰の魔術師たちは、すぐに咲夜をホテルの外へと連れ出した。そして、予め建物の基礎部分に仕込んでおいた魔術を発動したのだ。まだ、彼女の義兄、多武峰家の『紅蓮の死神』如月飛鳥が戦っているにも関わらず。

 「咲夜様、ご理解ください。これは、ご当主様のご命令です」

 一門の者の答えに、咲夜は驚きを隠せない。

 「……当主様が、なぜ、そんなことを!?」

 父母を幼くして亡くしている咲夜にとって、多武峰家当主道元は、決して親しみやすいとは言えないものの、唯一の血の繋がった血縁者であった。厳格で、何を考えているのか分からないところはあったが、それでも、魔術の名門の長としての威厳を備えた尊敬すべき長老である。

 「私見を申し上げれば、ヴァイサリアス選帝侯シルヴィアは、危険極まりない吸血鬼でした。確実に仕留めるためには、こうするのが最善であったと考えております。それに、私の父は、7年前のあの事件の際に、当時まだ10歳であった如月飛鳥によって命を奪われています。……私は、父の仇が平然と生きて、多武峰家の守護者を気取っていることが許せなかった。だから、私は、ご当主様の判断は正鵠を射たものだと信じております」

 咲夜を取り囲む一門たちは、みな一応に頷く。ここにいるものは、皆、多武峰家の死神部隊の者たちであった。

 「……そんな」

 咲夜はそれ以上、何も言えず、用意された黒いベンツに乗り込んだ。

 「義兄さん……」

 咲夜を乗せた黒いベンツは、がれきの山となったホテルの跡地を静かに離れた。そのがれきの山が、義兄の墓標となっていないことを、咲夜は、一人、車の中で祈り続けた。


 西条グランドホテル倒壊という未曾有の大惨事の影響で、西条市の交通は朝から大混乱に陥った。パニックになり郊外へ向かう住民と、現場に駆けつけようとする警察と消防、そして、事情を知らない通勤者がそこに加わり、道路は車で溢れかえった。咲夜を乗せたベンツもその例外に漏れず、結局、彼女が、約12時間ぶりに多武峰家に帰宅できたのは、お昼前のことだった。

 咲夜の身体は、昨夜からの出来事で疲労困憊し、すぐにでもベッドに倒れ込みたいと叫んでいた。しかし、彼女は、身体に鞭打ち、当主道元の部屋へと急ぐ。

 道元の部屋は、広大な多武峰家の邸宅の最深部にあり、たとえ血縁の者であっても、許可なくして近づくことも許されない。本来であれば、当主の部屋の周辺は厳重に警備されているところだが、この日ばかりは違った。吸血鬼シルヴィアの襲撃と、次期当主咲夜の誘拐、そして、西条グランドホテルでの救出作戦と倒壊後の後始末、たった12時間でこれだけの出来事が立て続けに起こったのだ。一門の者はほとんど全て出払って、当主の近習さえいなくなっていたのだ。

 「当主様、失礼いたします」

 咲夜は、当主の部屋の扉を開けながら言う。無礼は承知だが、今は、どうしても確認したいことがあった。その気持ちが、何にもまして彼女の中での優先事項であった。

 「おお、咲夜か。よくぞ、無事に帰った!」

 非礼の叱責を恐れていた咲夜に向けられたのは、心配事が片付いて純粋に嬉しそうな表情を浮かべている老人のしわくちゃな笑顔であった。

 「ありがとうございます、当主様。私が、シルヴィアに捕まったばかりに、大変迷惑をおかけし、申し訳ございません」

 咲夜は深々と頭を下げる。

 「詫びる必要はない、咲夜よ。お前が無事ならば、それで何も問題はない。さあ、ゆっくり休むとよい」

 あくまで道元が鷹揚であった。

 「はい!……ですが、一つだけ是非、教えていただきたいことがございます。なぜ、あのようなことを、『紅蓮の死神』如月飛鳥を巻き込むような方法を、お命じになられたのですか?何か理由がおありなのですよね?義兄さんなら、建物が倒壊しても生き残る方法があるからですよね?だから、吸血鬼シルヴィアを倒すためにホテルを破壊したのですよね?」

 「『紅蓮の死神』は死んだ。わしは、やつと『忠誠の誓約』で繋がっている。だが、先ほど、わしとやつとを結ぶ『忠誠の誓約』が消え去るのを感じた。つまり、死んだというわけだ」

 まるで今朝の天気の話をするような口調で道元は言う。

 「……え、そ、それは、どういうことですか?」

 「だから言っておろう。飛鳥は死んだ。死んだのだ。いくらあの男でも今回ばかりは生き残れなかったわけだ」

 咲夜は、足元が崩れゆくような気持ちに襲われる。彼女は、あのホテルの崩壊を目の当たりにしても、心のどこかでは、まだ義兄が生きているのではないかという希望を抱いていた。彼女が知る中で、飛鳥は最強の魔術師であり、どんな不可能も乗り越えてみせる存在であったのだ。

 「ならどうして、あんな命令を出したのですか?義兄さんが死んでしまうことが分かっていて、どうしてあんなことを……」

 『仕方がなかった』、『他に方法がなかった』や『これ以上、犠牲を出したくなかった』等々、何でも良かった。せめて、言い訳ぐらい話してもらえると咲夜は期待した。

 「……理由だと、そんなもの決まっておろう。如月飛鳥という駒を切り捨てるのに、今が最大の好機であったからよ」

 そして、咲夜の期待は否定された。

 「駒だとおっしゃるのですか、飛鳥義兄さんが!……そんな、それじゃあまりに義兄さんが報われないじゃないですか!義兄さんは、昨日の朝も、悠斗くんのお父さんを手にかけたことで悩み苦しんで……。義兄さんは、ずっと苦しんで、それでも、多武峰家のために戦っていたのですよ!それなのに、そんな、用済みになったから捨てるみたいな言い方なんて……」

 泣きながら訴える咲夜に対し、道元は笑いながら答える。その目は、出来の悪い生徒に注がれる教師のそれによく似ていた。

 「……7年前、わしは、我が悲願であった『不老不死』に大きく近づく機会を得た。数世紀の寿命と強靭な身体を誇る吸血鬼、その中でも純血種の貴族の小娘を手に入れることができた。その娘の身体を使えば、わしは、より完全な『不老不死』へと近づけたはずだった。だが、あの愚か者のせいで、全てが台無しになってしまった。折角、手に入れた小娘を取り逃がし、挙句、死神部隊が半壊したため、魔術師協会の連中の介入を許すことになって、わしの研究は大幅に停滞した。分かるか、このわしの怒りと憎しみが!わしは、捕らえた飛鳥に、あらん限りの苦痛を与えて殺してやろうと思った。だが、やつはわしに命乞いをしたのだ。『どんなことでもする。だから、殺さないでくれ』と。分かったか。これが真実だ。やつは、自分の命惜しさに、『魔術師殺し』の役を引き受けたのだ。やつは、ただの卑怯者だ。お前には、いかにも自分が悲劇のヒーローであると語っていたのかもしれぬが、これが真実だ」

 「違います!義兄さんは、いつも自分が苦しくても、私や他の周りのみんなのことを考えていました。飛鳥義兄さんは、とても優しい、私の自慢の兄でした……」

涙を拭って、咲夜は、多武峰家の絶対支配者を睨む。咲夜の脳裏に走馬灯のように、義兄との思い出が蘇る。亡き父に連れられてきた彼と初めて出会った日。そのときは、お互い変に意識して目も合わせなかった。彼と父が魔術の修行をしているのを、遠くから眺めていた日々。彼の行使する魔術は、とても力強くてそれでいて繊細で、そう輝いていた。私が魔術の修行で壁にぶつかったとき、ぶっきらぼうにしながらも、彼は、最後まで付き合ってくれた。父が交通事故で死んだと聞かされた後、泣きっぱなしだった私の頭を彼は、ずっとなでていてくれた。本当は、彼だって辛かっただろうに。絶対に私の前では涙を流さなかった。そして、7年前。吸血鬼シルヴィアと楽しそうに笑う彼の横顔が瞼の奥に焼きついて今も離れない。たぶん、あのときの私は、シルヴィアにものすごく嫉妬したのだと思う。まだ8歳だった私の目にも、彼の心がシルヴィアのものになっていたことがはっきり分かってしまったから。運命のあの日、彼は、私の制止を振り切って、シルヴィアを助けに行った。もう戻ってこないと思ったから、彼が、多武峰家に連れ戻されたという話を聞いたときにはすごく嬉しかった。でも、彼は、多武峰家の邸宅から追放され、私も、彼と会うことを禁止された。多武峰家に逆らった罰を受けたのだと、幼い私にもそれぐらいのことは分かった。そして、幼い私は、その命令に背くことはできなかった。私が彼に会うことを許されたのは、つい1年ほど前のことだ。数年ぶりに再会した彼は、私が思っていた以上に大人びており、そして、どこか思いつめたような陰を纏っていた。私は、すぐにその理由である『紅蓮の死神』のことを知った。私は決めた。彼をできる限り近くで支えることを。そして、私も強くなることを……。そして、私は、何もできなかった。

 だから、咲夜は言い続ける。彼の義妹として、せめて、彼の名誉を守るために。

「……ですから、いくら当主様といえでも、義兄さんを悪く言うのは許せません!」


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