7年前の出来事;飛鳥とシルヴィア 前編
シルヴィアが捕らえられている土蔵の周りの警備は流石に厳重であった。正面の扉の前に4人、それ以外の外周部にも、2人ずつの警戒体制を取っていた。全員、死神部隊の黒いマントをして仮面を付けている。もっとも、彼らは、外部からの侵入者はもちろん、内部に閉じ込められているシルヴィアにも備えているようであった。つまり、まだシルヴィアは無事だということで、飛鳥は少し安堵した。
「隊長、一晩中、土蔵の警備なんて、ついてませんね」
「まあ、そうぼやくな。この任務が終わったら、俺が一杯奢ってやるからさ」
「本当ですか、隊長!今の言葉忘れないでくださいよ」
扉付近の木陰に隠れた飛鳥の耳に、彼らの話し声が入ってきた。これで2つのことが分かった。彼らの士気が高くないこと、そして、誰が隊長かということ、だ。
それだけの情報があれば、十分だ。飛鳥はある仕掛けを発動した。
爆発音と共に、多武峰家の屋敷の数箇所で火災が発生する。
「何だ、何が起こっている?」
「火事か?それにしては、爆発音も聞こえたが」
当然のことだが、土蔵を警備している部隊も慌て出す。
飛鳥は、ここに来るまでの間に、多武峰家の屋敷の数箇所に、遠隔起動可能な魔法陣を設置してきた。無論、設置場所は、物置や現在使われていない離れなどにしたが、それでも、同時数箇所での爆発は相応に人目を惹きつけるものだった。
「お前たち、何をしておるか!」
土蔵を警備している部隊の隊長の前に、当主道元が姿を見せた。
「ご当主様、なにゆえ、このような場所に?」
隊長が慌てて尋ねるが、それに対して、道元は怒りを露わにする。
「お前たちこそ、状況が分かっていないのか!邸宅が何者かも攻撃を受けているのじゃ。こんな土蔵の警備など後でいい!今すぐ、全員を集めて、中庭に集合するように、よいな?」
「は、ただちに」
隊長はすぐに土蔵の周りにいた部下を集めると、中庭の方へ走り去っていた。
彼らが全員いなくなった後、道元の姿が燃えて、代わりにそこには飛鳥が立っていた。
「炎属性第5位階魔術『幻影の炎』でうまいこと騙せたか」
高温の炎が人間に幻覚を見せるように、対象者の意識を騙す魔術、それが幻影の炎である。もっとも、この魔術は、魔術というよりは詐術に近いものであった。少しでも疑われてしまえば、たちまち解けてしまう、非常にもろい魔術なのである。だから、飛鳥は、邸宅の数箇所を爆破して、まずは、死神部隊の人間を動揺させた。そして、部隊の隊長、すなわち直に話して誘導する相手を特定して、騙したのだ。部隊の士気が低いことにも助けられた。もし、士気が高く冷静な人間がいれば、違和感に気づいただろう。なぜ、こんな場所に当主自らが出向いているのか、と。
土蔵を警備する多武峰家の人間はいなくなった。飛鳥は、扉の鍵を魔術で焼き切ると、中へと入った。
「シルヴィ、無事か!?」
「……あ、あすか?」
シルヴィアは、土蔵の地面にうつ伏せになって倒れていた。身体中に細かい切り傷や擦り傷があり、相当手荒く扱われたことが見て取れた。そんな風になっても、シルヴィアは、飛鳥の方を見て、ニコリと笑った。
「立てる、シルヴィ?ここから逃げ出そう!」
シルヴィアは、自身の足に巻き付いた鎖を見ながら、悲しげに首を振る。シルヴィアを縛っている鎖は、何らかの魔術によって強化されたものであった。人間を遥かに凌駕する身体能力を持つ吸血鬼にも破壊できないほどに。
「そんな鎖、僕の炎で焼き切ってあげる。『原始の焔』!」
蒼色の業火が、シルヴィアを縛る鎖を溶かしきる。原始の焔は、全てを焼き尽くす、すなわち、鎖に付与された強化魔術すら焼き尽くす炎属性魔術であった。
「さあ、これで自由だ。さあ、逃げるんだ!」
飛鳥の手を取って、シルヴィアは立ち上がる。飛鳥の予想では、まだ多武峰家は突然の火災で混乱しており、邸宅内の警備も手薄になっているはずだった。その隙に、シルヴィアは西条市の外に逃がす、それが飛鳥の計画の全てであった。西条市から出てしまえば、多武峰家は、シルヴィアに手を出せなくなるのだ。
飛鳥とシルヴィアは手を繋いで、暗い土蔵を抜け出す。
「……飛鳥、この愚か者め!!!」
外で待ち構えていたのは、当主多武峰道元と、彼を取り巻くように数十人の黒マントの死神部隊であった。死神部隊は、全員が、雷の魔術の発動を終え、手には、電撃の槍を掴んでいた。
「あすか……」
不安げな顔をするシルヴィアに、飛鳥は安心させるように言う。
「大丈夫、大丈夫だから」
「飛鳥、今すぐ、その吸血鬼の小娘から離れるのじゃ!さもなくば、お前ごと、攻撃する!」
「当主様、シルヴィアを不老不死の実験に使うなんてやめてください。そんなの間違っています。考えなおしていただけませんか?」
その一言は、道元の逆鱗に触れた。
「貴様ごときが、わしに意見するな。お前たち、あの吸血鬼の娘は半殺しにしても構わん。どうせ、実験のときまで生きていればいいのだからな、やれ!」
一斉に死神部隊の電撃の槍が放たれる。しかし、それらは全て巨大な炎の壁によって遮られて霧散する。
「……炎属性第4位階魔術『火炎壁』だと。飛鳥、お前は、わしに逆らうつもりか!」
「当主様、育てていただいた恩は感じています。しかし、僕には、僕の意志があります。僕は、シルヴィを守ると決めました。この意志は、たとえ当主様であっても、否定なんてさせません!」
そして、飛鳥は、自身が使えうる魔術の中で最大の威力を有するものを唱える。それは、彼が、彼女を広い世界へ連れ出すために、習得した、第6位階魔術であった。
「炎属性第6位階魔術、『|天の崩落《ヘブンズ・フォール』!」
文字通り、天が落ちてきたかのような巨大な火球が、多武峰家の邸宅を囲む塀の上に直撃する。激突の衝撃による爆風は、激しい砂煙を巻き起こし、一時的に視界が完全に失われた。砂埃が収まると、死神部隊の半数が爆風で叩きつけられ、もう半数は、ショックで失神していた。無理もなかった。第6位階魔術など、魔術師と言えども、生きているうちに見られる方が珍しい。それほどまでに、使い手が限られ、そして、使われない魔術なのだ。
「おのれ、飛鳥め、ただですむと思うなよ!」
ただ一人無傷であった道元は、一区画消し飛んだ塀と、その向こう側へ走り去っていく飛鳥とシルヴィアの二人の背中に向かって、あらん限りの憎悪を込めた言葉を投げつけた。




