7年前の出来事;side 飛鳥前編
その日から毎日、僕は、シルヴィアのいる土蔵に忍び込んだ。お菓子を食べながら、僕たちは、土蔵の底でいろんなことを話した。僕は、魔術のことや義妹の咲夜のこと、そして、外の世界のことをシルヴィアに語った。彼女は、故郷の城での生活や、昔、母が話してくれたおとぎ話について、僕に教えてくれた。僕は、シルヴィアがとても表情の豊かな女の子であることを知っていった。あるとき、僕がからかうと、頬をふくらませて、しばらく目も合わせてくれなかった。反対に、僕が、彼女のことを褒めると、今度は、頬を少し赤くしてうつむいて、やはりしばらく目を合わせてくれなかった。僕は、シルヴィアのいろんな顔が見たくて、ついつい意地悪をしてしまった。
「あすかのバカ!」
その度に、僕は、涙目で睨んでくるシルヴィアの可愛い顔を見ることができた。
ある日、義妹の咲夜が、僕の跡をつけて、この秘密の土蔵の中に迷い込んだ。
そのときの僕は、妖精の火の灯りで、シルヴィアと一緒に本を読んでいた。妖精の火の灯りはとても小さいので、僕とシルヴィアは、お互いの吐息や心臓の音が聞こえそうなほどの距離で肩を寄せ合って、一冊の本を見ていた。
「咲夜、どうしてここに?」
とっさに僕の口から出たのはそんな言葉だった。
「義兄さん、いつもこの時間になると屋敷からいなくなります。気になったので、つけてきました」
さらりと恐ろしいことを言う。まだ8歳ながらも、幼くして父を亡くしたためか、咲夜は妙なところでませていた。
「義兄さん、その女は誰ですか?とても仲良さそうですが」
詰問されているようだった。僕は、必死にこの状況を打開する言い訳を考えた。もし、多武峰家の大人たちに、この土蔵に通っていることを告げ口されたら、二度とシルヴィアに会えなくなるだろう。それだけは、何があっても嫌だった。
「ええっと、咲夜、この子は……」
「あなたこそ、誰よ?私のあすかに気安く話しかけないで」
シルヴィアは、咲夜に見せつけるように、僕の右手を握った。それを見て、昨夜も、なぜか対抗するように、僕の左手を握り締める。
「私は、義兄さんの妹の、多武峰咲夜です!」
「私は、シルヴィアよ。あすかの、と、ともだち、よ!」
僕を挟んで、二人の少女は、にらみ合ってお互いに威嚇を始める。
「シルヴィも咲夜も、二人とも落ち着いて……」
「あすかは黙っていて」
「そうよ、義兄さんには関係ない話です」
そこだけは二人の息が完全に合っていた。
「私は義兄さんの妹です。義兄さんとはずっと一緒に暮らしています。あなたに義兄さんは渡しません」
咲夜は、僕が最近構ってもらえなかったことが不満なようだった。
「むう、咲夜はずるい。私だって、あすかに本を読んでもらったり、一緒におしゃべりしたりしている!」
ますます二人は、僕を挟んで火花を散らす。
「あなたは知らないと思うけど、義兄さんは、昔、暗いのが怖くて、夜、一人でトイレに行けなかったのですよ!あなたは知らないと思いますけど」
「私だって、咲夜ちゃんの知らないあすかのこといっぱい知っている!この間も、土蔵の奥で羽虫が飛んでいたとき、あすかは、ものすごく慌てて、炎の魔術で焼き尽くそうとしたの!」
そのあと、二人は延々と、自分しか知らない僕のこと(ほとんどすべて僕の恥ずかしい過去の話だ)を言い合っていた。酷い羞恥プレイだったと思う。
結局、咲夜は不承不承ながらシルヴィアのことを認めたみたいだった。シルヴィアはシルヴィアで、咲夜のことを、妹のようなものだと受け入れたようだった。
「義兄さんのやっていることは、よくないことだと思います。私も、今日、同じことをしました。私は怒られたくありませんから……」
その日の夜、咲夜は僕にこう告げた。そして、続けた。
「お父様が亡くなってから、ずっと義兄さんはなんだか変だった。いつも上の空で退屈そうだった。でも、最近の義兄さんは少し違う。前みたいに、魔術の勉強にも一生懸命になっているし、とても明るくなった。……その原因が、あのシルヴィアなのが、気に入りませんが」
最後の一言を言うときだけ、咲夜の目は笑っていなかった。
咲夜のいうように、僕は、魔術の勉強に本気になって挑んでいた。すでに習得した魔術を極めるだけではなく、新たな領域第6位階魔術にまで手を出そうとしていた。僕は、貪欲に、新たな魔術の知識と力を求めていた。その様子を、咲夜を含む多武峰家の人間は、とても喜んでいた。ゆくゆくは、多武峰家の中核を担う最強の魔術師になってくれると。
僕が再び魔術に対してやる気を出したのは、当然シルヴィアのためだった。僕は、彼女と約束をしていた。「彼女を外の世界に連れ出す」と。「広い世界を見せてあげる」と。
魔術の勉強に没頭しても、僕は、毎日、シルヴィアのところに通った。彼女に会うこと、そして、話すこと、それが僕の生きる理由、その全てになっていた。僕は、もうどうしようもないほどに、彼女に惹かれ、離れられなくなっていた。
「最近は、太陽が沈むのが早くなったんだ。すっかり秋になって、モミジの葉っぱが赤く紅葉してね。それにこの間見た夕焼けがとても綺麗だったんだ。燃えるように赤くてまるで、そうシルヴィの瞳の色のように……すごく綺麗」
秋のある日、僕は、いつものように彼女に外のことを話した。
「……私も見てみたいなあ」
そのとき、シルヴィアは笑いながら涙を流していた。彼女の涙が何を意味するか僕にははっきりとは分からなかった。でも、その瞬間、僕は、シルヴィアを悲しませたという激しい後悔と自己嫌悪に苛まれた。
「ごめん、シルヴィにそんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだ」
僕の眼からも涙が溢れていた。すでに季節は、彼女と出会った夏に代わって、秋になっていた。僕は、まだ、彼女との約束を果たせないでいた。彼女に外の世界を見せられないでいた。10歳の子どもの僕には、彼女の足首に巻き付いた鎖を解き放つ、知識も力も足りない。そのときはそう思っていた。
シルヴィアは、泣いている僕の涙を拭き取ると、いつも笑顔を僕にくれた。
そんな僕の弱さを受け入れてくれる彼女の優しさに救われて、その年の秋は過ぎていった。




