7年前の出来事;side シルヴィア後編
「いやあああああああああ」
飛鳥がいなくなった途端、私は、自分のいる場所の闇の深さに耐えられなくなった。声を出しても彼は答えてくれない。いくら眼を見開いても、瞳には、彼の姿が映らない。あるのは、静寂さと暗い闇、そして、足首に巻かれた鎖。彼が来るまではなんともなかったことが、どうしようもなく耐えられないものに感じられてきた。私は、「喪失」という言葉の意味を再び思い知った。陽が沈んで闇が増すように、飛鳥という希望を知った私の絶望と孤独は、彼を知る前とは比べ物にならないほどに深く重く耐え難いものとなった。
「あすか、あすか、あすか……」
その名前を呟くことが、私が恐怖に抗う唯一の方法であった。その名前を口にする度に、私に這い寄る闇が離れていくような気がした。時間の感覚さえ無くしてしまう闇の中で、私は、彼が約束してくれた「明日」を待ち続けることにした。死んだように生きていた私に、生きる意味を、目的を与えてくれた。私は生きて、また彼に会いたい。
「あすか、あすか、あすか、あすか、あすか、あすか……」
もう何回、彼の名前を口にしたか思い出せない。喉はカラカラで、舌も震えている。でも、私は、やめなかった。もし、やめたら、二度と彼に会えない気がした。そして、やめなければ、彼にまた会える、そんな気がしていた。
「うん、僕だよ、シルヴィア。また、会いに来たよ!」
彼は、約束を守ってくれた。彼は、また会いに来てくれた。
「あ、あああん、あすかのバカ!」
私は、また彼の胸の中で涙を流した。たまらなく嬉しかった。でも、彼がいつもの澄まし顔で立っているのが少し気に入らなかった。これじゃ、丸一日苦しんだ私がバカみたいじゃないと思えてきて、なんだか悔しかった。
「いきなりバカってひどいよ。せっかくお菓子を持ってきたのに……。シルヴィアにも分けてあげようと思って、咲夜の分を取ってきたのに」
飛鳥はそう言って、シュークリームが二つ載ったお皿を取り出した。シュークリーム、いや、お菓子自体目にするのは数年ぶりだった。
「食べていいの?」
「もちろん!」
私は、ひったくるようにして、シュークリームを手に掴んだ。そして、ほとんど飲み込むようにして、食べてしまった。久しぶりに食べたシュークリームは、信じられないぐらいに美味しくて、ほっぺたが落ちてしまいそうだった。
「ええっと、僕の分も食べる?」
飛鳥は少し戸惑ったような声で言う。
私は、返事をする時間も惜しかった。首を縦に振って頷くと、彼の分のシュークリームも口にした。二つ目は、彼の分のシュークリームは、さっきよりはゆっくりと味わって食べることができた。
「ねえ、シルヴィア、シュークリームは美味しかった?」
彼は私に聞いてくる。
「……シルヴィでいい。私の呼び方。シルヴィって呼んで!」
父と母が私を呼ぶときに口にしていた愛称。シルヴィアではなく、シルヴィ。私は、この男の子に、そう呼ばれたいと願っていた。
「うん、分かったよ、シルヴィ!それで……」
「シュークリームなら、とっても美味しかったわよ!」
飛鳥は、それを聞いて嬉しそうに笑う。
ここまでが、飛鳥と私の出会いの物語。暗闇の底で王子様に見つけてもらえた化物のお姫様の物語。




