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読みにくくってスミマセン( ̄▽ ̄;)生暖かい目で読んでやって下さい……
何が起こったか解らないままエイコは盛大に固まった。
そっと持ち上げられた顔も、その角度を維持したまま微動だにしない。
マキは逡巡した。
…もう少し攻めても大丈夫だったろうか?
流石に初めからアレコレすると、卒倒するか問答無用で脱走しそうだったから軽くで我慢したのに。
本音を言えばもう少し親密なものがしたかった。
これからしようとしている事は、けして状況のせいだけではなくマキの意志でもあるのだと分かって欲しかったから。
(うーん…いいよね?)
エイコの様子を窺うようにして少し離した身体を、再び傾げる。
「ちっ、ちょ、ちょぉっと、待って、マキ、ふっ、『事故でしたスミマセン』て謝るなら受け付けてあげるわよっふっふっふっ」
くちびるを引き寄せてマキが自分の理性に目を背けようとした時、ようやく思考回路が復旧してきたエイコはマキを押しやり不気味に笑った。
強気な発言とは逆に内心焦りまくっているのがバレバレだ。が、エイコに取り繕う余裕は無かった。
大体三つも年下のくせして、目上に対する敬意が感じられない。
身長だって去年の入学式には並んでしまい、今ではこぶし一つ分マキの方が高い。見下ろされるとそれだけで、妙な敗北感を覚えるものだ。
ショックで固まった反動で急に回転し始めたエイコの頭は、現実逃避の方向へと向かっていった。
それを引き戻すように、マキはエイコの求めたものと意味が異なる謝罪をした。
「あぁ…えっと、エイコごめんね?痛かったら言って」
「何で?!イヤ違うってそゆ意味じゃなくて!!痛いって何ソレどゆことっ」
「ええ?どうゆう事ってそんな恥ずかしい事ここじゃ言えないからとりあえず俺の部屋行こっか」
「拒否シマス。本当に。真剣に。迷いなく。っもういい加減手ぇ離してぇっ!からかうのはもぅヤメてッ!!!!」
「だから嫌だって。何でそんなに頑ななの……ああ…あのねぇエイコ。気にしてないから。俺もサキも。だからエイコも気にする事無いの。ね?」
「…っ……!」
絡め取られた右手をほどこうとしていたエイコが、その一言にビクッと反応した。
指先と、自分が立っているはずの床がスゥッと無くなっていく感覚に陥る。
――上手く、呼吸が出来ない。空気が鎖骨の下あたりで支えて肺にまで入らずに苦しい。
喘ぐような息遣いで顔を背けたエイコの頬にマキは優しく触れた。
「あれはエイコが悪いんじゃないよ。――元々はウチの、っていうか、夫婦ゲンカが原因だし。父さんも母さんもお互いに話し合いが足らなかった上即行動派だったしね…あれでちょっとは頭冷やした方が良かったんだよ。だからエイコが俺やサキに負い目を感じる必要も無し。あ、好きにさせてくれるなら負い目推奨するケド?」
さらっと悪代官のような事を言う。
「…ってそんな…簡単な問題じゃないでしょ……そのせいで、叔母さんたちは……」
ああ、もう嫌だ。逃げたい。
いつかは向き合わなければならない事だったけれど、エイコにはまだその決心がついて無かった。
――まだ、出来ない……。
振り返って向き合って、自分のしでかした事が、やはり許されるはずも無いのだと思い知るのが怖くて。
なのにこうやって近づいて来ては、まるで好意を持っているかのような態度を取る。
それが特に最近エスカレートしてきた。うっかり流してしまったが、さっきのアレは部屋で悶々とするに値する一大事だ。
大体そもそもマキが奇行に走るようになったのは、今年からエイコが下社の神子役に就くことに決まってからだ。
特に表立った神事などには参加しなくてもいいからと、祖母千鶴子が持ち掛けてきた話だった。
今現在下社の主人はエイコの母だが、仕事の都合で父と共に(一人娘を放置し)この町を離れていた為、雑務が滞っていたらしい。
千鶴子に提示されたお手当にも文句は無かったのでエイコはあっさり了承した。
これで稼いで休みに遊びまくってやる―…と。
ところがこの話を知ったマキは、触れるとケガするぜ的なオーラを纏い、眉間にしわまで寄せて帰宅したエイコを待ち構えていた。エイコの部屋で。
確か朝、学校に行く時にしっかりと玄関のカギは掛けたはずなのだが……何で一体どうやって。
解せない状況と、普段と様子の違う従兄弟を前に立ち尽くすエイコを部屋へ引き込みながらマキは言った。
『…脱いで。今すぐ。抱くから』
『………はぃっ?』
そう告げると部屋のカギを閉め、自分のネクタイを緩めてシャツのボタンを外し始める。
『何?!お年頃?!』とか言って笑い飛ばそうとしたが、すぐに強い力で引き寄せられ、東側の窓の下に配置してあるベッドに押し倒された。
呆然としている内に、首すじや鎖骨のラインに熱を感じて妙な感覚が体を走る。
ちょっと待ってと離れようとするが、マキはそれを許さず手まで繋いで、気付けばそれは立派な拘束になっていて。
まだ『あぁマズイ貞操の危機カモ(汗)私これでも夢見るオトメなんですけど(泣)』と思う位の余裕があった為、待て待て待ってタイムストップちょっとブレイクタイム!!!等と叫びまくりつつ雰囲気を打ち壊し、結果何とか婚前交渉は避けられた。
息継ぎが命取りになりそうで、それはもう自分でも驚愕する程の肺活量をもって。
うん、聞こえない。舌打ちなんて。
が、落ち着こうとした深呼吸も吸っただけ、せめて息吐かせてほしいと思う位の間の後。
不純異性交遊(古風)の対価にマキが求めてきたのは、千鶴子にマキと付き合っていると報告することだった。
『イイ?ちゃんと言って。付き合って一線も越えてますって。出来なきゃ既成事実作るから。』
『だ、から何でいきなりそうなるの?!むむむ無理無理!こゆことはまだ早いしシチュエイション自宅自室って何か恥ずかしいし!!…イャそうゆう問題じゃなくって……マキとそんな事になるなんて想像出来ないし………ぁぁだって私たちいつまでも良いオトモダチでいましょうねって狛犬の前で誓ったじゃん!!あれは嘘だったのダニエル?!』
『妙な小芝居してもだめ。ダニエルって誰ソレ。それに大半は自宅自室だから。大体何で俺じゃダメな訳?確かに性急だとは思うけどエイコの事好きだし、俺は一線越えるの早過ぎるとは思ってないから。むしろもっと早くてもよかったんだけど』
『早くてもイィって…。え…。……イャイヤ初体験ってのは海辺のペンションを予約したけど手違いで一室しか用意されてなくって、でも相手の意外な一面と脆さと昔話にグラッときてそのままロマンチックな一夜を過ごすのが相場なんじゃ?!』
サラっと若者の情事の事情と、自分の希望をあっさり暴露したマキは、目の前のエイコをなかば呆れるように見た。
……一体何のドラマを見た。いやそれよりも。
『…枝梨さんから本当に何も聞いてないの?』
『お母さん?って、そんなの聞ける訳ないでしょっ!!お父さんとどこで結ばれたんですか〜?!なんて無理無理…』
『確かに気になるけどそっちじゃなくて。神社の事。何も言って無かった?』
何の事かと不思議そうに頷くエイコに、マキはちょっと久しぶりに参った。
エイコに家の事情を全く伝えていなかった伯母に対して、生まれて初めて恨みのような感情を抱く。
一方エイコは溜息を吐かれ睨まれつつも、マキのこの行動の意味を推理した。
『好きなコに告白するつもり?!』とか『はっ、まさか週末お泊りデェトの予定が?!』とか、その為に従姉妹に手を出すなんて最低としか思えない理由を挙げ、さらにマキを怒らせた。
とにかく黙らせ、その後に告げた内容は、混乱していたエイコにもすぐに飲み込めるものだった。
『神田の水を汲みに行かなきゃならない。条件は未婚の女性――つまりオトメ。意味わかる?因みに滞ってる雑務ってのはその水汲みと…モロモロ。』
何故かモロモロ。の所で凶悪な眼差しになるマキの説明も、頭に刻み込む余裕もなく通り過ぎて行った。
(―――水、を…?)
茫然としつつも、あの後どうにかユキちゃんの家に緊急避難し、綿密な明るい未来計画を建設して、エイコはある結論に至った。
―そうだ、彼氏をつくればイイんだ…!そしたら水を取りに行かなくても良いし、マキに色々言われなくて済む。ふっ、見てなさい…イケメン君捕まえてぎゃふんと言わせてやる…。
相当イロイロショックが大きかったらしい。エイコはマキの言った彼氏を作る意味などスッ飛ばし、見当違いの決意をした。ついでに一方的にケンカを売る。
そして翌日から校内あらゆる方面(狭い)にアンテナを張って獲物を捕獲する準備をし始めた。もちろんユキちゃんにも協力を要請した。初めは『マキくんいるじゃん』とかよまい言を抜かし、エイコの決意をテキトーに流していたが、ただならぬ熱意(?)に、まぁ最近は協力的だ。何故か妨害は入るが、計画はそこそこ順調に進んで…イヤ計画進行中だった。
なのに。
いつも通り(泣)お付き合いを丁重にご遠慮され、フラフラと帰って引き篭っていたところをサキに引きずりだされてしまったのだ。おまけについに来ちゃった水を汲んでこい命令(泣)。そしてこの現状(号泣)。
まだ整理がついてない頭の中で、ここ数週間の内に起こった出来事が走馬灯の様にかけていく。
大人しくなったエイコを見て、マキは再びエイコに優しく触れた。
「分かったら大人しく俺の言う事聞いて。思ったより千鶴子が早く動いたからね………全く学校が違うからって俺が居ないのをいいことに馬鹿な事してるからこうなるんだよ」
「バカって何さ〜…彼氏作りゃ大丈夫って言ったのマキでしょぉがぁ…」
「…言ってない。処女じゃなかったら大丈夫かもって言ったの」
「しょっ…!嫌ぁあ!も、帰るぅうっ!!」
「ここまできて逃がすつもりはないから」
そう言ってエイコの手を引き、マキの部屋へ行こうとする。聞き方によっては甘い誘い文句なハズなのに、エイコにはそうは聞こえない。まだ抵抗しようとするエイコにマキは諭すように言った。
「あのね。俺もこんな状況じゃなかったらここまでしないよ…。…多分。自信はないけど。でも明日神田まで行かなきゃならなくなったし、もう本当に時間がない。このままだとエイコが……」
言いかけ、襖の向こうに人の気配を感じて止めた。