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「まったく、エイコはどこまで俺を怒らせる訳?…せっかく多少優しくしてあげようと思ったケドやっぱ無理だったね。さぁてと?」
笑っていない笑顔のまま、マキは片手にまとめたエイコの両手をゆっくりと持ち上げた。
そのまま壁材の竹に押し付けられ、ひんやりとした感触がエイコの手首から全身に広がっていく――。
「ぇ?マ、キ――?」
何の冗談かと名前を呼ぶが、マキの表情は変わらない。体勢も。
(えええええええっと。あれ〜まずい、何かぞわぞわする気がしたり?!)
寒さとも悪寒ともつかない感覚。
…たぶん後者の割合の方が確実に多い気がするが(泣)、それでも生存本能が働いて、しなきゃ良いのにマキの様子を確認する。
イヤ、何で機嫌悪いのかとか、どれ暗いの怒りレベルなのかな〜とかその程度の動機が二割。
そしてあと八割。
円グラフまるっと八割どこも欠ける事無く全力で私の目はマキに訴えかけた。例えば客観的に見ればガンつけるとかメンチを(両手が固定されている為)半分切るとかに見えなくもないアイコンタクトの技術を駆使して。
だって!!
マキを怒らせるって何が?!優しくってこの状態のどこをどう切り取って言う言葉?!!鳴かせるとかってアレでしょアレなんでしょそうなんでしょ(混乱中)!!?
イヤイヤだから!!!
「なんでこんなこ――ぅぐ!?」
近距離で抗議しかけたエイコの顎をマキは右手ですくった。
「――ふぅん。まだ言う?いいよ理由なんか。俺を怒らせた、それだけ。」
「ってアンタどれだけ自分至上主義?!アレ?!俺サマ?!いつからそんな――ってそんな気はしないでも無かったようなだけど人様にはそんな態度微塵も見せて無いでしょうしかも被った猫脱いじゃったら絶対ディズちゃんに愛想つかされちゃうんだか――痛ッ!!痛いイタイ顎イタイ―――!!!!!」
「ねえ?この比じゃない程ツライだろうけど頑張ってね?手加減しないから」
どうやら禁句は『ディズレイ』で――しかも顎が本気で痛い(泣)。
婚約なんて言い出したのは千鶴子なのに、何だか自分のほうが群を抜いて怒り対象な確信がある――ってあれか。こうなる前に千鶴子に予防線を張らなかったから?!やっぱり私の所為になるんですか!?
「だからアンタの婚約の事なんて知らなかったの!!だってアンタ初めは私のバイトがどうとかしか言って無かったでしょ?!」
「まあ流石千鶴子というかサキの役立たずというかね。――でもま、当初の目的に変更は無いよ。あとはお仕置き?」
「はぁッ?!お仕置きって何で上から目線ーッ?!不要!断固拒否の方向で!!」
「拒否拒否」
「はッ?!ちょ、ま」
「待てない」
「『ま』しか言ってないでしょ!!?待って待って待って!!!!!」
「言えてよかったね。待たない」
そう言ってマキは片手をエイコのTシャツの裾に手を差し込む。
乙女な可愛さはないが、いつも服を買うジーンズショップでラインストーンがキラキラしていて思わず買ってしまった。
何人目かも忘れた相手に交際してください宣言をする時に着ようと想像しつつ。
でもやっぱりあっさり思いは砕け散り塵となり(泣)、その後シワになろうがどうなろうが気にする余裕もない位な事態に遭遇・帰宅し、そのままスリープ。
(ああやっぱりシワになっちゃった――ってちがう!!!!シワは大丈夫だから洗えば済むからTシャツだから綿だから!!)
「でもコレはリセット出来ないから!!!!ダメだから婚前交渉無理だから乙女な夢あるから初めっからお仕置きとか八つ当たり気味な人は荷が重すぎるから!!」
「お仕置きは譲れないけど、全部責任取るよ。夢は残念だったね――海辺のペンションだっけ?また今度ね」
責任てどうやって!!?
今度って!!違うんだってあれはお互いに惹かれあってそうなるんだって!!ヒロインがヒーローを慰めるんだって!!あんたは襲ってるじゃん!!!!私慰めてな――…
「ッひゃ!!や、ちょどこ触ってッ?!」
「ココ。――ほら?」
「っ…んッ!!!オイィィィ!!!?」
思わず瞑ってしまった目を開けて、エイコは更に後悔した――俯いていた視界に広がるありえない光景。
シャツが捲り上げられ、その下にわずかに見えるピンクの下着――の下に確認した、確認してしまったやけに白く見える自分の肌。
「ホラ、ね?」
「ッ!!!」
(何がホラ!?何がね!?ナニこの光景!!!!何この展開何この馬鹿力何この中学生ィイイッ!!!!!!しかも何――)
「なッ!!!?マキまってマキ待って待ってまって…ん、やッ!!」
チラとエイコと目を合わせ、マキはエイコの鳩尾にくちびるで触れた。
掠めるような、キス―――と、思っていたら。
「ちょぉッ…ッ?!!」
マキの動きが一瞬止まる。肌の上からでも心臓の動きが確認できそうなくらい跳ねているのがわかる。全身が脈動しているような感覚に、立っているのも辛い位。
(ホント何しでかしてんですかこのチューボー!!!?ぁぁもう程なく倒れるから脅しじゃないから!!!てかだから何してんのーーーーッ!!!!)
ちゅ、とくちびるを心臓の少し上から離したマキは、甘く笑みながら口にしてないハズのエイコの質問に答えるように囁いた。
「――しるし。付けたから。誰にもあげない――エイコは俺のモノ。わかった?」
耳元で熱い吐息とともに言葉が注がれる。
(世界人権宣言ヘルプミィィィィィィィィイ!!!!!!!!!)
マキの勝手な言い分に反抗するべく、エイコは口を開こうとした。けれど。
見つめてくるマキを見上げて、失敗した。
よみがえる、大人びたマキ。
―ズキッ
ドクドクと跳ねる鼓動と張り合うように存在を主張し始める―――首の疼き。
思わず顔を逸らしたエイコの耳元からそこへ、誘われるように、次第にマキの熱が降りてくる。
「っ!!マ、キ…!!」
疼きからかまとわりつく熱からか、エイコは絞り出すように呼んだ。
人生で何度呼んだか覚えて無い位言い慣れた、生意気で強引で訳の分からないムカつくケド綺麗な従兄弟の名前。
『消えちゃうけどね』
時間が経つほどに、あの言葉がエイコの不安を煽っていく。
思い出したばかりなのに、もう時間の猶予が無いように思えて、――怖い。
(第一、本当かどうかも、ていうかあの人自体夢かもしれない……って、ソレをマキに聞くんだった……)
信じられない――マキが消えるかもしれないなんて。
信じるつもりもない――けれど夢と記憶の境がどこまでなのか、自分ではもう解らない。
そしてこのまま、分からないままでいることは、出来ない。
「マキ!あの――」
「エイコ、これ――」
あぐりの事を聞こうとエイコが口を開きかけた時、首筋に達したマキのくちびるが止まった。
まだ確認できていない、首の痛みの原因。
ひんやりとしたマキの指が、そこに触れてくる。
マキの様子がおかしい気がするが(イヤこの状態招いてる時点でオカシイんだけど)、たぶんチャンス。
傷に触れるようにそっと撫でる感覚に声をあげそうになりながらも、エイコは“彼”の名を口にした。
「ッ……マ、キ――あぐりって、知ってる?」
「っ!…どこで、それ――」
たった一言で、いつも余裕たっぷりなマキが動揺する。
同時に形の掴めなかった不安が、黒く暗く本物になっていく気がする。
(知って……――じゃあ、あれも――本当に?)
消える?
マキが?
何で?
「そんなの……嫌、だ……」
質問責めるだろうと予測された自分の行動は、くちびるから零れだした言葉によって裏切られた。
振りほどこうと力を込め続けていた頭上の手からも、力が抜けていく。
目前のマキの顔が揺れて、視界が溢れていった。
只今11話upに向けて修正しまくってます(>_<)
ご迷惑おかけいたしておりますが、もう少々お時間ください<(_ _)>!!
遅くなりましたがご評価いただいた奥村さま!!
ありがとうございました(/_;)!!
ご感想、拝読いたしました……!!がんばります!!いろいろ!!(←アバウト)
本当に嬉しかったです……!!
どうぞ以後も、よろしくお付き合いくださいませ☆☆