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第八話 契約の準備

「まずはライラ、これを」


 話す場所をライラの部屋へ変え、ライラとセツカが椅子に座って落ち着いたところで俺は机の上に降り立ち、ずっと掴んでいた氷竜の鱗のライラへと渡す。


「これは、鱗?」

「あぁそうだ。昨日ドラゴンに襲われたと言ったろ? そのドラゴン、氷竜の腹に一撃いれたときに剥げた物だ。一枚しかないが……何かの役に立つんじゃないかと思って持ってきた」

「これが、氷竜の腹鱗……」


 ライラは真剣に鱗を眺めていたが、やがてハッとした様子で俺に向き直り。


「クロ、この氷竜の腹鱗がどういう意味を持つかのか、知っていて私に渡したのか?」


 そう、鋭い眼光を向けながら言ってきた。

 ライラが全身から放つ凄まじい威圧を受けて、俺はとんでもないことをしてしまったのだろうかと今更ながらに後悔していた。この威圧の度合いからみて決闘の意思表示とか、そんな辺りの物騒な話に違いない。

 だが例えヤバい話だとしても俺に取れる方法は一つ、大人しく全てを吐き、誤解であると必死に説明することだけだ。


「いや、その鱗を渡す行為にどんな意味合いがあるのかは全く、これっぽっちも知らない。……もしかして決闘の意思表示だったりするのか?」

「━━そうだったな。クロは世間知らずだった。いや、決闘は全く……ではないが、直接の関係はない。意味合いの度合いとしては同じくらいなのだろうが……はぁ」


 な、なぜ俺はため息をつかれたのだろう。

 しかし命の掛かる決闘と同程度の意味合いとは……なんだろうか。全く想像がつかない。


「あの、ライラさん」

「ライラで構わない」

「じゃあ、ライラ。よかったその氷竜の腹鱗を渡すことにどんな意味があるのか教えてくれる?」

「いいぞ。……そうだな、端的に言ってしまえば、この氷竜の腹鱗を渡すという行為はプロポーズと同じ意味を持っている」


 今なんて言った。プロポーズって言ったか? プロポーズ、つまりは求婚。ロマンチックな状況で男が指輪を女性に見せながらするアレ。リア充になる為には必須のイベントであり、悟りを開いた俺には全く関係ないはずのイベント。

 ……え、マジ? そんな意味があったの? いや確かにライラは美人だし、性格も悪いって訳じゃないけどそんな突然に……いや違うそうじゃない早く勘違いだと言わないと黒歴史じゃすまないからでもどうやって伝えればばば━━


「えっ!? そうなの!? それじゃあ……ク、クロお兄ちゃんはライラさんにプ、プロポーズを……?」

「いや、違うだろう。そんな気は全くないと思うぞ。……そうだな? クロ」

「あ、あぁ、そうだな」

「ほら、この通りだ。むしろ大将首を取ったから確認してくれ、ぐらいの意味合いなのではないか?」

「ま、まぁ、似たような物かな。うん」

「……はぁ。氷竜に一撃いれてみせたことは悪くはないのだが、氷竜の腹鱗を渡されて、変に緊張してしまった私が馬鹿らしくなってくるな」


 誤解は解けたけど……なんか、スミマセン。


「……伝承に乗っ取った、氷竜の腹鱗を使ったプロポーズなんて今時は皇族でもそうそうないのに。全く、私は何を緊張したのだろうな。これが未熟、ということか」

「プロポーズは勘違い? でもライラさん美人だし、クロお兄ちゃん変な顔してるし、プロポーズがどうのって話してたし……」


 ライラさんマジでスミマセン。あとそれは未熟とかじゃないと思います。

 それとセツカは何を言ってるんだ。確かにその話はしたしけどさ。あと変な顔ってなんだ。案外脈がありそうとか想像して鼻の下でも伸びてるとかそういう話か。

 もういいや、こうなったら悩んでいることも今更だ。このまま黒歴史を量産しちまおう。


「あー、その、ライラ?」

「なんだ?」

「実は、だな……ライラと正式に契約を結ぼうと思うのだが「本当かっ!」え、あ、あぁ本当だ」

「そうか。やっと、やっと私と正式に契約してくれる精霊が……ありがとう。ありがとう、クロ」

「ど、どういたしまして?」


 なぞか感極まっている様子のライラを見て俺はセツカと二人、少し呆然としてしまった。正式な契約というのは思っていたよりも重要なもののようである。

 そして、もしかしてとんでもない地雷を抱えているのでは、とも思ってしまったことは……今更であるし黙っていたほうがいいだろう。


「では、そうだな。正式な契約か。どうしようか?」

「どうしようと言われても、な」


 俺に聞かれても困る。身体こそ精霊ではあるが、その辺のファンタジーな知識はさっぱりなのだ。

 どうやら暇であるらしいバカ炎に聞けば答えてはくれるだろうが、あの半分も聞き取れない声で答えられても理解できないだろう。


 俺がどうしたものかと思案していると、嬉しそうに微笑んでいるライラにセツカが声をかける。


「ライラ、一旦落ち着いて。クロお兄ちゃんは契約方法は知らないんだから、きちんと説明しないと」

「む? うん、そういえばそうだったな。契約の説明か……どこからした方がいいかな?」

「できれば一からがいいな。わたしも知らないから」

「一からか。説明は得意ではないのだが、むぅ……」


 ナイスフォローだセツカ。またバカ炎を召喚しないといけないかと思っていたんだ。

 これはたぶん、早速頑張ってるんだろうな。あとで誉めてあげないと。


「契約の始まりはお互いの欠点を補う為のものだったと聞く。精霊は不安定さを、契約者、つまり人間は力のなさを、それぞれ補う為の平等な約束。それが契約だ」

「確かに精霊は常に魔力を消費し続けているから、精霊単体では満足に力を行使できない。それを人間の魔力で補うことで十全の力を振るうことができるようになる。なるほど、合理的だね」


 そういえばライラと始めてあったときも言われたな。魔力の流れがどうだとか、このままだと消滅するだとか。そういうことだったのか。なるほど、納得だ。


「言ってみれば軍事同盟のようなところがあった契約だったが、時を経ることにより様々なありかたが生まれた。今クロと結んでいる仮契約もそうだ。これはとりあえず契約を結んでおきたいときに使われる契約方式で、正式な契約の半分の効力を得ることができる」

「半分、か。でもその半分の効力で俺が常に消費している魔力はライラから確り補給されているんだよな」

「そうだな。身体の維持と軽く魔法を放つくらいの魔力ならば仮契約でも問題なく魔力回路を通じて精霊へ送ることができる。もちほん精霊の格と契約者の格が同格、もしくは契約者が上回っている場合のみだがな」


 ふむふむ、俺の場合は……たぶん同格だろうな。俺がライラを格で上回っているのは絶対にあり得ないだろう。ライラは仮にも上級精霊である俺の魔力の消費量をカバーできてるし、雰囲気的にもライラが上だ。


「そして仮契約と正式な契約の差違。これで最も大きいのは契約できる人数だろう」

「人数? もしかしてあれか、仮契約はたくさんの精霊としてもいいけど正式な契約は一人だけとか?」

「察しがいいな。その通りだ。その特性を利用して無数の精霊と仮契約をすることで高い戦闘能力を持つ者もいる。まぁ、どうしても自分より格の低い精霊に限定されるし、土壇場での爆発力もないから、私とクロの様な強者と戦うと手も足もでないのだかな」


 ライラが強者なのは教会の裏手で見た物もあるし間違いないが、俺が強者かと言われると結界樹に撃ち落とされた事実もあるし微妙だ。

 もちろん、強いと言われて悪い気はしないが。


「ねぇライラ、精霊は複数の人間と仮契約はできないのかな? 今の話、そういう風に聞こえたんだけど……」

「できなくはない。だが複数人から魔力を受け取ると精霊は簡単に変質してしまうらしくてな。仮契約も正式な契約も一人の人間に限定するのが普通だ」

「じゃあ仮契約を結ぶのは正式な契約を前提としたお話になるんだね」

「いや、そうでもない。仮契約も正式な契約も、全ての契約は精霊からならば簡単に切れるんだ。人間は手順を踏まないといけないから、これは精霊のほうが有利な点だな。とはいっても余程のことがない限りはそんなことは起きない。精霊の寿命は何百年、何千年とあるからな。気長に待ってくれることがほとんどだ」


 え、それって不老と同義じゃないのか? そういえば片翼がもげても生えてきたし、俺って不老不死にかなり近いんじゃ……うん。考えるのはやめておこう。正気度(SAN値)が減りそうだ。


「……うん。契約についてはこんなところだな。これでいいか? セツカ」

「うん、勉強になったよ」

「では早速、正式な契約を始めようか」

「いや、やり方を聞いていないんだが」

「やり方、か。方法はいくつかあるが……」


 そう言うとライラは深く考え込む様子を見せ、黙りこんでしまう。

 暫く待っているとブツブツと何かを呟きだしたのだが、それが決闘だの闘争だのなにやら物騒な物なので止めようか迷いだしたとき。ライラが真っ直ぐに俺を見つめ。


「では、一緒に温泉にでも入るか」


 満面の笑みでそう、言ってのけた。


「……いやいや、待ってくれ。温泉は分かるぞ? 何をするにせよ清潔なほうがいいだろうし、なにより入りたい。だが一緒というのは、その、なんだ。どうなんだ?」

「ん? なんだ、嫌なのか? ……あぁいや、そうだな。今の言い方は誤解を招く言い方だった。すまない」


 あぁいや、分かってくれればいいんだよ分かってくれれば。

 ライラは若いし、スタイルもいい。これで男性への危機管理が薄いとか危ないしな。流石にそんなことはなかったが。


「一緒、の中にはセツカも含まれている。除け者にはしないさ」


 そんなことあった件について。


「いやそう「いいの!?」じゃ、なく、て……」


 セツカもか……二人とも女性としての慎みはどこにいったんだよ。君らは俺が一緒でいい訳? 俺は男だよ? 狼さんだよ? 危ないよ? そこらへん分かってるの?


「もちろんだ。セツカは温泉は初めてかな?」

「うん! でもクロお兄ちゃんからとの情報共有でその温泉が気持ちいいのは知ってるよ」


 セツカが目を輝かせてる……そんなに入りたいのか。

 だが一緒に、というのは女の子としていかがなものかとお兄ちゃんは思うのだよ。うん。


「ではクロ、私の肩にとまるといい」

「……むー」


 なぜそこでふくれるのだセツカ。

 しかし女性と一緒に温泉というの、は……いや、待てよ? これはつまり、混浴ではなかろうか。

 世の混浴というのは入ってみるとむさ苦しい野郎どもばかりで、オバサンかババアが入れば御の字。場合によってはアホな男を狙ったホモまでいるという代物、いや地獄だという。

 だがここで大事なのは混浴の実情ではなく、混浴が合法であるということだ。つまり。


 ━━ライラとセツカ、二人と一緒に入っても何の問題もないということではなかろうかっ!


 そもそもこれは向こうから誘ってきた話だ。それに今の俺はカラス、つまりは鳥だ。

 なんだかんだ言ったがそれは男だから問題なのであり、鳥である俺に限定するならばなにも問題ないのではないか?

 そしてこれは先程言った様に混浴。つまりは合法。

 つまり、つまりこれは━━っ!


「よっと……それじゃあライラ、セツカ、行こうか」

「了解だ」

「うー……分かりました」


 乗るしかない、このライラの肩に。

 嬉しそうなライラ(美女)となぜかむくれているセツカ(美幼女)と一緒に俺は温泉(幻想郷)へと向かう。

 ……うん、今更ながらにまずいことをやっている感じがしてきたが既に理論武装は済み、あとには引けない状況が整っている。ならばこの状況を楽しむのが筋だろう。


「シスターが言うには、ここの温泉は地熱で温められた地下水が湧き出ているものらしい。高純度の魔力が溶け込んでいるから契約前に身を清めるにはピッタリだそうだ」


 高純度の魔力とは、ファンタジーだな。


「そして高純度の魔力が溶け込んでいるおかげでここの湯は魔力由来の病によく効くそうだ。それとこれは推測でしかないそうなのだが、精霊が入れば強くなれるだろうとも言っていたな」

「強く、なれる……」


 入るだけで能力強化か。この温泉が凄いんだろうが……なんともお手軽だな。

 セツカも興味があるようだし、何日か入るのは確定だな。これは。


「嬉しそうだな? セツカ」

「ライラも嬉しそうだよ?」

「念願の契約精霊が見つかったからな。それは嬉しいさ。……クロはどうだ?」


 何がどうなのかは分からないが、ここは今の気持ちを素直に表現すべきだな。そう。


「俺も嬉しいよ」


 俺も男だからな、美女と美幼女と混浴とか普通は絶対にないのだから嬉しいに決まっている。

 ……何か違う気がするな。まぁ嘘は言ってないし、いいか。


「そうか。だがまずは身体を清め、湯に浸かって疲れを完全に落とすとしよう。……ここだ」

「ここが、温泉?」

「そうだ。セツカは初めてだそうだが、クロはどうなのだ?」


 俺か、俺はどうだったかな。元は日本人だから風呂には毎日入っていたのは覚えているのだが……


「温泉は何度か入った……はずだ」

「曖昧だな……いや、長く生きればそういうこともあるか。どうする? セツカの面倒は私が見ようか?」


 いや、そんなに長くは生きてないが、曖昧なのは事実だしどうしようもない。普段は特に困らないが、こういうときに即答できないのは少し不便だな。

 そしてセツカの面倒はライラに任せるのが無難だろう。


「そうだな。おなじ女性のほうがいいだろうから、よろしく頼む」

「ライラ、よろしくね」

「うむ、了解した。では、行くとしよう」


 そう言って俺を肩に乗せたライラはセツカを伴って、脱衣場の中へと入って行った。


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