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第三話 ドラゴンとの空戦

 教会の外は一面の雪景色だった。

 地面は厚い雪で覆われ、少し離れたところに広がっている森の木々も雪で白く染まっている。

 ライラの吐きだした息まで白くなっており、まさに北の雪国といった感じだ。


「ここなら大丈夫だろう。さぁクロ、魔法を使ってみるといい」


 教会からあまり離れていないところで立ち止まったライラは、そう言って俺に魔法を使うことをうながしてきた。


「……分かった。やってみよう」


 バカ炎の言っていたことは半分も理解できなかったが、イメージ次第で魔法が使えることと魔力を燃やすことは分かった。

 ならばと俺はライラの肩に止まったまま精神を落ち着かせ、魔法を使う為に集中する。

 イメージするのは━━


『モヤセ』


 炎だ。


「━━燃えろっ!」


 俺がそう言い放つと同時に近くにあった木が炎に包まれる。

 突如出現した炎はあっという間に木をまるまる一本灰にし、現れたときと同じ様になんの前触れもなく消えた。

 超常の現象。まさしく魔法としか言い様のないことが俺の手で起こされた。


「ははっ……」


 なんだこれ。凄いなんてものじゃない。火の気が一切無いところこら炎を出したのもそうだが、地面に生えている、いわゆる生木を一瞬で灰にしたのは異常だ。

 木を、それも乾燥してない生木を燃やして灰にするのに、いったいどれだけの温度と時間が必要だと思っているのか。それをまたたくまに灰にするなんて……あぁ、なるほど。これはドラゴンにも勝てるだろう。さすがに木と同じとはいかないだろうが、この力があれば俺でもドラゴンと戦えるはずだ。

 いや……そんなことは最早、どうでもいい。それよりも、もっと、もっと燃やすものはないだろうか? 木の一本では満足なんてできないここにある森を燃やしてもこれっぽっちでは全く足りそうにないそうだ教会も燃やそうバカ炎の言うとおり自分も燃やそうそしてそのあとは━━


「すごいなクロ! 凄まじい魔力だ! これならドラゴンも倒せる。クロと一緒ならドラゴンを倒して、おばあちゃんを……クロ?」

「ぇ? あ、あれ? 俺は、いま、なにを、考え、て……?」

「どうしたんだ、クロ? 魔力の流れがぐちゃぐちゃだ。調子も悪そうだし……すまない。私のせいだな。無理をさせてしまったみたいだ」

「え? ち、違う! ライラせいじゃなくて、その……」


 言えない。

 力に酔って、興奮して、命の恩人の、ライラを燃やそうとしたなんて。

 いや、アレは酔ったとか興奮とかじゃない。もっと別の、俺じゃない誰か、何かが、出てきた様な、そんな感じが……


「……クロ、少し休んだらどうだ? 無理をさせた私が言うのもおかしい話だが、クロは休んだほうがいい」


 そうかも知れない。だが。


「すまない。少しこの辺りを飛んできてもいいだろうか?」


 無差別に辺りを燃やそうとするようでは、精霊として役立たずなどころか危険だ。日常生活を送ることすら危ういだろう。

 なにより、ライラとこのまま一緒にいるとふとした瞬間に燃やしてしまいそうで……怖い。


「それは…………いや、分かった。行ってくるといい。クロならこの辺りの魔獣は問題ないだろうが、アルカヌム山にだけは近づかない方がいい。あの山に近づくにつれて結界樹が増えていくからな、それだけは気をつけてくれ」

「分かったよ。それじゃ、行ってくる」


 ライラの肩から飛び立った俺はカラスの本能に身を任せ、胸の中で未だにくすぶる衝動を振り切るように一気に上昇する。


「━━凄いな」


 翼を叩く冷たい風を感じながら空高く舞い上がった俺は、生身で空を飛ぶことへの興奮と気持ちよさ、それに大きな解放感と不思議な心地好さを味わっていた。

 それは木を燃やしたときに感じた狂気的な興奮とは全くの別物で、狂気染みた考えや、得体の知れない恐怖を打ち消すには充分な物だった。


「…………」


 空を飛び、解放感や心地好さを感じたことで落ち着いた俺は下のほうへ視線を向ける。

 するとこちらを見ているライラと、思っていたよりも大きい━━学校にある体育館と同じかそれ以上の━━教会が目に入った。

 ライラには心配をかけただろうし、いらない気も使わせてしまっている。あとで何かしらの埋め合わせはやっておくべきだろう。


「へぇ……」


 ライラと教会を視線から外し、今度は森のほうを視界に収める。

 森はかなり広いのかどこまで木々が続いており、終わりというのが見えない。その様は富士の麓に広がる青木ヶ原樹海を思いださせる。

 そのまま木々の広がりを目で追っていると、ふと大きな山が目に映った。先端が雲に隠れて見えないので何とも言えないが、標高三千メートル以上は間違いないだろう。正確な標高は四千、あるいは五千メートルはあるかも知れない。

 外観は決して美しいとはいえないデコボコした山だが、その威容から発せられる圧力にも似た何かは、俺に一つの言葉を連想させる。


「霊峰……」


 この山からまさしく霊峰の名に相応しい何かを感じる。そしてそれは精霊だがらこそ感じられる、そんな類いのものであると俺は直感で感じていた。


「もしかしてこれが、アルカヌム?」


 他に山は無いし、間違いなくこの山がライラの言っていたアルカヌム山だろう。いつの間にかアルカヌム山に近づく飛行コースに入っているが、アルカヌム山に近づくにつれて結界樹なる木々が増えるから気をつけろと言われているし、行き先を変えるべきだな。


「っと、危ない。危ない」


 飛行先を無理に変えようとした為か体勢を崩してしまう。すぐに持ち直してコースも変えたが、やはり手足の様に扱うには練習が必要だ。


「……ん? あれは、何だ?」


 コースを変えた俺は、進行方向の遥か先に奇妙な物を見つけた。

 それは俺と同じ様に飛行しているが、俺よりも遥かに大きい。しかもどんどん大きくなっている辺り、かなりのスピードでこちらに迫って来ているのだろう。

 遠目から見るとどことなく戦闘機にも似たフォルムだが、こんな異世界の空で戦闘機は飛んでいない。となるとあの飛行物体はファンタジーな飛行生物になるのだろうが……


「っ!? おいおい、マジかよ」


 確りと肉眼で捉えたソイツはファンタジーではお馴染みの、ドラゴンだった。


「いよいよ異世界、それもファンタジーぽくなってきたな。……くそっ、冗談じゃない」


 太陽の光を受けて白銀に輝くドラゴン。その大きさは乗用車よりも大きく、比較物がないのでよく分からないが、恐らく大型トラックと同じ程の大きさがあるだろう。

 そんな巨大生物が真っ直ぐ俺へ目掛けて突っ込んで来ていた。


「ここはひとまず逃げの一手……って、ついて来てるし……俺狙いかよ」


 方向転換してドラゴンの移動ルート上から外れようとしたのだが、全くの無駄だった。旋回しようが、高度を変えようが、ドラゴンが俺へ目掛けて移動するのは変わらなかったのだ。

 間違いないくドラゴンは見た目カラスの俺を狙っていた。


「ふざけんなよ……ドラゴンって言ったらラスボスだろうが! それがなにカラス一匹に出てくるんだよ!」


 悪態をついてる間にもドラゴンと俺の距離は狭まっていた。

 このまま何もしなければ俺は数十秒後には確実にドラゴンの胃の中……そんなのはごめんだ。まだ死にたくはない。

 だったら━━


「……やれるか? いや、殺るしかねぇ!」


 必要なのはイメージだ。あのふざけたドラゴンを灰にできるだけの炎。イメージしろ、イメージ。木を燃やしたときと何も変わらない。イメージさえ出来ればあとは使うだけだ。


「燃えろぉぉぉ!」


 木を燃やしたときと同じ、いやそれ以上の炎が突如として空中に発生する。がしかしその炎の出現を予想していたかの様にドラゴンは身体をひねり、真横へと旋回することで炎を回避して見せる。

 そして体勢を立て直したドラゴンの口が白く光ったかと思った次の瞬間、白い光線がお返しとばかりに俺へ向けて放たれた。


「やべっ!?」


 俺は咄嗟に回避しようとするが体勢を崩し、仰向けに地面へ向けて落ちしてしまう。


「っ!」


 そして落下する感覚を味わう間もなく白い光線は俺のくちばしの先を通過していき、回避しきれなかったのか俺の両足が氷ついていた。


「氷、さしずめ氷竜ってとこか。氷は炎で溶けるだろうが……」


 足についた氷を炎で溶かしながら、俺はドラゴンの戦闘能力を推察する。

 まずドラゴンの攻撃力は大したことはない。直撃したり近接戦に持ち込まれればまずいだろうが、近づかれなければ大丈夫だ。

 そして俺の攻撃はかわされた。だがこれは当たれば脅威になるからかわした訳で、当たりさえすればダメージを与えることはできる。

 つまりこの戦闘一番の問題はどうやって攻撃を当てるかだが……


「っ!? 羽が凍って!? くそっ、あのブレス連射できるのか!」


 羽についた氷をすぐに炎で溶かし、間髪いれずに飛んできたブレスを急旋回して紙一重でかわす。

 そして僅かな隙を逃さずイメージを固める。需要なのは命中力。それをイメージに入れれば。


「燃えろっ!」


 今までの炎よりも一つ増えた、二つの炎がドラゴンの眼前で燃え上がる。だがドラゴンはそのどちらの出現も予測していたかのようにやすやすと回避する。


「……まさか本当に予測できている?」


 いくらなんでも無理、そう思いたいが……ライラは俺を見て何度か魔力の流れがどうのと言っていた。

 もしそれがドラゴンにも見えているとして、それが俺の攻撃を回避しているトリックなのだとしたら。


「今までとは違うやり方、もっとかわしにくい攻撃がいるな」


 だいぶ慣れてきたカラスの身体を操りながら、かわしにくい攻撃をイメージする。

 突然現れる必殺の炎よりもかわしにくい攻撃。それに必要なのは意外性や不意を突くことじゃないだろう。恐らく必要なのは威圧感と分かりやすさ、そして数だ。


「なら、答えは既にある。イメージは決まった。あとは……」


 俺は飛んできたブレスを余裕を持って回避し、百八十度急旋回する。ちょうどドラゴンと向き合う形だ。


「まだだ、ギリギリまで待つ」


 どんどんと近づいてくるドラゴン。既にイメージは固まり、あとは魔力を燃やして使用するだけという状況を保ちながら、ひたすらにその瞬間を待つ。


「グアァァ!」

「まだ、もう少し」


 近接戦で止めを刺すつもりなのか、ドラゴンはブレスを吐くことなく雄叫びを上げながら更にスピードを上げて突撃してくる。

 俺からすれば、好都合だ。


「グラァッ!」

「っ!」


 俺とドラゴンの距離がなくなりドラゴンがその牙で俺に噛みつこうとした瞬間、俺は身を翻しつつ僅かに下降する。

 結果、ドラゴンの牙は空を切り、俺の目の前には無防備なドラゴンの腹が広がっていた。


「燃えろっ! 吹き飛べっ! 炎弾!」


 俺の叫びをキーにしてイメージしていた魔法が発動し、俺の眼前に火の弾が出現する。現れた炎弾はすぐにドラゴンの腹へと目掛けて飛んで行き、当たった部分の鱗を吹き飛ばしては火の粉を残して消えていく。それが、数十発。


「グ、ガァァァ……」

「流石はドラゴン。タフだな畜生」


 鱗は剥がれ落ち、腹は抉れ、肉は焼きただれているはずなのに、ドラゴンはまだそこに飛んでいた。


「悪いが手加減はしないぞ。殺らないと殺られるだろうしな。……炎弾っ!」


 俺は距離を取りつつ無数の炎弾を飛ばし、安全に止めを刺そうと試みる。だが距離を取ったのは間違いだった。

 ドラゴンが炎弾目掛けて今までのブレスとは違う、広範囲に氷の粒を撒き散らすかのようなブレスを放ったのだ。

 俺の炎弾は撒き散らされた氷の粒に邪魔されてドラゴンにまで届かない。だがドラゴンも接近戦をする気はないらしく、それ以上なにもせずにこちらの様子をうかがっている。


「……それなら」


 ドラゴンが動かないならと、俺はドラゴンに背を向けて逃げの一手を打つ。

 ドラゴンはまさか俺のほうから逃げるとは思っていなかったらしく、一瞬呆けたように動きを止めたが、すぐに立ち直り俺を追ってくる。

 だがそれは悪手だ。これはただの逃げではないのだから。


「炎弾! からの燃えろ!」


 山勘で後ろのほうに炎弾や炎を放つ。流石に逃げながらの攻撃は当たらないが、これは牽制射撃だ。ドラゴンが痺れを切らしてスピードを上げたとき、その瞬間が勝負だ。


「さぁ来い。俺を追いかけたこと、後悔させて……あれ?」


 その瞬間を今か今かと待っていたが、突然ドラゴンが急停止し、思わず間抜けな声を上げてしまう。しかもドラゴンはすぐに身を翻し、慌てた様にどこかへと飛び去っていく。


「なんなんだ? いったいてぇっ!?」


 呆然としていた俺を突如として激痛が襲った。痛みの走る左の翼を見てみれば、そこには大穴が空いており、血の代わりに火の粉の様な何かが漏れだしていた。


「あぐっ!?」


 今度は右の翼の先端が無くなっていた。

 そこでようやく俺は攻撃を受けていることに気づき、辺りを見回す。そしてすぐに目に入ったものがあった。


「アルカヌム山……?」


 俺はいつの間にかアルカヌム山の近くまで来ていた。ライラから近づくなと言われていたのに。


「くそっ」


 急いでアルカヌム山から離れようとするがどうやら遅かったらしく、森のほうから無数の光が向かってきていた。

 恐らくあの光が俺の翼を抉ったのだろう。当たればただではすまない。


「急げ、急げよ!」


 カラスの身体を操ることには慣れたつもりだったが、翼が欠けているせいか全くスピードがでない。


「来るな! 落ちろ! 炎弾っ!」


 やけくそ気味に炎弾をばらまくが、光の数はほとんど変わらない。かわされているのだ。


「炎弾! 炎弾! 燃えろぉぉぉ!」


 狙って撃っても、数は減らない。数が多すぎるのだ。


「炎弾炎弾炎弾!」


 終わり、なのだろうか。まだ恩返しすらしてないのに。


「炎弾、炎弾っ!」


 いやまだだ、まだ終われない。恩返しすら出来ずに死んでたまるか。

 落とせるだけ落とせるだけ。燃やせだけ燃やせ。一、二発ならなんとかなるんだ。そこまであの光を減らせれば。


「燃えろ燃えろ燃えろぉぉぉ!」


 燃やして、燃やして、燃やして。

 光の正体が発光する葉っぱだと分かった次の瞬間。燃やし損ねた最後の一枚に右の翼を根元から撃ち抜かれ、俺はゆっくりと地面に向けて落下していった。

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