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第二話 始まりの仮契約

「契約?」


 俺は赤髪の美人さん……ライラさんの言った意味がよく分からず、オウム返しに聞き返した。

 契約と聞くと金銭のやり取りを連想するが、ライラさんの言う契約はそれとはまた別物の気がするのだ。


「そうだ。精霊殿に私の契約精霊になって欲しい。むろん無理にとは言わないが……どうだろうか?」

「契約精霊、ですか……」


 ここでライラさんに契約精霊ってなんですか? なーんて聞ければどれだけ楽だろう。だがそんなことをすれば色々と台無しなばかりか、頭の調子を心配されること間違いなし。

 なのでここは少しでも情報を集め、無難な言葉を返す必要がある。


「ライラさんはその、なぜ私を契約精霊にしようと?」

「うむそれなのだが……その前に、一ついいか?」

「なんでしょうか?」

「さんづけなど止めてくれ。それとできれば敬語もだ。精霊と人は対等であるなどとは言われているが、人が非力であることには間違いないのだからな。それに……」


 そこで言葉を切ったライラさんは、若干伏し目がちになりながら悲しげな様子で。


「精霊殿は私の契約精霊になるかも知れぬ相手。その様な相手から敬語を使われるのは……少し、さびしい」


 そう言ったライラさ……ライラは俺を真っ直ぐ見つめてくる。

 おそらくさんづけと敬語を止めれるかどうかということを聞きたいのだろうが、答えは決まっている。というかここまで言われても止めないやつはドSかアホぐらいのものだろう。

 しかし敬語禁止となると地を出すのはことになるが、何となく久し振りな気がする。


「……分かったよ、ライラ。これでいいか?」

「うむ、感謝する。……さて、私が精霊殿を契約精霊に選んだ理由、だったな?」

「あぁそうだ。出来る限り詳しく話してくれ」

「詳しくか、少し長くなるぞ?」

「構わない。よろしく頼む」


 ライラはそうだなと言って暫く目をつむって考えていたが、話がまとまったのか目を開き、ゆっくりと語りだした。


「精霊殿はハイルング家を知っているか?」

「すまないけど知らないな。でもハイルングはライラの家名だよな?」

「精霊なら知らなくても無理はないから気にしなくてもいい、ただの確認だからな。そして、確かにハイルングは私の家名だ」


 ふむ、どうやら精霊はある程度なら世間知らずも許されるのか。さっきは精霊と人は対等と言ってたが、精霊はかなり特殊な立場のようだ。

 しかし家とは、立ち姿や振る舞いからしてもライラはかなりいいとこのお嬢様という可能性が出てきたな。


「さて、話を続けるぞ?」

「頼む」

「うむ。ハイルング家はこの教会を含む帝国東部の守りを務める辺境伯でな、歴代当主は皆一騎当千の強者ばかりという家だ」


 辺境伯か、たしかかなり偉かったはずだ。上から数えて二、三番目ぐらいだったと思う。


「実力主義の帝国では強さが何よりも重要視されるとはいえ、ここまで徹底しているのは当家、ハイルング家ぐらいのものだろう。なにせ当主になれる条件に、ドラゴンを単独で打ち取れる強さを持っていることとあるくらいなのだ」


 ドラゴン単独討伐が当主になれる条件とか無茶苦茶……という訳でもないのか。ライラのお父さんは火竜とかいうドラゴンを倒したらしいしな。たぶん一人で。

 ハイルング家がデブ貴族だのブタ貴族だの言われる類いの貴族ではないのは分かった。同時に当主になろうとするやつはもの凄く苦労する家柄なのも分かったが。


「そして私はそのハイルング家の一人娘であり、ハイルング家次期当主でもある」

「え? それって……」

「む、なんだ、精霊殿も女が当主になるのはおかしいと思う類いなのか?」

「いや、それは別にいいと思うぞ。女性の方が強い場面なんていくらでもあるし」


 それこそ山程、というより星の数より多いんじゃないかってぐらいにはあるな。


「そうか。一安心だな」

「いやいや、安心できないだろ。だってそれだとライラが当主になる為には、ドラゴンと一騎討ちしないといけないんだろう?」

「心配してくれるのか? 大丈夫だ。その為に精霊殿と話しているからな」


 あぁなるほど、読めてきたぞ。つまり……


「そのドラゴン討伐に協力してほしいってことか? だとしたら悪いが俺はドラゴンと戦える程、強くないぞ。むしろ弱い」


 元は平和ボケした日本人、今は精霊とはいえカラスだからな。ドラゴンどころかその辺の獣や、それこそ犬や猫に瞬殺されてもおかしくはないのだ。


「……精霊殿、冗談は分かりやすい方がいいぞ。私も昔はよく言われていた」

「いや、冗談じゃなくてだな……」

「精霊殿。非力な人の身ではあるが、私は相手の力量が分からない愚か者ではない。本調子でない状態でも中級精霊並みの魔力量を持つ精霊殿のことだ、本来は上級精霊なのだろう?」


 そんなどうだっ! みたいな顔されても困る。

 とはいえ俺自身よく分からないし、本当にその上級精霊とかいう凄そうな存在なのかも知れない。ここは話だけでも合わせておくべきか?


「いや、何か言いづらいことがあるのは分かる。この教会の前で倒れていたのを考えれば、それは当たり前のことだ」


 俺、教会の前で倒れてたのか。その辺よく覚えてないのだが、状況から察するに凍死しかけていたところを助けてくれたのはライラなのだろう。つまりライラは俺の命の恩人ということかになる訳で、感謝してもしきれない。何か恩返しができるといいのだが……いや、ドラゴンと殺り合うのは流石にな。


「だが、正直に言えば私にはあまり時間が残されていない。せめて仮契約だけでも結ばせて貰えないだろうか? それならば破棄するのも簡単だ。精霊殿、どうだろうか?」


 仮とか、新聞の勧誘じゃあるまいし。

 だがここで命の恩人の頼みを断るのもあれだし、ライラの頼みを蹴っても行くとこないしな……


「俺の力なんかじゃ役に立つか分からないぞ? それでもいいのか?」

「人を見る目はあるつもりだ。是非、よろしく頼む」

「分かった。取り敢えずその、仮契約? を結ぼう」

「そうだな。ではさっそくやろう」


 そう言うとライラはポケットから、赤色の宝石があしらわれたペンダントを取り出す。


「いつ契約精霊が見つかってもいいように持ち歩いていたんだ。カケラとはいえ火竜の魔石を使った、上級精霊との契約にも耐える専用の宝飾品だから安心してくれ」


 なるほど、そのペンダントは儀式に必要なアイテムという訳か。

 しかしまたもや火竜の魔石か。数がそうある訳でもないだろうし、それだけ期待されていると思ってもいいのだろうか。


「よし、始めよう」

「始めるのはいいんだが、俺はどうすればいいんだ?」

「ん? 精霊殿は契約は初めてなのか?」

「あ、あぁ、機会がなくてな」

「そうか。私も初めてなのだ。……少しだけ、緊張するな」


 何だかアレなことでもする直前みたいな会話なってるんだが……ホントに大丈夫だろうか。


「精霊殿はそこにいて、契約に抵抗しなければそれでいい。あとは私がやるからな」

「了解だ」

「……いや、一つ確認し忘れていた。精霊殿の名前はなんと言うのだ?」

「名前……?」


 俺の名前か。俺の名前は、名前は……あれ? 俺の名前、なんだったけ? まずいな、名前だけじゃない。他にもたくさん忘れてる。これじゃまるで……記憶喪失だ。


「……どうした? 精霊殿。魔力が少し乱れているぞ?」

「い、いや、名前が……」

「うん? 精霊殿は名無しなのか?」

「名無し、そうだな。俺は名無しだ」


 記憶喪失なのは黙っておこう。それと日本、つまり異世界出身なのも。当主になるべくドラゴンと殺り合う人に、いらない気を使わせる訳にはいかない。

 しかしまずいな、いよいよ行き場がなくなった。ライラの契約精霊が嫌だって訳じゃないが、選択肢も逃げ道も一切ないのは結構キツい。今からでも気を引き締めないと駄目か?


「そうか。名無しだったのか」

「珍しいのか?」

「いや、精霊の過半数は名無しだから珍しくはないな。とはいえ上級精霊にもなると自分で名を名乗りだすから、精霊殿の様に上級精霊にも関わらず名無しというのは珍しいが」

「俺はまぁ、少し特殊でな」


 そうか。とライラは小さく頷くき、暫く目をつむって考えたあと。


「名前がないのは不便だな。よければだが、私が名付け親になってもいいだろうか?」

「ライラが? いいのか?」

「このままでは仮契約もできないしな。それに、精霊殿は知らないかもしれないが、精霊の名付け親というのは光栄なことなのだ」

「そうか。なら頼む」

「うむ。任せてくれ」


 そう言うとライラはじっくりと俺を眺めだす。……正直恥ずかしいので止めてほしいのだが、名付けのヒントを得ようとしていると考えると止める訳にもいかない。

 それに名無しのままでは不便なのも事実だ。俺自身にネーミングセンスはないし。やむを得ないだろう。


「そうだな……クロと言うのはどうだ?」

「く、クロ?」


 それ黒いからクロとかいう安直な理由なんじゃ……というかそんなペットみたいな名前を精霊につけてもいいのか。まずい、このままでは名前がペットレベルになってしまう。

 いや待て、理由が安直じゃない可能性もある。ここまでスムーズに翻訳してきた気づいたら身についていた魔法のような脳内翻訳機能、略して翻訳魔法だったがここに来て限界が出て来てうんぬんという可能性がまだ残っている。


「そうだ。黒いからクロ。どうだろうか?」


 ちくしょう翻訳魔法はまだまだ余裕だったぜ! となるとライラは素で言ってるのか……ネーミングセンス無いな。


「駄目、だろうか?」


 駄目ってそれは……いや、そうでもないのか。

 そこまで変な名前ではないし、見た目はカラスだから凝った名前や由来のある名前よりも、言ってみれば安直な、それこそペットレベルの名前のほうがあってる気がする。

 まずいようなら改名するなり偽名を使うなりできるし、特に問題はないな。


「いや駄目ではない。クロか、いいんじゃないか? その名前、使わせてもらおう」

「そうか。気に入ってくれてよかった。幼なじみのメイドにはネーミングセンスがないとよく言われていたからな、少し不安だったんだ」


 自覚がない訳ではないのか。あと幼なじみさんにはもっと頑張って欲しかった。立場考えるとそうもいかなかったんだろうけど。


「よし、それじゃあ始めるぞ?」

「分かった」


 ライラはこくりと頷くと、火竜のペンダントを俺の目の前まで持ってきて深呼吸をする。そして。


「我、精霊術師ライラ・ハイルングは、火の上級精霊クロと、ここに契約を結ぶ」


 ライラがそう言うと同時にペンダントの魔石が僅かに光り、何となくだが俺とライラの間に繋がりの様な物が出来た気がする。

 これが契約の効果か。これで何がどうなるのかはさっぱり分からないが。


「これで、終わりか?」

「そうだな。本格的に契約を結ぶなら手順や準備も必要なんだが、略式や簡易とも言われる仮契約だからこんな物だ」


 なるほど。ずいぶんあっさりだと思ったら略式であったらしい。

 本格的に契約を結んだ場合はこの繋がりもよりはっきりしたものになるのだろう。


「それで、どうだ?」

「どうだって、何が?」

「魔力、そして魔法は使えそうなのかという話だ。仮とはいえ私と契約したのだから、私の魔力がクロに流れ込んでいると思うのだが」

「魔力に魔法、か」


 そう言われても魔力なんてゲームかラノベぐらいでしか聞いたことがないし、魔法のほうも大真面目に研究していたのがいるにはいたが、俺ではなく名前も思い出せない別の人間だ。魔力に魔法なんぞ分かるはずもない。

 しかし、精霊というファンタジーな存在がこれまたファンタジーな魔力を知らず、魔法を使えないというのは明らかに不自然だ。何よりドラゴンがいるような世界で、身を守る手段が一切無いのは非常に心細い。


『モヤセ』


 こいつまた直接脳内に……


『モヤセ』


 それは分かったから。今度は何を燃せって言うんだ?


『マリョクヲモヤセ』


 はいはい抽象的な表現どうもありがとう。そんなこったろうと思ったよちくしょう。バカ炎は抽象的な表現しかできないからな。


『オマエガハツゲンスベキセイレイマホウハマホウタイケイデイエバガイネンマホウニモットモチカイ』


 お、おう……?


『ガイネンマホウハコウリツコソワルイガイメージシダイデアリトアラユルシンピヤゲンソウヲグゲンカデキル。イマノオマエ、クロトナヅケラレタソンザイカラスレバモットモアツカイヤスイマホウナノダ。イメージサエスレバマホウヲシヨウデキル』


 すまん。聞きづらくてよく分からないかった。短くまとめてくれないか?


『マリョクヲモヤセ』


 両極端しかないのか、バカ炎。


「どうしたのだクロ。突然黙り混んで」

「い、いや、何でもない」

「むぅ……? あぁそうか、上級精霊の力をこんな狭い部屋で発現させる訳にもいかないな。外へ場所を移そう。クロ、動けるか?」

「少し待ってくれ」


 恐らく歩く分には問題ない。だがチマチマと鳥の歩幅で歩くと間違いなく時間が掛かるし、鳥が長い距離を歩いて移動するのは困難だ。普通に考えてここは飛んでしまうのが一番だろう。

 問題は俺が飛べるかだが……


「いっ、よっ! ……グガァッ!?」


 結論から言えば飛べなかった。

 台の上に置かれていたらしいバスケットから飛び出し、漆黒の翼をバサリと羽ばたかしたまでは良かった。だがそのあとどうするかを深く考えたのがまずかったらしく、俺はあっけなく床に落ちることになった。

 屈辱だ。鳥なのに飛べないとか……だが、分かったこともある。

 飛ぶことに関しては深く考えてはいけず、飛行は無意識の、あるいはカラスの身体に備わっているのだろう本能的なものに任せてしまったほうがいいということだ。


「だ、大丈夫か? クロ」

「大丈夫だ。問題ない」


 慣れてしまえばどうにかなるだろうから、飛行は練習しておくか。


「ふむ……身体や魔力に異常はない。だが飛ぶのは難しい、か」

「あぁ、どうもそうらしい」

「なら私の肩にでも止まるといい」

「いいのか?」


 それはありがたいが、爪とか危ないと思うのだ。あと純粋にライラの肩まで飛べる気がしない。


「気にするな。ほら、これならどうだ?」


 ライラはそう言ってしゃがんでくれる。これなら届きそうだ。


「助かるよっと」

「……やはり危なっかしいな。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。そのうち普通に飛べるようになる」

「そうか。では行くぞ」


 ライラの肩に止まった俺は、そのままライラと一緒に教会の外に向かうのだった。


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