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第一話 目覚め

 暗い。

 俺の目には何も見えない。ただただ暗く、黒い、漆黒がある。それは原始的で本能的な恐怖を呼び起こしてきて、ひどく恐ろしい。


 寒い。

 とても寒い。それこそ真冬に薄着で外にいるような……いや、雪山に軽装で放り出されたような、そんな寒さだ。

 だんだん感覚がなくなってきたのは救い、なのだろうか。


『━━』


 闇と、寒さ、その二つしかない世界を感じて数分、あるいは数時間だろうか。こんな気が狂いかねない場所に、ソイツは現れた。


『……セ』


 ソイツは炎だった。真っ暗な空間の中、ソイツだけが光っていてた。

 激しく燃える真っ赤な炎はどこか……不満そうだ。


『モヤセ』


 燃やせ? この炎は燃やせと、そう言ったのか?

 確かに何かを燃やせばこの暗さと寒さはどうにかなるかもしれないが、いったい何を燃やせと言うのか。

 ここには闇と寒さしかない。燃やせるものなんて無い。そもそも俺の身体があるかどうかさえ……


『モヤセ』


 うるさいな。それともバカなのか?

 燃やす物なんてここには無い。ティッシュやハンカチどころかパンツさえなければ、札束もないんだぞ。


『モヤスモノナラ、アル』


 相変わらず聞きづらい声だが、燃やせ、以外の言葉も喋るのか。しかしこの空間のどこにそんなものがあるんだ?


『オマエダ』


 は?


『オマエヲモヤセ。ジブンジシンヲモヤセ』


 いや、こいつなにいってんだ? バカなのか? バカなんだな。

 雪山で遭難したからって自分自身を燃やすバカはいやしないぞ。


『イノチヲモヤセ』


 ……何かの比喩か?


『イノチヲモヤセ』


 うるさいな。比喩を使わずに言えないのかよ。


『イノチヲモヤセ』


 いや、だからな……


『イノチヲモヤセ』


 お前はRPGゲームのNPCか何か? 違うことを言え、違うことを。


『モヤセ』


 そうそうそういう……ってそうじゃなくて。燃やす以外のもっと別のことをだな。


『モヤセ』


 駄目だこりゃ。燃やす以外のことは喋れないらしいな。

 今更だがこの炎はいったい何なんだろうな? 人魂とかではなさそうだし、夢……でもないし。


『モヤセ』


 あぁもう。うるさいな。壊れたラジオのほうがまだ救いようがあるぞ。


『モヤセ』

『モヤセ』

「━━」


 ん? いま何か聞こえたような……?


『モヤセ』

『モヤセ』

『モヤセ』


 気のせい、か? このバカ炎が燃やせ燃やせうるさいから幻聴を聞いたのか? ……ありえるな。俺の中で燃やせの単語がゲシュタルト崩壊し始めそうだしな。


『モヤセ』

「━━て」

『モヤセ』


 いや気のせいじゃない! このバカ炎以外の誰かの声が聞こえた!

 誰だ? どこにいる? このバカ炎みたいなやつじゃなきゃ大歓迎だ。


『モヤセ』

『モヤセ』


 よし、取り敢えずてめぇは黙れ。それ以上燃やせとか言ってみろ。殴るからな。腕なさげだけど。


『モヤセ』

「起き……れ」


 この野郎……いや、バカ炎はどうでもいい。今、声の主は何と言った? 起きて、そう言ったのか? 起きる。それはつまり━━


『ヌ?』


 光だ。バカ炎以外の光が見えた。バカ炎の様な触れることさえためらわせる様な激しいものではない、暖かな光。

 ふらりと、俺は光のほうへと近づいく。まるで引き寄せられるかの様に。


『ニゲルノカ』


 逃げる? ……あぁ、なるほど。あれは出口か。このうんざりする程に嫌な空間の。

 ならやることは一つ、少しでもあの光に近く。それだけだ。


『オマエハココニモドッテクル』


 バカが。こんなゴミ以下の空間なんかに二度と来るか。

 暗いのも、寒いのも、マトモに会話すらできないやつしか居ないのもごめんだ。


『モドッテクル。カナラズ、カナラズモドッテクル。カナラズ━━』


 また同じことを繰り返し出したバカ炎を背に、俺は暖かな光へと向かい、そして。


「……ぁ」


 目が、覚めた。


「ここ、は……」


 見覚えのない場所だった。

 さっと見回し、どこかの室内なのは分かった。ベッドや暖炉を外に置くようなことはないだろうし、この場所はあの空間とは違って暖かいのだ。部屋の窓から雪が見えるのを考えると、暖かいのは暖炉のおかげなのだろう。


「ん?」


 そこまで考えて違和感を感じた。

 なんだか家具が、というか部屋そのものが大きい気が……いや、部屋が大きいというより、これは……俺が小さくなっている?


「んだ、これ……?」


 間違いない。俺、小さくなっている。じゃなければバスケットなんかに収まらないだろう。カイロでも仕込んでるのか温いけど。ありがたいけど。

 だが温かろうが暖かかろうが、身体が小さくなっているのは問題でしかない。下手すると赤ちゃんサイズにまで縮んでる可能性も……


「そんなまさかそんな…………羽?」


 ただでさえ現状に混乱してるのに、更に混乱するものを見つけてしまった。

 なんか、黒い羽が生えてる。というか腕が翼になってる。足も違うし、よく考えたら視界もなにか変だ。これではまるで。


「……鳥、しかもこの黒い羽。まさか、カラスか?」


 気が付いたらカラスになってたとか……夢とかトリック、じゃないないな。これは。現実だわ。感覚がリアル過ぎる。というかたぶん、飛べる。


「なんなんだ、いったい……」


 ヤバい。ヤバいな。よく分からんがヤバい。真っ暗な空間といいバカ炎といい訳が分からな過ぎる。しかも仕舞いにはこのザマだ。

 もういっそ全部こうバーッと燃やしたらスッキリするだろうか……って俺はなにバカ炎みたいなことを考えて━━


「ん? 目が覚めたのか。大丈夫か?」


 現状に混乱していた俺だが、部屋の扉を開けて入ってきたパンツルックの女性を目にした瞬間にそんな混乱は吹き飛んだ。

 腰のあたりまで伸びている燃えているかのような赤髪、強い意思を感じるすんだ碧眼、服の上からでも分かる豊かな双胸、見事な脚線美を描くすらっとした長い脚。

 綺麗で、格好いい、そんな女性だった。


「……大丈夫ではなさそうだな。魔力の流れが安定していない。精霊殿、少し待っていてくれ」

「ぇ? あ、はい」


 赤髪の美人さん━━恐らく二十歳前半か二十にギリギリ届かない程度の年齢と見た━━はそう言うと部屋を出ていってしまう。わずかな時間見えた後ろ姿もしっかりしていて、まるで武人のようだと思ったのは心の中に閉まっておいたほうがいいのか、あるいは言ったほうが喜ばれるのか……?

 しかし赤髪の美人さんは今、妙なことを言わなかっただろうか。

 魔力に精霊。俺の聞き間違いでなければ彼女は間違いなくそう言った。これらは一般的にオカルトに分類される物だが……この手のファンタジーな話を真面目に研究していた奴が知り合いにいたはず。どんな奴だったか……いかん、忘れた。そいつはこういう状況についても熱く語っていたと思うのだが……たしか、そう、異世界だ。そいつは異世界がどーの魔法がどーのと言ってたはずだ。

 ……え、俺、異世界にいるのか? いやいや、まだそうと決まった訳ではない。決まった訳ではないが、異世界にいる前提で動いたほうがよさそうだ。なにせ今はカラスの身。些細な事で死にかねない以上は異世界だろうが何だろうが、少しでも長く生き延びることを最優先に考えるべきだろう。


「すまない。精霊殿、待たせてしまったな」

「あ、いえ、その、大丈夫です」


 精霊殿、というのは俺のことだろうな。真っ直ぐ見つめてくるし、鳥が喋ってるのに驚く様子も一切ないし、間違いないはずだ。

 美女に見つめられるのは少し、気恥ずかしいが。


「火の魔石はちょうど切らしているようでな、今はこれしかないのだ」


 そう言って赤髪の美人さんは燃えているかのように赤い、手のひら半分程の宝石を差し出してくる。

 いや、なんだか高そうだし貰っても使い道ないしで正直困るのだが。


「駄目、だろうか?」


 俺が赤い宝石……火の魔石とかいうそれを見てるだけで何もしなかったのを赤髪の美人さんは否定だと受け取ったらしく、顔を悲しげに曇らせる。

 どうしよう、魔力とか精霊とか魔石っていったい何なんですかーなんて聞ける雰囲気じゃなくなった。


「……精霊殿が人から施しを受けるのを良しとしないのは分かった」


 いえ、施しとかじゃなくて単純に何なのか分からないだけで━━とか言えないよ。言える訳ねぇよ。だって赤髪の美人さん、悔しそうに唇噛み締めてるんだよ? あれ絶対自分の力不足を嘆いてるとかそんな感じだぜ?

 まずい、話を合わせようにも情報が足りなさすぎる。だが早くしないと腹を斬るとか言い出してもおかしくない。ここは取り敢えず火の魔石を受け取っとくか? いや、でも腕ないしな……


「だが、精霊殿の魔力はもう限界だ。力なき人の身だが、それぐらいは分かる」


 え……今、何て言った。限界? その限界はあれだな、水飲まないと熱中症で死ぬとか飯食わないと餓死するとかそんな感じか、ニュアンス的に。

 ヤバい、本格的にヤバい。どうする、魔石から魔力を得る方法とか知らないぞ……


「お願いだ。精霊殿。私は精霊殿をここで死なせたくはない」


 あ、今のはかなりぐっときた。表裏のない心配とかいつ以来だろうか……でもごめんなさい。その魔石の使い方が分からないんです。


「頼む……」


 う、うん。頭下げられても困るし、取り敢えず受け取っとくかな。

 手は翼になっちゃったし、足で取るか……思ったよりか爪が鋭いな、慎重にやらないと赤髪の美人さんを手酷く引っ掻いてしまいそうだ。そーと、そーと……てか気持ち悪いくらいに身体が動いてくれるな。鳥の身体の動かし方なんて分からないと思うんだが……精霊だからなのだろうか?


「ありがとう。精霊殿」


 いえいえこちらこそ。

 ところでコレどう使えばいいんですかね……なんて聞けないな。胸に手を当ててホッとしている赤髪の美人さんに聞ける訳ないよ。たぶん今の一幕は結構な重役だったんだろうな。

 あと殿とか敬承つけられてるし、基本的なこと聞けない。聞いたら色々ぶち壊しだと思うし、こう、雰囲気的に。

 しかしそうなると、どうしたものか……


『クラエ』

「……バカ炎?」

「精霊殿?」


 今、バカ炎の声が聞こえた気が……赤髪の美人さんには聞こえなかったみたいだな。辺りを見回す俺を不思議そうに見ているし。となるとこいつ直接俺の脳内にでも語りかけているとでもいうのか。


『クラエ、クラウノダ。マセキヲクライ、チカラヲツケヨ』


 聞きづらいが……食らえ、だろうか? だとするとやっぱりバカ炎はバカだな。いくら俺が人間から精霊とかいうファンタジーな存在になったとしても、食うのが魔石とかいうファンタジーな存在でも、石ころを食える訳がない。俺は草食動物ではないのだ。

 ないのだが、なぜだ。バカ炎の声が聞こえてから、足に掴んだ火の魔石がやたら旨そうに見える。


「精霊殿、どうかしたか?」


 いかん、赤髪の美人さんが不振そうに見つめている。

 そうだな、バカ炎を信じる訳ではない、決してないが……少しかじってみよう。間違ってたら赤髪の美人さんが止めてくれるだろしな。赤髪の美人さん、真面目そうだし。

 うん、大丈夫大丈夫、いけるいける。


「んぐ…………っ!?」


 バカな。いくらファンタジーな存在である火の魔石とはいえ、石ころは石ころのはず。それがなぜ、旨いのだ!?

 口に入れるそばから火の魔石は気体に変わり、その気体が味覚に暴力的なまでの旨味を伝えてくる。これはやみつきになる旨さだ。そして燃える様な辛さ。こちらはなぜか一瞬だけしかその辛味を感じられないが、人間だった頃なら間違いなくのたうち回る程の辛さがある。しかし精霊になったせいなのかその辛さに不思議と心地よささえ覚えていた。


「……ん?」


 暴力的な旨味に謎の辛味と心地よさを楽しんでいると、火の魔石はいつの間にかなくなっていた。

 残念だがそのうちまた手に入ることもあるだろうし、ここは満足しておこう。


「……魔力の流れも安定している。流石は火竜の魔石、もう大丈夫だな」

「か、りゅう?」


 魔力の流れが安定しているのは一安心なのだが、いま火竜の魔石と言った気がしたのだが気のせいだろうか?

 火竜、つまりはドラゴン。ドラゴン関係の代物なんて何をどう考えても高額なものに違いない。聞き間違いであってほしいが……


「ああ、そうだ。先程の魔石は故郷の近くに出たはぐれ火竜をお父様が十年以上は前に仕留めた時の物らしくてな、魔石は戦いの影響でバラバラになってしまっていて、あの様なカケラしか取れなかったらしいのだが……何かに使えるだろうと幾つかここまで持ってきていたのだ」

「な、なるほど。そして、その火竜の魔石というのは……高いのでは?」

「そうだな。傷の一つも無い物であれば一生遊んで暮らせる額になると聞いている。あの様なカケラでもそれなりの額になるのではないか?」

「それなりの額、とは?」

「ふむ、私も詳しくはないが、帝都に別荘を建てるぐらいの額にはなると思う。……なんだ? 気にしているのか? それならば気にしなくてもいい。私がやりたくてやったことだ。……下心が全くなかった訳ではないしな」


 まずいな。そんなに高額な物とは知らなかった。しかも食っちゃったから戻せないし、いやでも赤髪の美人さんは気にしなくてもいいって言ってるし、いやだがここは人として、いや今は精霊だけども……いま待て、最後に赤髪の美人さんは何と言った? 下心、そう言ったか。

 美人からの下心とか素敵な響きだが……それはともかく何か考えがあるなら話は早い。下心とやらの内容が何なのかは分からないが、それに協力すれば無銭飲食ではあるまい。たぶん。


「下心とは、なんでしょうか? 内容によってはお手伝いできるかも知れません」

「む……そうだな。これ以上隠すのも無礼だろう。一つ、話を聞いてもらえるだろうか? もちろん断ってくれても構わない」

「断ったりしませんよ。貴女の話、聞きましょう」


 無線飲食は嫌だし。


「……もし、先程の一件を精霊殿が気にしているのであればそれは無用だ。あれはあくまで私が勝手にやったことで、決して精霊殿に恩を売る為やった訳ではないのだぞ?」

「分かってますよ。本当に心配してくれる人が分からなくなる程、まだ腐ってはいません。だから貴女も気にしないでください」


 うん、だから真っ直ぐ見つめてくるのは止めてほしい。気恥ずかしいのだ。

 あとなんか見透かされてる気がしてくるし。


「……感謝する」


 赤髪の美人さんはそう言うと深呼吸を一つしたあと、ゆっくりと口を開き。


「精霊殿。私、ライラ・ハイルングと契約してもらえないだろうか?」


 そう、神聖な言葉を口にするかの様に静かに言った。

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