第十六話 精霊剣
全力でボス格二匹に突撃していたライラだったが、なぜかあと数歩も踏み込めば斬りかかれるというとろで足を止め、大剣を上段に構える。
そして深呼吸を一つしたあと。
「クロ、借りるぞ」
「は? ぐっ……?」
そうライラが言った次の瞬間、言い様のない違和感が俺の身を襲う。それはまるで身体の中をまさぐられるような、そんな感じだ。
その違和感は数秒程で収まったが、一息つこうとした俺が目にしたのはライラの持つ大剣が燃えているという幻想的な光景だった。
ライラは俺の混乱をよそに、燃え盛る大剣を突っ込んでくるデカブツ鹿に向けて降り下ろす。
「はあっ!」
一刀両断。三メートル近くはある巨体を持つデカブツ鹿は、僅か一撃で頭から尻まで真っ二つに両断された。
その威力は凄まじいの一言につきる。
「ライラ、今のは……?」
「ふぅ……ん? この技か? これは精霊剣と呼ばれているものだ。契約精霊の力を借りることで、威力や射程を大きく伸ばすことができる」
威力と射程、確かによくよく見てみるとデカブツ鹿に残る切り口は剣で斬られたというより、炎で焼き切られたような切り口だ。なるほど、どうりで剣が届かないところまで切れるわけだ。
「そしてこの剣技は契約精霊との絆が強ければ強い程、その力を増していく。……さぁクロ、もう一度だ」
そう言うとライラは仲間が突然殺られたせいで動きを止めていたらしいデカブツスライムに向き直り、再び大剣を上段に構えた。
そして。
「ぐっ……」
消えていた炎がもう一度現れ、それと同時に再び俺の身を違和感が襲う。先程よりはいくらかマシだが、何故か痛みも不快感も感じないこの奇妙な違和感は慣れそうにもない。
「だあっ!」
俺が違和感にさいなまれる中、ライラは燃え盛る大剣をデカブツスライムに叩き込まんと大きく一歩踏み込み、勢いよく大剣を降り下ろした。
「━━━━ッ!」
ゴウッという音と共に、燃え盛る炎によってその半身を蒸発させられたデカブツスライムは悲鳴にも聞こえるかん高い音をあげ、その動きを止める。しかしそれも僅かな時間だけのことで、デカブツスライムは失った半身をすぐに再生した。
「再生能力持ちか……どうするんだ? ライラ」
「そうだな、どうやら普通のスノースライムではないようだが、核を破壊されて動ける程ではないだろう。次はやつの核を狙うぞ」
「核?」
「……クロは本当に世間知らずなんだな」
俺のは世間知らずとはまた違うんだけどな……説明するわけにもいかないので訂正のしようがないのだが。
「ほら、やつの中央付近に魔石が見えるだろう? あれが核だ」
そう言われてデカブツスライムをよく見てみると、確かに魔石のような物が見える。デカイ図体のくせにそこまで大きくないし、色が身体のそれと全く同じなせいで今まで気づけなかったが……なるほど、いかにも弱点って感じだ。
「あれを狙うのか……っと、ライラ」
「うむ、これ以上話している暇はないようだな」
俺が核を確認していると、デカブツスライムはその表面に無数のトゲを発生させていく。
攻撃方法こそ雑魚スライムのと変わりないようだが、放たれる攻撃は雑魚スライムのそれよりも遥かに強力だろう。さっさと攻撃するか逃げるかしないとライラもろとも穴だらけにされるのは間違いない。
「さぁクロ、もう一度やるぞ」
「もう一度……精霊剣か? 今更なんだが、俺は何をすればいいんだ?」
「私を信頼してくれればそれでいい。……いくぞ」
もちろん信頼はしているが……ぐっ、この奇妙な違和感はどうにもならないな。
「はあっ!」
先程と同じ様に、だが核を正確に狙った炎の斬撃は見事にデカブツスライムを両断した。
核があった場所は完全に蒸発しており、再生の気配もしないことから、今の一撃で勝負はついたと見ていいだろう。
「ふぅ……これで大型種は全て殲滅できたか」
「……みたいだな」
大剣から炎が消えると共に俺を襲っていた違和感も消え、辺りを冷静に見回す余裕が出来た。
ざっと見てみたが、確かにライラの言う通り大型種……つまりデカブツのボス格は全滅したようだ。
そして。
「燃えろ! 燃えろ! もっと燃えろぉ!」
「はっはーっ! どうした? わしらを追い回していたときの威勢を見せてみんか!」
「見ろ、魔獣がゴミのようじゃ!」
ボス格が殺られたことで完全に烏合の衆とかした雑魚どもに威勢よく炎弾を叩き込んでいるゼンゲン達を見る限り、彼らにあとを任せてしまっても問題ないように思える。
となれば安全の為にも、俺はライラと教会へ戻るべきなのだろうが……
「よし、残りの魔獣も殲滅するぞ。いけるな? クロ」
そんな安全思考がこのバトルジャンキーなお嬢様に存在するはずもない。とはいえ俺としてもろくな戦果なしは情けなさ過ぎるので、ライラの考えはありがたいものなのだが。
「あぁ、大丈夫だ」
「うむ、ならば行くぞ!」
ライラが魔獣の群れへと突撃しようとした、その瞬間。
「グラァァァアア!」
身のすくむような雄叫びが辺り一面に響き渡った。
魔獣は脅えるように動きを止め、ゼンゲンどもも攻撃を中断し何事かと辺りを見回す。そしてそれはライラも例外ではないらしく、突撃を中止してどこか嬉しそうに空を見上げる。
「あれは、まさか……」
ライラにつられるようにして空を見上げると、何か大きな物体が上空を旋回していた。
その影は以前一度だけ戦ったドラゴン、氷竜によく似ている。
だが上空を旋回するドラゴンと思わしき物体は奴よりも一回りは大きく、また遠目ではあるものの腹には傷すら見えず、とても同一個体とは思えなかった。
だがそうなるとこの教会の周りはドラゴンだらけの魔境ということになるのだが……
「氷竜、だな。こんなところで会えるとは思わなかったが」
「氷竜って……この辺りは氷竜の群生地か何かなのか?」
「いや、クロが以前戦ったという氷竜と同じだろう」
は? 同じ? つまり俺が腹を抉ってやった個体と空を悠然と飛んでる個体は同一個体だと? あり得ない。
「いやいや、あいつは前に戦った奴よりも一回りは大きいぞ? それにあいつが奴と同じなら腹に傷がないとおかしい」
「これは、私の推測なのだが……あの氷竜は教団に改造されたのではないか?」
「……は? かい、ぞう?」
いや改造って、機械じゃないんだぞ? 氷竜は生物だ。それを改造って……
「以前技研の研究員が、教団は魔獣を改造できる可能性があると言っていた。大型化させたり新たな能力をつけ足したり、様々なことができるはずだと。恐らくその結果があの氷竜なのではないか?」
「…………なるほど」
ここは訳の分からないことが石ころのように転がっているファンタジーな異世界だ。今更身体を大型化させるくらいなんてことはないのだろう。
だが生物を改造するとは……教団というのは技研に勝るとも劣らない頭のぶっ飛んだ連中の集まりらしい。遺伝子を弄くり回し、同族のクローンすら作れるような世界出身の俺に言われたくはないだろうが。
「とはいえあの氷竜は成体ではなかったようだし、大した改造はできてはいないだろうがな」
俺も大した改造ができてないのには同意する。
だがあの氷竜が成体ではないとはどういうことだ? あいつはまだ子供だったということか?
もしそうなら俺はドラゴンとはいえ子供相手に苦戦したことになるんだが……
「クロ殿ー!」
自分の強さに疑問を感じていると、ゼンゲンがライラの横に炎の止まり木を出現させながら声をかけてきた。
ゼンゲンが止まり木に止まるのを待ってから、当然の疑問を投げ掛ける。
「おう、ゼンゲンか。雑魚の殲滅は終わったか?」
「ほとんど終わっていおります。しかしあのドラゴンは……」
「俺が前にぶちのめした氷竜だとよ。なんか強くなってるらしいから気をつけろ」
「氷竜……確かにあのとき見た影とほとんど同じですな」
どうやら雑魚の殲滅は一通り終わったているようだ。子供と遊んでギックリ腰になるような連中でも、統制のとれない魔獣の群れを殲滅することはできるらしい。
それを確認した俺は感慨深けに氷竜を見上げるゼンゲンから、なにやら思案顔のライラへと視線を移す。
「どうしたんだ? ライラ」
「……いや、なかなか仕掛けて来ないな、と思ってな」
「確かに。ライラ嬢の言う通りです。我々の上で旋回するばかりで何の攻撃もしてこないのは奇妙でありますな」
「あー……そうだな。確かに変だ」
以前あったときは向こうから襲って来たのに、今回はくるくると回るばかり。
改造されたことで頭がパーになったのかも知れないし、何か思惑があって上空で旋回しているのかも知れない。だがそれならなんでここに来たのかという話になる。
「……ふむ。クロ」
ライラは考え込んでいた俺に声を掛け、そのすんだ碧眼で俺を見つめながら特に気負う様子もなく口を開く。
「あの氷竜、地面に追い落とせるか?」
それは確認の言葉だった。
その答えを正直に言うなら分からない、だ。なにせドラゴンを空から追い落とすなんて始めてやることだし、前回の戦いは途中まで。しかも今回の奴は教団なる頭のネジがすっ飛んだ連中に改造され、強化までされている。それこそ氷竜からミサイルやビームが放たっておかしくないだろう。これで簡単にやれるなんて言える程、俺は強くもなければ脳ミソお花畑でもない。
しかしライラの目に揺らぎはなく、言葉にも確信のような物を感じられる。恐らく俺の口からあいまいな単語や否定の言葉が出るとはみじんも思っていないのだろう。
……恐らくライラが確信を持てているのは俺に期待とか信頼とか、そういった物を抱いているからなのだろう。会ってからこっち、失望と心配しかさせてないにも関わらず。
はっきり言って俺は期待や信頼をされるような存在ではない。いっそ勘違いか思い過ごしだと考えたほうがつじつまが合う。
だが、だがもし勘違いでも思い過ごしでなく、純粋に期待や信頼をされているなら。
「楽勝だ。俺一人でもあいつを地面に叩き落とせる」
それに答えないという選択肢はあり得ない。
俺の言葉に満足したのか、ライラは笑みを浮かべながらゆっくりとうなずき。
「頼む」
「了解」
ライラの言葉に答えた俺は一人で空へと上がる。
ふと見てみれば空にいるのは氷竜と俺だけ。ゼンゲンどもは空気を読んだのかライラの護衛についていた。
「……リベンジマッチといこうか、氷竜」
前回は結界樹のせいで不完全燃焼だったが、あれはお互いに負けと言っていい結果だった。
だからこれはお互いにとってのリベンジマッチ。そして俺に限っては命の恩人であるライラへの恩返しだ。
「グラァァァ!」
「っ! 来い、やぁぁぁ!」
俺の接近に気づいたらしい氷竜が勢いよく急降下してくる。
その迫力に思わず怯んでしまいそうになるが、ここでビビってはいられない。まずは先制の一撃を加える!
「炎弾!」
最初にやり合ったときと同じ様に氷竜の突進を紙一重でかわしながら、すれ違い様に見える無防備な腹に炎弾を叩き込む。
傷こそ治っていたが防御力は差ほど変わっていないようで、炎弾は再び氷竜の腹を抉ってみせる。
「グルァッ!」
だが氷竜もやられっぱなしではなかった。離脱しようとする俺に尻尾の一撃をぶつけてきたのだ。
経験したこともない衝撃が全身を襲い、そのショックで意識が飛びそうになる。
「っ……ぁ、ぁあああ! 流石に、学習するわな畜生が!」
悪態をつきながら半ば飛んでいた意識を無理やり繋ぎ止め、ふっ飛んでいる身体を制御して体勢を立て直す。
精霊でなかったら確実に死ぬレベルの手痛い一撃を貰ったが、今度はこちらが上を取っている。
「ライラに大口叩いちまったからな……ここで落ちて貰うぞ! 氷竜!」
図体のデカさが災いしたのか、未だにこちらを向けていない氷竜に急降下しながら、炎弾を展開できるだけ出す。
十を超えた辺りから炎弾を展開するたびにキリキリと頭が痛むが、そのかいあって展開できた炎弾は二十を超える。
「グルァッ!」
流石にこの数は脅威だったのか、氷竜が中途半端な体勢からブレスを放つ。
ロクなチャージもせずに放たれたブレスだったが、その威力は間違いなく以前の物の数倍は強い、まさしく必殺の一撃。当たればただではすまないだろう。そう、当たれば。
「っ、と、危ない危ない。これが俗に言う当たらなければどうということはない、ってやつだな」
雑な狙いしかつけられていないブレスは羽の先っぽにもかすることなく、空の向こうへと飛んでいく。
「グラァッ!」
必殺の一撃がかわされたことが頭にきたのか、氷竜は体勢を確りと立て直し、正確な狙いをつけた第二射を撃とうとする。
だが、そんなことはさせない。
「炎弾、斉射っ!」
放たれた二十を超える炎弾は、氷竜目掛けて真っ直ぐに進んでいく。
射撃体勢を取っていた氷竜にこの弾幕を避けるすべはなかったようで、氷竜の身体に次々と炎弾が着弾する。一発一発はそれほど強くないとはいえ、あれだけの数が当たれば無傷ではないだろう。ちょっとすると今ので致命傷を与えれたかもしれない。
「ガ、ァ……」
だが氷竜も何もしなかった訳ではなかったようで、翼を犠牲とすることによってなんとか致命傷は避けたようだ。
とっさの判断としてはなかなかの物だろう。少なくとも俺にはできない。……だが翼が傷つくということは、空に置いて致命傷だ。
「せやぁぁぁ!」
俺は急降下するスピードを上げ、フラフラとおぼつかない飛び方をする氷竜に一気に接近する。
そしてブレスでも放とうとしたのかこちらを向こうとする氷竜の背中目掛けて、炎をまとった全力の蹴りを叩き込んだ。
「ガァァァ!?」
俺の蹴りは翼に傷を負った氷竜には充分過ぎたらしく、バランスを崩して地面へと落下していった。
「……さて、と」
氷竜がそのまま地面に叩きつけられたのを確認した俺は、氷竜が落ちた場所へと突撃するライラの元へと飛んでいくのだった。




