第十一話 人らしき何か
俺とライラが契約した翌日。
俺はゼンゲンから念話で移動準備完了の報告を受け、ゼンゲンに群れ全てを連れて教会付近に移住するように念話で伝えた。
そして。
「スゲー、本物の精霊だ!」
「カラスの精霊さんだ!」
「クロ殿。この子供達は……?」
ゼンゲン達は子供達に出迎えられいた。
ライラと契約したあと、俺とセツカはルリ以外の子供達とも会うことになった。ルリ以外の子供達は良くも悪くも子供らしく、英雄ぽいのもケモミミもルリ以外にはいなかった。
最初はお互いにどうすればいいのか分からないふしがあったが、昼食や夕食などを挟むうちに自然と打ち解けていった。
今では俺は皆のお兄さんだと言える程には仲良くなっている。
「ここの教会は孤児院もやってるんだとよ。あとは察しろ」
「……なるほど」
「さて子供達、このカラスさん達が遊んでくれるってよー!」
「ク、クロ殿!?」
俺の言葉を切欠に子供達は一斉にカラス達に飛びついていった。中には怪しげに目を輝かせたルリの姿もある。カラス達はあっという間に子供達にもみくちゃにされていた。
これは子供達とカラスどもの交流だけでなく、カラスどもがセツカを虐めてくれた腹いせ込みなので何があっても絶対に止めないが。
「元動物の精霊、興味がある」
「ガ、ガァーッ!?」
「すごーい! はやーい!」
「捕まえろー!」
「ふっ! はっ! クロ殿! 止めてくだ、おぉっ!」
一羽ばかり解剖されそうになっていたり、ゼンゲンが陽炎だか残像だかを出したながら子供達をあしらっていたりするが、絶対に止めてやらない。子供達もそのうち飽きるだろうし。
「これがクロの眷属達か」
俺や子供達と一緒にゼンゲン達を出迎えに出ていたライラが呟くようにそう言う。
「全員カラスな上に、セツカを合わせても二十いないけどな」
「いや、充分だろう。あそこの者など凄まじい動きではないか」
「あぁ、ゼンゲンか。あいつがこの群れのリーダーだよ」
「クロではないのか?」
「協調性がないからな。リーダーは無理だ」
ライラとは昨日正式に契約を結んだが、それで何かが変わったということはない。
ライラから受け取れる魔力量が増えていたり、使える魔法が増えたりはしているようだが、実際に試した訳ではないのでまだ実感がないのだ。
ならば関係性はというとこちらも変化がない。俺としては急に変わられても困るので、そういう意味ではよかったのかも知れない。もちろん仲良くなる分に関しては何も問題ないし、むしろウェルカムなのだが。
「……ま、それはドラゴンを倒してからかな」
「ん? ドラゴンがどうかしたか?」
「あー、いや、これだけいればドラゴンもどうにかなるかなーと思ってな」
「そうだな。当主への試練では自分以外の戦力は契約精霊のみとなっているから、そのときは眷属は頼れない。だが今のうちに戦う分にはそんな制約はないからな、クロに眷属ができ、安全をある程度確保できる今ならば、練習がてら幼竜を狩っておくのも悪くないかも知れん」
おっと、いらないことを言ったかな。
しかし練習は欲しいし、幼竜ならなんとかなるだろうから戦っておくのもいいかも知れない。……まさかあの氷竜が幼竜ということはないだろうし。
「クロ殿! 助けてくれませんかな!?」
「それじゃライラ、あとよろしく」
「うむ? よく分からんが任されよう」
「クロ殿ー!」
「ほらお前達、踏み込みが甘いぞ。それでは彼らを捉えることはできん」
「ライラ殿まで!? クロ殿ー! セツカー! この子供らを何とかして、うおぉっ!?」
ゼンゲン達の悲鳴をバックに俺は教会に戻り、セツカが待っている客間に向かう。
ライラとの契約で人化ができるようになったはずなのでその確認だ。昨日は子供達で手一杯だったからな。
「あ、クロお兄ちゃん。おじいちゃん達は?」
「ん? ゼンゲン達なら外で子供達と戯れてるよ」
必死でな。
「それじゃ、さっそく人化してみるか。コツとかあるか?」
「うーん、よく分からない。わたしは精霊になったときから人化できるし……人になりたいって強く思うのが大事、だと思う」
「なるほど」
概念魔法とかいうやつか。バカ炎は何かアドバイスあるか?
『セツカの言う通りで問題はない。お前のは単に魔力が足りなかっただけだからな』
……一気に聞き取り易くなったな。ライラと契約して一番変わったのこれかも知れん。
さて、バカ炎も同じこと言ってるし、イメージ固めて人化といこうかな。
目を閉じて集中。イメージするのは人、そしてセツカの人化だ。イメージ固めて、魔力消費して……どうだ?
「…………おぉ!?」
視線が高く、ちょうど人だったときと同じ高さになっている!
間違いない、これは人化に成功したのだろう。しかし一発で成功とは、俺って魔法の才能があるのかな?
「どうだ? セツカ。上手くいってるだろ?」
「えっと……」
なぜだ。なぜそんな言いづらそうにしてるんだ。視線の高さからして絶対に成功してるはずだぞ?
「クロお兄ちゃん、頭が……」
「頭がどうかしたのか?」
「その……カラスのまま、だよ?」
「……はい?」
混乱する俺にセツカが部屋にある姿見を進めてくれたので、素直に鏡を見てみると。
「……うっわ、何これ。シュールとかいうレベルじゃないんだが」
そこに映っていたのは頭がカラスの人間だった。サイズこそ合ってはいるが、このザマでは人化に成功してといるは言えない。どう考えても失敗だろう。
しかし何でこんなペスト流行期の医者みたいな格好なんだよ。黒っぽいせいでそこまで違和感ないとはいえ、服が袴みたいで更にシュールだ。こんなイメージはしてないはずなんだがな。
失敗した原因が不明だがこのまま諦める訳にもいかないし、取り敢えずもう一度やってみるか。イメージをさっきより固めて……
「…………セツカ、今度はどうだ?」
「えっと、その……何も変わってないよ?」
「なん、だと……?」
馬鹿な、イメージも魔力も問題ないはずだ。なのになぜ頭だけ失敗するんだ。訳が分からない。
バカ炎なら何か分かるのだろうか。
『……ふむ、これは妙だな。お前の中で人化することに反発している部分がある。まるで魂が二つあるかのようだ』
え、なにそれ怖いんだけど。魂二つとか二重人格以上の問題じゃないのか?
『いや、奇妙といえば大き過ぎる放火衝動もか。これでは魂が三つだな』
増えた!? なにその状況、突然身体が爆発したりしないよな!?
『…………問題ないだろう。それと人化は諦めることだ』
おい待て、最初の沈黙はなんだ。あと人化できないと色々不便なんだよ。聞いてるのかバカ炎? ……駄目だ返事がない。あの野郎、逃げやがった。
「クロ、いるか? ゼンゲンがお前に用がある、と…………セツカ、それは……クロ、か?」
「あ、ライラ。うん、クロお兄ちゃんだよ。その、これは人化が上手くいかないみたいで……」
「そ、そうか。うん。一瞬新手の魔物かと思ってしまった」
魔物って、そんなに酷いか、これ? 酷いな。俺なら悪魔と言われても納得するわ。
「その、なんだ。クロ、失敗は誰にでもあるものだ。あまり気にすることはないぞ?」
「……元に戻るわ」
人化を解いた俺は、セツカが人化するときにように炎に包まれながら元のカラスの身体に戻る。
カラスの身体になったのにも関わらず、元に戻ったという感覚がなんとなくするのが嫌だ。まさか二つある魂の一つはカラスの魂なんじゃ……
「……やめとこう。自分から正気度を削りにいく必要はない」
「何がだ?」
「いや、何でもない。それでゼンゲンが俺を呼んでいるだったか?」
「そうだ。ゼンゲンは休んでいるが、事情を知る二羽が外で待っている。そちらに行ってほしいとのことだ」
ゼンゲンめ、子供と遊ぶくらいで疲れきってどうする。だが文句を言ってもしょうがない。その二羽を待たせるのもなんだし、さっさと動くとしよう。
「それじゃ、行ってくるか」
「じゃあわたしも」
「あぁ、すまないがセツカはこっちだ。ゼンゲンに回復魔法を頼む。身体の調子が悪いそうだ」
ゼンゲンのやつ、腰でもやったのか? 俺が仕向けたこととはいえ、ジジイは無理すんなよ。
「あ、はい。えっとそれじゃあ、クロお兄ちゃん」
「頑張ってな」
「あ、うんっ」
「ライラ、セツカをよろしく」
「任されよう」
ライラとセツカと別れ、外で待っているという二羽のカラスに会いに行く。わざわざ外で待っている辺り厄介事の気配しかしないが、この場合やむを得ないだろう。些細なことであることを祈るばかりだ。
「「クロ殿! お疲れ様です!」」
「あー、楽にしていい」
「「はっ!」」
ところでなんでうちのカラスどもは軍人みたいな喋りなんだろうな? 翻訳魔法の不調かゼンゲンが鍛えたのか、あるいは元からか……まぁ、気にしてもしかたないか。
「それで? 俺に用事と聞いたが、何の話だ?」
「はい、不審な影を見たので報告をと思いました」
「不審な影?」
動物や魔獣、というわけではないな。それなら不審な影、ではなく明確な報告ができるはずだ。
まだ情報が足りないので、考え込む俺の様子をうかがうカラス二羽に続きを話ように促す。
「あれは自分達がこの教会へ移動する為に訓練しているときのことです。わたしとこいつはペアで訓練していたのですが、そのとき人のような影を見たのです」
人のような、とはなんだ。ようなとは。なにを見たらそんな不明確な表現になるんだ。触手でも生えてたのか? 見たら発狂するのか?
なんだか報告を聞きたくなくなってきたぞ。
「最初はこの教会の人間かと思ったのですが、子供達が言うにはわたしどもが訓練してきる場所まで行くような人間は全て出払っているとのことでした」
そういえばライラが普段なら居る騎士団が不在と言っていたな。……あれ? 思ったよりかまずい感じか?
「となるとわたしとこいつが見た人のような影は不審人物と呼ぶに値する怪しい者ではないかと思い、ゼンゲン殿に相談したところクロ殿にご報告すべしとの結論に至りました」
「なるほど、な……で、そのゼンゲンは?」
「……ギックリ腰です」
「…………そうか」
ジジイ無理すんな。
しかしこれは……どう判断すべきだろうな。
普段なら居る騎士団が不在中に現れた人のような怪しい影。うん、どう考えてもヤバい。その人のような影はおおかた教会の敵対組織の人間とかだろう。そんでもってここを攻撃する準備とかしてるに違いない。そしてそれをこのカラス二羽が見つけ、俺に報告しているという訳か。
これは今すぐにでもライラに報告して、騎士団を呼び戻すなり避難するなりの準備がいる。
だが、誤認という可能性もあるし、カラスどもが知らない魔獣という可能性も当然ある。不確定な情報をライラに伝えていたずらに不安を煽る訳にもいかない。
ここは、そうだな……
「まずはその影を見たところに行ってみよう。そのあと念の為に簡易的な山狩りも行う。お前ら、動けるカラスは何羽だ?」
「ゼンゲン殿始め何匹か倒れましたが、自分達を含めて八羽は動けます」
……思ったよりバテてるやつ多いな。カラスどもが情けないのか、それとも子供達が凄いのか。
「仕方ない、ゼンゲン他動けないのは放っておく。その残りの六羽を今すぐ呼んでこい。集合ししだい出発だ」
「「了解っ!」」
勢いよく飛びたった二羽は仲間を呼ぶべく、それぞれ外と教会の中に……凄いなお前、室内とか飛べるのか。身体がいまいち動かしずらい俺には絶対無理だ。
「しかし俺を入れても九羽か……山狩りするには心もとないな」
しかも捜索の為にチームを組むとなると、山狩りできる範囲は更に減る。一羽ずつバラけて動いて見落としがあっては話にならないし、俺ならともかくその怪しげな影とやらと戦闘になったときが不安だからだ。
捜索チームが九より減るのは仕方ないが、せめて効率と戦闘力、それと索敵能力のバランスがいい編隊を編成をしなければならない。そうなるとどうするのがいいか……
「……三機一小隊がベストか」
「何がベストなのだ? クロ」
「ん? ライラか」
振り返るとちょうどライラが長い赤髪を揺らしながら近づいて来るところだった。
ライラは俺を見下ろす様な形にならない場所に立ち止まり、すんだ碧眼で真っ直ぐ俺を見ながら話を続ける。
「暇になったので様子を見に来たのだが、何かあったのか?」
「あー……」
そのすんだ目で見られるとけっこう恥ずかしいのだが、今の状況ではそれよりも嘘つきずらいのがまずい。不確定な情報を伝える訳にはいかないのだ。
「ゼンゲンが倒れただろう? それで訓練を監督する人員がいなくなっからな。それを俺に頼めないかって話だったよ」
「ふむ……?」
結局俺は嘘ともいえない嘘をついた。今回の山狩りは何もなければただの偵察訓練とかすのだ。全てが嘘という訳ではない。
しかし動揺が出すぎていたのかライラは不審に思ったようだったが、最終的には俺の言葉を信じることにしたらしく。
「確かに訓練は大事だな。いざというときに力が出せるかどうかは日頃の訓練や練習にかかっている。しっかりと教えてやるといい」
「あ、あぁ、分かった」
命の恩人であり、今や苦楽を共にする契約者であるライラを騙したと思うと心が痛いが、いたずらに不安を煽るよりもマシだ。……そうでも思ってないとやってられない。
ちくしょう、これで何もなかったからゼンゲン含めてカラスどもをまとめて鍛え直してやる。
「クロ殿!」
「ん? 揃ったか?」
「はっ! 全員揃いました! いつでも出撃可能です!」
「よし、それじゃあライラ、ちょっと行ってくる」
「分かった。……だが結界樹にだけは気をつけてくれよ?」
「うぐっ……分かってる」
痛いところを突かれたが、あれにだけは勝てる気がしないのは事実だ。ライラを心配させない為にも結界樹だけは気をつけないといけない。
「よしお前ら、俺に続けぇ!」
ライラに見送られながら、威勢よく返答するカラス達を引き連れて俺は空に上がる。
目標は人のような不審な影の確認。そして敵性勢力だった場合は……
━━燃やしてやる。




