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第十話 契約

「すまない。待たせたな」

「いや、大丈夫だ」


 脱衣場の前で瞑想しようとすること十分近く。

 動き易さを重視しているのであろうパンツルックのライラと、なぜそれなのかは謎であるいつもの黒い巫女服を着たセツカがようやく出てきた。


「ほら、クロ」

「ん? あぁ、よろしく頼む」

「構わないさ。その姿では屋内の移動は難しいだろうからな」


 全くもってその通りである。だが契約さえしてしまえば人化ができるはずなので、今はライラの善意に甘えて再び肩に飛び乗のらせてもらう。


「むー……」

「だからなぜむくれるのだ」

「別に、むくれてないもん」


 もんって……最初から比べるとセツカもだいぶ打ち解けてくれたよなぁ。

 なぜむくれるのかは今一分からないが。


「では行こうか」

「いよいよ契約か……」

「いや、契約はまだだ。ルリに声を掛けておかないといけないからな」

「ルリさんって温泉で言っていた人?」

「そうだ。元は孤児だったのだが幼いときに術式魔法への高い適性を示したらしくてな、本人の希望もあってここにいる。シスターから教えも受けていて、術式に関しては非常に腕がいい。今回の契約では補助をしてもらおうと考えている」

「孤児……捨て子なんだ」


 セツカが何やら考え込んでいるが、これは俺がどうこうするものではないだろう。

 それよりも……バカ炎、いるか?


『ナンダ』


 術式魔法とはなんだ? 精霊魔法とは違うのか?


『マッタクチガウ。セイレイマホウハガイネンマホウノイッシュダ。ツマリネガイヤヨクボウガオオモトトナッテイル。ダガジュツシキマホウハケイサンノウエニナリタッテイルモノ。セイレイマホウトジュツシキマホウハマッタクノベツモノナノダ』


 とりあえず全くの別物なのは分かった。あと術式魔法がめんどうくさそうなのも。

 しかしバカ炎の声は相変わらず聞き取りずらいな。なんとかならんのか?


『ツヨクナレバキキトリヤスクナルハズダ。イワナカッタカ?』


 言ってねぇよ。やれやれ、契約しないといけない理由とメリットは増えるばかりだな。別にデメリットがあっても契約するけど。


「あ、二階もあるんだ」

「あぁ、この教会はただの教会ではないからな。祭壇や寝室だけでなく、先ほど行った温泉や図書室、地下には倉庫や訓練所、今は所要でいないが神聖騎士団の詰所もある」

「訓練所に詰所って……教会である意味がなくなってないか?」

「シスターが言うには教会は建前で孤児院は上の指示。ここの真の目的は別にある、だそうだ」

「真の目的?」

「それは私にも話してくれなかった。私が部外者というのもあるのだろうな」


 建前とか上の指示とか秘密とか、教会ってのは秘密結社か何かなのか?

 温泉は気持ちよかったけど、契約が終わったらライラの実家に移動したほうがよさそうだな。


「ライラ、ここって孤児院なんだよね?」

「そうらしいな」

「危なくない? その、ドラゴンとかいるし」

「私が契約精霊探しと武者修行を兼ねて来ているぐらいだ。当然危ない。少なくとも孤児院をする場所ではないのは確かだ」


 なんで危ないのに孤児院やってるんだよ。言ってみればゲームの終盤、魔王城の横で孤児院するようなもんだぞ? 教会の上層部の奴ら絶対馬鹿だろ。


「危ないのに孤児院をするの? その、別の場所でやったほうがいいんじゃ……」

「私もここに来る前はそう思っていたのだがな。ここに来て分かった。ここは孤児院ではなく戦士、いや……英雄の養成所なのだと」

「英雄?」


 英雄ってあれか、空の魔王とか不死身の分隊長とか白い死神とかそういうやつらのことだよな。英才教育にも程があるんじゃないか?


「まぁ、会ってみれば多少は分かるさ。……ルリ、居るか?」


 ライラはそう言うと図書室と書かれた部屋の扉をノックする。

 そしてその数秒後。


「……なに?」

「少し話がしたい。いいか?」

「……どうぞ」

「入るぞ」


 図書室の中は棚から溢れだしたのだろう本がところ狭しと積み上げられ、それらの本に半ば埋まるようにして声の主なのだろう少女は気だるげに本を読んでいた。

 セツカよりも幼いであろう青髪と垂れた狼の様な耳を生やしたその少女は暫く本に目を落としたままだったが、やがてめんどうくさそうに瑠璃色の瞳をこちらに向けてくる。


「紹介しよう。この子がルリだ。術式の扱いは宮廷魔術師にも匹敵する腕を持っている」

「どうも」

「ルリ、こちらは私の契約精霊になってくれる火の上級精霊クロとその眷属のセツカだ」

「そう。……見つかったんだ。おめでとう、ライラ」

「ほとんど偶然だったがな」


 ライラと言葉を交わす目の前の幼女……ではなくルリからはライラが部屋に入る前に言っていた英雄を連想させるものは特にないように見えた。

 だがルリが見た目通りの年齢で、かつライラの言っていることが本当ならば、ルリは小学生にしてプロ顔負けの腕前を持つということだ。英雄とまではいかないが、英雄の卵であるのは間違いない。確かにこの教会は色々と普通ではないようだ。


「それで? 私に何の用?」

「あぁそれなのがな、ルリに契約の補助をお願いしたいんだ」

「契約精霊との親密度が足りている自信がない?」

「技研の研究成果だな。その点でいえば足りていない。なにせ昨日会ったばかりだからな」

「なら契約するだけ無駄。私が手伝っても失敗する」


 ルリはきっぱりと言い切ると目を本に落とそうとする。だがそれを遮るようにライラが静かに、だがしっかりと声を上げる。


「確かに普通ならそうかも知れない。だが私とクロの相性はかなりいいだと思うのだ。……どうだろうか、ルリ。手伝ってはくれないか?」

「…………地下魔術実験室の六番に前使った魔方陣が残ってる。私は先に行って準備してるから、ライラ達の準備が出来たらそこに来て」

「分かった。すぐに準備を終わらせて向かう」

「ゆっくりでいい。魔方陣も修復しないといけないし」

「了解した」


 ルリは小さく頷くと読んでいた本を閉じ、積み上げられている本の一冊を取り出して席を立ち足早に扉へと向かう。


「ルリ」


 だがその途中でライラに呼び止められると、ピタリと止まって振り向き。


「なに?」


 やはりめんどうくさそうに瑠璃色な瞳をこちらに向けくる。


「ありがとう」

「……別に、いい。私にも利はあるから」


 ルリはそれだけ言うと今度こそ図書室から出ていった。

 振り向き様にルリの頬が朱に染まっていた様に見えたのは……おそらく、気のせいだろう。


「今のがルリさん……なんというか、不思議な人だね」

「俺はめんどくさがりやに見えたけどな」


 あれは頭はいいけど睡眠時間がやたら長い子だと思う。


「それで、セツカはルリと話さないでよかったのか?」

「あ……」

「……行ってこい。邪魔にならない様にな」

「そうだな、決してルリの邪魔だけはしてはいけないぞ? ルリは邪魔されるのが嫌いなんだ」

「は、はい、行ってきます」


 セツカはよほど話たいことがあったのか、慌てた様に図書室を飛び出して行く。

 それならさっき聞いておけよとも思わないでもないのだが、ルリの話し掛けるなオーラが凄かったのも事実。遠慮がちなセツカでは声を掛けるのは難しいかもしれない。

 それにしても……


「ケモミミとはな」

「ケモミミ? 何のことだ?」

「あぁいや、ルリちゃんの頭に狼みたいな耳が生えてたから」

「なんだ、それのことか。ルリは精霊とのハーフだからな。たしか母親が元狼の水精霊だったはずだ」


 精霊とのハーフ、そういうのもあるのか。


「さて、私達は契約の手順を確認しよう」

「よろしく頼む」


 セツカのことは気になるが、ライラとの契約は大事だ。

 セツカには内心でエールを送っておくとして、今はライラの話へ耳を傾ける。


「基本は仮契約と同じだ。技研の研究結果が正しいなら契約条件は達しているからその辺りも気にしなくていい」

「そうなると俺は何もしなくていいのか?」

「そうだな、何もしなくてもいい。何もしなくてもいいが……これはできればでいいのだが、クロも何か契約の言葉を発して欲しい。そのほうがより強い契約が結べるからな」

「契約の言葉、か……」


 結婚式の誓いの言葉的なのか……なぜ契約はこんなにも恥ずいものになっているのだろうか。


「無理にとは言わないが……」

「いや、大丈夫だ。そのときまでに何かいいのを考えておこう」

「ありがとう、クロ」


 最悪結婚式の誓いの言葉をマルパクりでいいだろう。気の効いた言葉なんて簡単には思いつかない。


「では、そろそろ行こうか」

「ん、あぁ、よろしく頼むよ」

「任された」


 ライラと俺は図書室を出て一階におり、更に地下へと足を進める。ランプの明かりが暗闇を照らす中を暫く歩くと、ライラは地下魔術実験室と書かれた部屋に入っていく。

 そして奇妙な機材が散乱する部屋の中にいくつある扉の一つの前に立つ。


「着いたぞ、ここがルリが待っている地下魔術実験室第六番実験場だ」


 そこにあったのは金属製の扉、それも放射能のハザードマークが書かれていても違和感がないような扉だった。

 そしてそこには確かに地下魔術実験室第六番実験場とあり、俺の聞き間違えなどではないことも示していた。


「ライラ、なんか凄い扉があるんだが……この中にはヤバいものでもあるのか?」

「中には何もない。ただ中で何かが起こっても問題ないようにする為だそうだ」


 何かって……いったい何が起こることを想定したらこんなものが教会の地下に取り付けられるんだよ。

 核爆発か? バイオハザードか? どちらにせよろくなものじゃないな。


 俺が扉に威圧されていると、ライラが扉に手をかざし何やら集中しだした。そしてその数秒後、金属製の分厚い扉が誰も触っていないのにゆっくりと開きだす。

 なかなかホラーな光景だが、おそらくこれは魔法なのだろう。こんな重そうな扉を手で開け閉めするのは一苦労だろうし。


「ルリ、準備は終わったか?」

「まだ。もう少し。……セツカ、もう少し魔力ちょうだい」

「こうかな、ルリちゃん」

「うん、そんな感じ」

「……心配は杞憂だったか」


 扉の先ではルリとセツカが共同で作業を行っているところだった。

 セツカがルリに話し掛けられないのではないかと思っていたが、この様子だとそんなことはなかった様だ。会話こそほとんどないが、スムーズに作業が進んでいる辺り最初のコミュニケーションが成功したのは間違いないし、相性が悪い訳でもなさそうだ。


「しかしこれは……魔方陣、か?」

「なんだ、クロは魔方陣を見るのは初めてなのか」

「あー、そんなとこかな」


 俺の目の前には星型と二重の線で描かれたいかにもな魔方陣がある。これがどんな効果を持つのかは分からないが、なんだか言い様のしがたい力を感じるのは気のせいではないのだろう。


「クロは本当に世間知らずだな。……ん? ルリ、魔方陣の修復は終わったのか?」

「終わった。セツカのおかげ」

「いえ、ルリちゃんがほとんど作業してましたし、わたしは手伝っていただけで……」

「セツカ、謙遜は侮辱になることもある。称賛は素直に受け取る」

「あ、はい。えっと、ありがとうございます?」

「それでいい」


 よく分からないがセツカとルリの仲は良好な様だ。俺が心配することはないだろう。

 さて、魔方陣の修復とやらも終わったそうだし、いよいよ契約か。


「よし、契約を始めよう」


 ライラはそう言うと俺を肩に乗せたまま、魔方陣の中心に立つ。


「クロ、私の前に立ってくれ」

「了解だ。……っとこうか?」

「大丈夫だ。では、いくぞ」


 ライラは魔方陣の外にいるルリとセツカの方をチラリと見たあと、ポケットから昨日も使った火竜のペンダントを取り出し、自分の目の前に掲げる。

 そして。


「我、ライラ・ハイルングは火の上級精霊クロと契約を結ぶ」

「我、火の上級精霊クロはライラ・ハイルングと契約を結ぶ」


 ライラと俺が契約の儀式を始めたと同時に、魔方陣が赤色にうっすらと輝きだす。

 幻想的な雰囲気の中、ライラと俺の言葉は続いていた。


「我は彼の者と共に歩み、共に戦うことを誓う」

「我は彼の者と共に歩み、その力となることを誓う」

「「願わくば、この契約がよきものであらんことを」」


 その言葉が切欠であったかの様に、今までとは比べ物にならない赤い輝きを魔方陣が放つ。炎の中にいると錯覚するような視界の中、どこかで聞いたような声が響く。


『汝らの契約、火の精霊王が見届けた。汝ら成長を願い、今ここに火の祝福を与えん』


 そして火の精霊王(バカ炎)の声が遠ざかり、魔方陣の輝きが収まり━━俺とライラの契約は、結ばれた。


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