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模型術士の鬼盛りサクセス  作者: 雲渚湖良清
一話 【異世界の中で】
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メア=ドラフ、なる中の人

 未知の状況に狼狽えて引きこもり、再起動してみれば知人が危険な状態で倒れていた。

 俺の中味は暢気な日本で暮らしてきた世間知らずの学生だ。この状況で冷静を維持できるほど、肝の据わる人生経験なんぞ欠片も無い。

 だから当然、腕を無くして横たわるメアが、この現実と化した【PoF♂】の世界で死んでると思って狼狽えた。

 

 頭まっ白。完全にパニックとなった。

 

 変な奇声を上げて、とにかく、メアを抱き起こして揺さぶった。

 

 死んでるのだ。起きるはずなどないのだと、頭のどこかで思いつつ。

 ……だから。

 

 「ふにゃ、主様、寝起きエッチはちょっと恥ずかしい」

 

 ……などと平然と言葉が返って来たことに俺がただただ呆けたとしても、そりゃ、しょうがないんだと自己弁護するわけだ。

 

 仮想環境で同居という、妙な付き合いになってから知った事がある。変態なメアは、その変態成分を取り除くと猫っぽい態度が目立つのだ。

 やせ我慢とも言う。

 時に平然としているほど、何か致命的なものを抱えてたりなどの事が多かった。『盾役は任せろ!』と威勢良く吠えた後、実は継続性の毒を食らってて戦闘終了後にぶっ倒れるとか普通にやるし。

 

 俺が気にして共有ステータスの表示を確認しがちになれば、敢えてそれを隠すようなスキルすら獲得するバカっぷりだ。

 

 なので、また軽口を叩いたのだと思った俺は、『またやせ我慢か!』と怒った。

 本気で怒った。うん、俺は悪くない。

 

 さすがにメアも、俺がマジなのが解ったようだ。

 この時ばかりは変態プレイを納めて、ネチケット違反となる、そしてメアの状態の理由となる事を話しだした。

 

 「主様、我ながら情けないが、これが本当の『私』の仕様だ」

 

 本名こそは名乗らないが、メアが俺と同世代なのは過去に言った通りだ。

 しかし、なら俺同様に学生をしているのかと言うと、それは違った。

 メアは現在入院中。それも、正直回復の見込みすら確定しない、かなり危険な状態で。

 

 原因は、貰い火事による全身大火傷だ。

 軽度の一酸化炭素中毒で麻痺して逃げ遅れ、火に巻かれた。

 幸い、命に関わる致命傷は無い。回復した意識や記憶にも深刻な被害は無い。

 しかし、全身の六割に火傷を負い、特に上半身は酷い有り様だった。

 

 感染症で壊疽化した両腕は切除。両目は失明。一時的に呼吸が止まっていた事で肺は無事だが、喉は焼かれて声を失った。

 

 「だが今は再生治療があるからな」

 

 時間はかかるが、ここまでの状態もやがては完治に至るのだそうだ。

 だが、時間がかかり過ぎるのでもあるそうだ。

 それこそ、今の状態がメアの普通なのだと、脳と意識が認めてしまうくらいに。

 

 特に五感と両腕の感覚が喪失するのは危険と判断され、意識的なリハビリにVR環境を使うことにした。

 ただ、問題は再現する環境の精密さだった。医療系のVR環境は一部位の疑似感覚を再現するのみで限界なレベルであり、とても全身まとめての対応はできなかった。

 ならばと仮想環境で全身感覚の再現をしていたゲームを利用しようとしたが、通常的に配信しているものでは、現実の感覚に連結できるレベルのクオリティが足りなかったのだそうだ。

 人体の機能をリアルタイムでまるまる再現させるマシンパワーなど、そのコスパは経営度外視の代物だろう。まあ当然の結果と言える。

 

 で、それでも様々なVR環境を検証し続けて辿り着いたのが【Paradise of Fauve ♂】だ。

 世間様には亜人とか弁明してたが、中味はしっかり現実の女体成分を余す事なく再現した、拘り満載バカ仕様だったらしい。

 

 それでも、メアにとっては手遅れ感があったようだ。

 

 現実の身体データを元にしたリハビリ用のアバターだったが、いまいち腕への感覚は薄く、現実味が無かった。

 だからか、そんな腕の反応を分かりやすく実感するために、必要以上に乱暴に扱う徒手空拳の格闘スタイルに傾倒した。僅かながら打撃で帰ってくる痛みが、元々の腕の感覚に繋がるような気がしたのだそうだ。

 

 「それが高じて我の心に新たな扉を開いたのだが、それも必然たる運命だな。故に我の、主様への誓いは本心。ここまで晒した以上、今宵はより濃いぃプレイを……っ」

 

 手近に転がってたモーニングスターでケツバット。どこに突き刺さったかまでは確認してない。

 ふむ、手を離してもそのまんまか。メアの防御値を抜くとか、なかなかの逸品だったようだ。

 

 で、ボケの部分は置いといてだ。

 

 どうやらメアは、俺と同じくらいのタイミングでこの世界に移ったらしい。

 そのあたりの自覚の曖昧さは仕方ないだろう。

 

 それを明確に自覚したのは、メアのドラフ的な特性が発現したためだ。

 ドラフ。そしてその元となったドワーフの特性。

 それは種族的な、身体の火属性というものだ。

 

 メアの自己申告で知ったが、ドワーフ系種族には火属性から来る特性スキルがあるのだそうだ。それが【炎身】。

 身体が高熱状態となり、攻撃には延焼と融解効果を、防御には火属性攻撃からの無効という特性が付与される。

 ゲーム時代は意識的なコマンド操作で発動したが、現実化した今は意識のみで機能する。

 

 この効果が、メアの腕を燃やし消したのだそうだ。

 

 現実において感覚を喪失しかかっていた腕は、この世界では異物扱いにでもなったらしい。つい、気分で発動した炎身によって部位損壊。以降、数値的に完全回復しても、腕は失われたままとなった。

 

 そしてこの世界でも両腕喪失となったメアは、急激な環境の変化に対応しきれず餓えた。

 基本、ゲームでもこの世界でも、行動のほとんどを腕を使って行うからだ。

 

 なんとかホームに帰還したものの、部屋にある冷蔵庫やらなんやらとの備品関係は、腕を使わんと反応しなかったのだそうだ。

 ギリギリ、ステータス確認は足の指でもできたので、アイテムストレージ内の飲食可能な物で空腹には対応はできた。

 物は食事アイテムでなく、回復アイテムばかりなので味と量の問題はあったが、保存食的なデザインなので困った部分は味への飽きくらいだ。

 

 そして何より。

 

 「主様、我は主様がウォシュレットを選択したことに心から感謝する。もう改めて生涯の忠誠を誓ってる。あれは偉大なる文明の象徴!」

 

 うむ、その有り様じゃ、紙でケツ拭く事もできんしな。

 こんな身近に俺と同じ感想を持つやつが居たとは。もう人類とトイレは切っても切れない背中合わせの双子と言えるな。

 

 こうして俺とメアは、新たな現実にて再会した。

 俺の当初の計画は、衰弱したメアの回復を待ってからのものとなる。

 餓えたメアに施すためと、この世界での料理プレイに挑戦したのは、結果的に良い事だった。

 

 うん。【PoF♂】にチャーハンとか、地味にメニューに無かったからなあ。

 

次回の更新は10月24日、月曜日の午後8時となります。

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