メア=ドラフ、というプレイヤー
メア個人の事より、先に亜人誕生の設定的な背景を話そう。
最初期、亜人化した女性は大半がエルフかドワーフへと変化した。それ以外の種族の開陳は、今は省略だ。
エルフとドワーフの二種族は、数があった事でそれぞれコミュニティーを形成維持する事ができた。だから奴隷社会有りの中、本能よりの人間、つまり欲情男から露骨に奴隷として使われるような状況にはならなかった。
しかしだ。どちらも女性のみで構成されるアマゾネス的な集まりであり、種としての繁殖には男の協力が必須なのも事実だった。
結局、つかず離れずの関係の中では、イチャラブな者もいれば奴隷としての関係に納得する者もいて、むしろ無闇やたらと男女混在しづらい状況は性犯罪が少ない環境を生んだ。
そして、それが社会構成の一つとして確立した頃には、語源の意味は無視しての奴隷化したエルフを『エラフ』。ドワーフを『ドラフ』とした区別の呼称も定着。
妙な言い方だが、人間勢力内で奴隷登録した亜人は誰かの所有物という立場で社会的権利を有すると認知されている。
というのが亜人絡みの設定だ。まあ、詭弁だがな。
逆に言えば、奴隷化した亜人は確実に所有者である男と接点があるわけで、当人達の意志とは関係無く、素の状態でプレイヤーやNPCの区別無しに【情婦】のスキル持ちとなっている。
これが『嫁』とかなら一部の人道主義者の逆鱗も伏せてんだろうけど、公然と『ビッチ』とか明言されちゃったらねえ。
もう逆鱗ビンビンに尖っちゃってて、それ故に性別関係無くこのゲームをプレイしてるなんて宣言は社会的人生の終了なんても言われちゃうんだよ。
で、そんなヤバい仮想世界に、どっから迷いこんで来たと問い詰めたくなる当時の対象メア・ドラフは、幸運にもプレイヤーの大半が既にどんな形でも相棒を見つけていたから、注目を受けずに放置されていたらしい。
で、偶然にも流行りから外れがちなマイノリティの俺と出会った。
その後。俺の説明で自分のいる場所の状況をメアは知ったが、何故か【PoF♂】から去らずに、そのまま俺に押し掛ける感じでパルティを組む事となる。
『パルティ』とは、他のゲームなら『ギルド』とか『クラン』とか。プレイヤー同士で作るシステム的な集団の【PoF♂】的な呼び名だ。
最大人数は十五人と少ないが、これはパルティが常駐パーティー的な意味合いも含んでいるからって事でもあるからだ。
このゲーム、MMO要素はあるが基本はFPSだ。最大五人で一小隊。それが三組で一つの中隊。これを限界人数として、一つのクエストに同時参加できるような設定となってるんだよな。
まあ俺は経験無い、プレイヤースキル的に遥か高みのゲーム要素だったが。
……あれ、目に雨粒が落ちたか?
で、話を戻して。
亜人のキャラクターは、選んだ種族で行動への得意不得意が設定されている。ドラフはドワーフが元と言うことで肉弾戦闘への特化だ。一般的なファンタジーじゃドワーフは小柄で頑丈で動きが鈍い、据え置き型の壁役ってデザインらしいんだが、このゲームじゃあピンボールゲームの鉄球って言った方がイメージが合う。
なんせ、外見は小柄な少女一択だ。それが生身で鋼鉄並みの頑丈さを発揮して魔物と対峙するんだからな。
ゲーム時代は倒す魔物に幼女が群がる感じで、非常に戦闘の緊張感を削ぎまくる長閑な空間だった記憶がある。
まあ、幼稚園のお遊戯的な叫声に混ざる擬音は『ゴッカン!』とか『バッキン!』とか『メリメリメリッ!』とかヤバいもんばっかりだったけど。
メアの場合、戦闘スタイルは徒手空拳の格闘だった。
始めたばかりの新人で、単純に金が無くて武器の調達ができなかったという実情もあったが、俺からの援助で用意した最低限の装備も結果的に格闘よりだったから、まあ、それが好みだったんだろう。
亜人が奴隷っていうのは、ゲーム運営の流れからの要素で、結局はゲーム内での設定に過ぎない。だから基本、プレイヤー同士には関係の無い話だ。
その設定に乗っかって悪フザケするプレイヤーは少なからずいるが、成立するのは当事者同士の合意があればで、まあ、その他大勢からすりゃ『核爆発しがれええ!』なカップルと大差ない。
で、俺としては正直。メアは仮想越しとはいえ、初の知り合い以上な女性なわけで、ゲーム内の友人という割り切りで済ませれる対象じゃあなかった。
ただ予め訂正するが、初恋とかいう意味じゃない。身も蓋もない言い方だが、欲情する異性って意味でだ。ほら若さの暴走ってやつな。
だから多少は熱に浮かされるように、言葉や行動の端々に、メアの女を感じる行為が増えてたんだな。
でもそれはメアも同じだ。いや、むしろメアの方が酷かった。
メアとパルティを組む際、ゲーム上の慣習でか俺がメアを奴隷とする契約になって行った。まあ、何故かメア的にはその部分がツボだったらしい。
一緒のパルティとして行動するうちに、徐々に俺の奴隷ってロールプレイにも傾倒して行ったんだよな。
最終的には俺のホームへと居候する形となり、日常的に俺に服従するってプレイスタイルが基本となってしまった。言葉使いから態度からと徐々に悪ノリした挙げ句、現状のアレがメアの中では正しい奴隷の姿らしい。
なんて言うか、奴隷は奴隷でも頭に『肉』とか『性』とか付く系統なんじゃねえかと思うのだが、そこを突っ込むと更に悪化するような気がして言葉にはしていない。
まあアレだ。ネットの世界の人生の先輩方からの助言だが、『肉食系の王道なのでパクっと食べられて下さい』と匙投げられた。
長文系の助言は老害の説教と化してたので、ベストなアンサーからは除外させてもらった。
助言の結果はノーコメントとするが、その後のメアの印象が、俺の中で丸代わりしたのは確かである。
今にして思うと、結構マジで、俺はメアの、あの初対面の時の距離感はあるけどな初々しさが愛おしい。
いやまあ、猫被ってただけなんだろうけどなあ。
まあ、『本気で甘えてくるからこその、今の態度』ってネットの物知り諸兄が書いてたけどさあ。
もう当時も今も、アレがロールプレイか素のメアなのか解らんが、パルティ組んで二ヶ月後には、俺に対しての遠慮も消えたメアがその正体(?)を露わにしていたわけだ。
故に結論。
実はメアは、裸族主義のニート様だった。
しかも奴隷プレイ好き。
俺のホームの一部を改装。玄関前に犬小屋を設置し、それを自分の部屋の玄関としたのな。そこから直ぐ地下への階段となってて、移動すれば六畳間程度の密閉された部屋へ着く。
壁と天井はコンクリ打ちっ放し。でも床はフローリングでカーペットと統一性の無い雑多なデザインのクッションがただ乱雑に放り置かれてる。ベッドとかは無い。どうやら巨大なマンボウ型のクッションが寝袋と化すらしい。そして部屋の片スミには何故か炬燵は置いてある。
全体的に女子が選択する部屋としてはかなり殺風景な気もするが、配色は何となく女の子っぽいからセーフなんかと思えた。
が、そう判断するのは早計だ。
壁のデコレーションは完全にアウトなのだから。
壁に金網を設置し、フックで様々な物を取り付けるタイプのディスプレイには、主に革と金属で仕立てられたアクセサリーの数々が飾られている。
首輪。手枷足枷。人型の鳥篭のような物。赤い蝋燭付きの火の着いていない燭台。形状様々な鞭が何本か。
壁際に置かれた木製の健康グッズかと思ったのは、後に『MO・KU・BA』と艶っぽく訂正された。
ぶっちゃけよう。実に見事な大人遊具のラインナップだ。
中身学生の俺には、情報としては知ってても実物という概念の無い、未知過ぎるアイテムばかりであった。
聞けば『奴隷の嗜み』だとか『心置きなく突っ込まれるように、稼ぎを全部つっこんだ』とか謎の力説をされた。
そしてだ、足下に這い寄っての『ささ、私を食べちゃって』とかのセリフで終われば、まあ、俺とメアの関係が劇的に変化したのは解るだろう。
理性と本能は何故分かたれているのか?
な。解るだろう?
元より俺自身が性欲気味に暴走してたんで、欠片ほどはあった恋未満の好意は爆散して余さず色欲に転生した。
だが俺の色欲は、メアほど濃く澱んで粘度を増したレベルには届かない未熟さだった。まあ、結果。未知への好奇心が消えれば後はドン引き?
うん、男ってのは案外自分勝手なピュアさを捨てらんねー愚か者なわけだ。
結果、メアは俺の純愛枠からドロップアウト。
実にドライな都合の良いときだけの関係。
しかも仮想内でのみ、という対象となったのだ。
メア的には哀れなのかもしれないが、当人いわく『そんな扱いこそ肉奴隷に相応しい』と豪語しやがるので問題無いのだと諦めた。
本人はとうとう『肉』つけた名称使っちまってんだが、果たして自覚はあったんだろうかなあ?
まあでも、そんな愛想の尽きっぷりも、パルティ解散までは行かないんで、俺もギリギリ許容できてたんだろう。
ともかく、俺にとってのメアとはゲーム時代のそんな流れから続くパルティ仲間と言える。それを状況が状況だとはいえ、二日間なんの確認もせずにいたのだと、俺は犬小屋を見たとき始めて思い出したってわけだ。
そしてその事を、俺は【PoF♂】の世界で生活を始めてからずっと、忘れられない後悔として脳裏に刻んでいる。
犬小屋から地下へ階段を下り、入ったメアの部屋の中。
ゲーム時代のままのインテリアに囲まれたカオスの密閉空間。
そこにメアは居た。
散乱してる家具や小物。メアは汚嬢だ。気にしない。
裸なのもいつも通り。気にしない。
髪振り乱してうつ伏せで倒れている。まあゲーム内でもたまにこんな感じで寝てたから気にしないでおこう。
だが一つ、いや二ヶ所だけ見逃せない。
何故メアは負傷しているのか?
何故メアは、両腕を失っているのか?
この時はもう、割と本気で焦った俺だった。